第197話 光の勇者は冒険者達を照らす
「あら!? リックじゃない? リックー!!! あなた何やってんよ? こんなとこで!?」
甘ったるて明るい声で、リックを呼ぶ声した。振り返ると第三副会場へ入る道の遠くから、リックの幼馴染の勇者アイリスが走って向かってきていた。
「アイリス!? なんでここに?」
リックは第三副会場の、入り口まで行き、アイリスを迎えに出た。アイリスは彼の顔を見ると、嬉しそうな顔して手を振ってスピードをあげ、さらに近づいてくる。アイリスの頭の上には、彼の仲間スラムンが乗っている。
「リック。こんにちはズラ!」
「こんちはスラムン、アイリス。でも…… どうしてここに?」
「私ね雪花祭りに招待されたのよ。ぜひ来てくださいって! でも、来たらなんか建物は燃えてるし……」
「招待された…… あぁ。ゲルプさんが言ってた招待したすごい人ってアイリスなのか」
アイリスがすごいゲストと聞いて拍子抜けするリックだった。リックにとってアイリスは、昔から知ってる幼馴染なので驚きはないが、グラント王国の一の才能を持ち、伝説の武具を二つを手に入れ、順調に魔王討伐の旅をしているアイリスは驚きの招待客なのだ。
「待てーーー! この変態勇者ー!」
「うん!? おっおい!? どうしたんだよ!? アイリス!?」
遠くからミャンミャンの怒鳴り声がすると、慌てた様子でアイリスがリックの背中へと隠れた。
「リック…… いや兵士さん! あの兵士達が私を追いかけるのよ助けて!」
「ウソつくなズラ! アイリスが悪いズラよ!」
「お前いったい!? ミャンミャンに何したんだ?」
ミャンミャンが鎌を持って駆けてきてリックの前へとやってきた。彼女は眉間にシワをよせ、鼻息が荒く、すごい怒っているのが分かる。さらに後ろに半泣きのタンタンも走って来た。
「フーフー!! リックさん! その変態勇者をこっちに! あんたよくもタンタンに……」
「タンタンに!? あぁ…… アイリス!」
半泣きのタンタンのほっぺたに、口づけの後がついてるのがリックに見えた。あのうっすい明るいピンクの口紅は、アイリスがつけてるのと同じ色だった。
「おい! アイリス! お前…… タンタンに何をしたんだ!」
「えぇ!? いやかわいい男の子だったから私の仲間に勧誘しただけよ。でも、その子が嫌がってあの女の後ろに隠れたのよ失礼でしょ!」
「ウソです。この人が無理矢理タンタンを抱きかかえてほっぺに…… あっ! 思い出した! あんた! 前にもタンタンを連れて行こうとしてたでしょ!?」
「そうズラ! いきなりあの子を捕まえてオラがとめるのも聞かずに、チューしたズラ!」
「スラムン!? この裏切者!」
「はぁ…… もうお前ってやつは!」
リックは背中に隠れたアイリスの手をつかみ、無理矢理にミャンミャンとタンタンの前に突き出した。
「アイリス! お前は前にも王都の冒険者ギルドで騒ぎを起こして追い出されたんだろ!? その時に謝りに行けっていったのに謝ってないのか!?」
「だって…… あのピンク髪の子かわいいんだもん! 謝るなんてくやしいでしょ!? 絶対かっこよくなるから私がつばつけとくのよ」
「はぁ…… この! お前は…… 謝れ」
「やっやめてー! リックの裏切者! 女の子に乱暴するなんて最低!」
「うるさい! お前は現状では犯罪者なんだぞ」
リックはアイリスの頭を掴んで強引に頭をさげさせ謝らせた。ミャンミャンとタンタンはリック達の様子を見て不思議そうな顔をしていた。
「あっあのリックさん? この変態勇者は知り合いなんですか?」
「うん!? あぁ。こいつはアイリス・ノーム、王国の勇者で俺と同じマッケ村の出身で幼馴染なんだ」
「えっ!? アイリス・ノームって…… この変態勇者が!? あのS1級で私達の為に恩赦をしてくれた!?」
「僕達を助けてくれた勇者様なんだ……」
押さえつけられたいたリックの手がはなれ、顔をあげたアイリスは腕を組んで頬を膨らまして不満そうな顔をする。アイリスを見たミャンミャンとタンタンは複雑な表情をしている。
以前、服役していた二人は、恩赦の際にアイリスに世話になっており尊敬していたので、目の前に現れたアイリスに幻滅するのは当然ではある。
