第180話 北の審問官
ジメジメとした薄暗く寒い部屋。質素な椅子にうつむいたリックが座っている。彼は顔をあげ悔しそうな視線を前に向けた。
「クソ! なんでこんなことに……」
リックの前には木で出来た立派な長机に、頬杖をついていやらしく笑う二人の人間が座っていた。
「ふーん。それで二人はどこで知り合って? どこまでしたの?」
「どこまでって…… ただの幼馴染ですよ。同じ村で十一歳まで一緒に村で過ごしてました。昔は毎日一緒に遊んでました」
「ほぅ…… なるほどねぇ。それで確認ですが?」
「またですか? 何度も言いますが…… はっハックショイ!」
北の冷気にリックがくしゃみをして会話が途切れた。リックの前に座る、二人は目を細くきつくし、睨みつけるように彼を見た。
ここはスノーウォール砦の第二会議室。リックは会議室の中央に置かれた、椅子に座らされて、机にはビーエルナイツ団長エルザと第一制圧部隊の隊長シェリルが並んで座っていた。
「またとはなんですか!? これは重要なんですのよ! 彼は本当に男なの?」
「はい男ですよ。アイリス・ノームはれっきとした男ですよ」
「そっそれで? 彼がリック…… あなたのことが好きって本当なんですの?」
「えっ!? 好きっていうか。大事な幼馴染でいい友達ですよ」
「はあああああぁぁぁぁ?! 何をいってるんですの!? そこ重要なんですの! ちゃんと答えなさない!」
「そうよ! 答えなさいよ! エルザ氏! もっときわどい質問で責めましょう!」
興奮気味の二人が顔を見合わせて頷いた。
なぜリックがここにいるかというと…… 魔王軍に襲われていた、マウンダ王国でアイリスとリック達の援軍として、ビーエルナイツは参戦し、彼女らの勇ましい活躍でマウンダ王国は無事に救われた。戦闘が終わりアイリスは、ビーエルナイツに礼と挨拶をした。エルザがアイリスに会ったのは、初めてですっかり意気投合した。アイリスが王都から、旅に出る時にアナスタシアとは、謁見していたようだが、会っていたのは影武者であるリーナだった。なのでエルザはアイリスが女装をしている勇者だとは知らなかった。リーナがわざわざアイリスが女装していると報告するわけはないし、エルザの趣味と性格を存分に理解しいてる、リーナが情報を渡さなかったのが真実だが……
マウンダでアイリスと初めて会った彼女は、アイリスが男であることと魔王を倒したら、リックと結婚するつもりだという話を聞いた。その話を聞いたエルザ達はひどく狼狽し、グラント王国に帰国後、リックはビーエルナイツの拠点である、ここスノーウォール砦に呼び出されのだった。
二人は身を乗り出してリックを問い詰める。身を乗り出して顔をリックに向けていても、しかし、それでも二人が座る机の上に置かれた、ノートの上でペンがすごい速さで動いている。
「本当にただの友達なの? 実は恋人とかじゃなくって? あと他に二人でしたことって?」
「えぇ!? だから別に戦いごっこしたり…… あっ! 負けたら、遊びで結婚式しようとしたりキスしようとしたな……」
「なっなんですって…… 結婚式!? リックとアリスが!? あぁ私もうダメ…… 尊い……」
「エルザ氏!? エルザ氏ーーー!」
ガタタタという音がして二人が立ち上がった。
「えっ!? いや、あの!? 何をしてるんですか……」
あきれた顔をするリック。立ち上がったエルザが、わざとらしく額に手を当てて倒れそうになり、隣のシェリルが彼女を支えている。リックは二人のわざとらしいやり取りと見て、子供のころ村にやって来ていた芝居を思い出す。
「はぁはぁ…… 私は墓に入るわ!」
「大丈夫よ。エルザ氏! 傷は浅いわ。落ち着いて!」
「ありがとう、シェリル。まさか…… こんな収穫が近くにあるなんて、ちょっと動揺してしまったわ」
「うん、そうよね。貴重よね。たぎるよね!」
意味不明な言葉を吐き出す二人。リックは理解できずに首をかしげる。エルザをシェリルが支え、椅子に座らせると、リックにやさしく笑いかけるエルザだった。
「(さすが…… 王女だな。優しく微笑むと綺麗で気品があるが、でも、今日はいつにもましてしゃべりだすと目が血走って怖いんだよな。そろそろ帰ろうっと。もうこれ以上話すことなんかないし…… えっ!? ひぃ!)」
エルザがリックの方を向いて手を広げた。顔は天使のようなかわいい微笑みだが、目が血走っていて恐怖を感じるリックだった。
「さぁ! リック! 早く私達に頂戴! 餌を頂戴!」
