第224話 未来への借金
地面を蹴って亡霊騎士が走り出しリックとの距離を詰めた。体勢を低くし右手を前にだし、剣を構えていたリックにむかって亡霊騎士が槍をつきだした。
「フン…… 遅いよ。メリッサさんに比べれば余裕だ」
リックの胸を狙う槍を、彼はギリギリで左肩をひいて、体を横にしてかわした。亡霊騎士がリックの動きを見て、すぐに槍をひいた。再度攻撃するつもりのようだ。
「甘い……」
体の横を通過する槍をリックは、左手でつかんで引っ張って亡霊騎士を引き寄せた。
「もらった!」
亡霊騎士の首を剣で斬りつける。手ごたえがあり、金属音が響いて亡霊騎士の頭が、音を立て地面に転がった。さらにリックは剣を縦に二度振り下ろし、亡霊騎士の槍と、右腕を切り落とした。槍は真っ二つに折れ右腕の先は槍の柄を握ったまま地面に転がり、亡霊騎士の体は膝をついて仰向けに倒れた。
「ふぅ…… 終わり」
持っていた槍を投げ捨て、ミャンミャン達に視線を向けた。
「おっ! あっちも終わりか」
ポロンが吹き飛ばしたのであろう、泥人形を転んだ泥人形達を長く伸ばした鎌で、ミャンミャンがとどめをさしていた。
「リックまだです!」
「えっ!?」
ソフィアがリックに叫んだ。振り返ると亡霊騎士が立ち上がり、切り落とされた右腕と左腕と頭が浮き上がって亡霊騎士の横に飛んで来た。リックに斬られた切り口が紫に光っている腕と頭が亡霊騎士に向かって行き、そのままピタッとくっついた。
槍も同じに真っ二つに斬った転がって重なりあってくっついた。体と槍の切り口の部分が少しの時間、瞬くと切り落とされた場所の傷がなくなり完全にくっついていた。亡霊騎士は首や腕を動かしてリックに顔を向けた。
「ははは!? どうじゃ…… わしは斬られても平気なのじゃ!」
年老いた男の声で亡霊騎士が喋った。亡霊騎士は切り刻んでも修復するようだ。
「ふぇぇ、これじゃいくら倒しても無駄ですよ」
「平気だよ。ソフィア、もう少し離れてね」
リックはソフィアに左手を向け下がるように指示をし、道具袋から魔法道具箱を出して開けた。
「さぁ。久しぶりに使わせてもらうぜ」
リックは自分の背後に魔法道具箱から予備の剣をたくさんだした。でも、だした予備の剣はいま使ってる黒精霊石でできた剣ではなく、鉄製の剣だ。黒精霊石製の剣を使用するようになってからは、使わなくなったがリックはまで鉄製の剣の予備も持っていた。
細い剣が十本ほど地面につきささる。リックはそのうちの一本を左手に握って亡霊騎士の前にでる。
「なっなんじゃこれは?」
「いいから! もう一度かかって来いよ」
「ふざけるなよ」
亡霊騎士が槍に手を伸ばすと槍は浮かび上がって飛び、亡霊騎士の手におさまった。亡霊騎士は二度ほど体の前で槍を回転させてから、槍を両手に持って構えリックに突っ込んでくる。
右手に黒精霊石の剣、左に鉄の剣を持ったリックは亡霊騎士の前に立って今度はいつものように、両手に持った剣の先を下に向け構えた。亡霊騎士が腰を落として両手でリックに向けて槍を突く。
タイミングを合わせて右手の剣を振り上げたリック、槍の刃先の根元を剣が切り落とし、刃先は回転して地面に突き刺さる。
右足を前にだし斜めに前に進んだリックは、槍を持っている右腕に向け、今度は左手の剣を振り上げて斬りつけた。
振り上げたリックの剣が、亡霊騎士の右腕の肘から下辺に命中し、槍ごと切り落とした。地面に右腕が叩き落とされて槍から手が離れた。勢いのったリックは右手に持った剣を振りかざすと、即座に亡霊騎士の向かって振り下ろした。
金属のぶつかり合う音がした。リックの右手に持った剣は亡霊騎士の肩を斬りつけていた。鎧が斬りつけられが肩から左の二の腕の辺りに空洞が見える。
「ははは、何度、斬っても無駄じゃぞい?」
笑いながらリックに向かって声をかける亡霊騎士、ゆっくりと顔を切り落とした右腕に向けた。
「でも、こうしたらどうかな?」
