第194話 猫騒動
「兵士さん、こっちです。早く来て!」
「うわぁ! ちょっと待って! 一緒に行くから」
慌てたやってきた男はリックの腕をつかむと、引っ張って会場の中央の屋台へと連れて行った。広場の中央に屋台が並ぶ場所から、少し外れた木の下に人だかりができていた。
「どうしたんですか? いったい何が?」
「あのですね。屋台の食べ物を猫がとっちゃって…… 店の人が追いかけましたら木の上に乗っちゃって今度は降りられないみたいで……」
どうやら猫が食べ物を取って逃げただけのようだ。男の慌てぶりからもっとすごいことが起きたのかと思ったリックは少し安堵した。彼は人をかき分けて木の下まで行き木を見上げて猫を探す。
「兵士さん! あそこよ!」
近くの中年女性が指をし、リックに猫の居場所を教えてくれる。彼女が指さす方向を見ると、木の幹の中央からから伸びる、大きな枝の先に、灰色と黒の縞模様の小さい猫が居て震えながら鳴いていた。猫の近くの枝には、奪った獲物だろう、肉のようなものが置かれていた。
「とりあえず枝は丈夫そうだからすぐに折れる危険はないか……鳴いてる元気はあるみたいだし。おーい。行くから。暴れないで大人しく待ってるんだぞ」
リックは猫に声をかけ周囲を見渡す。昔は彼も田舎で木登りをしていたが、猫を抱えて安全に地上に下りるのは少し難しいと判断した。リックはアンダースノー村の防衛隊の詰め所に梯子ないか探しにいくことにした。
「ちょっと、梯子を探してきますね」
村人に声をかけ、リックはアンダースノー村の防衛隊の詰め所に、向かおうと駆けだす。
「あっ!」
他の出入り口を警備していた、ソフィア達がこちらに向かってきていた。リックを見てポロンが手を振っている。ソフィア達に猫の監視を頼もうとリックが近づくリック……
「まて! みんな何をしてるんだ!」
リックはソフィア達を見て、驚愕の表情を浮かべ眉間にシワを寄せ声を荒げ叫ぶ。リックが怒っているので、全員が驚いた表情をして止まった。急に怒ったリックだが当然だ、ソフィアとポロンは生クリームとフルーツが巻かれて、生クリームの上に食べられる花が添えている甘い香りがするクレープを持ち、タンタンとミャンミャンは、食べかけの焼いた魚の串をもっていた。こちらからは香辛料の効いた良い香りがリックまで漂ってくる。四人は警備しながら買い食いしていたのだ。
本来なら人の往来が少なく目立たない、リックの入り口に村人が来たのは、皆買い食いに行って不在だったからである。
「うん!?」
リックが食べ物に視線を向けていると、ミャンミャンとソフィアがまずいって顔をしてそらす。誰が首謀者なのか無言の自白が行われた。リックは黙って真剣な表情で、ポロンとタンタンの顔を交互に見る。リックの顔をみる二人の顔がどんどんとこわばっていく。
「なんで警備中なのに二人はお菓子や食べ物もってるの?」
「わたしが欲しいっていったんじゃないのだ。ソフィアが欲しいって買ったのだ。わたしの分も買ってくれたときにリックに内緒っていったのだ」
「だって…… お姉ちゃんが暇だから食べるって聞かないし…… 僕は無理矢理つきあわされて」
「ポロン! だからリックには内緒です!」
「タンタン。あんただっておいしい、おいしいっていって食べてたじゃん……」
慌ててポロンとタンタンと止めるソフィアとミャンミャン。この二人が買い食いの首謀者だと確定した。しかもソフィアに至っては念を入れ、ポロンにリックに口止めまでしていた。まぁ、ポロンは普通にリックに問い詰められると自白したが……
リックは腕を組んで真剣な顔をした。
「はぁ。ほら二人とも食べ物はしまって! ポロン。あそこで猫さんが木の上で動けないんだ。俺は梯子もってくるから戻ってくるまで猫を見てて」
