第213話 さびた短剣が一番危険
リック達は砂漠の入り口の町テナルポリスから、王都グラディアに戻ってきた。
「ふぅ。やっぱり涼しいな」
グラディアについて思わず声が出るリック。夏が近づき暑くなっているが、グラディアは砂漠と比べるとはるかに涼しい。
「ポロン大丈夫? 重くない?」
「大丈夫なのだ。大事なのをわたしがもってくのだ」
「よろしくです」
「まかせるのだ」
嬉しそうに答えたポロンは手を上にあげ、頭の上に藍玉蠍の尻尾を持つ。藍玉蠍の尻尾は貴族の邸宅にある柱のように長太くかなり目立つ。西門の門番の兵士が尻尾をかつぐポロンを驚いた顔で見つめていた。
グラディアへ西門をくぐったリック達は詰め所へと向かう。
「うん!? 誰か詰め所の前にいる…… あれは…… ナオミちゃん!?」
詰め所の前にナオミが立っていた。
「あっ! リックおにーちゃん! 大変なの!」
リック達に気づいたナオミは、慌てたようすで駆けよって来た。彼女は仕事の途中だったのか、エプロンをつけた給仕姿で、手にはトレイを持ったままだった。
「どうしたの? いったい? そんなに慌てて?」
「男の騎士さん達がうちにきたの!?」
騎士達が樫の木に来たというナオミ、リリヤのことがジックザイル達にバレたようだ。
「それで隊長さんが大変なの! いいから早くうちに来て」
「えぇ!? 隊長が!? わかった。ポロンとソフィア! 行くよ!」
「わかったのだ」
「はい」
ポロンは扉を開け、詰め所に尻尾を投げるように置き、リック達はナオミちゃんと一緒にすぐに樫の木へと向かう。
「隊長…… 無茶しないでくださいよ……」
走りながらリックは心配そうにつぶやく。ナオミと一緒に詰め所の裏通りにでた、酒場樫の木は詰め所の裏通りにでて向かいのすぐ……
「えっ!? もう…… やっぱりだから無茶するなって! もう!!」
裏通りの惨状を見たリックは、眉間にシワを寄せ樫の木に走っていって叫ぶ。
「たっ隊長ーーーー!」
「おぉ! お前さん達! お帰り! こいつらがな僕のことを……」
隊長がリックに気づいて笑顔で手を振る。リックは剣をぬいて隊長に近づいていく。
「おっお前さん!? どういうつもりだ!? 僕に剣を抜いて!」
「はぁ!? 何してるんですか!? やりすぎです!」
「冒険者のカルロスおじさんになってるです!」
「隊長ひどいのだ!」
すぐ後ろで追いついた、ポロンとソフィアが思わず声をあげた。
「あーあ…… ほんとひどいな…… 裏通りが血だらけだ……」
樫の木の壁に裸で両手足を広げた状態で、縛り付けられてる二人の騎士と思われる男がいた。男たちの近くには鎧と服が置かれ、彼らはリック達に助けてという表情をする。
壁には男達に向け、カルロスが投げたと思われる、ナイフがささっている。
「ひどいな。ナイフを投げて急所から少しずれたところを斬りつけて、ゆっくり血を出させてるよ……」
男二人から血がしたたり、道の上に流れて血溜まりができ、さらに二人は恐怖のあまりに漏らしたのか臭いもひどかった。騎士達二人がリリヤを探そうと強引に樫の木に押し入り、ナオミがメリッサを呼びに詰め所に駆け込んだ。だが、メリッサ達はエルザと第一区画の下水道の調査に向かってるから、代わりにカルロスが駆けつけて二人を制圧したのだった。
しかし、ナオミに頼られて張り切ったカルロスは、二人を縛り上げ執拗に懲らしめていた。それがあまりにも凄惨だったので、ナオミがリック達を呼びに来たのだ。
「それにしても…… 隊長は前に腕がおちたとか言ってたけどこれなら今でも十分通用するよ」
惨状をみながらつぶやくリックにメリッサに似た声が響く。
「はぁぁぁぁ! やっときたね。リック! あんた達ちゃんと店の前を掃除しなよ! カルロス! あんたもだよ!」
