第17話 乳を求めて山へ向かう
リックとソフィアは、村の入り口から一番奥にある木で出来た大きな村長の家へとやってきた。二人が村長に招かれ、家にはいると、村長の妻である優しそうなおばあさんが、応接室まで案内してくれた。応接室にはテーブルにソフェアと、二つの椅子が向かい泡に置かれリック、ソフィアが並んでソファに座り、村長が向かいの椅子に座った。全員が席につくと村長が話を始めた。
「さっき話したとおり、今の村のキーサ牛からキーサミルクはとれないんじゃ」
「キーサミルク…… 残念です」
しょんぼりと悲しそうにうつむくソフィアだった。任務が困難なことに悲しんでいるのか、キーサミルクが飲めないから悲しいのかわからないが……
「リック! 取れないといわれて簡単に帰る訳にはいきませんよ」
「えっ!? うっうん…… そうだね」
顔をあげたきらりと眼鏡の瞳を光らせながら、ソフィアは気合が入った表情でリックを見た。村長は二人の様子をジッとみつめていた。
「ただな…… 村にはミルクのとれるキーサ牛がおらんのだが、ミルクがとれるキーサ牛がいないこともないんじゃ」
「ふぇ!? どういうことですか?!」
「えっ!? ちょっ……」
村長の向かいから身を乗り出し、手を伸ばして襟をつかんだソフィアは、何度も彼を左右に振り回してる。
目が血走ったすごい気迫で、村長を振り回すソフィアのあまりの迫力に、リックはその様子を呆然と見ているだけだった。
「おっおまえさん! 見てないで助けて……」
「あぁっ! ごめんさなさい!」
リックはソフィアの手を掴んで強引に村長からはなすのだった。解放された村長は椅子にもたれかかり、手を首に当て、肩を大きく上下に動かして息をしていた。
「キッ!」
「えっ!? なんで…… 俺をそんなキツイ目で見ないでよ。もう、食い意地がはってるんだから!」
ソフィアは止めたリックを、睨みつけるのだった。すぐにソフィアが村長に顔を向け、息を切らしながら、右手の平を上に向け前にさしだした。白い光が彼女に収束していく。
「はぁはぁ。さぁ教えてください! キーサミルクの場所を……」
「お前さん! この娘はなんなんだ? わしをどうする気だ!?」
必死に村長はリックに、助けを求めるのだった。すぐにリックは、ソフィアの肩をつかんで、ソファに座らせる。
「多分、何もしないと思いますよ。大丈夫ですから、多分…… ねぇ。ソフィア?」
「ふぅふぅ! はい! 早く教えて」
「ひぃ!」
眉間にシワを寄せ村長を睨む、ソフィアに村長は悲鳴をあげる。
「はーやーく!」
「もう…… 頼むからおとなしくして! ソフィア!」
身を乗り出そうとした、ソフィアの前に手をだして防ぐリック。不満げにリックを睨み、ゆっくりと腰を降ろしてソファは座りなおす。
「(なんで!? ソフィアが悪いんだろ……)」
睨まれたリックはあきれた顔をするのだった。
「はーい。おちゃですよー」
扉が開いて村長の妻が、茶とクッキーをもってきた。テーブルに置かれた茶に目を輝かせるソフィア、これでおとなしくなるとリックは胸をなでおろす……
「うん!?」
「じー」
「あの…… そんな目で見なくても俺の分も食べていいから……」
「わーい」
ソフィアはクッキーをほおばりご満悦な表情をする。彼女の興味がクッキーに移ったが、村長はまだ少し怯えた様子でゆっくりと口を開く。
「じっ実はな。さっきもおぬしたちが見たと思うがさっきわしを突き飛ばした、ヤットのやつが過去に処分したキーサ牛が村の裏の山におるんじゃ」
「えっ?! 処分したなら、もういないはずでは? 食肉とかにしますよね」
「いや、キーサ牛は肉としてはまずくて価値はないからのう。あやつのいう処分というのはこっそりと山に捨てるだけなんじゃ」
村長の話によるとヤットは毎回村の門番の目を盗んでは、キーサ牛を山に連れて行って勝手に捨ててしまうという。だが、山には魔物おり家畜であるキーサ牛が生きているとは思えない。リックは村長の話を聞いて彼にたずねる。
「野生で家畜なんて、すぐに魔物に殺されたりしませんか?」
