第228話 憧れの勇者様
「相変わらず周りには何もないな。まぁ牢獄の町だからな……」
草が生えない石や岩が転がる荒野を見渡してリックがつぶやく。第四防衛隊はローズガーデンとやってきた。彼の視線の先には、だだっ広い荒野に大きな裂け目と小さい石づくりの橋があり、その先にある高い石の壁に囲まれたローズガーデンが映っている。
ローズガーデンは大地の裂け目と言われる、大きく深い亀裂に囲まれた、町だけが荒野の中に浮かんでいるような姿をしていた。町への出入りは亀裂の幅の一番狭いところに駆けられた橋一つだけとなっていた。
「お帰りなさい。今日は早いですね」
「いや…… 今は任務で……」
「あっ! そうですか。どうぞ」
橋の前に立っている兵士が、ゴーンライトを見て声をかけリック達を中へと通す。ここの町長の配偶者で住民なので、ゴーンライトは兵士と顔見知りだ。リック達は順番に全員で橋を渡る。先頭はメリッサ達で、真ん中にアイリス達と続き、最後にリックとソフィアとポロンの参院が続く。
「うん!? どうしたの? ポロン?」
首をかしげるリック、ポロンが橋の手前で止まっていた。
「なっなんでもないのだ!」
「あっ!? もしかしてポロン…… 高いから怖いの?」
「違うのだ。平気なのだ! ソフィアとリックは先に行くのだ」
「わかったよ」
リックとソフィアが歩き出す。ポロンは橋を見て不安そうな顔になる。リックとソフィアが、少し歩いて振り返った。まだポロンが橋の入り口で動けずに止まってる。やっぱり怖いようだ。橋の前で番をしている二人の兵士もポロンを心配そうに見つめていた。
魔物でも幽霊でもポロンは、平気で戦えるが、暗いのと高いのとかは怖いようだ。リックとソフィアは顔を見合せると、心配そうにポロンに声をかける。
「ポロン!? 戻ろうか?」
「私と一緒に手をつないで渡りましょう」
「いいのだ! 一人で渡れるのだーー!」
リック達が声をかけると、余計意固地になったポロンは、悔しそうな顔して足をバタバタしていた。
「どうしましょう。リック?」
「うーん。俺とソフィアが戻ろうとすると嫌がるだろうしな…… あれ!? メリッサさん……」
メリッサがリック達の異変に気付いて、戻ってきてリックとソフィアを越し、橋の入り口まで歩きながら顔をだけ振り返った。
「あんた達は先に渡りな」
「大丈夫ですか?」
「うん。ナオミも似たようなもんだから平気だよ」
やれやれという感じでメリッサが、ポロンの少し前まで戻ってきてしゃがんで両手をひらいた。
「ほら! こっちにおいで!」
「わたしは一人で渡れるのだ……」
「違うよ。あたしが一人じゃ怖いから来てほしいんだよ」
「うっ…… わかったのだ。メリッサのために行くのだ」
嬉しそうな顔してポロンが、メリッサのところまで駆けていくと抱き着く。メリッサはポロンの腰に手をまわし、彼女を抱きか抱えて立ち上がる。
「やっぱり、メリッサは大きいのだ!」
「ははっ! そりゃ、あんたに比べれば大きいよ」
大きいって言われたメリッサが珍しく笑っている。リック達が大きいと言うと怒るが、ポロンは怒られない。ポロンがメリッサに片手でだっこされて肩まで持ち上げられて、メリッサと同じくらいの視線になり嬉しそうに笑っている。
メリッサはポロン抱えたまま、二人のやり取りを見ていた、リックとソフィアを抜かし先に進んでいた。
「ふふふ」
「ははっ。よかったね」
リック達とすれ違う時に、ポロンは自慢げに、二人に手を振っていた。
「ポロン嬉しそうでしたね」
「うん! よかったね。じゃあ行こうか!」
「待ってください」
石造りの橋の手すりに乗り出して、ローズガーデンの亀裂の奥をソフィアが覗き込んでる。
「何してるの? ほら早く行こうよ!」
「待ってください。今日こそ亀裂の底を見るです」
「もう…… 危ないよ! ダメだよ」
「いやです。まだ見るです」
リックはソフィアの肩をつかんで、さらに前に乗り出そうとする彼女を止めた。
「わっ!? ダメだって!」
どんどん前のめりになった、ソフィアは手すりから落ちそうにリックには見えた。彼は慌てて彼女の腹に両手をまわして押さえた。
「離してください」
「危ないからダメだよ!」
