第18話 食材を手に入れろ
キーサ牛の乳を吸っていた子供の数倍はありそうな、大きなアイエレファントが走って向かって来た。リックの目の前に来たアイエレファント、額の真ん中にある大きな瞳で彼を見下ろしている。
「パオーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!」
アイエレファントは鳴きながら、前足をあげて体を大きく見せた。そのまま勢いよく前足をリックに向かって振り下ろして踏みつけようとする。リックは横に向かって慌てて走って逃げた。走ってその場から離れたリック、彼が数メートル離れた後にアイエレファントの足が地面に叩きつけられた。
「クッ!」
大きな音がしてアイエレファントの前足が、地面にめりこんで周囲に土が飛んでいく。バラバラと飛び散った土が、逃げたリックの周りに落ちてくる。アイエレファントの動作は大きく、回避するのは簡単だったが、前足が振り下ろして衝撃で地面が振動しリックの足が止まってしまった。
「おい!? 今度は何を?」
振り向いたリックにアイエレファントが、鼻を真上にあげて牙をみせて威嚇しているのが見えた。直後に鼻を曲げて先をリックに向けると、その鼻先に周囲の空気が集約していく。
「リック! 魔力が鼻先に集中してます! 気を付けて!」
ソフィアが叫ぶの同時に、アイエレファントの鼻先から水が発射された。
「うわぁっと!」
一直線に集約された水がリックに向かって行く。彼はそらして水をかわした。通り過ぎた水は彼のすぐ後ろの土をえぐって消えて行った。振り向いたリックに草と土がえぐれて穴のようになっているのが見える。
「パオーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!」
「クソ! おっとと!」
アイエレファントは鳴きながら何度も水を撃って来た。リックは迫って来る水を、右、左とステップを踏んで、なんとかかわしてソフィアがいる岩陰に走って戻った。
「ふぅ」
一息をついたリックにソフィアは、冷たい視線を送る。どうやらまだ怒っているようだ。
「あっあれは? 水の魔法かな?」
「そうですよ…… フン!」
顔をそむけて不機嫌ですってアピールするソフィア。リックは頭を下げて謝るのだった。
「ごめんね。ソフィア…… 俺の事を助けてほしい」
真剣に頭をさげるリックにソフィアは優しく笑う。
「リック…… はい…… わかりました! その代わり明日のおやつをおごってください」
「いいよ。いくらでもおごってやる」
「わーい」
胸を叩くリック、嬉しそうに両手をあげるソフィアだった。彼はおやつをおごるだけで、ソフィアが機嫌を直してくれるなら、安いもんだと思っていた。
「さぁ。いこう。ソフィア!」
「はい」
リックは鞘を持って剣を引き抜く。岩からアイエレファントの様子を……
「うわ!?」
顔を出したリックに向かって、水がいきおいよく飛んでほをかすめていく。水は岩を通り過ぎて近くに、生えていた木にあたり、木を簡単に貫いてなぎ倒したていく。リックは慌てて顔をひっこめ小さく息を吐く。
「ふぅ…… あの水は厄介だな。でもソフィアの弓なら……」
視線を横に移動し、ソフィアが持っている弓を見て、にやりと笑うリックだった。
「ソフィア! 俺があいつの動きをとめるから、俺が合図をしたら奴の目を狙って弓を撃って!」
「わかりました」
返事をしたソフィア、リックは小さくうなずくとリックは岩から飛び出した。
「こっちだ」
剣を振ってアイエレファントの視界に入るように大げさに動くリック。アイエレファントの一つ目が彼を追いかけ鼻先を彼に向けた。シャーという音が草原に響く、リックは向かって来る水を見ながら、一歩横へ移動する。彼の横を水が勢いよく通りすぎていった。リックの後ろに転がっていた小さな岩をかすめ削った水は地面に当たって土をえぐる。
リックは何かを確信したように小さくうなずいた。もう一度ブシャーという音がした。正確にリックの頭を狙って来た、水を彼は右一歩だけ動いて避けた。リックの顔の横を水が勢いよく通り過ぎていき、彼の頬にわずかに水しぶきがかる。左手で静かにかかった水を拭ったリックはアイエレファントに視線を向けた。
「行くぞ」
地面に切っ先を向け剣を構えたリックは、腰を落とし体勢を低くして駆け出し、アイエレファントとの距離を一気に詰める。目の前に来たリックに気付いたアイエレファントは踏みつけようと再び前足をあげる。