「それがな、捨てられたキーサ牛を保護するように、山に住む魔物アイエレファントがキーサ牛と行動を共にするようになってな。今ではキーサ牛も野生化してしまい、一緒に山に山菜取り行く村人を襲うようになってのう」
野生化したキーサ牛と行動を共にしているアイエレファントとは、象に近い長い鼻と牙を持つ巨大な一つ目の魔物である。山に生息して長い鼻を巧みに操り、人間を襲いかかる、王国のこの地域の山にはよく生息している魔物だ。
リックがズボンのポケットから、細長い小さな本を出して見ている。これは防衛隊の支給品で、魔物生息図といわれるものだ。魔物生息図は文字通り、王国に生息する魔物の特徴などが書いてあり、全域を管轄とする第四防衛隊には必須品である。
「そこでおぬし達にアイエレファントを倒してもらってじゃな。アリエレファントが居なくなればキーサ牛もおとなしくなるだろう。どうじゃ? 王都の防衛隊の能力ならアイエレファントくらい。簡単じゃろ?」
老人が笑顔で二人にたずねる。リックはソフィアと相談しようと寛恕に顔を向け……
「村長さん、私たちやります! ねぇリック!?」
「えっ!? 答え早いよ!」
「でも、これしかキーサミルクを手に入れる方法はないですよ」
ソフィアの言う通り、キーサ村にキーサミルクはなく。キーサミルクを手に入れるには、村長から出された提案に乗るしかないのだ。リックはやる気になってるソフィアに水をさすわけにもいかないので彼女に同意するのだった。
「わかったよ! ソフィア! やろうか」
「ならリック、さっそく山へいきましょう」
「おぉ! それじゃよろしく頼むぞ」
リックとソフィアは村長さんの家から村の裏にある山に向かう。裏山には村長の家の近くにある村の門からすぐに行けるらしい。
裏山へ向かう町の出入り口へとやってきた。さきほど二人が入った、キーサ村の入り口と違い裏口はひっそりとしている。村長の話によるとは裏山にむかうのは村人しかいないので、村外からの人が行き来する門と賑わいが違うのは当然である。行き来は少ないとはいえ、門番を務める緑の防衛隊の制服を来た、兵士おりリック達に話しかけてくる。
「裏山に行くのかい? あんた達は王都の防衛隊の人だろ? どうしたの?」
「えぇっと、ちょっと食材を探しでアイエレファントを討伐に!」
「アイエレファントか…… あいつの鼻には気を付けろよ。水魔法を使ってくるからな」
「えっ?! わかりました。ありがとうございます!」
右手をあげ兵士に礼を言ったリックは村を出た。門を出るとすぐに目の前は平らな草原で、少し行くと岩肌が目立ち、はじめ傾斜がついてくる。さらに進むと道幅がかなりあり、馬車一台がギリギリ通れそうなくらいの幅の、山道が見えてくる。草原に囲まれた緩やかな山道を二人は登っていく。
「ソフィアはアイエレファントって知ってる?!」
「えっとお鼻の長い魔物さんですよ!? 確かメリッサさんが……」
「メリッサさんが!?」
顎に手を当てて考えるソフィア、リックはメリッサからの助言が聞けると心が高まる。
「はい。メリッサさんが言うには一撃で死ぬから倒すのは簡単だって! だから大丈夫ですよ!」
「あぁ。そりゃあ、あの人にとってはそうだろうよ……」
ソフィアから出たメリッサの助言に落胆するリックだった。その様子を見てソフィアは首をかしげている。直後に二人の目の前に大きな動物の影が見えた。
「あれは…… キーサ牛」
「うん!? でも…… なんだろう? あの牛はどこかで見たような気が…… あっ! あの模様はさっき牛舎の近くで見た……」
リックは目の前を歩く、キーサ牛の模様に見おぼえがあった。
「ソフィア! ちょっとこっちに来て」
二人はキーサ牛に気付かれないよう、山道の端により立ち止まって距離を取った。ソフィアがキーサ牛を見て声をあげた。
「あれは…… さっき牛舎の近くでみたお牛さんですね」
「やっぱりそうだよな。あいつ…… 結局キーサ牛を捨てたのか…… クソ!」
前を行くキーサ牛は、ヤットの牛舎で遅れて、歩いていたキーサ牛だった。悔しそうにキーサ牛を見つめるリックだった。彼はキーサ牛を見ながら、何かを思いついたようだ。
