第196話 光の聖杯
「メリッサ! お前さんはシーリカ様を守るんだ。行くよココ!」
「覚悟するんだよぅ!」
ココがリリィの前に飛び出して、カルロスが片手に白い柄のナイフを出し、ジャイルに投げる。リリィは投げられたナイフに反応し、飛び上がりかわす。着地したジャイルに続いてココが短剣で斬りかかろうと構えた。
「チッ! 動くんじゃないですわ! シーリカ姉さま…… この子がどうなってもいいのかしら?」
リリィがうっすらと笑って、右手をならすと地面から、二体の白い全身鎧の魔物スノーアーマーが現れた。二体のうちの一体のスノーアーマーには白く小さい物体が抱かれて、もう一体のスノーアーマーが白い物体に剣をつきつけてる。スノーアーマーが持つ、白い小さい物体を見たポロンが叫ぶ、
「ハクハクなのだ! 寝てるのだ!」
「あゎゎゎ…… ハクハク!? なんで? 今日はお留守番させたのに!?」
「リリィ! あんた卑怯だよぅ!」
ココはリリィの手前で停止し、悔しそうな顔でハクハクを見つめていた。スノーアーマーの腕には、目をつむり眠って丸くなった、ハクハクが抱かれていた。シーリカをチラッと見てリリィは、満足そうに笑いながら、スノーアーマーに抱かれたハクハクに近づき頭を撫でる。
「フフフ…… シーリカ姉さまは何も知らないのね。この子はブロッサム平原の守り神白銀狼なのよ?」
「あゎゎゎ!? ハクハクが白銀狼?」
「そうよ。この子…… 魔力を奪った私に気付かなかった。おバカさんなのよ。まぁ私をにおいでしか判別できないからね」
「におい…… ですって…… だからあなた花の香水を……」
「ふふふ」
シーリカに勝ち誇って微笑むリリィ。リリィは花の強力な香水をつけていた。彼女はシーリカが好きな花の香をつけていたのだが、実はハクハクをあざむくための物だった。リリィは優しくハクハクを撫で終わるとシーリカを睨み付けた。
「さぁ。シーリカ姉さま! 大事なハクハクちゃんと引き換えよ。こっちにいらっしゃい」
「リリィ!? お前さんもうやめるんだ!」
「うるさい! あんた達は下がりなさい! ハクハクがどうなってもいいの?」
手をあげてリリィが合図をすると、スノーアーマーの剣がハクハクの首筋にあてられる。悔しそうにカルロスとココは、構えをといて下がる。
「そう。いい子ね。さっシーリカ姉さま!こっちにきなさい」
メリッサさんの背中に隠れていた、シーリカがメリッサさんの肩に手をかけた。振り返る真剣な表情のメリッサに、優しい顔をしてシーリカが静かにうなずいた。
「シーリカ! ダメだよ。リリィに近づいたら行ったら、あんただってどうなるか……」
「あゎゎゎ…… でも…… ハクハクは大事な友達なんです…… 通してください! お願いします!」
「くっ! 行きな!」
悔しそうな顔して身を引いてメリッサはシーリカを通した。
「うん!?」
シーリカを見つめていたメリッサが、リックに視線を向け真剣な顔でうなずく。
「(俺達にシーリカを救えってわけか……)」
ゴーンライトとイーノフがおらず、メリッサが一人でシーリカを救出しジャイルを相手にするのは難しい。しかも、リリィの警戒は、シーリカの側にいるココとカルロスとメリッサに向いており、後方でやや距離があるリック達は、あまり警戒されていないようだった。
リックは少し考えからメリッサに返事をする。
「(わかりました。俺達がやります)」
リックはメリッサに視線を向け、ゆっくりと頷いた。うなずいたリックの顔を見た、彼女は口元が少しゆるめ下を向く。リックはジャイルの気づかれないようにソフィアのゆっくりと近づき小声で指示をだす。
「ソフィア…… 俺が合図したら、ハクハクを持ったスノーアーマーを攻撃して」
「はい」
「ポロンはソフィアが攻撃したら、ハクハクに剣を向けてるスノーアーマーをどっかーんしてくれる?」
「わかったのだ!」
ソフィアに続いてポロンにも同様に指示を出し、元の場所へと戻って来たリック。ソフィアとポロンの二人が、スノーアーマーを仕留めてリック背後からリリィを叩く。
「(こっちだよ。俺の後ろに隠れて)」
背中の左手をまわし、手招きをしてソフィアをリリィから見えづらい、リックの真後ろへとこっそり誘導する。リックは右手を剣に手をかけてチャンスをうかがう。不安そうな表情をし、シーリカがゆっくりとリリィの元へと近づく。
