第234話 勇者はあいつです
「誰だ! お前は!?」
黒い大きな肩あてのついた、全身を覆う黒いマントの男がゆっくりと歩いてくる。男はメリッサと同じくらい大きく、長い金髪に額の中央にねじれた角を生やし、右目が青、左目が緑の端正な顔立ちをしていた。ジェーンは彼を見て驚愕の表情を浮かべた。そう彼は……
「まっ魔王プトラルド様! どうしてここに?」
ジェーンがわき腹を押さえ、苦しそうに指をさして声を震わせる。リック達の前に現れたのが、世界を侵略する魔王プトラルドだった。
「大地破壊剣は厄介なもの…… 貴様は信用ならんしな……」
マントのすっと黒の手袋をつけた、プトラルドの手が出てジェーンへと向けられた。
「おい! 待て! 魔王! 俺が相手だ!」
「貴様は? 黒い剣を持ったグラントの兵士…… ほうお前か我が将軍達を葬り去ったというのは……」
リックが大きな声で叫ぶと、振り向いたプトラルドが、彼を見てうっすらと笑う。
「はっ!? まさか貴様が勇者か!? 貴様!! 自分の身代わりに女を勇者としてみせるとは…… なかなかやるな」
「俺が勇者だって? お前は何を言ってるんだ!? アイリスは一応男だし…… それに俺は勇者じゃ……」
プトラルドはリックと目を合わすとフッと笑った。
「ははは、この期に及んでまだ騙そうとするか!? やはり貴様は狡猾な勇者じゃな。じゃが…… わしは騙されんぞ! それに貴様は我が野望には邪魔にしかならん! 死ね勇者よ!」
「ちょっと待てって!? あっち! 勇者はあっち!」
必死にリックがアイリスを指すが、プトラルドは本気で勘違いしているようで、彼に向かって死ね勇者と叫ぶ。人の言うこととを聞かない魔王にリックは呆れるのだった。
「ほんとうに俺は勇者じゃなくて兵士……」
「まだいうか! 黙れい!」
プトラルドはマントから出した手をジェーンからリックへと向けた。体はマントのすきまから見えずに黒い手袋をした手だけがリックに見えている。怪しく紫に光る粒が、プトラルドの右手へと渦を巻きながら集約していく。顔が険しくなり血管が浮き出てプトラルドが力を込めているのがわかる。
「もう! 魔王軍ってのはクソボケばかりか!! こうなったら…… やってやるよ! 来いよ!!!」
叫びながら左手で手招きする仕草をしたリックは、剣先をしたにして構えてプトラルドを睨み付けるのだった。プトラルドが手の先に集約された、紫の光が大きく丸くなった。
「はぁぁぁ! 勇者よ死ねーーー!」
プトラルドが手を前に突き出すと光の中から、無数の小さい紫色の光の矢が、現れリックへと飛んでいく。
「えっ!? あれっ…… いいのか。まぁいい!」
プトラルドから放たれた無数の紫の矢がリックへと迫って来た。しかし、リックに見える矢は遅くなんなく叩き落とせそうだった。リックは次々に向かってくる紫色の光りの矢を叩き落としていった。
矢はリックに叩き落とされると床に落ちる前に消えて行った。すべての矢がリックによって叩き落とされるとプトラルドは小さくうなずく。
「ほう…… やるな。さすがは勇者じゃ」
「だから! 俺は勇者じゃないって!」
「なっ!? 何だと?」
「ほら! これ見てよ。グラント王国の兵士の格好だろ?」
「うっ…… うむぅ……」
兵士の制服や胸当てをゆびさして、リックは必死に自分が勇者じゃないことをアピールする。難しい顔でリックを見つめるプトラルド。
「(何してるんだろ…… 俺……)」
リックのことをまじまじと見て、プトラルドが真面目な顔で首をかしげながら考えてる。どうやらまだリックが、ただの兵士かどうか半信半疑のようだが、く話を聞く気にはなったようだ。
「じゃがわしの攻撃を防げるその動き…… やはり勇者であろう?」
「いやいや、勇者ならそこにいるでしょ。だいたいさ。ここまできて大地破壊剣を持ってないのはおかしいだろ!? 持ってるのはアイリスだし!」
「なんじゃと!?」
リックが大地破壊剣を指差すと、プトラルドはアイリスへ顔を向けた。アイリスは仰向けに寝かせたジェーンの横に座り、彼女を回復して大地破壊剣は床に置いてある。
「ほら大地破壊剣を持ってる。あの青い服の女…… じゃない青い服を着てる女性っぽい男が勇者だよ」