「あぁ。気にしないでいい。すごい才能や実力を持ったやつが人格者とはかぎらないしな」
「リック! ちょっとあなた! 何てこと言うの!」
「いいや。リックが正しいズラ! もっとちゃんとするズラよ!」
頭を押さえつけられていたアイリスは、リックの手をどけて怒った顔で彼を睨む。後ろで見ていたメリッサが大きな声で叫ぶ。
「リックーーーー!!!! あんた達なにしてるんだい! こんな時に!」
「あっ! そうだった! 今はこんなことしてる場合じゃない」
「何よ。こんなことって……」
「あぁ。もういい。今は大変なんだ。お前も来い! ミャンミャン達も一緒に!」
メリッサさんの声に我にかえったリックは、アイリスとミャンミャンとタンタンの三人をつれて第三副会場へと戻った。
「えっ!? 何あれは!? シーリカ!? どうしたの?」
宙に浮かぶシーリカを見て驚いた表情をするミャンミャン、ココが駆け寄ってきてミャンミャンとタンタンに事情を説明する。横でアイリスもココの説明を一緒に聞いている。
「もう! リックは兵士のくせに何やってんの! そんな状態なら早く助けないと聖女様が死んじゃうじゃん! それに村も消えちゃうんでしょ!?」
ミャンミャンと一緒に話を、聞いていたアイリスはリックに叫ぶ。
「そうですよ。何してるんですか!? みんな見てるだけなんて…… ひどい! シーリカ!」
「ごめん…… でも、強い光の魔法で守られて…… 俺達じゃ…… えっ!? アイリス!」
「うん!? どうしたのよ? 早く助けるわよ!」
天上の兜をかぶって、背中に羽を生やした、アイリスはリック達が弾かれた結界を素通りして、あっさりとシーリカの前に浮かんでいる。皆がアイリスを呆然と見つめている。
「ねえ!? リック! この汚い盃を取ればいいんでしょ?」
「うっうん…… えっ!? お前には光の聖杯が見えるのか?」
「あぁ。下からはみえないわね。聖女様のお腹の上に出てきてるのよ。ねぇ。どうするの? 取った方が良いの? 戻した方が良いならもどすけど?」
「えっ!? そんなこと俺に言われても……」
光の聖杯の扱いを聞かれて困惑するリック。伝説級の道具の処遇を一兵卒の彼が知るはずもない。他のみなもよくわからないみたいで黙ってアイリスをみつめていた。反応がないことに困った顔する、アイリスに頭の上に乗っていたスラムンが声をかける。
「もうこれは半分以上出ちゃってるズラね。今さら戻しても意味ないズラ! アイリス。出てくる盃を持ち上げるズラよ」
「わかったわ。ちゃっちゃとやっちゃうからね」
「おい!? アイリス、スラムン、無茶をするな! 光の聖杯の力が解放されたら被害が…… 村ごとこの一帯が消えるんだぞ」
「いや…… リック。アイリスならいけるかも知れない…… S1級の勇者なら光の聖杯の魔力の制御ができるはずだ」
「ほっほんとうですか!? イーノフさん!」
少し離れたところでイーノフが、アイリスの姿を見ながら希望みちた瞳で見ている。
「(イーノフさんの言うことは本当なのか!? 聖なる光の制御なんて…… そんなことがあいつに!? でも…… あいつはS1級という王国一の勇者の才能を持っている……)」
リックはいろいろ考えながらアイリスを心配そうに見つめる。アイリスがシーリカに手を伸ばし、引っ張り上げるような動作をする。
「ちょっとあんた!? シーリカ姉さまに近づかないで! 何なのよ! なぜそこに入れるのよ!」
メリッサに拘束されて取り押さえられている、リリィがアイリスに必死に叫んでる。アイリスはリリィの顔を睨み付ける。
「なんでって!? 私にだってわかんないわよ。でも、私は勇者だしね。それに一応S1級だしね」
「そうズラ!!! アイリスは下衆さでもS1級ズラ!」
「うるさいわよ。スラムン! 狡猾って…… あっ! 出た出た! 取れたよ」
アイリスがシーリカの体の中から手をだすと、茶色にくすんだ盃のようなものが、彼の手には握られていた。これが光の聖杯である。
「わっわ! こーら! もう…… 暴れないの! 大事にするからね…… 大丈夫。平気だよ」