「シーリカ姉さま……ヴァーミリオンスネークちゃんがくれた赤い宝石をだしさない。持ってますでしょ?」
「あゎゎ!? はっはい!」
シーリカが腰につけた道具袋から、手のひらに乗るくらいの、大きさの赤く綺麗な宝石を取り出した。あれは風馬の谷でヴァーミリオンスネークからもらった宝石だ。片手を開いてリリィに見えるように、シーリカが宝石を前にもっていく。
リリィの視線がシーリカが宝石に釘付けになり周囲の警戒が緩む。
「(今だ!)」
リックは腰に左手を持っていき、前後に動かしソフィアへの攻撃の合図を送った。ソフィアがゆっくりと矢をとりだしてつがえる。
「よし! ソフィア! ポロン! いけーーー!」
「はい」
「どっかーんなのだ!」
ソフィアが一瞬でハクハクを捉え、スノーアーマーの頭を矢で服飛ばす。手から抜けてするりとハクハクが地面に転がる。駆けだしたポロンは、ハクハクに剣を突き付けていた、スノーアーマーにハンマーで殴りかかった。
リックは駆けながら剣を抜き、リリィとの距離を一気につめた。左手を前にだしリリィ左肩の付近を狙って右手を引き剣を水平にした。
「クッ! シーリカ姉さまは渡さないわよ!」
リリィは身をかわそうと体をひねり剣をかわそうとする、だが、リックは彼女がかわすよりも早く剣を突きす……
「ミャアアアアアアーーーン!!」
「わっ!? わっ!? こら! いたい!」
小さい黒い物体が横から、剣を持ったリックの手にとびついた。黒い物体にリックは引っかかれ右手を引いた。
「猫さんです!」
「リックが猫さんに襲われたのだ!」
リックの右手に飛びついたのは、木から下りられなくなっていた猫だった。リックはリリィへの攻撃をとめ、空いている方の手で猫を払いのけた。
「フー! フニャー!」
黒い猫はリリィの足元で、リックを睨み付け、威嚇するような声をだしていた。
「フフフフ…… ありがとう。いい子ねぇ。やっぱり猫さんが良いわねぇ。犬は…… 邪魔ばっかりするのよね」
「いたた…… その猫は!? いったい?」
ひっかかれたリックは剣を手放さ課ったが、右手にはめた手袋は爪で破かれ、血がにじんでいた。駆け寄ってきたソフィアが、リックの手に手をかざして回復してくれる。心配そうにポロンもリックの元にやってきてくれた。
リリィはソフィアの顔をみて嬉しそうに笑っていた。
「この猫は翠玉山猫ちゃんなの。魔力を奪った白銀狼が小さくなったから、この山でも同じようにしていたの」
撫でながらリリィが笑う。黒い猫はスノーベリー山の守り神だという。リックは悔しそうに撫でられている猫を見つめている。
「くそ! なぜ翠玉山猫がリリィに……」
「フフ、教会は聖女様がいくところに世話係が、下見にいく習慣があるんですのよ。その時にね…… 遊んであげたのよ。そしてシーリカ姉さまを監視させるために近づかせたのよ」
「なんだと!? お前、まさかハクハクと同じように魔力を!?」
「そうよ。でもこの子はすんなりと言うこと聞いてくれたから魔力はとってないのよ。ねぇ!?」
首をかしげてリリィは翠玉山猫を見た。翠玉山猫がリリィの足元に擦り寄って、シーリカに向かって甘えたような声をだした。さっきまで緑だった猫の綺麗な瞳が今は真っ赤に変わっていた。赤い目は幻惑魔法で操られている時の状態だ。リックは翠玉山猫の目を見てハッとして悔しそうにする。
「チッ! ポロン! ハクハクを!」
「遅いわよ!」
「クソ!」
「動けないのだ……」
ポロンがハクハクを拾おうと駆けだしたが、一瞬早くリリィの合図で翠玉山猫が駆けてつけて、地面に転がったハクハクの元にいき首筋に爪を立てた。ポロンはハクハクの手前とまって戸惑う。リックは首を横に振りポロンに止まるように合図をする。
リリィはシーリカに顔を近づけ、右手を開いて上に向け差し出しゆっくりと口を開いた。
「さぁヴァーミリオンスネークの赤い宝石を渡しなさい!」
「あゎゎゎ、あなたは…… なんで? こんなことするの?」
「シーリカ姉さまは知ってるでしょう? 私の母親ジャイルは…… 教会から犯罪者にされたのよ! そして生きる為にヴィーセルに体を売ったの」
「あゎゎゎ……」