「あの者が勇者じゃと!? いや! お主が大地破壊剣を預けているだけじゃろう?」
「はぁ!? まだ疑うのかよ!? もういい! よく見てろ!!」
「なっなんじゃ!?」
ムッとした顔でリックは、プトラルドに制止するように手をだし、アイリスに呼びかける。
「おーい。アイリス! 大地破壊剣を持ってきてくれる?」
「えっ!? はーい。いいわよ。ジェーンさんの応急処置は終わったし」
ゆっくりと立ち上がって大地破壊剣を持ってアイリスはリックの近くまでやって来た。
「大地破壊剣を俺に貸して?」
「えっ!? はい! どうぞ!」
アイリスは大地破壊剣を渡そうと、手のひらを上に大地破壊剣のせて両手でもってリックに近づける。リックは剣を鞘に納め恐る恐る右手を伸ばす。
「(よし…… 多分、天上の兜の時と同じになるはず。あまりビリビリしないでね)」
リックが右手を近づけ、大地破壊剣のグリップを持とうとする。
「やっぱ来るよね。あぶねえ! しかもちょっと痛いし……」
大地破壊剣を握ろうとしたリックの、右手にバチバチと電流のようなものが流れて軽く光った。手をひっこめたリックは勝ち誇った顔でプトラルドを見た。
「なぁ!? 俺は大地破壊剣を持てないだろ?」
「なっ!? 貴様なぜ大地破壊剣を持てぬのじゃ!? 勇者の癖に!」
「だから勇者じゃないって言ってんだろ!!! アイリス! 剣を持て!」
「えぇ…… わたし剣とか持ちたくない。趣味じゃないし…… か弱い支援係か回復役がいいのに……」
大地破壊剣を持て言われたアイリスは、不満そうに口を尖らせてブツブツ言って、あからさまに嫌そうな顔した。プトラルドはそんなアイリスを見て疑いの目でリックを睨む。
「はぁ…… しょうがねえな……」
プトラルドの視線を受けたリックはすごく嫌そうに笑顔を作る。
「きっと…… 剣を持って構えるアイリスはかわいいんだろうな…… 見たいなぁ。俺に見せてくれないかなぁ」
「えっ!? 本当に!?」
目を輝かせたアイリスは、嬉しそうに大地破壊剣を持って構えてポーズをとった。アイリスは剣を両手に持ち、色々なポーズをリックに見せ……
「こら! そういうことはしなくていい! ちゃんと持ってプトラルドに見せろ!」
大地破壊剣の剣先を床につけ、剣によりかかってウィンクして、スカートをまくったアイリスをリックは怒鳴りつけるのだった。怒鳴られたアイリスは不満そうに口をとがらせる。
「リック…… もういい? 趣味じゃないし……」
「あぁ。もういいよ。なっ!? わかったろこれで…… なんだよ!?」
剣を持って嫌そうにする、アイリスを見たプトラルドがリックになぜか怒った顔を向けていた。
「騙したな! 貴様! あの女が勇者か!?」
「はぁ!? 騙したもくそもあるか! てめえが勝手に勘違いしただけじゃねえか!!!」
「ぐぅ! 魔王を愚弄しおって許さん!! 許さんぞおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
プトラルドの手が再び紫に色に光りだした。リックは素早く反応し、アイリスの前に出て、剣先を下にして構える。
「どきな! リック!」
「えっ!? あぶねえ!」
声が上げリックがはすぐに頭を下げた。声に反応し振り向いたリックの、目の前に槍の刃が見えた。槍はものすごい速いスピードでしゃがんだ彼の頭をかすめて飛んで行った。
「もう…… 俺がどく前に投げてるじゃないですか……」
視線の遠い先には槍を投げたメリッサが笑ってこっちを見ている。彼女の後ろには第四防衛隊とアイリスの仲間が皆そろっていた。
「ぐわわああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
メリッサさんが投げた槍が、プトラルドの胸に突き刺さり、叫び声が響いた。プトラルドは両手をマントから出して槍を持って、両膝を床についた姿勢で、顔をあげ目を見開き天井を、見つめたままいてピクリとも動かなくなった。
「ねぇ、リック? プトラルドは死んだのかな?」
「うっうん!? わかんないけど動かないな」