「わかったのだ」
「タンタンもポロンと一緒に行ってポロンを手伝ってね」
「はい……」
ポロンとタンタンは手に持っていた、食べ物をしまうと猫がいる木へと走っていく。
「うん。いい子だね。二人とも。さてと……」
リックがソフィアとミャンミャンの顔を交互に、みると彼女達はうつむいて視線をそらす。あまり反省はしていないようでリックはムッとした顔をする。
「ミャンミャン! ダメだよ。君達は臨時とは兵士なんだからね! もしシーリカに何かあった時に買い食いして持ち場にいなかったら対応できないよ」
「うぅ…… はい。ごめんなさい」
「ソフィアも同じだよ。ポロンが真似したらどうするの?」
「ごめんなさい。反省しました」
「うん。じゃあもういいよ」
ミャンミャンとソフィアは、泣きそうな顔でシュンとしてリックに謝る。あまり追い詰めても、窮屈になるだけなので、リックは謝罪した二人をすぐに許す。
「さぁ二人とも仕事だよ。俺が梯子とってくるからポロン達と一緒に猫を見ててくれ」
「あっ! リックさん! 梯子いりません。大丈夫です。私に任せてください!」
「えぇ!? どうするの?」
「ちょっと私に考えがあるんです。後、ソフィアさんに協力してもらっていいですか?」
「うん。ソフィア、大丈夫?」
「わかりました」
自信ありげな表情をしてミャンミャンが、リック達を先導して猫のいる木の下へと向かう。リック達は見物人をかき分けてポロンとタンタン達がいる木の下へと急ぐ。
「もうすぐリックが来るのだ。それまで頑張るのだ」
「うん。頑張れ」
木の下でポロンとタンタンが並んで立っていて、二人は見上げながら猫に必死に声をかけていた。
「二人ともちょっとこっちへ来て!」
ミャンミャンがポロンとタンタンに、声をかけて呼び寄せて話を始める。
「リックさんは危ないから見物人を下げください」
「わかった!」
指示を受けたリックは、見物人に下がるように声をかけ、木の下を広く開けた。
「準備できました。リックさんは木の下に居てくださいね。ほら、タンタンもリックさんのところにいって!」
「わかった。でもどうやって猫を?」
「私の鎌でソフィアさんを猫のところまで運ぶんです」
「なるほどその鎌は伸びるもんな」
ミャンミャンが考えた策は、ソフィアを乗せ鎌を伸ばし猫を助けるものだ。なぜソフィアなのかというと、ポロンとタンタンだと手足が短く鎌を近づけないといけず時間がかかり危険だ、リックだと万が一落ちた時に、大きくて受け止める人がいない。軽くて手足の長いソフィアが適任だった。なお、ミャンミャンから軽そうと言われ、ソフィアがすごく喜んでいた。
ミャンミャンは背中から鎌を抜き、ミャンミャンの鎌は彼女の背丈より、長く先端には禍々しい形の湾曲した大きい刃がついたものだ。
「ポロンちゃん。猫さん助けるの手伝って」
「わかったのだ」
ポロンとミャンミャンが並び、少し前にソフィアが立っている。ミャンミャンとポロンが鎌を一緒に持って、ソフィアの方に向けて斜めに倒した。ソフィアが刃の少し下の柄の部分を手でつかんだ。猫を見ながらミャンミャンとポロンは鎌の先端を猫に向ける。
「いきますよ。ソフィアさんしっかりつかまっててね」
「了解です」
「はぁぁぁぁーーー!」
目をつむりミャンミャンが、集中して鎌に力をこめると、鎌がぐんぐんと伸びていった。ある程度の高さまで鎌が伸びると、ソフィアは両手で鎌をつかみ、鎌に右足と左足を交差させ絡ませ、両足で鎌を挟みしがみつくみたいな形になる。
「いい。ポロンちゃんは私と一緒に鎌を操作してね」
「わかったのだ」
「じゃあもう少し右に持っていくわよ」
ポロンとミャンミャンが、鎌を操作してソフィアを猫へと向けた。
「リックさんはソフィアさんがもし落ちたら受け止めて、タンタンは猫を見てて!」