「えぇ!? 餌!? 何を言ってるんですか? もう帰っていいですか?」
親鳥から餌を受け取るひな鳥のように、口をパクパクさせるエルザ。リックは付き合いきれなくなったので立ち上がった。二人は慌ててリックの前に手を広げてたちあはだかる。
「ダメ! まだ帰さないわよ。もっと詳しく教えなさい」
「いや、だから何をですか?」
「結婚式よ! 二人の結婚式を詳しく! く・わ・し・く! 詳細に事細かにすべてを!」
床を指さして叫ぶエルザ、横に立つシェリルは真剣な表情で大きくうなずく。
「いやいや…… それは昔遊びでしただけですから別に何も面白くは…」
「いいから! 教えなさい!!!」
エルザの叫び声が響く。リックは顔を引きつらせる。二人の結婚式とは、アイリスが書いた愛の言葉を、二人で読んで終わりのものだった。ちなみに、リックが初めて対決に負け、アイリスが結婚式したいと言った際は、花嫁役に二人の幼馴染の少女ミラをリックが連れ来ようとして、アイリスになんでと大泣きされた。
リックはアイリスとの過去を思い出しながら、目の前に二人を見て首を横に振った。
「結婚式の真似をしようとしただけで…… 俺が嫌でなんとかかわしました……」
言葉を濁しながら結婚式ごっこはなかったと嘘をつく。結婚式ごっこは、何回か行われ、リックは何度か愛の言葉を言わされた、だが、それを二人に伝えると面倒だというリックの勘が働きごまかすことにしたのだ。
「はぁ!? あなた!! なんてもったいないことをするのよ!」
「そうだ! 滅びろ! 邪気手剣! クボォ!」
シェリルがリックに向け、剣を振る動作をして、なぜかエルザは目をキラキラさせ、嬉しそうに手を前にして祈るようなポーズをしている。リックは二人の行動についていけない。
「キャー! シェリルが魔剣ブラディの必殺技の邪気手剣を放ったわ! 素敵! こっちにも頂戴!」
「はぁ…… 俺、やっぱり帰りますね」
「ちょっと待ちなさいよ! 薔薇百剣! クボォ!」
「キャーキャー! エルザ氏が聖剣エックスの必殺技の薔薇百剣を繰り出したわ! 死ぬ、死ぬ! 悪霊退散!」
両手を広げリックに向けるエルザ、シェリルは嬉しそうに叫びながら、膝をついて胸の前で十字架をきっている。リックは冷めた瞳で二人の行動を見ていた。
「……… じゃあ! って! はなせ!!!」
「逃がさないわよ!!!!」
二人をさけるようにして、扉に向かおうとした、リックの肩をエルザさんがつかんだ。
「失礼いたします」
扉がノックされて誰かが入って来た。部屋に入ってきたのは、メイド服を着たリーナだ。
「エルザさん、シェリルさん。ビーエルナイツ戦略会議のお時間ですよ」
「リーナ!? えっ!? もう…… ふぅ、しょうがないわね」
「残念でござるな。エルザ氏!」
「じゃあリック。残念だけどもう帰っていいわ。はぁ……」
エルザがため息をつき、不満そうに扉をさしリックに、帰って良いと伝える。
「ふぅ…… 助かった。ありがとう。リーナさん」
「えっ!? 私は何も……」
息を吐いて礼を言うリック、直前のやり取りを知らないリーナは、突然礼を言われて首をかしげた。部屋から出たリック、廊下を進むと、会議室の扉が開いてリーナが飛び出して来て、彼を呼び止める。
「あっ! 待って下さい。リックさんはこちらに来てください。お迎えにポロンちゃんとソフィアさんがいらしてますよ」
「えっ!? わかりました。なんか急な任務なのかな」
「フフ。違いますよ。ポロンちゃんが迎えに行くって聞かなかったみたいですよ。早く行ってあげないとかわいそうですよ」
「えぇ!? はい…… もう……」
優しく微笑むリーナに、恥ずかしそうにうなずくリックだった。リックすぐに帰るつもり、迎えはいらないと、二人に伝えていた。だが、ポロンが我慢できずにソフィアにわがままを言ってきてしまったようだ。
リックはリーナと一緒にソフィア達が待ってる部屋へとむかう。
「うん!? 訓練かな……」
リーナと一緒に廊下を歩いていたリックに、窓の外から勇ましい叫び声が聞こえる。立ち止まった彼は窓を覗き込む。砦の中庭を訓練場にしており、白い鎧を着た女性騎士達が、訓練をしている姿が見えた。彼女らは模擬戦闘やクロスボウの射撃に魔法の訓練などを行っていた。訓練をしている騎士達は真剣なまなざしでやる気に満ちていた。ちなみにビーエルナイツには男性騎士も多数いるが、スノーウォール砦には配備されてはいない。スノーウォール砦に配備されるには、エルザが面会で何か条件をだし、それをクリアできるのが今の所女性だけなのだ。
