第190話 山にあった墓
捕まえに来たジャイルの墓を目の前にして呆然とするリック。
「(どういうことだよ!? これがジャイルの墓ってこと? しかもこの没年って…… 今から十年前じゃないか!? なんで…… じゃあ俺達が戦ったあいつは何者なんだよ。幽霊とでも戦っていたのか?)」
その場から動けないでいた、リックを心配したソフィアが声をかけ、彼の顔を覗き込む。
「リック。大丈夫ですか」
「ありがとう。大丈夫だよ……」
ハッとしてソフィアにうなずくリック。石板の横に立ったポロンが視界に見えたリックに、彼女は少しさみしそうな顔をしているような気がするのだった。
「ただちょっとまだ信じられない……」
「えぇ。私もです。ジャイルさんのお墓がどうして……」
リックと一緒でソフィアも驚き困惑しているようだ。ただ、リック達がここで悩んでいても何も解決しない。
「ソフィア。俺達が考えても仕方ないよ。メリッサさん達を呼んできて!」
「わかりました」
返事をしたソフィアは、振り向いて森の家に戻っていく。リックは彼女の後姿を見送っていた。
「うん!? どうした?」
リックの近くにポロンが、やってきてズボンの裾を引っ張ってる。ポロンの方に顔をむけると、彼女は墓石を指さした。
「リック! これは何て書いてあるのだ?」
「あぁ。これはお墓だってさ。十年前に死んだジャイルの……」
「ほえ? おかしいのだ。ちょっと前にわたし達はジャイルとは会ってるのだ」
「そうだね…… おかしいんだ。だからソフィアと俺は不思議だったんだよ」
ジャイルのことを驚くというより、ポロンはリック達が難しい顔してるのが怖く寂しそうにしていたようだ。リック達が、不思議だったという理由を聞くと、ポロンは納得して安心したというような表情をした。リックはポロンが自分達のことを心配しててくれたのが嬉しく、彼女の頭をゆっくりと撫でた。ポロンは撫でられながら、気持ちよさそうに、目をつむるのだった。
少ししてメリッサとイーノフとゴーンライトの、三人を連れてソフィアが戻って来た。ソフィアの案内で墓石の前に立った三人も、驚いた様子で文字を見つめていた。
「何だってんだい。これがジャイルの墓だっていうんかい!」
「メリッサ。このお墓が本当にジャイルなのかはわからないよ」
「イーノフさん…… 確かに石板に書かれていることが真実かはわかりません…… でも、じゃあなぜお墓をジャイルの名前で作ったんでしょうか?」
「それは……」
メリッサ達も事態を把握できないようで、ずっと三人で話し込んでいる。顎に手を当てて考えるような仕草をした、メリッサが首を横に振って口を開いた。
「あぁ。もういいよ。うだうだ言ってても埒が明かないよ。とにかくあたし達はあったことを隊長に報告しにいこう」
「メリッサ…… そうだね。ここに人はいないみたいだしね」
「よし! リック、ソフィア、ポロン、みんな王都に戻るよ」
メリッサが全員に帰還を命令した。彼らすぐにテレポートボールで、王都にある第四防衛隊の詰め所へと戻って来た。
「おかえりー。どうしたんだお前さん達? そんなに思いつめた表情をして?」
リック達が詰め所に戻ると、自分の席に座ったカルロスが手をあげてにこやかに迎えてくれた。すぐにカルロスはリック達の表情をみて真面目な表情になる。
「ふーん…… 証言通りに家はあったけど、ジャイルはいなくてお墓だけねぇ…… しかも十年前か……」
全員でカルロスの机の前に並びビオラー山でのことを報告する。考えこんでいるカルロスに、イーノフが手をあげて静かに話しかける。
「でも、隊長があのお墓がジャイルのものだという証拠は……」
「確かにね。だったら…… グレーデンじゃなくて当事者に聞くしかないかないね」
「当事者って? 隊長? まさか!?」
「そうだよ。イーノフ、当事者…… ジャイルを匿っていた。ヴィーセルだよ」
驚いた顔をしてリックはカルロスに問いかける。なぜならヴィーセルはもうすでに……
「でも、ヴィーセル様って反逆罪で処刑されたんじゃないんですか!?」
ヴィーセルはグラント王国の東地域をおさめていた前国王の弟だ。異世界人を使い反乱を企てた罪で、エルザ達に捕まり法廷で裁かれて死刑判決がくだされた。
「いやリック。まだ刑は執行されてないよ。エルザさん達がまだ聞きたいことがあるらしくてね。裁判の判決が出た後はローズガーデンの地下に投獄されて刑の執行を待ってるよ」
「そうなんですね…… 俺はてっきりも処刑されたのかと」
「しょうがない。死刑判決が下ったこととローズガーデンへ収監されたことだけしか公表されてないからな」
