第237話 王子
王家の墓には、半島の先の桟橋から、小舟に乗って向かう。王家の墓のある島は湖に浮かぶ、小さな無人島で船着き場と、木々におおわれた小さな森がある。森の中央に石畳の階段があり、登ると両脇に石柱の立っており、そこが王家の墓の入口だった。
階段を上ると、奥に石造りの一軒家ほどの建物があり、これが王家の墓だ。王家への墓の内部への入り口は、今度は下へ続く階段の下の半地下にある。王家の墓には外装に柱などに装飾はされているが派手さはなく、屋根に目立つ十字架がたってるだけのこぢんまりとした物だ。
外見は少し寂しいが、半地下の入り口から入る内部は迷宮となっている。
「あっ! いたいた」
王家の墓の入り口の階段の前に、エルザとロバートとゴーンライトとイーノフの四人がいた。リックは四人を見つけて近づく。
「うん!?」
リックがよく目をこらすと、エルザがゴーンライトの手を取ってイーノフに肩を抱かせて…… エルザの叫び声がリックの耳に届く。
「ちがうでしょ! だからー! わからないかしら? イーノフさんとゴーンライトさんがこうして、それに嫉妬したロバートが……」
エルザは叫びながら、イーノフとゴーンライトを、強引に近づけようとしていた。
「あの!? 僕がイーノフさんの肩を抱くのは…… 下見に関係ないのでは?」
「ロバート!? 彼女を何とかして!?」
近くに立つロバートに助けを求める、イーノフを見てエルザはなぜか目をキラキラと輝かせ、興奮し鼻息が荒くなる。
「あぁ! ロバートに助けを求めるイーノフさん…… 良い! すてき尊いわ!」
「エルザ! やめなさい! 二人が困ってるだろう!」
「何ですの? ロバート! 今日は今までチャンスがなかったんですよのよ。夏は色々作らなきゃいけなくて忙しいのに! さっ! 早くメリッサ姉さんがくると面倒ですわ……」
リックが横目で冷や汗を流す。彼の横をメリッサが呆れた顔をしてエルザの後ろからゆっくり歩いて近づいていく。エルザ以外の三人がメリッサの接近に気付いた。イーノフとゴーンライトは助かったという顔をし、ロバートは目をつむって小さく首を横に振るのだった。ロバートは右手に見慣れない赤茶色の表紙の古い本を持っていた。
後ろからメリッサがエルザの肩の付近で小さくささやく。
「呼び出しといてあたしが来ると、面倒とはずいぶんな言い草だね」
「はっ!? ちっ違うんですよ! チッ…… 残念! もう少しだったのに」
「エルザ! すまんな。メリッサ」
「まったく……」
慌てた様子で振り返った、エルザが言い訳をし、ロバートに叱られていた。ため息をついたメリッサが、イーノフ達に目を向けた。
「よかった。助かったよ……」
「うわーん。メリッサさん! 助かりました」
「あんた達はいつもいっつも…… 情けない…… やられていやならちゃんと言いな!」
「だって…… 僕は……」
「すいません…… でも……」
「あぁん!?」
「ごめん!」
「ひぃ! すいません」
メリッサが二人を怖い顔して睨み叱っていた。リックは二人が被害者なのに少しかわいそうだと同情するのだった。大きなメリッサに二人が叱られてシュンとし、特にイーノフは小さいから子供が怒られてるみたいであった。なぜかエルザは叱られるイーノフとゴーンライトを見て、キャーキャーと騒いでいるが……
イーノフとゴーンライトを叱り終わった、メリッサがエルザに声をかける。
「それでなんであたし達を呼んだんだい?」
「えっ!? あっ! そうでしたわ。リックとソフィアにここでのエミリオとの戦いの様子と…… メリッサさんと警備の話を詰めたくて」
「そうかい。リック! ソフィア! エルザさんと話しな。ロバート! あたしらは警備の手順をつめるよ」
メリッサの指示で、リックとソフィアは、エルザに死体王と同化した時の、エミリオとの戦いを説明し、ロバートとメリッサ達は、小島の地図を広げながら話し込む。ポロンはメリッサの横で背伸びしながら地図を眺めるのだった。
リック達がエミリオの話を終えると彼がエルザに尋ねる。