ソフィアが抵抗して、亀裂の奥を覗こうとする。必死に彼女を、止めるリックだが、顔が緩んでいる。
「(フフ…… ソフィアが前に行こうと暴れると手に柔らかい感触がする、ソフィアの胸が俺の手の上に乗っている……)」
腹に回したリックの腕に、ソフィアの胸が当たっており、リックはその感触を楽しんでいたのだ。
「うおっほん!」
「なっなんだよ……」
リック達の横にアイリスが駆けてきて、わざとらしい咳ばらいをして彼らを睨んでいる。
「何してるのよ! 二人とも早くローズガーデンに行くわよ!」
「わかってるよ。ほらソフィア! 行くよ」
「はーい」
アイリスが怒った顔でリックとソフィアに叫ぶと、ソフィアは残念そうにし、手すりから乗り出すのをやめた。名残惜しそうに、手すりを見たソフィアにリックが手をだすと、彼女はリックの手を握ってきた。手をつないで二人でローズガーデンにむけて歩き出す。アイリスは並んで手をつなくリック達を見て睨んでいた。
「亀裂の底みたかったです……」
「また今度ね」
しょんぼりしてるソフィアの頭を、リックが撫でると、アイリスはさらに不機嫌そうな顔に変わった。
「はぁ…… リックは…… 甘いんだから……」
「なんか? 言ったか?」
「何でもないわよ! リック嫌いよ。イーっだ!!!」
「はぁ!?」
ほっぺたをプクっと膨らまし、リックとソフィアにイーっと歯をだし、アイリスは走って行ってしまった。ソフィアとリックは、二人で顔を見合わせる。ソフィアはアイリスの行動に首をかしげてるのだった。
リックとソフィアは手をつなぎ、橋を歩いてローズガーデンへと向かう。先に着いたメリッサ達がリック達を待っていた。ポロンはもうメリッサから下りてローズガーデンの壁を見あげていた。
ローズガーデンは町であってもやはり牢獄で、橋を渡ると壁があり門をくぐると、もう一枚壁があって二重の壁になっている。
「さぁさ! こっちですよ!」
ローズガーデンの住民であるゴーンライトが先導して歩く。二重の壁の先が牢獄の町ローズガーデンだが、中には町長の許可がないと兵士であっても入れない。壁にそって迂回して、町長がいる番奥の城へと向かう。以前、リック達がローズガーデンを訪れた時は、監視の兵士がいたが、今回はゴーンライトが同行しているためか監視はない。
壁伝いに歩き城の横手ある入り口から入り、階段をあがり三階の町長室の前へとリック達はやってきた。
「入るよ。ブリジッド」
ゴーンライトがノックしてすぐに町長室へと入って行く。町長の部屋は広く、手前には応接用だろうかテーブルと椅子があり。奥の壁に大きな窓があり、その前に立派な黒い木の机が置かれ、右手の壁には歴代の町長だろうか人物画が飾られていた。
椅子に座り作業をしていたブリジットが、入り口を見て嬉しそうに笑う。
「あっ! ゴーンライトー! お帰り…… じゃないわね。いらっしゃーい」
立ち上がったブリジットは手を振りながらゴーンライトに駆け寄ってきた。仲睦まじい様子をリックはうらやましく……
「はぁ…… 幸せ…… やっぱりあなたのマッサージが最高ね」
「当たり前だよー。愛してるからね!」
笑顔でブリジットは、ゴーンライトを自分の机まで連れて行き、椅子に腰かけて肩に指をさすと、ゴーンライトはすぐに彼女の肩を笑顔でもみはじめた。ポロン以外は皆その様子を見て唖然とするのだった。真っ先に我に返ったメリッサがゴーンライトに向かって注意をする。
「ゴーンライト! あんた今日は兵士として来てるんだから! ちゃんとしな!」
「まぁまぁ、あまり怒らないでメリッサ」
「へぇ!? じゃああんたもあたしの肩をもむかい?」
「いやそれはさすがに……」
「どうせあんたじゃあたしの肩に届かないけどね」
「メリッサ!」
イーノフが怒った顔でメリッサを見上げている。メリッサがイーノフが怒ってる姿をみて笑っている。確かにメリッサは背が高く、小さいイーノフでは肩に届かない。
「ほら任務を始めるから離れな! イチャつくのは後だよ」
「うぅ。またね。ブリジット……」
「うん…… 待ってるわ。ゴーンライト!」
メリッサに注意され、二人は渋々といった感じで離れていく。あきれた顔でメリッサは、離れる二人を見ていた。リックは隣に居るソフィアと目を合わせ互いに微笑む。