「わかった。任せておけ」
「了解。お姉ちゃん!」
ミャンミャンから指示が飛ぶ。ソフィアを乗せた鎌が猫のすぐ横にまで伸びた。鎌を両足と左手で、しっかりとつかんで、ソフィアが右手を鎌からはなして伸ばして猫に向けた。
「猫さん。こっち来てください」
「ミャー! ミャー! ミャーー!」
ソフィアが片手を伸ばし、猫を掴もうとしてた。
「うん!? これは…… ゴクリ……」
ソフィアがちょうどリックの真上に来た、彼は下から彼女を覗き込むようなっていた。ソフィアの制服はミニスカートで、両足を鎌の柄に巻きつけている。彼女のスカートの後ろがヒラヒラと動いていた。
「(なるほど…… 今日は白と黄緑のシマシマなのね。しかも、両足の太ももを柄にまきつけてるから、ソフィアの両足の間に鎌の柄の黒い棒みたいのが入ってるみたいで…… いいねえ!)」
ソフィアの下着が見え二やつくリック。彼はソフィアから目を離さずジッと見続けていた。
「うん!? ソフィア! リックがいやらしい顔してるのだ! 気を付けるのだ!」
「リックー!」
「えっ!? ポロン!? 違う! これは…… その」
「リックさん…… 最低!」
「そうだ! 変態!」
みんなの冷たい視線がリックに向けられた。ソフィアはスカートのすそを軽く押さえ、きつい目をしてリックを睨みつけていた。
「ミャー!」
猫がさみしそうに鳴く、ソフィアはリックを見つめながら、スカートのすそを押さえていた手を離して猫にまた手を伸ばした。
「リックは後で覚えてるです!」
「ごっごめん!」
泣きそうな顔で手を伸ばして猫にもう少しで届きそうだが、猫がおびえてソフィアの方に寄ってこない。ソフィアが右手を制服の胸のあたりへへと持っていき動かしているのがリックに見えた。
「行きます ポロン、ミャンミャンさん鎌を猫に近づけてください」
ソフィアが猫をさして、ミャンミャン達に指示をだした。ミャンミャン達が慎重に鎌を猫がいる枝に近づけた。スカートの裾を押さえたままうまく片手を伸ばしてソフィアが猫に近づいていく。
「ミャーーー!」
「待ってください!」
「えっ!? ソフィア!?」
ソフィアが近づくと猫は、驚いて木から落ちた。猫を追いかけてソフィアは鎌から手を離す。落下しながらソフィアは、猫に追いつき抱きかかえた。リックはすぐに落ちたソフィアに反応し彼女の元へと向かう。ソフィアはリックを見て微笑む。
「ソフィアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
ズシンという大きな音が広場に響く、遠巻きに見ていた見物人から、ざわめきみたいが聞こえる。
「グっ!」
両手に抱える重みは、以前よりました気がするが、口に出せないリックだった。軽いと言われ喜ぶ彼女の顔を思い出したらなおさらだ。リックは落下したソフィアを何とか受け止めて、ソフィアの背中と足を持って立っている。
「ソフィア! もう無茶して!」
「だって…… リックが近くにいれば、私を守ってくれるって信じてるから……」
「もう……」
恥ずかしそうに笑って、ソフィアはリックの胸におでこを乗せる。突然、おでこをはなしてリックの顔を見つめるソフィア。首をかしげたリックが優しく声をかける。
「どうした?」
「リックは大丈夫ですか?」
「あぁ。大丈夫だよ。少し足がキーンってなってるけどね」
ほっとした様子をしてソフィアは、リックの首に手を巻き付けてギュッと抱きしめた。
「いよ! あついねぇ! お二人さん」
「ヒューヒュー!」
周辺の見物客から、二人をはやしたてる口笛やどよめきが聞こえ、リックは顔を赤くする。
「ちょっとやめて! 恥ずかしいよ。みんな見てるから…… あっ! そうだ! ソフィア、猫は?」