「エルザさん。なんでエミリオがここの防衛隊に隊長に?」
「私もわかりませんの。ただ一つ言えるのは彼をつれて来たのがレティーナ王妃なのよ」
「王妃が!? でも、エルザさん達が防衛隊を指揮してるのにいくら王妃でも勝手に……」
「ここは王家の墓があるので、王族の意向が反映されやすいのよ。特に愛おしい王妃の依頼なら王は断らないでしょう……」
エミリオを連れてきてレイクフォルトの隊長に任命したのはレティーナ王妃だった。レティーナ王妃は現国王の後妻で、王女アナスタシアの継母にあたり、自分の子より王位継承順位が上のアナスタシア様を邪魔だと思っていた。以前は異世界から召喚した勇者に、アナスタシアを嫁がせ一緒に王国から追放しようとした。
「(きっとレティーナ王妃の狙いは、アナスタシア様ってことだよな……)」
リックは目の前にいるエルザを心配そうに眺めている。
「うん!?」
ポロンが桟橋に視線を向けているのにリックが気付いた。王家の墓は森の囲まれているが、階段を上がり高台のようになっているので、木々の間から桟橋を覗ける。
「新しいお舟が来たのだ!」
「ほんとだ! 誰か来ますよ」
ポロンが指をさした方向に、桟橋に新たに船がつけられるのが見えた。桟橋から五人の人間が、王家の墓へ歩いてくるのが見える。先頭が階段を上って姿が見える。先頭の兵士の格好をした人間が、リック達に手をあげて挨拶をした。
「やぁ。イーノフ兄さん…… それにリックか……」
「イーノフ兄さん! その呼び方…… えっエミリオなのかい?」
驚いたイーノフさんが大きな声をあげた。桟橋から来た人間はゆっくりと頷いた。
桟橋から来たのはエミリオだった。以前会った時とは少し違う顔でリックとイーノフも気づかなかったが、茶色の短い髪をして釣り目で、整った顔は確かにエミリオの面影を残していた。彼は緑色の防衛隊の制服を着て、リック達と同じライトアーマーを装備していた。
「君は一体どうやって? なぜ防衛隊に?」
「フフ、前騎士団長の孫の俺が防衛隊の隊長になって何か悪いのかい?」
不敵に笑ってはぐらかす、エミリオをイーノフがジッと見つめている。
「こらエミリオ! 余計なおしゃべりはおやめなさい。式典まで時間がないですのよ」
エミリオのすぐ後から来た女性がリック達に向かって叫ぶ。綺麗な茶色の大きな瞳に鼻は高く髪はソフィアと同じ綺麗な長い銀色の髪を後ろで大きく一つに編んでる綺麗な女性が立っていた。服装は赤い色のスカートの幅の広い、ドレスに頭に金色のティアラをつけていた。
エルザさんとロバートが女性を見て固まっていた。
「あなたが…… 何故ここに?」
「あら!? エルザ…… あなたこそいつまでもそんなことを…… まぁいいわ。あなたに答える義務はないわ。騎士のあたなにはね…… いくわよ。エミリオ」
「はい! 行きましょう。王妃様」
「後、今から私達が王家の墓に入ります。あなた達は即刻この島からでていくように!」
手を横に動かしてリック達に島から出ていくように命令する女性。何者かもわからない女に命令されたリックは不服そうに彼女を睨みつける。しかし、エルザもロバートも綺麗な女性に頭を下げており命令にしたぐようだった。
「お母様、待ってー!」
メイドの格好をした、中年の女性に手を引かれ、必死に歩く顔の綺麗な、銀髪の五歳くらいの少年が、女性に向けて待ってと叫んだ。だが、女性とエミリオは彼をみることもなく王家の墓へと続く階段を下りていく。
「あっ!? エルザさん…… ペコ」
「アレク…… あなたも来たのね」
「はい! お母様と式典にでます」
「そう…… 頑張ってね……」
銀髪の男の子は、エルザを見るとすぐに頭を下げた。しゃがんで銀色の髪の少年と、会話するエルザの目は少し寂しそうにしていた。すぐに男の子は、エルザにバイバイと手を振り、エミリオ達を追って王家の墓へと歩いていった。
エミリオ達の姿が見えなくなると、リックは近くに居たロバートさんにたずねた。
「ロバートさん。あの子供と綺麗な人は誰なんですか?」