リックは足で切り落とした右腕を踏みつけて、亡霊騎士の右腕に、左手に持った鉄製の剣をつきさした。剣は亡霊騎士の右腕を貫通して地面に突き刺さった。鉄製とはいえエドガーの鍛えてくれた剣である、古くてもろくなっている亡霊騎士の鎧を貫くことは造作もなかった。
「なっなんじゃと!?」
亡霊騎士が驚いて声をあげる、貫通して俺の剣が地面にしっかりと突き刺さり、右腕を押さえているのでさっきみたいに浮かび上がらない。リックは地面にささった自分の鉄製の剣を一本抜きながら笑った。
「どうした? 斬っても無駄じゃないのか?」
「くっ!」
「行くぞ!」
リックが両手に剣を持って駆けだすと、亡霊騎士は刃先の切れたやりで必死に抵抗する。
「遅いよ」
片手で槍を振りかざし亡霊騎士は、リックに叩きつけるように振り下した。しかし、叩きつけられる槍に、タイミングを合わせてリックが、右手に持った剣を振り上げると槍の柄がさらに切れて短くなった。
右手の剣を返したリックは、棒を振り下ろし伸びきった体勢になっていた、亡霊騎士の左腕に剣を振り下ろした。音がして亡霊騎士の左腕が地面へと落ちた。すぐに左腕で持った鉄製の剣を地面に落ちた亡霊騎士の左腕に突き刺した。
「これで両腕は再生できねえだろ! 次だ! 行くぞ!」
リックは素早く戻って、また地面に刺さった鉄の剣を抜く、逃げようとして背中を向けた亡霊騎士を追いかけて、右足の膝辺りを斬りつけた。
亡霊騎士がバランスを崩して仰向けに転ぶ。転んだ亡霊騎士の背中を踏みつけて、リックは左手の剣を背中から鎧に突き刺した。剣が鎧を貫通して地面をつきささった。
「さぁこれで終わりだ!」
右手の剣でリックは背後から亡霊騎士の首を切り落とした。洞窟内に金属音が響く。
リックは右手に持った剣をさやにおさめると、鉄の剣を抜き右手に持って、静かに転がった兜へと近づく。兜を蹴り上げて、うかんだところを左手でつかみ、近くの壁に押し付けた。
「じゃあな。お前をここにはりつけにして置くからな。宝は俺がありがたくもらってってやるよ」
「待て! 待ってくれ! 頼む! 話を聞いてくれ!」
「悪いな。待つの…… 嫌いなんだ」
にやりと笑ったリックは兜にゆっくりと鉄製の剣をつきさしていく。兜のほほの辺りに剣がささり、金属がすれる音がする、リックはゆっくりとさらに剣を奥へと刺していく。
「やめろおおおおおおおおおおおおおーーー!!!!!! たっ頼む!!!!!! お願いじゃ!!!!!! やめてくれい!!!!!!!!」
「うるせえな。貴族のくせにわめくな!? 潔くしろよ!」
兜を持つ左手に力を込め叫ぶリック。慌てた様子でエディとパロメが彼を止めに来る。
「リックさん! ダメですよ」
「そうよ。あなた兵士でしょ? もっと国民にやさしくしなさいよ。やることえげつないわね」
「えぇ!? エディさん!? パロメさん!? わかりました……」
二人のために必死に戦っていたリックはえげつないという言葉に落ち込む。なお、すでに死んでおり、また、生きていた時代には、グラント王国は存在しないため、亡霊騎士は王国民ではない。
「僕と亡霊騎士さんで話をさせてください」
「えっ!? わかりました」
亡霊騎士の兜を渡してほしそうに、エディさんが手を伸ばした。リックは剣を抜いて彼に亡霊騎士の兜を投げて渡した。エディはリックから兜を受け取ると、大事そうに両手で持ってやさしく声をかける。
「すいません。僕の友達が失礼をしました。僕はエディと言います」
「わしはトラボンじゃ……」
「トラボンさんですか。あなたがかつてこの地を治めていた貴族でいらっしゃいますか」
「そうじゃ」
「実は…… 私の家を買い戻すためにあなたのお金を貸してほしいのですが…… ダメですか?」
「いやじゃ、わしの財産はわしのじゃ! それとこの森もわしのじゃ帰れ! 帰れ! みんな出ていけ!」