茶色の光の聖杯が、大きな光を放つと、アイリスは両手で大事そうに、抱きしめて笑顔で声をかける。彼の腕の中で、光の聖杯が放つ光が徐々に小さくなって、くすんだ茶色の光の聖杯に戻った。
シーリカの体から発せられた光が消えて彼女の体はゆっくりと地上におりてきた。だが、すでに全身が石になっていて、静かに横たわっている。ミャンミャン達がーリカの元に駆け寄り俺とソフィアとポロンも駆けつける。
地上に戻ってきたアイリスを見て、リリィは愕然とした表情をしていた。
「なんで…… 私の野望がこんな勇者に……」
「フフーン。残念でした! こんな勇者でもやる時はやるんですー!」
「なっ! この! もう少しで…… お母様の為に教会に復讐を……」
リリィの言葉を聞いたアイリスは彼女を蔑んだ目で見た。
「はあああああああああ!? お母さん? あんた人の為に復讐するの? 馬鹿じゃないの! 復讐したいのは自分でしょ? 結局あんたは母親を隠れ蓑にしてるだけじゃない。そんな中途半端だからなにやってもうまくいかないのよ。この卑怯者!!」
「クッ…… あんただって人のためや平和のために勇者をやってるんでしょ! 何が違うのよ!!」
「違いますぅーーーーーー! 私は自分で勇者やるって決めたんですぅーーーーー! 人の為なんかしませーーーーん!!! 人の為に築く平和なんかくそくらえよ!!」
アイリスは舌を出して馬鹿にしたような顔をリリィに向ける。悔しそうに眉間にシワを寄せるリリィだった。アイリスの頭に乗っていたスラムンが飛び跳ねる。
「もう…… 堂々とそういう事は言わない方が良いズラよ」
「いいのよ。みんなのために魔王と戦うなんてしたら皆が私に責任を押し付けたみたいに思っちゃうでしょ。私は私の意思で魔王と戦うのよ。平和なんていう大層なもののためじゃないし、人のためでもない自分のため…… そう! 大事な人との世界を守るためにね」
右手をリックに向けて伸ばしたアイリスは微笑んだ。手を伸ばされたリックは、よくわからずに首を傾げる、それを見たアイリスは不機嫌な顔になり、彼を睨みつけるのだった。
「でも、シーリカ姉さまは戻らないわよ! ははは! これからは石の聖女を祈るがいい!」
石になって横たわるシーリカに向かって、リリィは笑って叫び続ける。ジャイルの言葉に反応してココがシーリカに叫ぶ。
「シーリカ! あたいだよぅ! 頑張るんだよ。いま治すからね」
「シーリカを治すです!」
ソフィアやココが必死に回復魔法をかけ、石になったシーリカを戻そうしていた。だが、シーリカの体はいっさい反応をしめさず、静かに時間だけが過ぎていく。
「お願い…… シーリカ! 答えて! 目を覚まして…… 私、まだあなたと一緒に居たいの…… 冒険したりおしゃべりしたいの……」
「シーリカお姉ちゃん……」
カルロスは拳を握り、悔しそうにシーリカを見つめていた。ミャンミャンは必死にシーリカに声をかけて、タンタンは涙を流して石になったシーリカを呆然と見つめている。
リックはミャンミャンとタンタン、二人の必死な姿が見ていられずに視線をそらす。そらした視線の先にアイリスが見えてリックは憮然とする。
「あいつは…… もう本当に……」
失望したようにつぶやくリック。皆が悲しんでいる時に、アイリスはのんきに光の聖杯を持って、中をまじまじと眺めたり、逆さにして振って手を出し、本当に中身がはいってないか確認したりして遊んでいたのだ。リックと目があったアイリスは、気まずそうな顔をする。
「アイリス! 何してるんだ?」
「ははっ。ごめんね…… リックー! これ借りていい!?」
「えっ!? 俺のじゃないし…… 好きにしろ」
「わーい」
光の聖杯を指さしアイリスはリックに貸してくれという。リックが適当に答えるとアイリスは腰のベルトから下げた道具袋を開けた。
「アイリス!? 何してるズラか!? それは魔王と戦うためにつかえって言われた大事なものズラよ!?」
「スラムン…… ごめんね。グラント王国の聖女様が居なくなったらみんな大変でしょ…… だからいいの」
袋から青い液体の入った、瓶を取り出したアイリスは、瓶のふたをあけて液体を光の聖杯に注ぎ込んだ。液体が入った光の聖杯をもって、アイリスはシーリカのもとへと向かう。
