第181話 最終回!? 兵士は騎士になる
詰め所に戻ったリック達を笑顔でカルロスが迎える。リックはすぐに彼の席の前へと向かう。カルロスはリックを見て不思議そうな顔をしている。リックは隊長の机に両手をついて顔を近づける。
「リック。どうしたんだい? そんな思いつめた顔して?」
「あっあの隊長! 俺達って騎士なったんですか?」
リックの言葉にカルロスは目を丸くし、大きく見開いて驚いた表情をした。
「はああああああぁぁぁぁぁ!? お前さん何をいまさら…… アイリスの討伐命令が出てリブルランドに行く前に人事通達書を渡しただろう?」
「えぇ!? そうでしったけ!? 俺…… 全然知らなかったです」
あきれた顔をするカルロスに、リックは人事通達を受け取った記憶がない。彼はカルロスの机から両手をはなし、気まずそうに右手を頭にもっていき後頭部をかく動作をする。
「(リブルランドにいく時って結構前だよな…… もしかしたらもらったのかもしれないけど、アイリスのことが心配だったせいか全然覚えてないよ……)」
後頭部をかいながら、必死に思い出そうとするリック。カルロスは彼の様子を見て、しょうがないとあきらめた表所をし、ゆっくりと口を開いた。
「まぁいい。人事通達に全部書いてあったからちゃんと説明しなかった僕がよくないな。じゃあ改めて説明するよ」
「すいません。お願いします」
「ジックザイルが団長を務める騎士団は王族親衛隊に専念することになった。これは英雄カズユキと北部の奴隷商人にジックザイルが関与していたために、暴走を恐れた王がジックザイルの権力を縮小させるための処置だな」
カルロスがリックに説明を始める。リックは真剣な顔で彼の説明を聞く。
「ジックザイルの騎士団がやっていた、他の業務は全てビーエルナイツが引き継いだ。併せて防衛隊はビーエルナイツの指揮下に入ることになった。つまり我々はビーイングエルザ騎士団所属となり、兵士はすべて騎士となったわけだ」
ビーエルナイツの参加に防衛隊が入ったことで、兵士は全て騎士に昇格したという。幼い頃からのリックの夢はついに叶い彼は喜びを爆発させ…… そう簡単にはいかずに、リックは複雑な顔をする。なぜなら、リブルランドに行ってからしばらく経っているが……
「でも、騎士って言っても、あのかっこいい白い鎧も馬も与えられてないじゃないですか!」
「当たり前だろう? 騎士になったってだけで我々の業務は変わらないからな」
「じゃあ、何も変わらないんですか!?」
「いや何を言ってるんだ?! 詰め所の扉を見て見ろ!」
「えっ!?」
騎士になったといっても、リック達になんの変化もなかったのだ。彼は疑問をカルロスにぶつけた、カルロスは詰め所の扉をさして鼻息を荒くする。リックは詰め所の扉をあけ外に出て、前面に書いてある文字を見る。
「あっ! ほんとだ! 第四防衛隊が…… 騎士団所属になってるぞ…… ビーエルナイツだけどね……」
以前は数字の四だけが書いてあるだけだった扉に、いつの間にか数字の上に小さくビーイングエルザ騎士団王都第四防衛隊と書いてあった。
「なぁ!? 扉に立派にビーイングエルザ騎士団と書いてあるだろう?」
詰め所に戻ったリックに隊長が自慢げに視線を送っていた。リックは冷めた表情で彼を見た。
「この扉の文字以外になにか変わったんですか?」
「えっ!? いや…… まぁ少し給料はあがったぞ……」
段々とカルロスの声が小さくなっていき彼は目をリックからそらす。だが、リックは追撃の手を緩めない。
「ほかには?」
「うっ…… あのな…… その…… えっと…… 扉の字と所属と給料……」
「もしかして変わってないんですか? 何も!」
目をそらしたまま小さくうなずくカルロスだった。リックは騎士になったが、詰め所の文字と所属と給料以外は何もかわっていない。まぁ給料が上がっただけましではあるのだが……
「それだけだったらあんまり騎士になった意味ないじゃないですか!」
カルロスはリックの声を聞いて、気まずそうに書類を持って仕事に戻っていた。リックは首を横に振って自分の席へと戻る。
「そっか。俺は騎士になったのかぁ…… でも、人事通達なんかもらったかなぁ!?」