「フン…… お母様は体を売っても光の聖杯を探していたのよ。そしてヴィーセルからお金を都合してもらって調査結果を王都の南の鉱山に隠していたの……」
シーリカが悲しそうな顔をすると、リリィは睨むように目を細くする。興奮してきてるのか小刻みにリリィが震えている。
「必死の調査が実って光の聖杯の場所が分かった時に病に倒れ…… 私が三歳の頃に死んでしまった…… そして…… 私の父ヴィーセルは母が死んでからも優しかったわ…… でも、七歳になった時…… 私に母の面影を求めて私を襲ったのよ……」
「あゎゎゎ!? 実の親子なのですか!?」
「そうよ。父にとって私は性のはけ口でしかなかったのよ。でも私が泣いてばかりいるから飽きちゃったのね。十歳の誕生日を最後に父は私を教会に預けたのよ」
目に少し涙をため声を震わせリリィは、母親ジャイルと自分の境遇を語っていた。シーリカも同じく目に涙をため、リリィの顔を見つめて真剣な表情で聞いていた。
「まぁ聖杯やお母様のことを知ったのは教会に預けられた後だったけどね…… 私はジャイルやヴィーセルの子としてではなくただの孤児として教会に入れられたの。そしてシーリカ姉さまの世話係になり、教会の古い書庫で母のことをしったのよ」
リリィはシーリカを睨みつけると、シーリカは悲しそうな顔でリリィを見つめていた。
「あゎゎゎゎ…… ごめんなさい。リリィ…… 私は気づかず」
「あら!? シーリカ姉さまに恨みはないわ。謝らなくて結構よ…… だってあんたみたいな苦労知らずのお嬢さんに謝ってもらっても…… いらつくだけだしね! それに…… シーリカ姉さまには感謝してますのよ」
「えっ!? 私に感謝……」
「そうよ。私に教会に復讐する機会をくれたんですもの!!!!!!!」
笑いながらリリィが両手を広げると、シーリカが手に持った赤い宝石が、シーリカの頭上に浮かび上がっていく。さらにハクハクと翠玉山猫がシーリカの左右にそれぞれ浮かび上がった。
「はるか昔に光の聖杯は、この大地の人々をいやすために大地を守る四つの神々の力を初代の教会の聖女が借りた物なの。それを代々の聖女が受け継いでいったのよ。取り出すには四つの守り神のうち二つ以上の承諾がいるのよ。そしていまここには守り神が三つ……」
「あゎゎゎゎ! なに!? 私の体が…… あつい…… 苦しい! いやああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「シーリカ!」
体から白い光が発せられ、シーリカの表情が苦しそうな顔に変わる。痛みで気を失ったのか、すぐにシーリカの顔は、穏やかに眠っているように目をつむった。気を失ったシーリカの体は、力なく仰向けに空へと浮かび上がっていった。
「リリィ!? 何をしたんだ!!!!」
「光の聖杯をとりだすのよ。光の聖杯が出たらシーリカ姉さまは…… 石となるの…… よかったわね。そうすればシーリカ姉さまの美しさをずっと保てるわ!」
「やめるんだよぅ! リリィ!」
光の聖杯と取り出しシーリカが石にするというジャイル。ココが叫んでジャイルを止める。だが、リリィは叫ぶココを見て嬉しそうに笑う。
「ははっ!? 悔しいの?! リック! それともう一つ良いことを教えてあげる。光の聖杯は時間をかけてゆっくりと出てくるのよ。でもね…… 強大な力が同時に解放されるからこの辺りは一体が消えてなくなるのよ」
ジャイルは両手を広げて勝ち誇った顔で話している。リックは悔しそうに彼女を見つめている。
「リック…… いい顔ね。汚らわしい男が苦痛にゆがむ顔見るのは最高なのよ」
「なにを!? 貴様! いいからシーリカを元に戻せ! 許さねえ!!!!!」
怒りに任せて叫ぶリックは、制服のすそを引っ張られた。振り返ると少し悲しい顔してうつむいているソフィアがいた。
「リック、ダメですよ。冷静にです。私が牽制しますからリックはその隙にリリィをお願いします。シーリカを助けるですよ」
「ソフィア…… ありがとう」
ほほ笑むソフィアが、ゆっくりと口を動かして魔法を詠唱し始めた。リックはソフィアを隠すように前に出た。リックは怪我が、まだなおっていないように装い、右手を左手でわざとらしく押さえていえる。
「覚悟です! リリィ!」
