第210話 怪物が誕生したわけ
カルロスはゴーンライトが持ってきた地図をみながら考え込んでいた。周囲に聞こえない声量で、なにやらつぶやきながら、真剣な表情をした、カルロスはリリヤさんの方をチラッと見た。
「第一区画の下水道も広いな…… すいません。リリヤさん以外にさらわれた人はいましたか?」
「えっ!? えっと…… 目覚めた場所に居たのは私だけです……」
「そうですか。ありがとうございます。あっ……」
リリヤに笑顔で礼を言った、カルロスは再び地図に視線を向けた。リリヤは何かを言いたかったようだ。彼女はすぐに意を決したような、顔をしてカルロスに向け口を開く。
「すいません。あっあの! 私の村は…… 夜に急に村が襲われて…… 一緒に他の村の人と両親と兄弟が捕まったと思うんです……」
「わかりました。後で調査させます…… ただ、おそらく村の方々は捕まって魔物との融合実験に使われてると思います。そして村が無事な可能性は低いかなと」
「はい……」
暗い表情でリリヤはカルロスに返事をしていた。リリヤの手をそっとポロンが握る。いつもソフィアが悲しい顔をした人達に、やってることだ。ポロンはちゃんとソフィアの行動を見て学んでいる。
「それであたし達はこれからどうするんだい?」
「とりあえず。今は何もできないよ。上に相談しないとね」
「やっぱりそうだよね。本当にめんどくさい」
「まぁしょうがないよ。さすがに僕らは王族がいる第一区画に乗り込めないからね……」
真剣な表情でメリッサさんとが話をしている。
「ふわあああああああ!!! 眠いのだ……」
「あぁ! ポロンダメだよ」
リリヤの横にいたポロンが目をこすりながらたおれそうになっていた。ポロンの眠気が限界になるのも無理はない、メリッサやカルロスは出勤してきたばかりだが、リック達三人は夜通し警備で仮眠しかとっていないのだ。ポロンを見たカルロスが口を開く。
「おっと! リック達は夜間警備明けだったな。リック達は帰っていいぞ! イーノフ。悪いけどリック達は休日だ。後は一人で調査してくれ」
「わかりました。じゃあ、ソフィア…… 明日からまたよろしくね」
「はい! 任せてください」
リックとソフィアはポロンの元へと向かう。
「わっわ! ポロンはもうダメだな。しょうがない。よいしょっと!」
うつらうつらとしていたポロンは、リリヤから手を離して倒れそうになった。慌ててリックが駆け寄って、ポロンを抱いて持ち上げた。リックの首に手をまわした、ポロンの目は今にも閉じそうだった。
「それじゃあ、俺達は…… 隊長。リリヤさんはこれから?」
「うん。騎士団が関わってるとなると保護施設は使えないから、しばらくは詰め所に居てもらうしかないかな。」
「だったら俺達と寮に一緒に」
「いや、ダメだ。寮は遠いからなリック達が居ない時に何かあっても困るからな」
リリヤがリック達を見て、少し寂しそうな表情をしていた。緊急で連れて来た昨日は別にしても、今日も一人で詰め所に彼女を残すのは忍びないと思うリックだった。
メリッサがリリヤの様子に気付き、肩に手を置き明るく声をかける。
「リリヤさん。うちに来るかい?」
「えぇ!? でっでも……」
「こら! メリッサ! さっきの話を聞いてなかったのかい?」
「何を言ってんだい。いつまでも詰め所って訳にも行かないだろう。ねぇ? いいだろう? リリヤさん。うちは食堂をやってるから手伝ってよ」
「ダメだよ。メリッサ! お前さんね。もしかしたら、ジックザイルたちが狙ってくるかもしれないんだよ。だから詰め所で保護を……」
「大丈夫だよ。うちなら詰め所まですぐだからほとんど変わらなし、夜はあたしがいるからね。だいたいこんなちんけで壁の薄い詰め所よりうちの方が安全だよ」
「なっ!? ふぅ……」
困った顔するカルロス、メリッサはリリヤの肩に手をまわして笑う。彼女の言う通りで、リックとポロンとソフィアが、一緒に暮らす寮は区画の端なので何かあった際の対応は難しい、メリッサの家は詰め所の、すぐ裏通りの樫の木という食堂だ、走ればすぐに詰め所へと逃げて来れる。
「わかったよ。メリッサ。でも、ちゃんと毎日リリヤさんの様子を報告してくれよ」
「あいよ」
リリヤの肩に手をまわしたまま、メリッサは反対の手を上げカルロスに返事をし、笑いながら話を続ける。
「やったね。じゃあ家に来なよ」
「あっあの!? 本当にいいんですか?」
「いいよ。ただ、うちにはポロンよりうるさいのいるけどね」
「うるさくないのだ。ナオミといると楽しいのだ」
「うわ! ポロン…… ビックリした!」
リックの肩に頭をつけて、眠たそうに静かにしていた、ポロンが突然声をあげた。最近仲が良いナオミという言葉を聞いて反応したようだ。ポロンの頭をソフィアが撫でてると、すぐにリックの肩に顔をつけ、大人しくなって寝息を立て始めた。