亡霊騎士の兜が大きな声で叫んで目を光らせている。表情はわからないが声の感じから怒っているようだ。エディは少し悲しそうな顔をして、亡霊騎士の兜を優しく撫でた。
「ごめんなさい。でも、トラボンさんあなたはもう死んで……」
「うるさい! ワシは宝が心配なんじゃ! ワシの宝をワシが守って何が悪いんじゃ!? 帰れ!」
「なんだよ。死んだやつが金を持っててもしょうがねえだろうが」
「リックはシーです!」
「そうですよ。黙っててください! エディ! リックさんを引き離すわね! ソフィアさんお願いします」
パロメがリックの袖を引っ張ってエディさん達から引き離された。リックは少し離れたソフィアの隣に連れて来ら、彼女に制服の裾をつかまれた。パロメはリックを見て満足そうにうなずきエディさんの横に戻った。
「余計なこといわないでジッとしてなさい」
「わかったよ…… もう……」
ソフィアがリックの顔をジッと覗き込み、声をださずに口をメーですよと動かすのだった。リックは子供扱いされ、不服そうに口をとがらせる、そんな態度をとる彼にソフィアは優しく微笑むのだった。
「まったく…… なんなんじゃあいつは…… さっきもわしを……」
「すいません。トラボンさん。後できつくしかっておきますね」
「おぉ頼むぞ! エディとやら」
嬉しそうに声をだす亡霊騎士の兜、それを聞いてエディさんも少し明るい口調になった。二人は少し打ち解けたようだリックのおかげで……
「お宝を守ってるって何か事情があるんですか? 僕でよかったら聞きますよ」
「おっおう…… ここは…… この森は死んだばあさんとの思い出の地じゃ…… 誰にも荒らさせんのじゃ」
「そうなんですね…… じゃあ、この森に家なんかあったらダメですよね……」
「森の家!? お主が買いたい家って? あの赤茶色のレンガの家か?」
「はい! ご存知なんですね」
「おぉ! 昔あそこの家に居た家族がとても庭を綺麗にしていて、森も大切に扱ってくれていた。あのような家族にこの森も管理されればわしも安心じゃったんじゃがのう。最近はもうみかけなくなってしまった。家族は見かけなくなったが庭は今も綺麗に手入れされておってのうたまに見に行くのが楽しみなんじゃ!」
「そうですか…… 父さん、母さん…… 僕…… 僕があの家族の息子で…… 庭を手入れしてるのも僕なんです!」
「なんと!? お主が!?」
話を聞いてエディは、真剣な表情をし、パロメさんを見つめて頷いた。パロメはエディの袖をギュッと強く握った。
「トラボンさん…… 僕とパロメがこの森を守ります! お金も必ず返します! だからお金を貸してください!」
「なっなんじゃと? 本気か?」
「はい! 父と母はトラボンさんの期待に応えられなかったですけど…… 僕は必ずこの森を守ります」
「私もエディと一緒にこの森を守ります。だからお願いします。お金を貸してください!」
頭を下げエディは必死にトラボンに金を貸してくれと頼む。亡霊騎士の兜が、浮かびあがり、二人の前に浮いている。
「わかった…… お主たちの想いが真剣なのはわかった。この四角い石の下にわしの宝は眠っておる…… この森を頼んじゃぞ……」
「ありがとうございます! トラボンさん!」
嬉しそうな声でトラボンはエディに答えると、兜はゆっくりと上に上がっていき、ボロボロと朽ち果てていき、もう少しですべて崩れるという瞬間にまばゆい光を放った。
「うわ!」
光がおさまると、亡霊騎士の鎧も兜も何も残ってなく、リックの鉄製の剣が地面にささっているだけだった。リック達には明るい光の中で、笑顔の優しい老婆と凛々しい老人が、仲良く手をつないで歩くの姿が見えた。
光がおさまった後リック達は自然と笑顔で互いに顔を見合せうなずいた。皆でトラボンが言っていた四角い石の下をさっそく掘った。埋まっていた宝箱の中にはたくさんの金貨が入っていた。宝箱を掘り出したリック達は、モリドール男爵の邸宅へと向かうのだった。