リックがそっとプトラルドの肩に、手を置くと彼は仰向けに倒れた。
「ふぅ…… どうやら死んだみたいだけど…… 魔王って!? こんなに弱いのか。まぁ…… いいか」
鞘に剣をおさめたリックは、アイリスとジェーンの元に向かう。メリッサ達もジェーンの元へと向かう。
「リック! 後ろ!」
「えっ!? アイリス気を付けろ!」
イーノフの声がして、リックとアイリスが振り向くと、倒れていたはずのプトラルドが起き上がり、自分にささっていた槍を引き抜いていた。
引き抜いた槍を手に持ち、メリッサを見つめてハッとした顔をした。
「貴様は…… ははは! 思い出しぞ! 確かアレックスの亡骸の横で…… ぐあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「こら! イーノフ……」
「だっだって……」
メリッサの横にいる、怖い顔のイーノフの杖から、プトラルドに向かって炎が噴き出し、あっという間にプトラルドは炎に焼かれ叫び声をあげていた。
炎がおさまるとそこにはメリッサの槍と、ジェーンが持っていた槍が二本床に転がっていた。
「槍にもどった!? まさかプトラルドの正体は槍?」
「はぁ!? リック…… あのねぇ。魔王が槍のわけないだろ。その槍になんか仕掛けがあるのさ」
「そっそうですよね。もちろんわかってましたよ!」
必死に言い訳をするリックをみて、呆れた表情をしジェーンの槍を指すメリッサだった。メリッサが手を振ると彼女の槍は床から消えて手元に戻ってくる。
イーノフがジェーンの槍を持ち上げ、真剣な顔で見つめている。
「メリッサの言う通りだ。これは魔法道具だね。おそらくプトラルドは予めこの槍に魔法をかけていて自分の姿を実体化させたのだろう」
「なんでそんなことするんですか?」
「うーん。きっとこれを使ってる人間を監視していて、変な動きをしたら処分するためかな……」
「監視!? でも、なんで!? そんなことを?」
「そりゃあ。ジェーンは人間だからね。幹部になったとはいえ完全には信用してなかったんだろうさ」
肩にジェーンの槍をかつぎイーノフは倒れた彼女を見つめている。イーノフの言う通りで、ジェーンは勇者アレックスの妹で、いくら人間に恨みがあるとはいえ魔王に簡単には信用されるはずがない。彼女がグラント王国の制圧を命じられたのはその忠誠心を試すためでもある。
メリッサがジェーンの横に立ち、彼女を見つめている、顔は真剣な表情だが瞳が悲しそうに見えた。
「メリッサ…… ありがとう…… アイリスを守って…… くれて」
仰向けに倒れ、ほほ笑んでメリッサに礼をいうジェーン。メリッサは真剣な表情で、彼女が倒れている姿を見つめていた。ただ、ジェーンが自分にほほ笑んだのを見て、少しだけメリッサの目元は緩み嬉しそうにしたように見えた。
「ふぅ…… ソフィア! ジェーンを回復するんだ。ゴーンライトとポロンは回復が終わったらジェーンを拘束するんだよ」
「わかったのだ!」
「わかりました」
「はい! メリッサさん」
小さく息を吐き、メリッサはソフィア達に、ジェーンを拘束するように指示をだした。メリッサの近くにアイリスがゆっくりと近づいている。
「メリッサ姉さん…… ジェーンさんを捕まえるんですか? 彼女は私を助けてくれて…… きっと今までのことも誤解が……」
「当たり前だよ。私はグラント王国の兵士だ。王国の治安を守る義務がある…… ジェーンは魔王軍だ…… 見逃せないよ」
厳しい表情をしてメリッサはアイリスに答える。うつむいて泣きそうな、アイリスがしぼりだすように声をあげる。
「でっでも、ジェーンさんだって……」
「わかるよ。僕とメリッサはジェーンの事を昔から知ってる。彼女が悪い人間じゃないってことは理解してるよ。でも、だからと言って彼女が王国にした行為が正当化される訳じゃない……」
「そっそんな……」
アイリスの肩に手を置き、イーノフが諭すように話しかけている。回復を終えてソフィアが、右手を上げ合図をメリッサに送った、ジェーンがポロンに立たされて縄を持ったゴーンライトに大人しく手を出す。アイリスは駆けだしてジェーンに声をかけた。
「ジェーンさん…… 私……」
