第229話 地下に待つ混沌
リック達は兵士の案内で、ローズガーデンの町の中心にある広場へとやってきた。この広場は木のたもとにベンチが置かれ、昼間は屋台もでて、囚人達の憩いの場としてにぎわっている。
広場の中央に地下に向へと向かう大きな階段が見える。階段の先は、白い壁と彫刻の施された柱が並ぶ、広大な空間へと続いている。空間の奥には大きな鉄の扉と手前には祭壇がある。ここが大地破壊剣を聖剣としてまつる祭壇だった。
「こりゃあひどいな」
祭壇の背後にある重く厳重な鉄の扉が、魔法かなにかで溶けたように穴があき、周りは数人の兵士が倒れていた。リックは穴から顔を覗かせて扉の向こうの様子を探る。
扉の向こうは、直径数十メートルの円筒の形をした垂直な穴で、壁に沿って螺旋廊下が穴の下に伸びていた。穴の先は真っ暗で見えない。噂ではこの穴はソフィアが見たかった亀裂のそこまで穴は続いているという。扉から見る限り中は荒らされた形跡はない。
メリッサに顔を向けたリック、彼女は静かにうなずいた。リックは扉をゆっくりと開けた。扉が開くとメリッサはリックの横を通って先に中へ入り振り向く。
「さっ! みんな行くよ。私達が先導するから! アイリス達は真ん中で後ろはリック達だよ」
「わかったよ。行こう」
「わかりました。メリッサ姉さん!」
「行こう。ソフィア、ポロン」
リック達は全員扉の中へと入った。下へとのびている螺旋廊下は、狭く人が二人やっと並んで歩ける程度で、穴側に腰暗いの高さの鉄製の手すりが置かれていた。狭くて動きにくいが、定期的に壁に松明が置かれて、自然の洞窟と違い明るい。廊下の壁には松明の他に等間隔で鉄格子の扉が置かれている。この穴はローズガーデンの独房としても使われ、上の町に住まわせることのできない、凶悪な犯罪者が収監されているのだ。
「おっお前は!? リック!? それに!? この間の……」
囚人の一人がアイリスとリックと見て驚いて声をあげた。
「あっ!? あんた!?」
「リッリリィ……」
独房に居たのはリリィだった。リリィは独房の鉄格子に手をかけたまま、リック達を見つめ嫌悪感丸だしな顔していた。独房は狭いスペースにベッドと排泄用に瓶が置かれているのが見える。
「なに? 二人して…… そうかあんた勇者だもんね。この下の聖剣を取りに行くのね」
「あら!? よくわかったね。取ってきたら帰りにあんたにも見せてあげるわね」
「はんっ! いいわね。地獄に持っていくいいお土産話になるわ」
「なによ地獄って? あんた死ぬの? 病気?」
「はぁ!? 私は王国を騒がした犯罪者よ。死刑に決まってるでしょ?」
不機嫌そうにアイリスの問いかけに答えるリリィだった。彼女に言い渡されたのは死刑だった。動機などに疑問が残り尋問が続き、今はまだ独房に収監されているが、全て終われば刑が執行される予定だった。
リリィの話を聞いたアイリスは笑顔を彼女に向けた。
「あんたが死刑? あははは。心配しなくても大丈夫だよ。私がこの間頼まれたもん。聖女さんにあんたの助命を王様にお願いしてくれってね」
「はっ!? シーリカ姉さまが!? 助命って…… なっなんでよ……」
両手を腰に当て胸を張り得意げに話すアイリス、リリィはひどく狼狽して声が震える。リリィの様子にアイリスは静かにうなずき優しい目を向ける。
「うん。一緒に過ごしていた時のあんたは悪い人じゃなかったってさ。だから助けてあげてってさ」
アイリスは微笑みシーリカの気持ちをリリィに伝えた。たとえ自分を裏切った人間であってもシーリカは一緒に過ごした時に感じたリリィの人柄を信じたかったのだろう。
「(シーリカ…… リリィのために親しくないアイリスにも頭を下げたのか。ふふ。何でも一生懸命なシーリカらしいな。まぁ、たまにその一生懸命さがやっかいなことを引き起こすけど……)」
アイリスの言葉にリリィはうつむき悔しそうに顔をしかめる。
「余計なことを……」
「ちゃーんと昨日お願いしてきてあげたからね。王様にあんたを助けてくれるようにって」
「はっ!?」
「まぁ一生牢から出られないかもしれないけど、独房からもいずれ出られて上の町で暮らせるわよ」
ニコッと笑って明るくアイリスは、鉄格子に顔を近づけてリリィと話す。今や王国一の勇者アイリスと聖女シーリカの二人から、命乞いをされたら国王はおそらくリリィを助けるだろう。リリィはさらに悔しそうな表情をする。
「ケッ……」
「まぁ聖女さんの気持ちを、どうとろうがあんたの勝手だけどね。あんたのことを気にしてる友達がいるって覚えておきなさい」
「うるさいわ! さっさと行きなさい!」