巨大な足の影がリックを覆う。巨大なアイエレファントの足が一気に彼との距離をつめる。迫った来る足を見ながらリックはニヤリを笑う。リックは足で地面を蹴る力を強め速度をあげた前に出る。彼の目の前に大きなアイエレファントの後ろ足が見えてきた。リックは走りながら持っていた剣でアイエレファントの後ろ足を斬りつけた。そのまま彼はアイエレファントの背後に駆け抜けた。
「ブオオオオーーーー!」
アイエレファントはのけぞった姿勢で、悲鳴に似た鳴き声があげる。そのまま背後に向かって倒れていく……
「えっ!? やば! 嘘だろ!? こっちに来るな!」
大きな影がリックを覆い振り向くと、アイエレファントの背中が目の前に迫って来ていた。リックは前を向いて一目散に駆けだした。背後に巨大な気配が迫り、足元の影が徐々に大きく濃くなっていく。
「うわああああああああああああああああ!」
リックは地面を蹴って大きく前に飛んだ。彼の視界に緑に覆われ、すぐに視界が青くなった。リックは地面をゴロゴロと転がっていった…… 止まったリックが起き上がると直後に大きな音がした。彼の数メートル前でアイエレファントが仰向けに倒れた。
「はあはあ……」
肩で息をするリック、アイエレファントが足をばたつかせて、うつぶせに体勢を変える。
「ソフィア! いまだ!」
岩にいるソフィアを呼ぶリック。岩陰から飛び出しリックの横に来てソフィアが弓を構えた。ソフィアがわずかに口が動かし、呪文のようなものを唱えると、彼女がつがえた矢は青白い雷を帯びていく。いつもの優しい目ではなく鋭い視線を、アイエレファントに向けたソフィアが矢を放った。
放たれた矢は奴の一つ目を貫いた。
「パオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!」
大きな鳴き声が平原にこだまする。アイエレファントは目から大量に血が噴き出し、足の先から地面に赤い液体がにじみ出てきて動きが止まった……
「ふぅ…… 終わったな」
隣にいるソフィアに、笑顔で声をかけるリック、ソフィアも笑顔を返す。
「はい。怪我はないですか?」
「大丈夫だよ! ありがとう。でも……」
リックが悲しそうな顔をした。アイエレファントの死体の周りに、キーサ牛とアイエレファントの子供が集まってきて、悲しそうに鳴きながら鼻を死体に摺り寄せていた。
「俺達は、もしかしたらひどいことを……」
「違います。リック! リックは悪くありません」
ソフィアは首を大きく横に振ってリックの背中を優しくなでるのだった。キーサ牛とアイエレファントの子供はいつまでも鳴いていた。リックとソフィアはキーサ村に一旦戻って村長へ報告すると、すぐに村長は村の若い人達を連れて、アイエレファントの周りにいたキーサ牛を村に運ぼうとリック達と一緒に山へ向かった。
リック達が戻ってきてもキーサ牛とアイエレファントの子供は、まだ鳴き声をあげてアイエレファントに擦り寄っていた。その光景を見つめて少し悲しい目をしているソフィアの手をリックが握る。
「ちょっとかわいそうです。私が……」
「ううん。違うよ。ソフィアも悪くないよ」
ソフィアは握ったリックの手を強く握り返していた。リックとソフィアはそのまましばらく動けなかった。村長が一緒に連れて来たヤットをアイエレファントの前に突き出した。
「ヤットよ。お前さんの商売のやり方は間違ってはいないじゃろ…… じゃが、この光景を見ろ! お前さんがキーサ牛達を捨てたから起きたんじゃ! この牛達は生きておるんじゃ、最後までちゃんと面倒をみろか責任もって自分で処分をしろ!!」
「うっ……」
目を背けるヤット、村長は小さくうなずいた、彼の肩に手をかけた。
「まぁよい…… さっお前さんも手伝っておくれ……」
キーサ牛を村長さんや村の若い人が、無理矢理アイエレファントから離す。暴れるキーサ牛もいたが、なんとか全頭村に連れて戻る。アイエレファントの子供は、連れていかれるキーサ牛の光景を静かに見ていた。平原に一列になりまるでキーサ牛を見送っているようだった。
山から村へ向かる途中でリックは村長にたずねる。
「でも、なぜ?! キーサ牛がアイエレファントの子供を!?」
「アイエレファントがオスじゃったから、なんらかの原因で母親がいなくなったので、キーサ牛が乳を出して面倒みる代わりにアイエレファントから守ってもらっておったんじゃろ」