「おばあちゃん……」
背が小さく白いエプロンをつけ右手にフライパンを持った、少し小太りのメリッサと同じ目つきが少しきつい、白髪の老婆が樫の木の入口に立って叫んでいる。老婆の後ろでリリヤさんがおびえた表情をしてる。二人の隙間からリックに店の中がみえる。テーブルが倒れたりして荒らされたようだ。この老婆はメリッサの母ベネッサだ。
リリヤがリックと隊長に申し訳なさそうに声をかける。
「すいません…… また私が……」
「あぁ。違いますよ。リリヤさんのせいじゃないです。うちの隊長が全部悪いんで! 気にしないでください」
「なんだと!? お前さんね。僕はナオミちゃんから助けてって言われて……」
「リリヤさんを助けるのに、こんなにやる必要あったんですか? こんなしばりあげて拷問みたいなことして!」
「うぅ…… それは…… こいつらの態度が……」
「いいから! 二人ともさっさと片付けな!」
「わぁ! すっすいません!」
ベネッサがリックと隊長を怒鳴りつけた。さすがメリッサの母だけ、あって迫力があり、リックは条件反射で謝る。
「ごめんな……」
怒鳴りつけただけで腹の虫がおさまらなかったのか、ベネッサはフライパンで騎士の頭を叩いていた。リックは二人を拘束し連れ帰って尋問することにした。
「こいつら連れ帰って尋問しますね」
「あぁ。連れ帰らなくていいよ。すぐにビーエルナイツに引き渡すから! こいつらの治療をしといてくれ」
「そんな…… 治療させるなら傷つけないでくださいよ……」
「すっすまん……」
いまさら申し訳なさそうにしている、カルロスの背中をポロンが撫でる。
「はぁ…… ソフィア、悪いけどこの人達を治療してくれる」
「わかりました」
カルロスはビーエルナイツを呼びに行き、ソフィアが騎士達の治療を始める。すぐにカルロスは戻ってきて、ビーエルナイツ達が、騎士を連行していった。リック達は騎士を引き渡し後片付けを始める。
「じゃあ、ポロン、ソフィア、俺と一緒に道の掃除と片付けするよ」
「やるのだ」
「頑張りますよ」
道の汚れを落とすため、リック達はナオミから掃除道具を借りた。ビーエルナイツに二人の騎士を引き渡したカルロスがリックの顔を見ていた。気になったリックがたずねる。
「どうしたんですか?」
「あの…… リック、僕は? あれ!?」
指をさして自分が、何をすればいいか尋ねるカルロス。彼の袖をナオミが引っ張る。
「隊長さんは私とリリヤさんと一緒に店の片付けだよ」
「うん。ナオミちゃんの言うこと聞いてしっかりお願いします。ナオミちゃん。隊長の事お願い」
「はーい! まずは隊長さん! 壊したコップを片付けなさい」
カルロスはナオミに指示を受け、手を引かれて店の中につれていかれた。リック達も通りの清掃を始めた。
「早くしてよね。リックおにーちゃん」
「そうだよ。血溜まりなんかあったらお客さん来なくなっちゃうよ」
掃除をしてると、同じ詰め所の裏通りにある鍛冶屋のエドガーと、薬屋のおばちゃんからなぜかリックが苦情を受ける。
「なんで俺が…… もう…… 隊長め!」
文句を言いながらリックは通りの清掃をするのだった。
後片付けが終わり、カルロスがつかれた顔して樫の木から出てきた。どうやら相当ナオミにこき使われたようだ。
「ほらお前さん達! 帰るぞ!」
「隊長、騎士達がここに来たってことはリリヤさんの居場所が向こうにしられたんですよね? 誰かここに残しておかなくて大丈夫ですか?」
「さっき二人を引き取ってもらったビーエルナイツ達に樫の木の警備を頼んどいたからすぐにくるよ」
リック達は詰め所に引き上げた。詰め所に戻り椅子に座ったカルロスがつぶやく。
「ふぅ…… まったくひどいめにあったな」
