第222話 綺麗な廃屋
ポロンが馬に乗った亡霊騎士を追いかけるが、全速力で逃げていく馬にすぐにあきらめて帰って来た。
ナオミとエドガーがタンタンに駆け寄り、リックとソフィアとミャンミャンもタンタンの元へと急ぐ。
「タンタン君? 大丈夫」
「ありがとう…… いたた、お尻がひりひりする」
エドガーが手を差し出し、タンタンが起き上がり、痛そうに引きずられた尻をさすっていた。
「タンタン、大丈夫? ちょっとお姉ちゃんに見せてごらんなさい。ソフィアさん! 回復を!」
「ちょっとお姉ちゃんやめてよみんな…… 見てるから! ズボンをひっぱらないで」
「ミャンミャンさん?」
「ダメだよ。ミャンミャン……」
必死な顔してミャンミャンが、タンタンのズボンを脱がそうとする。タンタンのことが心配なのはわかるけど、さすがにみんなの前で脱がしたらタンタンがかわいそうだとリックは止めに入ろうとする。
「やだーー! お姉ちゃんやめてー!」
「いいから大人しくしなさい!」
「あっ!?」
「タンタン君!?」
「キャー! ちょっとタンタン君…… ちっちゃ……」
「どんぐりくらいなのだ!」
ミャンミャンが嫌がるタンタンのズボンとパンツを一緒におろした。ソフィアとナオミが目を覆り、エドガーが気まずそうな顔し、タンタンは必死に股間を手で隠していた。
「もう…… ダメだよ……」
リックはミャンミャンを、羽交い絞めにしてタンタンから引き離す。
「ちょっと、リックさん!? ソフィアさん! 早くタンタンを治療してください」
「ダメだってみんなで解決させないと!」
「そうですよ。手をだしちゃダメです」
必死に抵抗するミャンミャンを、リックは簡単に押さえつけ引きずっていく。タンタンは泣きそうな顔でズボンを戻している。
ひどく心配するミャンミャンだが、タンタンの怪我は大したことなさそうで、ポロンは兵士の支給品にポーションを持っており、それにないより近くにある祝福の泉で怪我を治せるのだ。
リック達がタンタンが離れると、笑顔でナオミんがタンタンに声をかける。
「はいはい、ほらお尻こっちに向けて!」
「うわぁ!? ナオミお姉ちゃん何するの?」
「タンタン君。大丈夫だよ。ナオミ姉ちゃんは回復魔法が使えるんだよ」
「そうよ。攻撃と補助魔法はイーノフおじちゃんに回復魔法と戦闘はママが教えてくれるの!」
タンタンの肩をつかんで ナオミが背中をむかせて彼のお尻の手をかざした。
「(あぁ。ナオミちゃんにはその二人がいろいろ教えてくれるんだよな。二人の能力を全部吸収できたら…… すげえな。ナオミちゃんが王国最強だ。まぁ…… そううまくはいかないだろうけどさ)」
治療を受けるタンタンを、ポロンが彼の前に行き心配そうに、顔を覗き込み声をかける。
「タンタン大丈夫なのだ?」
「えっ! もちろん平気だよ…… イテテ……」
タンタンはまだ少し痛いのに、ポロンが来たから強がって平気な顔をするのだった。ナオミの手が優しい緑の光につつまれて、タンタンの尻に彼女が回復魔法をかけて治療する。タンタンは少し恥ずかしそうにし、エドガーとポロンが心配そうに彼を見ている。
「はい! おしまい!」
「いた! 叩かないでよ……」
「なによ。男のくせに情けないわね」
治療が終わると同時にタンタンの尻を叩くナオミ。回復魔法をかけ終わった後の、行動がメリッサにそっくりで、リックの顔を緩む。
「さて…… これからどうしようかしらね」
「早くあの亡霊騎士を追いかけるのだ!」
「いや、待ってポロンちゃん。そこが泉だから先に水を汲もうよ。タンタン君もまだ万全ってわけじゃないだろうしね」
「わかったのだ」
エドガーが目の前の水の脇出た場所を、指差して水をくむことを提案しポロンは素直に従う。エドガーが指した先には、大きな岩を背にその下に水が湧き出た、小さな泉があった。泉の前に木で出来た小さい看板に祝福の泉と書かれていた。
ポロン達は道具袋から、瓶を出して泉の水を汲み始めた。タンタンがハッとした顔でナオミちゃんを見つめる。