独り言をつぶやくリックに、隣の席のソフィアが彼の顔をビックリした顔で見ている。
「リック! なにを言ってるんですか? 私がリックにも通知の書類を渡しましたよ?」
「えぇ!? 俺もらったっけ?」
「はい。リックは受け取ってすぐに道具袋に入れてましたよ」
「うん!? えぇ!? そうだっけ……」
リックは道具袋を取り出して口を開けて調べる。
「えっと…… 支給品の傷薬に今日の弁当だろ…… 他は休暇申請書とか書類の束…… この中にはないな。 後は……」
リックの顔がにやける。彼は小さな紙に書かれた絵の束を持った。
「(ソフィアに持たされた彼女の小さい頃の絵に紛れ込ましてある女性の絵くらいしかないぞ…… あっ!)」
女性の絵とソフィアの絵の間に、見たことない書類が見えた。リックは絵と絵の間に挟まった、書類を引っ張りだして確認する。
「ふぅ…… なるほどね。俺はやっぱり騎士になっていたのか……」
寂しそうにつぶやくリック。書類には日付と彼の名前が書いてあり、確かに王立第四防衛隊から、ビーイングエルザ騎士団、王都第四防衛隊への変更が通知されていた。さらに一般兵士から上級騎士へ昇格させると書いてあった……
「ほら! あったじゃないですか」
「うわぁぁぁ! ソフィア!? 後ろから覗くやめてよ」
リックが道具袋の中を、探しているのをソフィアが肩越しに覗いていた。慌てふためくリックは急いで道具袋の口をしめる。なぜなら、中にはソフィアに見られてはいけない、女性の絵があるからだ。
「うん!? なっなに……」
ソフィアがリックを見ながら、首をかしげてニコニコしていた。リックは優しい、彼女の笑顔がなぜか怖く感じた。
「後で…… 私以外の女性の絵は捨てますね」
「はぁ!? 見たの?」
「ニヤリです。お掃除です」
「クックソ……」
リックの道具袋を優しく微笑みソフィアが見つめている。しかし、眼鏡の奥に光る彼女の目は笑っていなかった。ソフィアの目を盗み、せっせと買い集めたリックの絵は、暖をとるための燃料へと変わることが確実になった。
「何の絵なのだ!? ポロンも見るのだ」
「わっ!? こら! ダメ」
ポロンがリックの道具袋に、手をかけようとして彼は慌てて道具袋をしまった。
「ふぅ…… ポロンが見たって面白い絵じゃないよ」
「やなのだ! みるのだ! あっ! きっといやらしい絵なのだ!?」
「こら! やめて! 違う! 違くないけど違うから! 後、大きい声で言うのやめて! 恥ずかしいから!」
ポロンは涙目になりながら、リックの道具袋を奪おうとしていた。リックはポロンに見られたら、軽蔑されるので必死に道具袋を守る。ソフィアはその様子を見て笑うのだった。
「はぁ…… 夢はかなったけど…… まぁいいか。俺らしいや…… はは」
道具袋を守りながらリックがつぶやいた。リックは子供の頃からの夢、騎士になるという夢をかなえた…… かなえていた。
リックが騎士になったこと判明してから三日ほど経った。
「さぁ今日も頑張ろうね。ソフィア! ポロン!」
ポロンとソフィアと一緒に詰め所へと出勤してきたリック。扉を開け三人が中に入った。
「なんだ!? どうしたんだろう?」
いつもと変わらず出勤したリック達、そこにはカルロスが深刻な表情で座っている姿だった。三人はなんとなくよくないことが起きているのかと感じ笑顔から引き締まった顔に変わる。
「隊長。おはようございます」
「おはよう。来て早々にすまんが任務だ。集合してくれ」
「はっはい」
リックとポロンとソフィアがカルロスの前に並んだ。カルロスは三人の顔を見ながら、手を前に組んで真剣な表情をしている。
「王国の西部地域の山岳地域に厄災の地竜が現れたらしい」
「厄災の地竜って!? 地中から突然現れて町や村を襲うっていうあの!?」
「さすがにリックは山岳地域出身だから知ってるか。その通りだ。西部地域のベストウォールの町から支援要請が入った。」
厄災の地竜とは、グラント王国の西部地方の山間部に潜む竜だ。全長が百メートルを超える、巨大な四足歩行の竜で、不定期に地中から現れては周辺を踏み荒らしていく。一度姿を現すと数年に渡り活動し山や森、さらに村や町などをお構いなしに踏みつぶしていく。グラント王国の西側山岳地域の村や町は、この竜に何度も襲われて発展が遅れた。