「そんなこと、あるんですかね?」
「さぁな。ワシも聞いたことないが、さっきの光景とお前さんから聞いた話だとそうとしか思えん」
家畜と野生の魔物に協力関係が生まれていたようだ。ソフィアが首をかしげている。
「ふぇ?! それで、アイエレファントさんの子供達はどうなるんでしょう?」
「そうじゃな…… 本来は人を襲う魔物じゃがらな、討伐をしたいところじゃが。このまま放置しといてもたくましく生きるじゃろ! 次、悪さをしたら許さんがな」
「村長さん……」
村長が魔物のアイエレファントの子供を、見逃したのは身勝手に山に牛を捨てたり、親を奪ってしまったりしたせめてもの償いなのであろう。村に戻ったリック達は、村長の家の庭にある、昔使っていた牛舎の中に牛をいれた。
「おっ?! お嬢さんできるのか?」
「大丈夫ですよ。任せてください!」
村長が心配そうに見てる横で、ソフィアは自信満々にキーサ牛の乳の近くに置かれた椅子に座っている。ソフィアがキーサ牛の乳首を掴むと、すぐにキーサ牛が暴れ出し後ろ足をあげた。
「ふぇぇん! リック……」
「あっ……」
乳首から噴射されて、白い乳がソフィアの顔に発射された。ソフィアの顔がしぼりたてのキーサ牛の乳で、ドロドロになっていた。眼鏡や鼻から白い液体がしたたり落ちる。口にも入っていたようで、口の端から白い乳が垂れて、彼女の胸の谷間にも白液体がポタポタと垂れていた。リックはその姿を見て思わず吹き出す。
「プププ、はははっ! ドジだなソフィアは! でも、いくら念願だからって顔からのまなくても…… ププ…… おいしい? ぷっはははははは」
「笑わないでください! ひどいです!」
笑っていると悔しそうな顔してリックをにらむソフィア。これ以上からかうと、さらに怒り出しそうなのでリックは、ハンカチを出してソフィアに渡す。彼女は恥ずかしそうに顔や体を拭いていた。
「よし、俺が代わるよ」
「ふぇ!? リックできるんですか?!」
「もちろん! これでも、よく近所の牧場を手伝って……」
声が徐々に小さくなっていくリック、彼はソフィアには見栄りできると言ったが、実際は一、二回だけ近所の牧場で、乳しぼりを見学しただけでやったことはない。ソフィアが立ち上がった椅子にリックが座り、キーサ牛の乳首をつかむ。
「えっと…… 親指と人差し指で丸くやさしくつかんで静かに力を…… うわぁぁぁぁ!」
「リックが私と同じに……」
「こらー! もう、お前さんたちは邪魔せんでくれ……」
リックとソフィアは村長に追い出されて、二人とも二度とキーサ牛には触らせてもらえなかった……
「ほれ、これがキーサミルクじゃ持っていくがよい!」
「ありがとうございます!」
「じゅるるるるー!」
リック達は作業が終わり村長に家の前に呼ばれた。そこでリックが村長からキーサミルクが入った瓶を受け取った。
「じー」
「まだ駄目だからね。これは一旦持って帰って要らなくなったらもらえるんだからね」
「わっわかってますよ。じゅる……」
キーサミルクの瓶を持つリックの手に、ソフィアからの熱い視線を感じ注意をする。ソフィアは気まずそうによだれを拭いながら答えるのだった。二人の様子を村長はにこやかに見つめている。
「礼を言うのはわしらの方じゃ。これからはヤットとも、もう少し話し合っていくようにしていかんとな」
「これからもおいしいキーサミルクが、飲めるように頑張ってください」
「おう! 任せておけ!」
リックとソフィアはキーサ村を後にし、テレポボールですぐに王都に戻った。任務を達成し詰め所の扉を開けたリックは意気揚々と中へ。
「ただいまー! ってあれ!?」
暗い雰囲気の詰め所、リック達を迎える者はおらず。詰め所の奥でカルロスは、しょんぼりとした顔を座っていた。リックは彼を見てキーサ村に行く前にからかわれたのを思い出した。カルロスを問い詰めようとするリック……
「やぁ…… お帰り」
「えっ!?」
近づいてきたリックに気付きカルロスは暗い顔で挨拶をする。あまりの元気のなさにリックは目的を忘れ彼を心配する。
「どうしたんですか? 隊長!?」
「あぁ…… 帰ってそうそう申し訳ないが、至急グラディア東の砦に向かってくれ!」
「えっ!? いやキーサミルク持ってきましたよ」
「はぁ」
キーサミルクが入った瓶を見せるリック、カルロスは小さく首を横に振って、ためいきをつくのだった。