「ねえ!? 祝福の泉ってケガをなおすんでしょ!? 僕のけがもここの水使えば……」
「なーに? タンタン君は私の魔法じゃいやだっての!? ひどい……」
「あぁ! 違うよ! ナオミお姉ちゃん」
タンタンの言葉にナオミは、悲しそうに顔を手で覆って泣き声をあげる。ナオミんが泣き出したのを、タンタンは慌てている。
「ひどい……」
「あぁ! タンタンがナオミを泣かしたのだ! 悪いのだ」
「えぇ!? ちょっとポロンちゃん…… ごめんなさい」
必死に謝るタンタン。リックはナオミを見て笑っている。彼の位置からだと、目を覆ってる手がずれて、タンタンの方を覗き込んでニヤッと笑うナオミが見える。ナオミはウソ泣きをしてタンタンをからかっているのだ。
「タンタン君が…… いじめたー! エドガー!」
「ちょっと! 何!? ウソ泣きやめてよ! ナオミ姉ちゃんがそれくらいで傷つくわけないでしょ!?」
「なっ!? なんですって! この!」
「くっくるしい! やめて!」
エドガーが抱き着こうとした、ナオミを手で押さえて彼女に文句を言う。すぐにナオミが怒り、エドガーの胸ぐらをつかんで締め上げる。その後、すぐにポロンがナオミを止めて、なんとかエドガーは命をつないだ。ポロン達は瓶に泉の水を汲んだ。ポロンは手に入れた祝福の泉の水を、嬉しそうに笑い両手で慎重に道具袋にしまうのだった。
「水を汲み終わったのだ! さぁ騎士を追うのだ」
「でも、ポロンちゃん、追うってどこへ?」
「森の中を闇雲に追ってもダメだよ。まずはパロメさんが閉じ込められてる反対の道の廃屋へ行こうよ」
タンタンが廃屋へ行こうと提案した。確かに騎士を当てもなく森を探すより、パロメのいる廃屋に行った方が良い。状況判断も徐々によくなりタンタンも冒険者らしくなったとリックは感心する。
ポロン達はタンタンの提案に従い、道を戻り亡霊騎士がパロメを閉じ込めている廃屋へと向かう。森の入り口の分かれ道まで戻り先ほど逆の道を進む。歩いてしばらくすると、うっそうと森の中に植物のがまきつき、寂れた赤茶色のレンガでできた門が現れた。
大きく馬車が通れそうなくらいほど門をくぐり、リック達は廃屋の中へとはいった。森の薄暗い道が続き、しばらく歩くと開けた場所へと出た。
「大きいお家なのだ」
「本当に大きいね。でも、誰もいないはずなのに…… 建物やお庭が綺麗すぎだよ」
エドガーとポロンが廃屋を信じられないという顔で見つめている。それもそのはずだった、廃屋と言われていた建物は、赤茶色のレンガで築かれた綺麗な邸宅でく貴族の別荘のようで廃屋には見えなかった。邸宅の手前には手入れが行き届いた綺麗な庭があり、整えられた大人の肩くらいまでの大きさの植木が壁のようになって、屋敷へと向かう道が迷路のようになっていた。
「おぉ! なんかダンジョンみたいだね。いこうポロンちゃん!」
「いくのだ」
「待ってよ! タンタン君! ずるいポロンちゃんの手……」
「こら! エドガー待ちなさい」
植木の迷路のタンタンが、喜んでポロンの手を引いて駆けだした。二人をエドガーとナオミが追いかけていく。
「リック…… ここはどうみても廃屋じゃないですよね?」
「ソフィアさんの言う通りですね。明らかに植木とか手入れされてますよ」
「うん…… 誰かいるのは間違いないね。ソフィア、ミャンミャン、いつでもいけるようにしといて」
「はい!」
「わかりました」
リックとソフィアとミャンミャンも、四人から少し離れて彼らを追いかける。
「おわ! どうした!?」
植木の曲がり角を曲がった直後に四人が並んで止まっていた。
「ポロン、どうしたの?」
「あそこに誰かいるのだ!」
振り返ったポロンが、道の先を指さした。
「うん!? 確かに庭に誰かいる……」
ポロンが指さした先に見ると、邸宅の前の少し広い場所で、木でできた三角形の脚立の上に立って、男の人がのこぎりで木を切っていた。彼は茶色のズボンを履き、青いシャツを着て、真っ白なエプロンを着けていた。