「ははっ。ポロンはナオミと仲良くしてくれてありがとう。それでどうする? あんたさえいやじゃなければだけど……」
「ありがとうございます。お世話になります」
「じゃあ、リック達悪いけど帰る途中にリリヤさんを樫の木に預けてくれるかい?」
「わかりました」
リリヤは嬉しそうな顔でメリッサさんに答えるのだった。リリヤは樫の木に預けられることになった。
詰め所から出たリック達は、樫の木に寄ってナオミに、事情を説明してリリヤを託した。話を聞いたナオミが任せと、明るく笑ってリリヤを樫の木に招き入れるのだった。三人はナオミにリリヤを預け帰宅するのだった。
翌日、イーノフはソフィアと共にリリヤさんの治療方法を調べ。リックとポロンはカルロスの指示で、リリヤの村を捜査へと向かった。村は無人で家は燃やされていた。
リリヤを保護してから、一週間ほど経ったころカルロスがリック達に声をかてきた。詰め所にはリックとポロンとソフィア、メリッサとゴーンライトがいてイーノフだけが出かけて不在だった。
「みんな。イーノフがもうすぐ帰ってくるからそしたらちょっと集合してくれないか」
「どうしたんだい?」
「リリヤさんの件だ……」
「そうかい。わかったよ」
しばらくして、詰め所の扉が開くと、入り口には白い鎧に身を包んだエルザとイーノフが一緒に詰め所に入って来た。
「こんにちは。みなさん」
エルザはカルロスの机の横に立ち、笑顔でリック達に声をかける。リック達は事前に言われた通り、カルロスの机の前に並び集合した。
「どうしたんだい? イーノフがエルザさんと一緒なんて珍しいね」
「ビックリしましたわ。急にロバートの元に来るんですもの! じっくり見させてもらって…… もうよだれが……」
「やめてください! 何を言ってるんですか!?」
口に手を当て、よだれを拭く動作をするエルザを、イーノフが必死な顔で止めてる。リックは普段エルザに、絶対に力寄らないイーノフが彼女と一緒で心配したが、二人のやり取りを見て通常通りだと安心する。
「すいません。あの…… エルザさん。早く話を……」
カルロスが頭をかかえ、エルザに声をかけて止めると、咳ばらいをしてごまかすような動作をした、彼女が話の続きをはじめる。
「コホン、今日は皆さんに依頼があってまいりました。先日、ここ第四防衛隊から報告がありました。魔物と人間の融合に失敗したリリヤさんの件です」
真剣な表情に変わったエルザ、リック達も真面目な顔で彼女の話を聞く。
「皆さんも知ってると思いますが、騎士団がリリヤさん達をさらった目的は、人間と魔物の融合した兵器をつくるこです」
「わかってるよ。騎士団は一体なんだってそんなものを作ってるんだい?」
「それは作った生物兵器を世界中に売ることです。なんせ魔物並みに屈強で人間の命令を聞く優秀な兵器ですからね」
「自分の国の人間を世界中に兵器として人間を売るのかい? バカげてるよ。あいつは借金まみれでついに人まで売るようになったのかい?」
会話に唖然とするリックだった。メリッサの言う通りである、いくら金に困っていると言え、自国の人間を兵器にして売るなどばかげている。メリッサの言葉にイーノフが反応する。
「メリッサ…… 待って! ジックザイルの本当の目的は、多分違う……」
「どういうことだい? イーノフ!? あんた何か?」
「古い話さ…… ごめん。今は関係ないね。えっと…… 売られた生物兵器には特殊な催眠魔法をかけて、いざという時はジックザイルの言う通りに動くのさ……」
「つまりは兵器が売れれば売れるほど、自分たちの勢力も拡大するって訳か……」
「時期をみて催眠魔法で兵器の反乱を起こさせれば、あっという間に他国を征服ができるというわけですわね」
魔物と人間を合成した兵器を他国に売り、時期を見て反乱を起こさせる。こうしてジックザイルは、わざわざ戦争を起こさずとも他国を侵攻しようというのだ。
「つまりジックザイルなりにグラント王国の繁栄に手を貸そってわけかい」
「いいえ…… ジックザイルはそうかも知れませんが…… 彼が考えたわけありませんわ。きっと……」
エルザがうつむき首を小さく横に振る。メリッサは彼女の動きをジッと見つめていた。
「とにかく今は魔物と人間の融合は失敗ばかりですが、いつ成功してもおかしくはないでしょう」
顔を上げたエルザがカルロスの机にグラント王国の地図を広げて置く。地図には三か所ほど赤く丸がつき、赤い丸がついた箇所のうち一か所は、リックとポロンが行ったリリヤの住んでいた村だ。さらに王都の中央、第一区画の辺りが黒く塗りつぶされていた。