「わかりました。でも…… 厄災の地竜は確か……」
「あぁ……」
カルロスによると、二十ほど前にまだ健全だった騎士団が深手を負わせ、グラント王国から追い出されたと思われていたが戻って来て活動をしているという。
「厄災の地竜はどこに現れるかわからない。村や町を担当ごとに、個別に守備を行うことになった」
「はい! じゃあ、担当の場所に行くんですね」
「そうだお前さん達の担当場所は…… ふぅ」
「どうしたんですか? 隊長?」
カルロスが書類をみて言葉につまらせた。その様子を見てリックが問いかける。
「隊長!? どうしたんですか?」
「いや…… なんでもない。お前さん達の担当はマッケ村だよ。守備場所はマッケ村だ」
「なーんだマッケ村かぁ…… えぇ!?」
マッケ村はリックとアイリスの故郷だ。書類をゆっくりと机の上に置き、カルロスがリックの顔を見つめて少し息を吐いた。
「本当にマッケ村なんですか!?」
「あぁ。きっとリック達の割り当てをエルザさん達が決めたからだろう」
「えぇ!? なんで!? エルザさん達が?」
「おいおい。僕達はビーエルナイツの指揮下になったって言ったろ? 今回の件も王国西部地域からビーエルナイツに来た支援要請だよ」
どうやらリックの担当をわざわざ故郷にしたのはエルザだったようだ。エルザなりに彼に気を使ったのだろう。
「厄災の地竜はどこに現れるかわからない厄介な相手だ。とくに小さいマッケ村では大部隊の駐留はできない。臨機応変に対応してくれ!」
「はい! わかりました」
「わかったのだ!」
「頑張ります」
「現在、ビーエルナイツが西部の各方面から情報収集をしている。いつでも動けるようにしといてくれ」
返事をしたリックは自席へと戻った。
「(マッケ村か…… 久しぶりだな。みんな元気かなぁ。親父にはあまり会いたくはないけどな……)」
リック達は厄災の地竜から、マッケ村を守備することになった。
メリッサ達はベストウォールの町の守備を担当で、リックとポロンとソフィアの三人でマッケ村の守備を担当する。勤務を終えたリックは寮へと戻って来た。
「はぁ…… マッケ村に帰るか。どうしようかな」
リックは両親にも騎士になることを大反対され、勝手に家を出て来てから一回も故郷には帰ってない。兵士になったことは、手紙で報告したが、母親からは頑張れと返事はもらった。しかし、一番反対した父親からの返事はなかった。
「返事くらいよこせよ。まぁ…… 俺もおふくろにも手紙一通送っただけで連絡してないけど…… クソ!」
ベッドに寝転がり天井を見つめつぶやくリックだった。彼はろくに連絡をとっていない、故郷に帰るのが気まずいのだ。
「あー! もういいや! 俺は任務で行くんだ! 親なんか知るかよ」
リックはカルロスから指令を受けてから、ずっと故郷マッケ村のことを考えていた。
「喉乾いたな……」
ベッドから起きたリックは水を飲みにキッチンへと向かう。寮は大きな広間に、キッチンと各部屋の入り口がついている。水を取りに行くには広間にでないといけない。
「あれ!? ソフィアの部屋が……」
広間に出たリックは、ソフィアの部屋の扉が少しだけ開いているのに気づいた。キッチンに行こうと部屋に近づくと室内から、何やら小声でソフィアが何かを言ってるのがリックに聞こえてくる。気になったリックはソフィアに悪いと思いながらも部屋をのぞく。
「何をしてるんだ?」
部屋をのぞくとソフィアが鏡の前で、服をいっぱい出して、手に持って体に重ねてうなって不服そうな顔していた。
「やっぱり子供っぽい服しか…… もっと落ち着いた感じの服じゃないと……」
「ソフィア? 何をしてるの?」
俺が声をかけるとソフィアは驚いた表情をしていた。
「何ってリックのご両親に会うから服を選んでたんです…… でもいいのがなくて……」
「いやいや、俺の両親に会うって!? 大丈夫だよ。別に任務なんだから制服で!」
「ダメですよ。ちんとした格好をしないと……」