「なっ!」
上空にてをかざすソフィア。青白い稲光が、ジャイルに向かって一直線に向かっていった。
「けっ! こんな低レベルの電撃魔法が私に…… なっ!? なんでよ!」
ソフィアの魔法を手ではじき返すリリィ、ソフィアははじき返された魔法を両手で受け止めた。直後に白い光に包まれていたジャイルの視界が開き憎きリックの笑顔が彼女に映った。リックは魔法が放たれると直前に駆けだし、ジャイルとの距離をつめていたのだ。はじき返される魔法を隠れ蓑にして……
「なんでだろうね!!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
ジャイルの横をすり抜けざまにリックは彼女のわき腹に向け振り上げた。リックの右手に柔らかい感触が伝わる。彼の剣はジャイルの服と肉を簡単に切り裂いていき深くえぐっていった。リックは剣を振り切ってジャイルの背後へと走り抜けていった。
「リック! よくやった! ジャイル! 逮捕だよ」
脇腹を斬りつけて膝をついたジャイルに、メリッサが飛びかかり拘束した。だが、唇の横から血を流しながら、うっすらとジャイルは笑っていた。
「バカね…… もう遅いわよ! シーリカ姉さまを見なさい!」
視線を上に向けるジャイル、彼女の視線の先に浮かんでいる、シーリカの手足が石にかわっていっていた。リックはシーリカを助けようと飛び上がった。
「うわ!」
丸い薄く白い光の壁が、シーリカを覆って飛び上がったリックが接触すると、電撃のようしびれて彼は力なく落ちていき地面と叩きつけられた。
「いたた。なんだ!?」
起き上がり顔をあげるリックは、何が起きたかわからずに首をかしげるのだった。
「ははははははっ。無駄よ! それは聖なる光の魔力の盾よ。あなたみたいな兵士がどうにかできるものじゃないわよ。シーリカ姉さま綺麗よ! さぁ光の聖杯よ…… 出てきなさい」
拘束されて地面にうつ伏せに、寝かされているジャイルが嬉しそうに叫んだ。リックの元にソフィアとポロンが駆け寄ってきた。ポロンが手をだして彼を起こす。起き上がったリックはソフィアの顔を見て話しかける。
「ソフィア! 何とかできる?」
「でっできません…… この強力な盾…… 私の魔力じゃ無理です……」
自信なさそうに答えるソフィアだった。リックは呆然とする聖なる光の盾は、高い魔力を持つソフィアでも対処できないという。ソフィアは光の壁を見つめジッと考える。
「でっでもイーノフさんなら……」
「わかったのだ! ならイーノフを呼んでくるのだ!」
ソフィアのつぶやきに反応した、ポロンが勢いよく駆けだしていった。すぐにポロンに手を引かれてイーノフがやってくる。
イーノフさんは宙に浮かぶシーリカを見て厳しい表情をむけていた。ソフィアがイーノフに駆け寄り状況を説明する。話をきくイーノフさんの表情がさらに顔が厳しくなった。
「ふぇぇ、イーノフさんお願いします」
「ふぅ…… わかった…… やってみるよ!」
軽く息を吐いてイーノフさんが杖の先端をシーリカに向けた。杖の赤い宝石の部分が光り、一本の線になって一直線にシーリカに伸びていく。シーリカを守る盾に光がぶつかった。赤い光が交互に激しく瞬いて、リック達を照らす。だが、すぐに赤い光が光の盾から、すごい勢いで飛び出してきてイーノフに向けて戻っていった。
「うわぁぁ!」
大きな音がして戻った光が、小さく爆発しイーノフは尻もちをついた。リック達が駆け寄りイーノフを起こす。立ち上がったイーノフは悔しそうに光の壁を見つめ首を横に振った。
「やっぱり、あれは僕でも無理だ……」
イーノフが簡単にあきらめるほどの強大な光の魔法に守られたシーリカ。聖なる光の加護を受けた聖女シーリカの力は強大だった。こうして間にもシーリカの体は石になっていきリック達を絶望がつつんでいく。
「シーリカ様以上に光の魔力を持った人じゃなきゃ、あれはどうにでもできないよ…… そう…… あの光に包まれた勇者アレックスのような……」
小さな声でつぶやくイーノフの声がリックに届く。聖なる光の盾は、シーリカを超える、光の魔力を持った人間であれば対処できるようだ。だが、シーリカより光の魔力を持った人間などグラント王国に存在しない。
ただ一人を除いては……