「ほら! イチャつくのは後よ! 離れて反省しなさい! ソフィア、リック!」
アイリスがリックとソフィアの間に、両腕を入れ押し広げ二人を離そうとした。
「ふぇぇぇ!?」
「やめろよ! 何だよ!? 俺達は関係ないだろ!?」
「何よ! さっき橋の上でイチャイチャしてじゃない。見たんだからね!」
きつい顔のアイリスが二人の間に体を入れ、ソフィアと俺の顔を覗き込むように交互に見ている。
「あのなぁ。さっきのはソフィアが危ないからで…… 別にイチャついてない。うん!?」
ブリジットが目を輝かせながら、大きく見開きアイリスをジッと見つめている。
「ねぇ!? ゴーンライト…… まさか!? この人が?」
「うん! そうだよ。勇者アイリスさんだよ!」
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!! アイリス様!!!!!!! お会いできて光栄です! うれしい!」
悲鳴のような歓声をあげ、ブリジットはアイリスに駆け寄って手を握った。
「なっなんですか!? あなた何?」
「すいません。妻はアイリスさんのファンなんですよ」
「はい! アイリスさんの話を聞いて娘と二人で応援してるんですよ。魔物と友達になれるすごい勇者だって!」
「えっ!? 私のことをそんな風に! いやぁ。私なんかまだまだですよ」
「そうズラな。ただの下衆な勇者ズラ」
「こら! スラムン!」
ブリジットさんに褒められて緩い顔をしてる、アイリスに頭の上にいた、スラムンが飛び跳ねて答えいた。上に目を向けアイリスはスラムンを睨み付けた。
「(確かにアイリスは魔物と気が合って、仲間にできるのは尊敬できるが、他に尊敬できるところはあまりない。いや…… むしろ魔物と気が合うから今までの旅が順調なのか! アイリスは変なやつだけど、優しいし無駄に争うことはしないからな)」
飛び跳ねているスラムンを見た、ブリジットは込んで今度はスラムンに目を輝かせる。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!! 本当にスライムさんを仲間にしてるんですね!? すごーい!」
歓声を受けたスラムンが困惑したように飛び跳ね、アイリスは苦笑いをしている。ちなみに、正確にはスラムンに倒されたアイリスが、スラムンの仲間となったのが真相であり。パーティのリーダーはスラムンだ。
「アイリス様、私達の娘がこの城の上に居るんですよ。娘もアイリス様のファンなんです! 後で会ってもらっていいですか?」
「あぁはい! 良いですよ……」
熱狂的なブリジッドにアイリスが少し引き気味にうなずく。リックは笑い、メリッサはそろそろブリジットを引き離そうと動く。
「うわ!」
「キャッ!? 何よ今の!」
「ふぇぇぇ!?」
突然、大きな爆発音がして部屋が揺れた。ソフィアとアイリスが互いの肩をつかんで顔を見合わせた。
「なんだい今のは!? ブリジット、訓練かなにかしてるのかい?」
「ゴーンライト…… 違うわよ。私もわからないわ。何かしら?」
「ここにいてもしょうがない。とにかく外にでて状況を確認するよ」
メリッサの指示にうなずくリック達。直後に扉が開いて町長室に、一人の兵士が慌てた様子で駆けつけてきた。
「大変です! 大地破壊剣の祭壇が…… 女に突破されました」
「女!? そいつは何者だい?」
「貴様! なぜここに?」
兵士が話しかけたメリッサに向けて武器を向ける。ブリジットが慌ててメリッサと兵士達の間に入った。
「やめなさい! この人は王都の防衛隊のメリッサさんよ」
「えっ!? ですが…… 確かにこいつが祭壇を破壊して……」
メリッサが祭壇を破壊したという兵士。どうやら彼女に似たような者が破壊行為におよんだようだ。怖いをするメリッサに静かにイーノフが近づいて声をかけた。
「メリッサ。君に似てるって!? まさか?」
「あぁ。きっとジェーンだね。みんな…… 行くよ! あんたは案内しな!」
「えっ?! 町長?」
「案内しなさい。みなさん、地下の祭壇をお願いします」
ブリジットが駆けこんできた兵士にリック達を案内するように指示をだした。兵士と一緒にリック達は、ローズガーデンの地下祭壇へと向かうのであった。