「大丈夫です。ここです」
「ミャー!」
「キャッ!」
「うわ!」
「ポロン。捕まえてください!」
ソフィアが体を離し、制服の胸元を、開けると猫が飛び出してきた。そのまま地面に下りた猫は走っていってしまった。慌ててポロンとタンタンが駆けだして捕まえにいく。
「びっくりしたぁ…… ほほう」
小さくうなずき笑うリック、ソフィアは制服の胸元が開けており、白くてハリのある大きな胸の谷間が目の前にある。
「あっ!」
怒ったソフィアがリックの顔を覗き込んでいる。
「リック…… 怒りました!」
「わっ! わっ! ごめん! ソフィア! やめて……」
リックから下りたソフィアは、胸元を閉じて振り返る。
「まずい!」
目に涙を浮かべたソフィアは、リックを睨んで手を上にかざす。
「まっ待って!」
「待ちません!」
「ギャーーーーーーーーーー!!!!!」
雷魔法がリックを襲い、彼は全身に痛みが走り白い光に包まれるのだった。雷魔法を受けるリックをミャンミャンと見物人は笑ってみるのだった。
「捕まえたのだ! リック、ソフィア!」
ポロンが猫の両脇に手をいれて、がっちり抱きかかえて嬉しそうに、リックとソフィアに見せてきた。タンタンとポロンが追いかけていた猫を二人で何とか捕まえたようだ。
「ははっ。大人しく抱きかかえられてるけど、前に出した顔の表情がなんとなく不機嫌そうだな。でも、目の色鮮やかな緑ですごい綺麗な目をした猫だ」
突き出された猫を、まじまじと見つめるリックの目の前を、何かが通り過ぎた。
「えっ!? おい!? 待て!」
「おい、チビ兵士! その猫をこっちによこせ。こいつとっちめてやる」
「こら! やめるのだ!」
「うるせえ! 俺はこいつに屋台から料理を取られて迷惑したんだよ!」
「そうよ! やめなさいよ。ポロンちゃんも猫ちゃんも怖がってるじゃない!」
「そうだ。そうだ。やめろよ。ポロンちゃんに手をだすなら僕が……」
「うるせえ! 兵士が人じゃなくて猫の味方するのかよ!」
「ひぃ!」
ポロンが抱きかかえてる猫を、白いエプロンをつけて長いコック帽を、かぶった一人の体格のいい男が奪い取ろうと手を伸ばした。タンタンとミャンミャンが男を肩を掴んで止める。
「リック! 猫さんが危ないです」
「ふぅ…… まったく」
すぐにポロンと男の間にはいったリックは男を制した。男の手をつかんだリックは、ポロンと猫には向こうに行くように、左手で合図をする。ポロンは猫を両手で持ってリック達から離れる。
「俺が話を聞きますよ」
「なんだ!? おめえも兵士か?」
「はい。兵士です。料理の損害って? どれくらい?」
「えっ!? だいたいの肉料理と他にも魚料理が少しやられたんだ!」
男は屋台の主人で、猫に料理を食べられ、激怒しているようだ。当然の怒りではあるが、せっかく助けた猫をわざわざ、とっちめてやるなんて言う人間に渡すのもリックは嫌だった。少し考えからリックは男に答える。
「わかった。猫の被害は防衛隊が補償する。後で防衛隊に請求しろ」
「あぁ! それだけじゃ俺の気持ちがおさまらねえんだよ!」
リックはニヤリと笑って、男の首に手をまわす。男の怒り方からリックは、ただ弁償するだけで済まないとはある程度想定していた。彼は肩を組んでこっそりと小声でささやく。
「そうかい。俺は別に色を付けて請求するなとは言わないぜ」
「おっ!? へへ…… しょうがねえなぁ!」
ニヤッと笑った男は、リックから離れ満足した様子で去っていった。
「露骨に高い額請求するなよ。不正がバレたら投獄されるのはそっちだからな」
去っていく男の背中にリックがつぶやく。