「いいのよ。ありがとう…… アイリス…… 私は罪を償うわ…… もう会えないかも知れないけど…… ありがとうね」
笑顔でアイリスに、礼を言うジェーンはどこか寂し気だった。ジェーンの姿にアイリスは、立ったまま静かに泣いていた。スラムンとキラ君がアイリスにそっと寄り添っていた。
「ゴーンライト、ポロン…… 早くジェーンを拘束して連れて行きな」
「わかったのだ」
「はい……」
「あっ! ちょっと! 待って! リック! これを……」
ジェーンがリックを呼んだ。ジェーンにリックが駆け寄ると彼女は何か渡してきた。
「これは…… 青い指輪」
リックが渡されたの青い金属の指輪だった。ジオール、モンドクス、クロコアイバーソンの体から指輪が出て来た。リックは指輪をつまんでまじまじと見つめジェーンに尋ねる。
「この指輪は? 一体なんなんですか?」
「私も詳しくは知らないわ。ただ…… 魔王討伐の旅でお兄ちゃんがずっと着けてたのよ…… 本当は全部私が持っておきたかったけど…… プトラルドに忠誠を誓った時に取り上げられて…… 四邪神将軍に一つずつ……」
「そうか。アレックスさんが…… だったら俺よりアイリスが持った方が?」
「アイリスには回復してもらった時に渡そうとしたんだけどね。趣味じゃないって断られたのよ。だからあなた持ってなさい」
「まったく…… あいつは…… わかりました」
指輪をアイリスに渡そうとしたが断れたというジェーンの言葉にあきれるリックだった。リックがジェーンに返事をして、指輪を受け取ると彼女はは嬉しそうに頷き大人しく拘束され、ゴーンライトに連行されるのだった。
この後、ジェーンは法廷で裁かれて罪を償うことになる。
「ふぅ…… 大変だったけどこれで大地破壊剣を手に入れることに成功だ」
天上に目を向けてつぶやくリックだった。彼らは下りて来た螺旋廊下を上り王都へと帰還したのだった。
数日後…… 早朝からアイリスが、第四防衛隊の詰め所にとやってきた。アイリスは旅立つ前にリック達に挨拶に来たという。
リック達は、カルロスの机の前に整列し、アイリスと向きあう。アイリスの横にはスラムンが乗ったキラ君が立っていた。
「皆さんありがとうございました。じゃあ、行ってきます」
「アイリス。気をつけてな。次はどこへ行くんだ?」
「うん!? もう伝説の武器防具はそろったし…… 後は他国で魔王の対策のアイテムを少し集めて…… 魔王城に行くわ」
「そうか…… いよいよだな。頑張れよ」
「ありがとう。私頑張る…… でも、リック…… みんな…… もし私が援軍を依頼したら来てくれる?」
声を振るわさ少しおびえたように尋ねるアイリス。心配そうにリック達を、見つめるアイリスに、カルロスが笑って答える。
「ははは。心配しなさんな。第四防衛隊はすぐに駆け付けるさ。なぁお前さん達?」
「もちろん! 心配しなくても、もうあたし達はあんたの仲間みたいなもんだろ…… どこに居たって助けにいくよ」
「あぁ、僕も行くよ。メリッサやみんなと一緒にね」
「俺も行く。お前は俺の大事な友達だからな」
「絶対に行きますよ」
「行くのだ」
「僕もアイリスさんの為になら頑張ります」
カルロスの言葉に皆が答える。スラムンは嬉しそうに飛び跳ね、キラ君は手を叩いて喜ぶ。ただ……、なぜか頬を膨らませ、アイリスがリックにつめよってくる。
「なんだよ!?」
「なにどさくさに紛れて私のこと友達って言ってんのよ!」
「はぁ!? なんだよ!? 俺とお前は友達だろ?! 今までも、これからもずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとな!」
「なっなんですって! いい? 私達は恋……」
「ほら! もう行くズラよ。アイリス!」
「あっ!? ちょっとスラムン!? まだ話が……」
「はいはいズラ」
「あぶないぞ。気を付けろよ」
キラ君にアイリスが引っ張られて転びそうになるのに声をかけるリックだった。
スラムンが乗ったキラ君にアイリスが、引きずられていく何度も見た光景にリックは懐かしそうに思わず笑みがこぼれる。伝説の武器と防具をそろえた、アイリスは魔王討伐という最後の戦いへと挑むのだった。