第226話 来訪
日が長くなったな夏の日。リックは勤務を終え、ソフィアとポロンと共に、詰め所から自宅である第四防衛田の寮へと帰る。綺麗に石が並べられた道の上を、夕方の鮮やかな赤い光を浴びながらのんびりと歩く三人。
「今日のご飯は何が良いですかね?」
「うーんと…… クルミが良いのだ!」
「ポロンは木の実が好きですね。でも、お魚とかお肉も食べないといけないですよ。後お野菜も食べるですよ」
「うぅ…… 頑張るのだ!」
リックの前をポロンとソフィアが、手をつないで仲良さそうに会話をして歩いている。
自宅へと戻り、装備をはずして制服だけになったソフィアが、エプロンをキッチンに向かうと、ポロンも同じようにしてエプロンをつけてソフィアの後にくっついてキッチンに入った。
「わたしがお手伝いするのだ!」
「ありがとうです。リックは今日の当番は終わってるですからゆっくりしてるですよ!」
「うん。ありがとうね」
ソフィアとポロンが夕食を作っている。リックとソフィアの家事は当番制で、リックの当番は掃除なのだが、今日はなぜか早起きをしたので出勤前に掃除は終わらせていた。ポロンは担当が無い代わりに、二人の手伝いをしてくれる。でも、ポロンは気を付けないと頑張りすぎて二人の両方手伝おうするから注意が必要だった。
「うん? 誰か来たな……」
居間でリック達がくつろいでいると、玄関の扉が静かにノックされる音がして、誰かが呼び掛け始めた。
「こんばんはー! リックー? ソフィアー? いないのー? 入るよー!」
甘い声がリックの耳に届く、聞きなれたこの声はアイリスのものだった。
「アイリスがなんで…… あっ! そうか。前に会った時にしばらくしたらグラント王国に帰って来るって言ってたな……」
リックは立ち上がり、アイリスを迎えに玄関へ向かう、玄関へむかう扉を開けたリックに玄関にアイリスが立っている姿が見える。
「誰か来たのだ! ポロンがお迎えするのだ!」
「ダメですよ。待ってください!」
振り返ると嬉しそうに、ポロンがキッチンから飛び出してきて、リックにせまってきていた。後から追いかけてきてるだろうソフィアの声がした。
「わっ! こら! ポロン! ダメだよ。押したら」
玄関に向かう扉でポロンが、追いついきリックを押してどかそうとした、ポロンの事を止めようと、ソフィアがポロンの肩に手を伸ばす。
「ふぇぇぇぇ!? ポロン、ダメですって!あっ!?」
ソフィアが何かに躓き、手を前にだしたまま倒れ込んだ。リックは体をソフィアにむけ、彼女達を受け止めようと手をだした。
「えっ!? ちょっと!? ポロン!?」
倒れそうなったソフィアは、倒れないようにポロンの肩にしがみつき、ソフィアにしがみつかれ、押された彼女は目の前にいたリックの膝にしがみついた。
「わっわ!」
「ふぇぇぇ!?」
「倒れるのだ!」
バランスをくずしたリックが仰向けに倒れると、彼の上にソフィアとポロンが覆いかぶさるように倒れてきた。
「ちょっとリック!? 何してるのよ? 大丈夫?」
顔を上に向けて声の方に視線を送ると、玄関に立っていたアイリスが心配そうに駆け寄る姿が見える。アイリスはリックの前でしゃがんで彼の顔を覗き込み声をかける。
「あぁ。とりあえずはな。いらっしゃい…… ごめん。やっぱ重いよ……」
「アイリス。こんばんはです。リック! 私は重くないですよ! 失礼です」
「いらっしゃいなのだ。こんにちはなのだ。わたしは少し重くなったのだ」
リックがアイリスに挨拶して声をかけると、彼の上に乗ったポロンとソフィアも続いてアイリスに挨拶をする。ソフィアはリックが重いと言ったのが不満なのかプクっと頬を膨らませている。
「ソフィアだけに言ったんじゃないよ…… 後、ポロンのは成長だから重くなってもいいんだよ。いいから早く降りてよ。本当に二人だと重いんだよ」
最初にソフィアが立ち上がって次にポロン、最後にリックの順番で立ち上がった。倒れてしまったことに驚き、何が面白いのかわからないがおかしかった三人は、顔を見合わせてほほ笑む。
「なんだよ。なんか言いたそうな顔して」
目を細くし、口を尖らせてあきれた顔で、リック達の様子をアイリスが見ていた。
「はぁぁ…… なんでもないわよ。リックとソフィアの仲がいいところを、見せつけられてむかついただけよ!」
「なんで怒るのだ? 仲良しは良いことなのだ」
「うん!? でも、リックは私の未来の旦那様なのに、ソフィアと仲良しを見せられたらムカつくでしょ?」
「ほぇ!? みんな仲良しなのだ! これがいいのだ!」
「ふぅ…… まぁ、ポロンちゃんにはまだわからないわね。ソフィアと私の熱い女の闘いは……」
拳を握ってソフィアに向けたアイリス。しゃがんだソフィアは、ポロンの耳を優しく撫でて、アイリスを軽くにらむ。
「ポロン、アイリスの言ってることは全部ウソですよ。あっち行きましょう」
「そうそう。そもそも俺がアイリスの未来の旦那様って言う前提が間違ってるからな。信じちゃダメだよ。ほらもう向こうに戻るよ」
「なっ何よ! リックもソフィアも嫌い! それとなんでお客様を置いて戻るのよ! 待ってー!」