グラント王国では兵士が任務中に、国民に損害を出した場合は、被害者は防衛隊に損害を請求できるのだ。今回は猫が原因なので、兵士から損害をうけてないが、魔物とかと戦闘中に建物が破壊されても、対象になるので同様の扱いととなる。例えばリックがガーゴイルとの戦闘で、教会の風呂の天井に穴を開けたような場合も、弁償は防衛隊で行われた。
男が去ったのをみて、みんながリックの周りに集まる。
「リックさん。あいつをどうやって説得したんです?」
「うん? 金を防衛隊に請求しろって言ってんだよ」
「えぇ!? なんで? あんな暴力的なやつに……」
「しょうがないよ。出店の料理を壊されたら彼も被害者だしね。その猫に請求できないだろ? ここを警備する責任は防衛隊にあるからな」
「そうなんですか……」
ミャンミャンは納得できないといった様子でリックに答えた。自分の利益を追求して自由にできる冒険者と、治安を維持する防衛隊との違いにまだ少し戸惑っているのだろう。
ポロンとソフィアがリックに猫を見せてくる。
「リック。この猫さんどうしますか?」
「うん? 誰かの飼い猫でもないみたいだし、放していいよ」
「わかりました。ポロン!」
「猫さん行くのだ。もうイタズラはダメなのだ」
ポロンから地面に下された猫はゆっくりと歩いて行った。猫を見送ったリック達は、持ち場にもどるために歩き出す。
「ミャー!」
「あれ!? ポロンちゃんの後ろにさっきの猫さんが……」
「うん!? あれ? いないのだ!」
叫ぶポロンの方にリックが向くと、彼女は猫を探していた。
「ポロンちゃん。後ろ! 尻尾の下に」
タンタンがまた後ろにいるというと、ポロンが振り返るが、ポロンが振り向くと猫が、彼女の背中へと回り込んでしまう。猫はどうやらポロンの背中を追いかけてるみたいだ。
「きっとポロンの尻尾のさきに反応してるんですよ!」
「あっほんとだ!」
ソフィアの言う通りで、猫はフワフワ揺れる、ポロンの背中の尻尾の、先端を見つめ反応していた。ポロンの尻尾の先端が、左右に揺れると、猫の顔も左右に動く。
「おぉ! ほんとなのだ!」
背中の尻尾を脇にもって、先端を持ってポロンは猫に向けた。猫は尻尾の丸まっている先の部分を、ジッと睨んで後ろ脚でたって前脚を伸ばす。タンタンが猫をみながらうらやましそうな顔をした。
「ふふ…… 僕もポロンちゃんの尻尾に…… 手を……」
「タンタン! もうここはリックさん達にまかせて持ち場に戻りましょう。じゃあリックさん達お願いしますね」
「うっうん」
「やだ! もっとポロンちゃんと……」
「キッ!!!」
ミャンミャンがタンタンを睨みつけると彼はシュンとして大人しくなる。タンタンはミャンミャンに引きずられ、名残惜しそうに持ち場へと戻っていくのだった。まだ、尻尾の先端に反応する猫とポロンは嬉しそうに遊んでいる。リックは猫をどうするか悩んでいた。
「リックどうします?」
「うーん? 無理矢理引き離してもな…… もういいや。猫があきるまで何もしなくていいよ。そのまま持ち場に戻ろう」
「わかったのだ! じゃあ、猫さん行くのだ」
「ミャーン」
ソフィアとポロンが手をつなぎ、その後ろを猫がゆっくりとついていきながら、持ち場へと戻っていく。
皆が持ち場に戻って、すぐにシーリカが、翠玉山猫に祈りを捧げ、スノーベリー山から戻ってきたという知らせが届く。
翠玉山猫は山の守り神で、山頂にある祭壇に祀られている。シーリカはその祭壇で五枚の札に祈りをささげ、山の安全を祈願し、村に戻って札を主会場と四つある副会場に捧げる。
「(結局スノーベリー山では何もなかったのか。もしかして…… ジャイルって本当に十年前に死んだんじゃ…… でも、風馬の谷とブロッサム平原で俺達は確かにジャイルに…… うん!?)」
リック達のいる第三副会場に、数人の兵士達が走って来た。
「どいてください」
「道を開けろー」