「おーい! あなたは何してるのだ?」
「そうよ。ここは廃屋でしょ?」
「おわーー! 兵士さん? なんで!?」
離れたポロンが男に声をかけると、大きく驚いて男は脚立の上から落ちそうになっていた。危ないので慌ててリック達が男に駆け寄る。
「霧…… ポロン、みんな、注意して!」
リック達が男に駆け寄るとまた霧が周囲に立ち込めた。すぐに男の背後から、黒い鎧を着た亡霊騎士が自分の足でゆっくりと歩いてきた。
「何やってんのよ? あんた…… 私がいないときはお庭に出ちゃダメって言ったでしょ?」
「ごっごめん」
亡霊騎士が男の前にでて、刃が十字の長い槍を両手に持って構えた。亡霊騎士が持つ槍は、馬上の用の槍で、すごく長く縦に持てば家の二階の窓くらい叩けそうだった。
「また騎士なのだ! 今度は逃がさないのだ」
「ポロンちゃん気を付けて!」
「大丈夫なのだ。わたしに任せるのだ」
ハンマーを横に構え、ポロンが駆けだしていく。タンタンが心配そうに声をかけるがポロンはニコッと笑った。ポロンは笑顔で余裕なのは当然ではある、彼女が普段訓練している槍使いはグラント王国一の使い手なのだから……
亡霊騎士はポロンを狙い槍で突いた。素早く横に移動して槍はポロンの横を通過した。
「甘いのだ! メリッサに比べたら遅いのだ!」
槍をかわしたポロンがハンマーを振り上げる。
「ポロンちゃん! ダメ!」
ポロンがかわした槍を騎士が引き戻した、槍の十字の刃がポロンの足を引っかけた。
「おわ!」
十字の刃に足をすくわれ、ポロンが尻もちをついた。騎士が槍を振り上げる。十字の刃先が下を向いて尖った刃がポロンに向けられる。
「えい!」
タンタンが勇者狩人を騎士に向かって投げつけた。彼の投げた短剣が、騎士の右手にかする、一瞬だけ騎士の動きがとまった。
「ポロンちゃん今だよ!」
「おぉ! ありがとうなのだ」
亡霊騎士はすぐに槍が振り下ろしたが、体勢を立て直してポロンは槍をかわした。地面に振り下ろされた槍が突き刺さる。
「どっかーんなのだ!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
槍をかわしてポロンは回り込んで、横からハンマーで騎士の左肩辺りを叩く。金属の大きなぶつかりあう音がして、亡霊騎士が吹き飛び悲鳴をあげる。吹き飛ばされ、植木に背中から亡霊騎士は突っ込んだ。
「パッパロメー!」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
亡霊騎士にさっき庭の植木を切っていた男が駆け寄る。追撃しようとハンマーを構えたポロンにリックが叫んで止める。
「ポロン! もう終わりだよ。大丈夫」
ポロンは静かにハンマーを背中にしまった。倒れこんだ亡霊騎士の兜を脱がした、中は短い金髪の綺麗な女性だった。男は亡霊騎士を抱えて声をかける。
「パロメ! パロメ!」
「うっうん…… エディ!」
「よかった…… もう! 無茶しないでよ」
「いたた…… だってエディ……」
亡霊騎士にパロメと声をかける男。なぜさらわれたはずのパロメが、亡霊騎士なのか、わからずリック達は目の間に二人を呆然と見つめていた。
「申し訳ありません…… 僕達はあなた達に危害を加えるつもりは……」
「わかりました。あっあの!? こちらの人はパロメさん?」
「えぇ、私がパロメよ。モリドールの娘のね」
亡霊騎士は悔しそうにパロメと名乗った。ポロンは嬉しそうに声をあげる。
「おぉ! パロメさんを助けに来たのだ!」
「えっ!? そう…… あなた達モリドール…… 父に頼まれたのね…… ごめんなさい。私は帰れないわ。だって…… いたた」
「パロメ! すいません。話は後で…… 先にパロメを治療したいんですが…… 家に戻らしてください」
「わかりました。ポロン手伝って!」
「手伝うのだ」
ポロンが返事をした。リック達は男を手伝い、パロメを邸宅へと運ぶのだった。