「実はここ一ヵ月の間に騎士団が王国の村で人をさらっている情報がありましたの。この丸のついてる村が襲われた村です」
「なんで騎士団の仕業とわかってるのに助けないんだい?」
「申し訳ないですわ。私達に情報が来てから調査をしていたんですが、騎士団がさらった人間をどこにつれていったとか、次どこを襲撃するとか情報がまったくなくて…… 下手に追いつめて証拠を消されたら厄介ですしね」
メリッサの質問に、エルザが申し訳なさそうな顔で答えていた。
「リック達が保護したリリヤさんが逃げ出してくれたおかげで、第一区画の地下下水道に何かあることがわかりました。」
「よし! なら乗り込んでって叩くんだろ」
「はい。それで第四防衛隊のお力を借りにきたんですわ」
力を借りたいというエルザ。リック達の視線がカルロスに向けられる。しかし、カルロスは黙って地図を見つめるだけだった。反応しないカルロスにメリッサが声をかける。
「隊長!? どうするんだい?」
「えっ!? あぁ! もちろん我々に断る理由はないだろ。第四防衛隊はエルザさん達ビーエルナイツに協力する」
うなずくカルロスにエルザはホッと安心したような顔をする。エルザは自分の胸に手をあて口を開く。
「第一区画の下水道の調査は我々とメリッサさん達が担当します。ビーエルナイツの本隊なら王都の第一区画への出入りは可能ですからね」
「あれ!? 俺達は?」
「リックはイーノフさんが調べてくれたリリヤさん達を治療する薬の材料を取ってきてもらっていいですか?」
「わかりました」
「お願いね。じゃあ南にある砂漠の町テナルポリスへ行ってちょうだい」
テナルポリスは王都からはるか南にある、グラント王国の南の外れの町だ、グラント王国の南は平原と荒野となっており、王家の墓があるレイクフォルトや牢獄の町ローズガーデンなどがある。レイクフォルトがあるフォルト湖が、平原の南端になり、少し南へ行くとローズガーデンがある荒野で、その先はテオリ砂漠という砂漠が広がっている。
テナルポリスは砂漠と荒野の狭間に位置しており、王都の人間からみるとテナルポリスはテオリ砂漠の入口の町となる。テオリ砂漠は全土がグラント王国の領地でなはなく、南側の半分はニシス王国という小さな王国と、部族がいくつかに分かれて統治している。
エルザが地図の上のテオリ砂漠を指さした。
「リック達はテオリ砂漠に生息する藍玉蠍を倒してその尻尾を手に入れてほしいんですの」
「わかりました。じゃあ、さっそく行こう。ソフィア、ポロン準備をするよ」
「わかりました。砂漠は熱いですから氷石を持っていかないとですね」
「行くのだ」
リック達は詰め所の奥のベッドの前にある宝箱から傷薬や氷石を取りだして準備をする。炎石は炎の魔法の力で、持っているだけで体を温め、氷石は氷の魔法の地下で持っているだけで体を冷やしてくれる。
道具袋にアイテムを詰めて、リック達は隊長の前にまた並んだ。メリッサ、イーノフ、ゴーンライトの三人とエルザはメリッサの机で、第一区画の地下に調査の相談をしている。
「隊長。いってきます」
「じゃあ、お前さん達よろしくな」
「あっ! ちょっと待ってリック! テナルポリスにビーエルナイツが雇った案内人がいます。酒場アセルセンで、ガーザという人間を探してください」
「はい、わかりました」
出かけようとするリック達にエルザが声をかけてきた。リックは自分の席に戻り、ペンとインクを取り出して、酒場アセルセンで、ガーザさんと合流とメモする。
「それとリックさん。藍玉蠍は体が硬くて鋭い刃さみのような前脚に気を付けてください」
「えっ!? はいありがとうございます」
メモを取るリックにゴーンライトが藍玉蠍の情報をくれた。笑顔でうなずいたリック、彼は後で藍玉蠍の詳細を調べようと考えるのだった。
「ちょっと待って! リック、藍玉蠍の他の特徴を答えてみて?」
「えっ…… あの…… その……」
「ゴーンライトはわかる?」
「はい。尻尾の先が青い尖った宝石のようになっていて、そこから砂漠では珍しい水魔法を使います。さらに動きも早くやっかいな魔物です」
「ありがとう…… リックは当然今の知ってたんだよね?」
何も答えられないリックと、スラスラと答えるゴーンライト。メリッサはリックに鋭い視線を送る。リックは気まずさに耐え切れずに逃走をする。
「あっあの…… ごめんさい! いってきまーす!」
「こら! 待ちな! あっ! リック! もう…… 帰ったら腕立てだからね!」
ポロンとソフィアの手を引っ張って慌てて、リックはつかまえようと手を伸ばしてきた、メリッサを振り切って詰め所をでていった。
すぐに三人はテレポートボールを使い、砂漠の町テナルポリスへと向かうのだった。