「ココさん、ソフィア、ちょっとどいて!」
「何するんだよぅ」
「大丈夫です。アイリスに任せましょう」
「ありがと。ソフィア」
ソフィアに笑顔でお礼を言うと、アイリスはシーリカの横に座り、光の聖杯である盃を天に向けた。ゆっくりと光の聖杯を、斜めにして中の液体をシーリカにかける。液体をアイリスは、まずシーリカの腹にかけ、立ち上がって全身にくまなくかけていく。
「おぉ。さすが光の聖杯なのかしら? 回復が早いわね」
「器も薬もいいズラからな」
液体のかけられた場所が、七色に光り石から徐々にシーリカに戻っていく。アイリスが光の聖杯にいれた、液体を全てかけ終わるとシーリカの体は完全に元に戻っていた。
「あゎゎゎ!? 私? いったい?」
「シーリカ! よかった! よかった……」
「よかったよぅ!」
「シーリカお姉ちゃん!」
「あゎゎゎ、ココ、ミャンミャンとタンタンも…… 苦しいです」
気が付いたシーリカが驚いた表情をしてる。喜んだココとミャンミャンとタンタンがシーリカに抱き着いた。
「よかった。リック、これ返すね」
リックの横に来たアイリスが笑顔で、少し恥ずかしそうに光の聖杯を渡してきた。呆然とリックは光の聖杯を受け取ると彼に声をかけた。
「アイリス…… ありがとう」
「いいのよ。気にしないで! みんな喜んでるからよかったわ」
「良くないズラよ。あれは魔王討伐対策にもらった天使のしずくという薬ズラ! どんな傷でも強力な呪いも状態異常でも、たちどころになおせる貴重な薬ズラ! もう手に入れるのは難しいズラよ」
「おっお前!? そんなすごいの使っちゃっていいのか?」
「私だって…… 一応勇者ですからね。人が悲しむのは嫌なのよ。貴重だろうが何だだろうがこういう時につかえばいいの! それにリックの為だしね。聖女様はリックの友達なんでしょ?」
リックが頷いてアイリスの顔を見ると、彼は満面の笑みで右手の親指を立てていた。
「なら、いいのよ。リックの友達なら…… 私の友達でもあるんだから!」
「アイリス…… 本当にありがとうな」
礼をいうリックにウィンクをし、微笑むアイリスだった。
「リリィ…… お前さんには黙秘権は…… ないからな。覚悟しておくんだ」
「いいわよ。さっさと死刑にでもすればいい」
「黙りな。あんた…… 簡単に死ねるなんて思わないことだね。まぁいい。ローズガーデンで大人しくしてるんだね。ゴーンライト、イーノフ、連行するよ」
「いこう、メリッサ」
「はい」
縄をメリッサさんが掴み、両脇をゴーンライトとイーノフに固められ、リリィは悲しそうな表情で連行されていく。
リックはその姿をじっと見つめている。
「うん!?」
袖を誰かに引っ張られ振り向くリックそこには……
「リックーー! ほら、聖女様を助けた私とリックが祝福の接吻を…… んー!」
リックが振り向くとアイリスが、口をすぼめて彼に顔を近づけてきていた。
「はぁ!? いやだよ」
「ギギギ…… んーーー!!!」
右腕を伸ばし、リックはアイリスのおでこに、手を置いて押し返す。負け時に必死に顔を近づけようとするアイリス。
「あゎゎゎゎ!? 何してるんですか! この! 悪霊め! 退散!」
「そうよ。まったく目を離せばすぐに…… この変態勇者!」
「賊の襲撃です!」
「わっ!? なによ!?」
飛んで来たミャンミャンが、アイリスを羽交い絞めにして、シーリカが懐から聖水を出してアイリスにかけていた。ソフィアは弓を構えてアイリスに向ける。
「(いや…… まぁさ。一応アイリスも頑張ったんだから、もう少しやさしくしてあげてもいいんじゃないか? みんな……)」
リックは羽交い絞めにされ三人から、攻撃されるアイリスに同情の目を向ける。
「もう! ちょっと何なのよ! リック! なんでソフィア以外にも女がいるのよ! この浮気者!!!」
「そんなの俺に聞かれても知らないよ……」
首を横にふって頭を抱える仕草をするリックだった。タンタンとココとカルロスは、リック達の様子を見て笑っていた。
その後、光の聖杯はグラント王国に回収され国宝として保管されることになった。一連の魔女ジャイルによる聖女襲撃事件はこれにて解決したはずだった……