「自分が悪いんじゃないですか! 暴れすぎです!」
「すっすまん……」
ソフィアがカルロスの机に手を置き、身を乗り出して注意していた。
「あっ!」
ポロンが箱から藍玉蠍の尻尾をだして持ちあげた。尻尾は長く詰め所の端から端まで、余裕で届く太くらいに太い。
「ポロン、お前さん! その大きい藍玉蠍の尻尾はどこかに置きなさい」
「やなのだ。はやくイーノフに見せるのだ!」
「ダメですよ。詰め所は狭いんですから箱にいれておくです!」
「ちぇなのだ!」
ソフィアがポロンに厳しい顔して注意をする。不満そうな顔してポロンが藍玉蠍の尻尾を、ベッドの前の箱に戻していた。
「はぁ…… やっと落ち着いたな……」
ポロンが尻尾を戻したのを見てつぶやくリックだった。三人は詰め所に戻り待機していた。日が傾き徐々に暗くなっていく。リックは調査に向かったメリッサ達がまだ戻らないことが気にかかる。席を立ったリックはカルロスに声をかける。
「隊長…… メリッサさん達、遅くないですか?」
「そうだな。リックお前さん達、悪いけどちょっと様子を見てきてくれるかい?」
「わかりました。ポロン、ソフィア! 行くよ」
リック達三人は詰め所を再び出て、メリッサ達が向かった下水道へと向かう。リリヤを保護した場所から、第一区画の下水道の入り口までは通りをまっすぐいくと区画を区切る壁につく。壁にそって右にまっすぐあるくと、石造りの小屋がみえてくる。小屋の中に下水道につながる階段があるのだ。
「あれは…… ロバートさんだ!」
小屋の前にはロバートと五人のビーエルナイツが立っていた。
「ロバートさん!」
「おぉ! リック」
リックが声をかけるとロバートは手をあげて答える。ロバートの表情は暗く少し元気がないようだ。リックはロバートに問いかける。
「ロバートさん!? どうしたんですか?」
「エルザ達と定期連絡が途絶えたんだ。今から捜索隊をだすところだ」
「えぇ!? なら俺達も一緒に行っていいですか?」
「本当か? 助かるよ。おーい!」
ロバートが一人の女性騎士を呼んだ。呼ばれた女性騎士がゆっくりとリック達の前へとやってきた。彼女を見たリックは思わず顔がほころぶ。
「リーナさん!」
「お久ぶりですリックさん!」
リック達の前にきた女性騎士はリーナだった。リーナは白い綺麗な騎士の鎧を身にまとい、腰には剣と彼女が使う鞭が見える。
「でも、リーナさんどうしたんですか? 騎士の格好をして……」
「私も今はビーエルナイツのメンバーですからね。私がみなさんとご一緒します」
「やったのだ! 行くのだ!」
「はい! ポロンちゃん、行きましょうね」
ポロンがリーナさんと手をつないで並んで歩き、下水道の入り口がある小屋へと入って行った。リックはポロンをうらやましそうに見つめるのだった。
「(いいなぁ…… しかもリーナさんはやっぱり綺麗だし上品だな。なんであの人が影武者で、本物の王女は小説にヨダレをたらすような人なんだろう…… うわ!?)」
リックがソフィアに顔を近づけて来た。彼女の眼鏡の奥の赤い瞳がジッと彼を睨んでいる。どうやら怒っているようだ。リックは慌てて彼女に声をかける。
「ソフィア!? なっなに?」
「ぶぅです!」
「ソフィア!? どうしたの?」
「なんでもないですよーだ! 行きますよ!」
「わっ!?」
頬を膨らませたソフィアは、リックの手を掴んで彼を小屋へと引っ張っていくのだった。リックは慌てて振り返ってロバートに叫ぶ。
「あのロバートさん! 第四防衛隊の隊長に連絡をお願いします」
ロバートがリックの声に手をあげて答えるのだった。リックとソフィアとポロンとリーナの四人で、第一区画の下水道へと下り、メリッサ達の捜索に向かう。