彼らはシーリカの護衛を担当する兵士達だ。兵士達は道を開けさせて、村の代表の数人が広場の中央へと向かう。教会の人間と護衛の兵士に囲まれてシーリカがゆっくりと第三副会場へと入って来た。
見物人がどよめき騒然とし、リック達は祭りの楽しさが消え緊張が走る。シーリカの一行には、世話係のシスターミランダさんと花飾りをつけたリリィの二人が居るのが見える。
「うん!?」
シーリカを見たリックが首をかしげる。彼女は神官がつける細長い帽子をかぶっており、サイズが合ってないのか深く顔を覆って顔の下半分が遠目には見えない。リックは見える下半分の顔がシーリカの顔が普段と違うような気がした。また、いつもと違ってシーリカの雰囲気が暗いような気も……
「邪魔だよ!!!!」
シーリカの顔を見つめる、リックの視界に、顎に手を置いてかっこつけた、イーノフがチラチラと映り込んでくる。彼はシーリカの側にいることをリックに自慢しているようだ。後でメリッサに言いつけるとことをリックは決意するのだった。
広場の中央まで来たシーリカは、村の代表に札を渡し第三副会場を出ていった。後は第四副会場をまわり、最後に主会場で終わりだ。その後はシーリカも祭りを楽しみ翌日には王都へ帰還する。リックは祭りがこのまま無事でおわることを願う。
「やぁ。暇かい?」
「暇じゃないよ…… って!? メリッサさん…… あれ!?」
リックが振り向くとそこにはメリッサが立っていた。彼女の後ろにはヘビーアーマーを着て二枚の盾を背負ったゴーンライトが立っていた。リックは首をかしげた、ヘビーアーマーの着用命令は出ておらず、またゴーンライトはヘビーアーマーの兜を目深にかぶってほとんど顔が見えなかったのだ。
「メリッサさん!? どうしたんですか?」
「新しい命令だよ。みんなを集めてくれるかい?」
「はっはい……」
指示を受けたリックはみんなを集めに向かう。皆を連れリックが戻ってくる、まだ猫は居なくなっておらず、ポロンと一緒についてきた。
「ダメなのだ!」
「あっ! こら!」
猫が駆けだしてゴーンライトの足元へと向かった。彼の足に体をすりすりとこすりつけている。猫に気付いたゴーンライトがしゃがんで猫を撫でている。
「あ…… 猫!? かわいいですね」
「ほら! 猫なんかほっといて! 並びな!」
メリッサの指示でリック達は、メリッサとゴーンライトさんの前に一列でならぶ。まだ、ゴーンライトの足元に猫がくっついてた。
「隊長からの命令でさ。ここの警備は私とゴーンライトでやるから、あんた達は主会場に行ってくれる」
「えぇ!? ずいぶん突然ですね」
「ジャイルがいつ襲ってくるかわからないからね。主会場に戦力を集めるのさ」
「はぁ……」
「いいから行きな! 命令だよ!」
「わっわかりました」
渋るリックにまるで脅すように目を鋭くして顔を近づけるメリッサだった。リック達は隊長の命令で、主会場に向かうことになった。歩き出したリックの横から、笑顔のポロンがゴーンライトに駆けていく、少し慌ててメリッサがポロンを追いかけていった。
「じゃあ、行ってくるのだ! コーンファイトさん」
「あゎ…… コーン? わた…… ぼっ僕はゴーンライトだよ」
「こら!、ポロン! とっとと行きな。リック! ポロンを連れて早く行きな」
「わっ!? やめるのだ! ぶぅぅぅぅぅ!!」
メリッサは慌てた様子で、ポロンの首根っこをつかまえ持ち上げ、リックにむけ来た。ポロンはメリッサに捕まり、不満そうにして頬を膨らませていた。
「(珍しいな。ポロンには甘いのに…… あれ? でも、ゴーンライトさんあんなか細い声だったかな? まぁいいや。重装鎧きてるし風邪でも引いたんだろ)」
リックは首をかしげながら、メリッサからポロンを受け取り、一緒に主会場へと向かうのだった。