うつむいていたリリィは、怒って叫ぶと独房の中のベッドに潜ってしまった。アイリスはやれやれという顔をして歩きだす。
「どっどうした!?」
鉄格子から離れた、アイリスがリックを見つめる。
「まぁ聖女様は少し…… ムカつくわよね…… だって聖女のくせにリックのこと…… 目を輝かせて……」
「なっなんだよ!?」
リックの顔を見ながら不満げに、ぶつぶつとつぶやいているアイリス。シーリカと会った時に彼女からリックへの熱い想いを察したようだ。アイリスが近づいてきて、隣に並び腰をかがめてリックを下か覗き込む。
「まったく…… こんなののどこが良いのかしら…… リックの魅力がわかる人なんかいないでしょうね……」
「はぁ!? こんなのとは失礼な! なんだよ」
不機嫌そうなリックにアイリスが微笑んだ。
「フフ…… でも、私は…… リックの…… キャッ!」
「リックの魅力はわたしがわかるですー!」
「わっわ! 危ないよ……」
「ふふふ」
アイリスを後ろから押しのけて、ソフィアが近づいて来て、リックの腕を組んで来た。ソフィアはアイリスと同じように、下からリックの顔を覗き込む。
「それにいいんです私だけがリックの魅力がわかれば! ねっリック!?」
「うん、俺はソフィアがわかってくれればいいや」
「ふぇ…… リック……」
首をかしげてリックにたずねるソフィアだった。微笑んでリックがうなずくと頬を赤くして、少し恥ずかしそうにするソフィアがリックにはたまらなくいとおしく見え、自分の一番の理解者がソフィアだと、リックは改めて思うのだった。
「おっと!? なんだ!?」
リックの腰に誰かが抱き着いた。
「ポロンもリックのことわかってるのだ! リックはかっこいいのだ」
「ははっ! うん。ポロンもありがとうね」
腰のあたりにだきつたポロンが見上げてリックに必死に訴えている。ポロンに微笑んだリックは彼女の頭を撫でる。
「さぁ行きましょうか…… どいてください!」
「うん!?」
前を向くリック、ソフィアに押しのけられたアイリスが、リック達の前にたって手を広げていた。
「こら! 待ちなさい! ソフィア! それは私が言うこと……」
「早いもの勝ちです」
「なっ!? この! ずるいわよ!」
「うるさい! ちゃんと前向いて歩きな! リック! あんた何とかしな!」
「えぇ!? 俺は何も…… ほら! 行くぞ! 二人とも!」
メリッサに一喝され、ソフィアとアイリスは渋々歩き出した。しばらく螺旋廊下を歩き、リリィが居た場所の向かい側へとやってきた。正確には廊下は螺旋状に下がっていくので、正確には向かい側の少し下あたりだ。
リックが向かいの廊下の壁を、少し見上げると、ちょうどリリィが収監されている独房が見える。明るく遮るものがないので、リリィが寝てベッドの布団が膨らんでのがわかる。鉄格子までリリィがくればその姿がはっきりと見えそうだった……
「おぉ…… ジャイル…… リリィ……」
「うわ!?」
リックが歩く横の独房から、囚人が鉄格子から、手を出して小さい声を発していた。ボロボロの白い囚人服を着て、頭髪の薄い白髪の細く青い目をした、ガリガリに痩せた男がジャイルとリリィの名前をつぶやき続けている。男とは少し上に見える、リリィの独房を鉄格子から。ジッと見つめている。
「リック…… 気を付けるんだよ。その囚人あたしらに興味はないみたいだけど、手を鉄格子からだしてるから掴まれたり押されたりしないようにね」
「あっあの? メリッサさん!? この人って!? まさか!?」
囚人にリックは見覚えがあった。メリッサはリックの言葉に静かにうなずく。
「あぁ。ヴィーセルだよ。反乱の首謀者だからここに幽閉されてるのさ」
「ほら、メリッサ、リック、早く行こうよ」
「うん…… 行くよ! みんな! 囚人にかまうんじゃないよ」
「はっはい!」
リックとメリッサが会話していると、何かにハッとした表情をしてイーノフが先を急ごうと促した。ヴィーセルは先代国王の弟で、異世界人を使って反乱を起こそうとした。反乱の動きに気づいたエルザさん達に反乱を潰されて捕まった。彼も死刑が確定している。
リックはヴィーセルに警戒しながら前を通りすぎていく。随分厳しく尋問され、おそらく拷問も加えられたのだろう。体中傷だらけで、ヴィーセルの目に力もなくうつろな表情をして廃人のようになっていた。ちなみに彼の尋問を担当したのはロバートだ。
「チッ…… こいつ…… こんなになってまで下半身が膨らんで娘に欲情してやがる」
小さく首を横に振ってリックは前を向き、ヴィーセルを残し前へと進む。