リックに答えると、ソフィアは真剣な表情をし、服を選びへと戻っていく。いつになく気合の入った表情で、服を選ぶソフィアに。リックは首をかしげた。
「おや!? どうした?」
自分の部屋から、ポロンがやってくると、リックの横を笑顔で通りすぎて、ソフィアの部屋に入っていった。ポロンはお気に入りの、緑のワンピースを、片手に持ってソフィアに見せている。
「ソフィア。ポロンはこれでいいのだ?」
「はい。大丈夫ですよ。綺麗な格好でリックのお父さんとお母さんに挨拶するですよ」
「するのだ」
「ちょっとソフィア!? 何をしてるの? それにポロンまで……」
しゃがんでポロン頭をなでて、ソフィアはリックを見て、少しだけ寂しい表情をする。
「だって…… リックのお母さん…… リックのこと心配してるみたいだったから…… 私達がちゃんとしていれば安心するかなって……」
目に涙を溜めてリックに説明するソフィアだった。自分だけだはなく家族にまで、気遣ってくれるソフィアにリックは感謝する。
「ソフィア…… ありがとう。気持ち嬉しいけどあんまり無理しないで」
「リック! でも…… ごめんなさい! 頑張って探したですが、私、子供っぽい服しか持ってないです。ごめんなさい」
「ソフィア……」
涙目でうつむいているソフィア。彼女がベッドに置いた服は、ミニスカートやフリフリがついたものばかりだった。ソフィアをみたポロンが走ってリックのところにきて、ズボンのすそを掴んで彼の顔を見ている。
「リック、ソフィアがかわいそうなのだ」
「えっ!? ポロン……」
リックはポロンの頭を撫でる、栗色のやわらく綺麗な髪の手触りよく、ポロンも嬉しそうな顔をしてリス耳が垂れた。
「(あっ! そうだ! ないなら買えばいいんだよ!)」
ポロンの頭から手をはなし、リックはソフィアの元に行き、優しく肩を抱き寄せる。
「よし! ソフィアの服を買いに行こう。明日、仕事が終わったら一緒に買いに行こうよ」
「リック!」
嬉しそうに笑ってリックに抱きしめるソフィアだった。彼女が少し顔を離し、上目遣いでリックにイタズラにほほ笑む。
「もちろんお服代はリックがもつんですよ!?」
「えぇ!? なーんて、もちろんそのつもりだよ!」
「ふぇ…… ありがとうです」
嬉しそうにほほ笑んで、ソフィアがゆっくりと目をつむって、顔をリックに近づけてくる……
「今は…… ダメだよ! ポロンが見てるんだから……」
「えへ。そうでした」
ソフィアの耳元で、ささやくリック、舌を出して彼女は微笑むのだった。
「リック!」
「えっ!? なに!?」
ポロンがリックのズボンの裾を、強く引っ張って呼ぶ。ポロンの方に顔をむけたリック、なぜか不満げに彼とソフィアをポロンが見ている。
「ずるいのだ! ポロンもお服が欲しいのだ」
「でも、ポロンはプッコマ隊長が買ってくれたそのワンピースが……」
「ふぇぇぇ、じゃあポロンには私が買ってあげます」
「やったのだ」
リックから離れたソフィアがしゃがんで、ポロンに笑顔を向けて洋服を買うと言っていた。
「(もう…… ポロンに甘いんだから。でも…… まぁいいか。ポロンが嬉しそうだしね)」
ポロンを撫でるソフィアをリックは笑顔で見つめていた。
翌日の仕事帰りに、リックとソフィアとポロンの三人は服を買いに行った。
「ふぅ…… ポロンもソフィアも…… なんで女の子ってこんなに買い物時間がかかるんだろうな…… そういえばアイリスも買い物すると長かったな。店をまわってあーでもないこうでもないって言って別の店に行くんだよなぁ…… はぁ」
王都の第六区画にある、木造りで綺麗な黄色の屋根の服屋の前で、リックは二人がでるのを待ちながらぼやく。
「リックお待たせしました」
「待たせたのだ!」
嬉しそうな顔して二人がお店から出てきら。どうやら目的の物が買えたようで、リックはホッと安堵する。
「おっ! じゃあ帰ろうか?」
「何を言ってるですか? まだまだですよ」
「えっ!?」
「次はお服に会う靴ですよ。その次は鞄です。最後は髪型を整えるですよ」
「そうなのだ!」
「げぇ…… まだそんなにあるの……」
その後、リックは二人が満足するまで王都の店を連れまわされるのだった。