騎士達の熱い訓練に、引き込まれ立ち止まり、ジッと窓の外を見つめるリックだった。
「(うわぁ、迫力があるな。しかもあの鎧や剣に使ってる白銀色の金属って確か精霊石だよな。精霊石装備ってたしかすごい高いんだよな。それを全員がもってるのか…… ビーエルナイツは武器も防具も最高級か。やっぱり第四防衛隊と違ってお金あるんだなぁ。多声の軍団でも転送できるテレポートゲートや、クロスボウなどの最新装備ももってるし……)」
立ち止まり、リックが窓の外を見てると、リーナが声をかけてくる。
「どうしました。リックさん?」
「あぁ。いやぁ。訓練がすごいなぁと思って、みんなのやる気があふれて」
リーナさんは少し驚いた顔をして、リックの顔を見た後微笑みかけてくる。
「フフ。第四防衛隊の皆様のほうがすごいですよ。マウンダ王国に襲来した五万の魔王軍をわずかなマウンダ王国の兵士と六人で食い止めたんですから」
「いやぁ、あれはアイリスもいましたから」
「ビーエルナイツの騎士達もすごいって言ってましたよ。第四防衛隊に憧れるって!」
「そっそんなぁ。ほめすぎですよ。でも……」
褒められたりっくだが複雑な表情を浮かべた。彼はビーエルナイツがうらやましいのだ、なぜなら彼女達は騎士ななのだから…… リックは兵士から騎士になるために防衛隊に入った。以前は兵士は騎士に比べ、かっこわるいと思ってたけど、それが今じゃすっかり防衛隊になじんでいる。騎士になる夢を諦めたわけではないが、かといって騎士に近づいている気もしない。リックの口から思わず本音がこぼれる。
「はぁ。俺こんなで本当に騎士になれるのかなぁ」
「えぇ!? リックさん!? 何をいまさら!? 騎士になんかとっくに……」
「とっく!? どういうことですか!? リーナさん?」
リックが小さいくつぶやいた言葉を聞いた、リーナさんが驚いた顔で彼を見つめる。彼女は真面目な顔でリックに向かって、手招きし耳元でゆっくりと話し始めた。
「じっ実は…… リックさん達は既に……」
「えぇ!? なんだって!? どういうこと? 早く帰らないと!!!」
驚いてリックは、すぐに詰め所に戻ることにした。カルロスに確認しなければならないことができたのだ。
「リーナさん。ソフィア達のところへ早く案内してもらますか」
「はい。あちらの部屋にいらっしゃいますよ」
リックがリーナを急かすと彼女は廊下の先の一室を指した。リックは急いで部屋へ行き扉を開く。中にはポロンとソフィアの二人がソファに座って待っていた。
「リックなのだ!」
「うわぁ、ポロン、危ないよ」
扉を開けて中へ入るリックにポロンが立ち上がって抱き着いた
「ポロンだけずるいです」
「わっわ! ソフィアも危ないよ」
ポロンの上からソフィアが、ほほ笑みながらリックに抱き着いた。今日はポロンが先だがいつもソフィアが、リックに抱き着くのでポロンが真似をしいてる。リックは二人に抱き着かれまんざらでもないが、憧れの王女だったリーナが、後ろにいるので恥ずかしかった。
「うん!?」
リックの背中に暖かくて柔らかい感触がした。
「じゃあ、私はお背中を……」
「えっ!? リーナさん!?」
リーナがリックの背中に両手をついてピトっと体をくっつけた。リックは後ろを見て顔を真っ赤にした。
「何してるんですか!? リーナさんはダメです!」
「ちょっとくらい良いじゃないですか!?」
「いいえ! ダメです!」
首を横に振るソフィアは、リックを睨みつける。彼女に睨まれたリックは、申し訳なさそうにリーナの手を外す。リックは名残惜しそうにゆっくりと手を外しいてると足に衝撃が走る。
「いた! なんで俺の足を踏むの!」
「フンだ!」
プクっと頬をふくらましてリックを睨むソフィア。
「もう…… ほら、機嫌直してよ」
ソフィアの頭を撫でて機嫌を直すリックだったが、笑顔のポロンがソフィアの足元に来て、彼女のスカートのすそを掴んだ。
「ソフィア、リックがわるいのだ! 後でこらしめるのだ!」
「そうですね。お家で懲らしめるです」
「なんで…… もう…… はいはい。夕飯のおかずを二人に分ければいいんだろ」
二人は嬉しそうにうなずく。リックは首を横に振り、三人のやり取りを見てリーナは笑っていた。
「ごめん。ソフィア、ポロン、俺は隊長に用事ができたんだ。だから、急いで帰ろう!」
「わかったのだ!」
「はい!」
リック達はリーナに見送られてスノーウォール砦から出た。すぐにテレポートボールで王都グラディアへと移動して詰め所に戻るのであった。