扉に入って一時間ほど経っただろうか。上を見上げるとはるか上にうっすらとリック達が入ってきた扉が見える。螺旋廊下が底についた。ホッと安堵の表情を浮かべるリックだった。アイリスは前に出てキョロキョロと周囲を見渡してメリッサに顔を向けた。
「メリッサ姉さん!? ここに剣があるの?」
「いや。ここは休憩所だよ。まだ三分の一ってところかな。ほら! あの壁にさらに廊下があるだろ?」
「ほんとだ!」
メリッサがさした向かいの壁の出口に、廊下が続いてるのが見えた。休憩所というメリッサの言葉は通りで、出口の側には水飲み場や休憩用に椅子もおかれていた。
「うん!? みんな戦闘体制を!」
「えっ!」
何かに気付いたメリッサが叫び槍をだして構えた。リックは彼女の声に反応し剣に手をかけた。メリッサの視線はリック達が居る場所の向かい側にある出口へと向いていた。その出口に人が現れ、ゆっくりと近づいてきた。
「メリッサ、イーノフ久しぶりね」
「やっぱり!? あんたかジェーン!」
向かって来たのは魔王軍四邪神将軍の一人混沌女神のジェーンだ。
ジェーンは身長が高く、真っ青な髪をして、化粧でタレ目を矯正して長い髪を後ろで結び、髪型を似せてメリッサの真似をしている。赤い柄の槍を持って、黒い皮素材の腹が出た、露出の多い恰好にマントを身に着けている。
彼女はかつての勇者であった、アレックスの妹だ。グラント王国がアレックスと魔王の戦いで、援軍を送れずに死なせたのを恨み現在は魔王軍に所属している。
笑顔でリック達から少し離れた場所にジェーンは立ち止まった。
「さぁ。覚悟しな!」
「あはは。残念だけど、あんた達の相手は私じゃないわ。出ておいで!」
ジェーンが手を叩くと、地面から大くて丸い人のような、緑色の魔物が出てくる。
「お前は!? ジオール?」
「久しぶりだな。リック! 勇者アイリス!」
現れたのはリブルランドで、リックとアイリスが倒した四邪神将軍の一人、疾病魔人のジオールだった。
「フフ、どうかしら? また会えてうれしいでしょう? この子ね。あんた達にやられて復讐したいんですって! 相手してあげてちょうだい」
ジオールを見上げながら微笑むジェーン。ジオールはリック達を睨みながら自分の胸を叩く。
「今度こそ疾病魔人の恐ろしさ見せてやる」
「じゃあ後はよろしくね」
ジェーンはジオールに笑顔で手を振ると、振り返って出口へと行ってしまった。
「待て!」
「おっと! 通りたければ俺を倒すんだな」
リック達の前にジオールが立ちはだかりジェーンを追うのを邪魔する。
「わかったよ。返り討ちにしてやるよ…… えっ!? ちょっとなに!?」
キラ君に乗ったスラムンがリック達の前に出た。
「みんな待つズラ! オラにやらせるズラ! 行くズラよ。キラ!」
「えっ!? ちょっとスラムン!? 何するのよ」
「こいつはオラの仲間のタカクラを傷つけたズラ! だから許せないズラよ!」
スラムンがジオールを見つめる。ジオールはリブルランドでアイリスの仲間である、クラーケンのタカクラ君を捕虜にして殺そうとした。スラムンはその報復をしたいのだ。リックはスラムンが仲間想いの良いリーダーだと感心する。
「なら私も行く。私もスラムンの仲間だもん」
「ダメズラよ。アイリス達はやることがあるズラ! 先に行くずらよオラとキラに任せるズラ!」
一緒に前に出ようとするアイリスをスラムンが止めた。メリッサが槍をしまい、スラムン達に声をかける
「よしわかった。やっちまいな。スラムン! それとこいつを貸してやるよ!」
「えっ!? ちょっと!? メリッサさん!? うわ!」
メリッサはゴーンライトの首根っこをつかむと、持ち上げてキラ君の乗ったスラムンの横に投げた。
尻もちをついたゴーンライトさんに、キラ君が手をだして起こそうとする。
「いたた…… よろしくお願いします。スラムンさん」
「よろしくズラ! ゴーンライトさん! キラも喜んでるズラよ!」
「頑張るのだ! ソーンファイトさん!」
「もうポロン…… 僕はゴーンライトだよ!」
ポロンの声援にこたえて、スラムンに頭をさげるゴーンライト。言葉はしゃべらないが、スラムンの乗ったキラ君は、ゴーンライトが隣にいて嬉しそうに手を叩いている。
「へっ!? なんだぁ!? スライムと殺人死体が四邪神将軍に勝てると思ってるのか?」
「うるさいズラよ。やってやるズラ」
「バカにしやがって……」
ジオールは腰を落として左の拳を前にだして構えた。
キラ君とゴーンライトさんが背中に持った盾を両手に持った。スラムンはキラ君の頭の上で少し大きく息を吸い込んだ。