恥ずかしそうにするリックにカルロスが声をかける。ヴィーセルの裁判は速やかに行われ、処刑判決とローズガーデンへの収監はすぐに公表された。なのでリックはもう刑が執行されたと勘違いしていたいようだ。
「なら早速ローズガーデンに行ってヴィーセルに聞きましょう」
「ダメだよ。リック、僕達が尋問するのは難しいかな。ヴィーセルの罪は反乱で今回の件は無関係だしね。それに犯罪者とはいえ王族だ。僕からロバートさんにジャイルのこと尋問してくれるようにお願いしてみるよ」
囚人とはいえヴィーセルは王族であり、末端の兵士であるリック達が、簡単に尋問はできない。ましてやジャイルの件は収監された罪とは無関係なのだから。
「その間に僕たちは僕たちで出来ることをする」
カルロスの言葉にイーノフは笑い、横のメリッサは小さくうなずいた。
「ならあそこにあった、ジャイルの墓は掘り返すかい?」
「そうだね。掘り返して中は確認するよ。ソフィア達に……」
「いえ!!!!! 僕達が掘り返します!!!」
「ちょっと!? イーノフあんたは黙って……」
「いやいいんだ! 僕達がやるんだ!!!! ソフィアやポロン達を危険な目に遭わすわけにはいかないだろ?」
目をキラキラさせてイーノフがジャイルの墓を掘り返すと言っている。すごい気迫のイーノフがリックは少し怖く不思議に思った。リックは横に居るソフィアの耳元に顔を近づけ声をかける。
「なんかイーノフさんがすごいやる気だね」
「兵士がお墓を掘り返すようなことをすると、呪い防止に教会で聖女様に直接祈ってもらえるんですよ」
「あぁ…… なるほど」
呆れた顔でうなずくリック、イーノフは聖女シーリカのファンなのだ。どれくらいファンかというと、リックとソフィアとポロンの三人だけが、シーリカと任務することになった時にはポロンに化けてまで一緒にいきたがるほどの……
「まったくあんたは……」
ソフィアの言葉を聞いた、メリッサが怒りイーノフさんを睨み付ける。いつになくやる気になったと思ったら、ファンの聖女に会いたいだけなのだから当然である。
「魂胆みえみえだよ!」
「なっなにが魂胆だ。僕達がやるんだよ! シーリカ様に……」
「この!」
怒ったメリッサさんが、イーノフさんの胸倉をつかんで持ち上げた。イーノフさんの顔が苦しそうになって青くなっていく。ゴーンライトはメリッサの迫力に押され固まり、カルロスは目をつむって首を横に振り二人の間に入るつもりはないようだ。見かねたリックがメリッサを止める。
「メリッサさん、やめてください」
「うるさいよ」
「うわ!」
リックが手をつかんで止めると、メリッサは腕を左右に動かし、彼の手を振りほどいた。リックは強引に手を振りほどかれしりもちをつきそうになる。
「いたた…… 相変わらず力が強いな…… あっ! ポロン! 危ないよ」
右手を押さえていたがるリックの横から、前に出たポロンがメリッサさんの手をつかんで叫ぶ。
「やめるのだ。メリッサ! 喧嘩はメーなのだ! イーノフが苦しそうなのだ」
「えっ!? クッ…… ポロン……」
ポロンは力持ちなので、メリッサが振りほどこうとしてもビクともしない。おそらくメリッサが本気になれば、振りほどけると思うが彼女はポロンに、ナオミの面影を見出してしまい、いつも本気にはなれない。
「そうだぞ。お前さん達! 喧嘩は外でやりなさい。それにポロンに注意されて恥ずかしくないのか」
「クッ…… わかったよ……」
「ありがとう。ポロン…… 助かったよ……」
「喧嘩しちゃメーなのだ! 仲良くするのだ」
ポロンが腰に手を当てて、メリッサとイーノフに交互にメッって口で注意する。リックはポロンの可愛さに頬が緩み、悔しそうに眉間にシワを寄せたメリッサに、なぜか睨まれるのだった。イーノフを見てため息をついた隊長が口を開く。
「もう、とにかくそんなに行きたいならイーノフ、お前さん行ってきなよ……」
「はい!」
「メリッサとゴーンライトはどうする? 墓の掘り起こしくらいなら一人でも大丈夫だろうが。ただお前さん達が行かないと…… イーノフは一人でシーリカに……」
「行くよ! 決まってるだろ! ゴーンライト! あんたもね!」
「えぇ…… 僕もですか」
「あぁ!?」
「いっいきます……」
怖い顔をしてメリッサが、ゴーンライト襟をつかんで顔を近づけて、無理矢理一緒に行くって言わせるのだった。カルロスはメリッサ達に、やれやれという顔をするのだった。
「頑張るのだ! ポーンヘイトさん!」
「だから…… 僕はゴーンライトだって……」
「頑張るのだ!」
ゴーンライトの横でポロンは楽しそうに笑っていた。ポロンはメリッサ達の喧嘩が終わったのでうれしいのだろう。