「はぁ!? 知らないのか!? レディーナ王妃と息子のアレク王子だよ」
「まったく! 時々、王都の式典とかにいらっしゃるだろ? あんたは……」
「えぇ!? そっそんな?」
女性はレティーナ王妃で男の子はアレクという彼女の子供だ。メリッサが二人を知らなかったリックにあきれた顔する。彼は確かにレティーナ王妃が参加する式典に何度かでたことはあるが、レティーナ王妃に限らず公の場に出る王族は、いつもリック達が居る場所からは遠い場所にいるので顔はよく見えない。まぁ、実際にリック達は、王族の一人とはよく任務をしているのだが……
必死に記憶を手繰るリックは、見たことがあったような気になるのだった。
「しかしいやな奴らだね」
「メリッサ……」
「はは、しょうがないですわね。後はレイクフォルトの町で打ち合わせをしましょう」
エルザさんに促されて、リック達はレイクフォルトの町へと戻るのだった。戻ったリック達に先ほどと違い、賑わった町の様子が見えてくる。
「屋台がいっぱい増えてるです」
「本当だ?」
レイクフォルトの通りには屋台が並び、さらに通りには横断幕で、”クリューバー隊長お疲れ様”や他にも横断幕が出て、感謝の言葉がつづられていた。エルザが町の様子を見て嬉しそうに笑う。
「もう退任式はすぐですからね。みんなクリューバー隊長に感謝してるんですわね。よかった……」
クリューバーの礼の気持ちで、町のみんなで退任式を、盛り上げようとしている。リックはジッと町の光景を眺めている。
「楽しそうなのだ!」
「こら、ポロン、あんた屋台に行くのは任務おわってからだよ」
「うぅわかったのだ……」
屋台が並んでいるのをみてポロンが、飛んで行きそうなのをメリッサさんが止めた。
「うん!?」
「クリューバー隊長さんは町の人に慕われてます。退任式を絶対に成功させましょうね」
ソフィアがリックの手を握ってきて顔を覗き込んできた。
「そうだね。絶対に退任式を成功させような」
微笑んだリックは、ソフィアの手を強く握り返し、彼女の言葉に答えるのだった。見つめ合う二人には甘い空気が……
「うぉっほん! ちげーよ! そうじゃねえよ」
「おっちげーよなのだ!」
「はぁぁぁ…… 人の退任式にかこつけてイチャつくんじゃないよ」
「えぇ!? なんですか!」
リックとソフィアの間に、腕を突っ込んだエルザが叫ぶと、ポロンとメリッサも面白がり、リック達に文句を言ってくる。それを見たロバートやイーノフは笑うのだった。
にぎやかな町を抜け、レイクフォルトの防衛隊の詰め所まで戻った。リック達は会議室を借り、退任式について打ち合わせを始めた。警備の場所や、退任式の進行の確認を行う。話し合いの中でロバートとエルザが真剣な顔でイーノフを見た。
「イーノフ、リック、一つ確認だが、報告通りならエミリオの魂は瓶ごと下水道で、誰かに持ってかれたんだよな?」
「そうだよ。ロバート、リックと僕の目の前でジックザイルを殺して誰かがエミリオを持っていた。ねぇリック?」
「はい、そうです」
「そうか…… エルザ、レティーナ様がジックザイルを殺してエミリオを奪って人体転移術を……」
「でしょうね。彼女もローザリアの貴族だし魔法くらいたしなむでしょう。それにジックザイルに人間を魔物と融合させるように指示したのも彼女でしょう」
「なら逮捕しましょう」
「リック!? いきなりそんなの無理よ。唯一の証人だったジックザイルは死んだのよ。王妃を捕まえるには現場を押さえるかもっと決定的な証拠でもないと……」
ただの兵士である、リックとイーノフの証言だけじゃ、王妃様を捕まえることは難しい。決定的な証拠かもしくは直接アナスタシアであるエルザへ危害を加えるなどをしてこない限り……
「でも、あの二人…… 目的はいったいなんだってんだい?」
「今はわかりません。だだ王家の墓に入ったということは…… おそらくこの間リック達が持ってきた光の聖杯を……」
エルザがうつむき、彼女の口から光の聖杯という言葉が出ると、皆の視線が一斉にエルザへと向かうのだった。