ポロンの手を引いて、ソフィアが彼女を居間へ連れて行く。リックも二人の後に続いて戻る。三人に去られて寂しくなり、泣きそうなで、アイリスが後からリック達についてきた。ソフィアとポロンがキッチンに戻った。
「アイリスもご飯一緒に食べますか?」
「えっ!? いいの? たべうー! やったー」
アイリスにソフィアが一緒に食べるかと聞くと嬉しそうに答える。リックの隣に座ったアイリスは、ニコニコしながら夕食ができるのを待つのだった。ポロンとソフィアがトレイに夕食を乗せて出てきた。今日はクルミのソースを使った肉と野菜の炒め物だ。夕食を四人で食べる。
「アイリス、スラムンとかキラ君は? 一緒じゃないの?」
「あぁ。ここ来る前に詰め所に寄ったら、隊長とイーノフさんに捕まって飲み行くぞーってご飯を食べにつれて行かれたわ。なんかスラムンとイーノフさんと隊長さんは馬があうみたいね」
「そうなんだ。あの二人とねぇ……」
「まぁキラ君はゴーンライトさんが居なくてしょんぼりしてたけどね」
アイリスの話を聞いたリック、カルロスとイーノフとスラムンというメンバーの会話は、苦労話が多そうだと思うのだった。リックはアイリスが、戻って来た理由はわかっていたが、確認のために問いかける。
「アイリスは伝説の武器を取りに戻ってきたんだろ?」
「えっ!? 違うよ。私は将来のお婿さんのリックのお家に遊びに来たのよ?!」
「真面目に答えないと怒るぞ?」
「私もです。やっつけます!」
「ちょっと! ソフィア!? あんた室内で魔法を撃とうするんじゃないわよ! しかも食事中でしょ!?」
額に手をかざしたソフィアにアイリスが叫ぶ。確かに魔法を食事中となるのはよくないが、ウソをついて真面目に答えないアイリスが悪いと思うリックだった。まぁ、ここでソフィアが電撃魔法を放てば、横にいるリックまでしびれるのだが……
「ソフィア、落ち着いて」
リックが両手でソフィアを制すると、彼女は静かに手を下した。安心したリックは席につき、視線をアイリスに送ると、アイリスは肩を挙げて首を短くして頬を膨らまして不満そうにしていた。
「ベ……」
アイリスが驚いて怒ったような顔をして、立ち上がり、リックの方を向いて叫ぶ。
「あっ! リック! 今見て! ソフィアが舌出して私をからかったのー!」
「うん!?」
ソフィアを指さしてアイリスが叫ぶ。だが、ソフィアの方を向くと彼女は、優しくリックに向かってほほ笑む。
「ソフィアは何もしてないじゃない! 嘘つくなよ。アイリス!」
「ほんとだもん! ねぇ!? ポロンちゃん?」
「うん? わたしは見てないのだ」
「何のことですか? ピピーピーです」
「はぁ!? 何よ。そのふざけたごまかし方は! ねぇ!? リック私の言うこと信じてくれるでしょ?」
「いやいや、ソフィアは何もしてないじゃん」
「はっ!? 何よ! リック嫌い! ソフィアの味方ばっかり!」
腕を組んで不満そうにするアイリス。ソフィアは確かに、子供っぽいところがあるが、そんなことはしないと、リックはアイリスの主張に耳を傾けなかった。リックは座って横に立つアイリスに声をかける。
「ほら。もうわかったから、いつまでも立ち上がってないで落ち着いて飯食おうぜ」
リックが手をのばし、アイリスの肩をつかんで、席に座らせた。不満げな表情をし、口を尖らせたままアイリスは椅子に座る。
「ほんとだもん」
「わかったから。だいたい、お前が変なこというからだろ!? ちゃんと何しに来たか教えろよ?」
「はぁ…… リックの言う通りよ。伝説の武器である大地破壊剣をもらいに来たのよ」
大地破壊剣はかつて、勇者アレックスが使用していた剣で、現在はある場所に保管してある。グラント王国に古くから伝わる聖剣でアレックスは旅の初めから使用していた。彼の旅を模倣するグラント王国の勇者だが、大地破壊剣だけは、勇者がその実力を認められない限り、使用は許されない。船で世界を飛び回り伝説の防具を三つ、三人の将軍を討伐したアイリスは、大地破壊剣の使用者に認められたのだ。
納得したうなずくリック、彼の顔を嬉しそうにアイリスが見つめいた。リックはアイリスの視線に気づいて声をかける。
「アイリス? どうしたの? 何を笑ってんだ?」
「へへ。しかも今回はリック達が私の護衛につくのよ。一緒にローズガーデンまで大地破壊剣を取りに行きましょうね」
大地破壊剣を一緒に取りに行こうと言われて驚くリック達、アイリスは三人の反応にニヤッといやらしく笑う。
「どうして!? 俺達が一緒に行くんだよ!? スラムンやキラ君がいるだろ?」
「スラムンやキラ君も一緒よ? でも、別にいいでしょ!? リックと一緒に行きたいの! なんなら私とリックの二人っきりでも良いわよ」
「ダメです!」
「リックが行くならわたしも行くのだ」
「チッ! せっかく二人ならデート出来たのに」
「こら!」
ポロンとソフィアを横目で睨むアイリスを叱るリックだった。そもそも大地破壊剣が保管されているのはローズガーデンだ。牢獄にデートに行くやつはいないとリックは呆れるのだった。