翌日、メリッサ達はビオラー山へ戻ってジャイルの墓の掘り起こした。
帰ってきてからメリッサ達がリックは報告を聞いた。墓の中から棺がでてきて中には、ジャイルの物かは、わからないが人骨が納めてあった。さらに棺の中には人骨の他に、生前使ってたものが一緒に入っていた。棺や骨や一緒に入っていた物は、カルロスが調査すると詰め所のベッドの前の宝箱へと保管された。ベッドの前に宝箱は保管庫になっており、以前はただの宝箱だったが、ビーエルナイツとなってから増強され、魔法道具箱と同じで見た目よりもたくさん物が入るような物に代わっている。
人骨の話を聞いてポロンは怖がり、人骨が入ってから宝箱に一人で近づこうとしなかった。戦場での彼女は平気で、骸骨兵士などの魔物は、平気で吹き飛ばせるだがなにかが違うようだ。なお、怖がるポロンにゴーンライトが調子に乗り、さらに怖がらせようとしたら、メリッサさんとソフィアにめちゃくちゃ怒られていた。リックは彼が娘に嫌われる理由がわかった気がした。
ビオラー山の捜索から数日後。リックとポロンとソフィアの三人が詰め所で、待機していると出かけていたカルロスが戻ってきた。
「リック、ソフィア、ポロン、ちょっと来てくれるかい」
戻ってきてすぐにカルロスは、自分の席に座り、ニコニコと嬉しそうに三人を呼ぶ。リックはにこにこしているカルロスに不安を覚える。きっとろくでもない任務をやらされるに決まっていると。
リックとソフィアとポロンはカルロスの机の前にならんだ。
「何ですか?」
「お前さん達に任務だよ」
「任務ですか?」
「ふぇぇ!?」
「なんでもいいのだ! 頑張るのだ!」
気合を入れて返事をするポロン、リック達と違い疑いの目を向けない、ポロンにカルロスは嬉しそうにまた笑う。リックは後で任務内容を聞かないで頑張ると返事しないようにポロンを躾けることを決意した。
「わかりました。それで任務ってなんですか?」
「うん。お前さん達は今からアンダースノー村に雪花祭りの警備を頼む。期間は三日間だ」
「アンダースノー村って? スノーベリー山の麓にある村ですよね?」
「そうだよ。祭りの間は人手が必要だからな。じゃあよろしく。寒いから炎石を忘れずにな」
リック達の任務は祭りの警備というごく普通の任務だった。雪花祭りと聞いたソフィアが口を開く。
「隊長。私達が行かないといけないんですか? 雪花祭りはアンダースノー村だけの祭りでそんなに大きいものではないですよ」
「あぁそうなんだが、実はな…… 聖女シーリカ様が雪花祭りの招かれて、アンダースノー村から出発してスノーベリー山に祈りをささげに行くんだよ」
雪花祭りにシーリカが招かれ行くという。ソフィアがすぐに続けて口を開く。
「それだったらシーリカをスノーベリー山へ行かせるのはダメですよ。ジャイルさんの件もありますし……」
心配そうにカルロスを見つめるソフィア、ジャイルは墓があったが、真偽不明で行方不明という状態である。彼女が狙うシーリカが警備の薄い村の祭りに参加するなど危険だ。カルロスは真顔でソフィアに答える。
「まぁそれは僕がココと相談してね……」
「ココと相談してって? どういうことですか?」
リックが口を開くとカルロスは、彼の方に顔を向け静かに首を横に振った。
「それはまだ言えない。すまんな。悪いがお前さん達は通常任務として警備をしてくれるかい」
「俺達に言えないって……」
「頼むよ。この通り!」
両手を顔を前に出して頭を下げるカルロスだった。リックはきちんと説明がないと任務に気乗りがしなかった。自分自身が危険な目にあうのは構わないがソフィアとポロン達を危険にさらしたくないのだ。
カルロスはリックの方をチラッとみながら、まだ手を合わせてお願いてくる。考えこんでいると、横にいたソフィアがリックの手を握ってきた。ソフィアの方にリックが顔を向けると彼女は優しく微笑んだ。
「リック、きっと大丈夫ですよ。隊長を信じましょう」
「そうなのだ。隊長はたまにしか悪い人じゃないのだ!」
「おい。ポロン…… お前さんねぇ。たまに悪い人って…… ひどいな」
「ははっ。ポロンの言うとおりだね。わかりました。隊長。俺達はアンダースノー村で行きます」
アンダースノー村に行くとリックが返事をすると、カルロスは安心したような表情になった。
「ありがとう。よろしく頼む」
「じゃあ、さっそく準備を始めようか」
「はい!」
「わかったのか」
シーリカが参加する雪花祭りの警備を担当することになった。リック達はスノーベリー山の麓にある、アンダースノー村へ向かう。