「ソフィア。このままあの牛について行こう。村長さんの話だと、アイエレファントがキーサ牛を保護するような動きをするって言ってたから、うまくいけばアイエレファントに遭遇できるかも」
「はい! わかりました」
リックはソフィアと二人で、少し離れてところから、キーサ牛の動きを観察しながらついていく。途中で草を食べたり、糞をしたり、水を飲んだり、キーサ牛はのんびりゆっくりと山頂へ歩いて行く。
「お牛さんとのんびりとお散歩ですね」
「そうだね」
「日差しがポカポカで気持ちいいですね」
やわらかな日差しが気持ちよくてのんびりとした時間が漂う。リックは任務じゃなくて、本当にソフィアと一緒にピクニックとかなら楽しいのにと考えていた。リックがチラッとソフィアへ視線を送る。リックと目が合うとソフィアは微笑んで首をかしげた。
「どうしたんですか?」
「あぁ! なんでもない」
「変なリックです」
目が合って微笑んだソフィアを、見たらリックは急に恥ずかしくなり慌てて視線をそむけた。ソフィアは彼の慌てた様子に微笑むのだった。
キーサ牛の後ろについて歩く二人、しばらくすると広い草原に出た。広大な草原にはポツポツと、白と黒の模様の大きな牛がいるのが見える。あの牛が野生化したキーサ牛なのだろう。草をのんびりと食べているキーサ牛達は、牛舎で見た牛よりちょっと体がしまってるようにみえた。
「リック! 気持ちいいですね! 残念です。おやつをもってくればよかったです」
腹に手をあて撫でながら残念そうにするソフィアだった。捨てられたキーサ牛が草原を歩いているキーサ牛に近づいていくのが見えた。
「こっちだよ、ソフィア!」
「もうお牛さんについていかないですか?」
「ほかのキーサ牛に見つかったら、まずいから」
リックとソフィアは近くにあった岩の陰に隠れてキーサ牛の様子をうかがう。野生のキーサ牛の群れに、捨てられたキーサ牛が近づき、お互いの匂いを嗅いでいた。
「お鼻でキーサ牛さんがキーサ牛さんに、こんにちはしてますよ! かわいいですね」
「そうだね。きっと群れに受け入れるかどうかを探ってるのかな。でも元々は同じ牛舎にいた牛だからな。うん?」
キーサ牛に何か近づいてきた。近づいて来たのはキーサ牛の半分くらいの大きさで、鼻が長くて耳が長く顔の真ん中に目が一つある四足歩行の魔物だ。
「あっあれは? アイエレファント…… でも…… 魔物生息図に書いてあった体長よりすごい小さいような」
「きっとアイエレファントさんの子供ですね」
「あぁ。子供か」
五頭ほどのアイエレファントの子供がやってきて、キーサ牛のお腹の下についている乳首に吸い付いている。キーサ牛は驚くことも抵抗することもなくアイエレファントの子供に乳を与えている。
「牛が別の種族に乳を与えるなんて……」
「珍しいです。あんなにいっぱい吸い付いてかわいいですね」
「そうだね」
リックは一生懸命にキーサ牛の乳を吸うアイエレファントの子供をジッと見つめていた。
「(あんなに必死になって…… そんなに美味しいのかな……)」
チラッとリックの目がソフィアの胸に…… 彼女の大きな胸を見ながら、下水道で味わった感触を反芻する…… 鼻の下が伸び、だらしない表情をするリックだった。もちろんその表情は、ばっちりとソフィアに見られているのだが……
「リック! なんでエッチな顔で私の胸を…… もう!」
「えぇ!? ちょっとまって! ソフィア! ごめんって!」
「何が待ってですか! さっきも城壁で私のパンツ覗き見したくせに! 反省してないです! おしおきです!」
ソフィアが手を天にかざす! 彼女の手に白い光って集約していく。身の危険をリックは思わず岩から飛び出した。
「「「「モウーーーー!」」」」
「しまった!」
リックの姿を見たキーサ牛が騒ぎだしてしまっ。群れは騒ぎながら平原をリック達から離れていく。さらにその騒ぎを聴いてか、地響きがして、キーサ牛の群れと入れ替わるように、平原の向こうから大きな影が向かってくるのが見えた。親のアイエレファントがリックに向かってきたのだ。




