第177話 卑怯者と腑抜けと腰抜け
リックの目の前に下りてきた、熊のような大きな人影はメリッサだ。
「ははっ…… まったく……」
右肩にソフィア、左肩にゴーンライトとイーノフを背負い、天井の窓を破って飛び下りてくるという、相変わらずの無茶苦茶ぶりにリックは呆れて笑う。
「おぉ! ソフィアにメリッサにもイーノフもいるのだ!」
「ポロン…… 僕もいるよ!」
「うるさいよ。ゴーンライト! いいから早くしな」
「はい……」
しょんぼりとしてゴーンライトが、メリッサの肩から下り、両手に持った盾を重ねた。横目でポロンを見て少し悲し気なゴーンライトだった。
「はぁ…… 大地の精霊よ! 力を! 闇土障害物!」
ゴーンライト声が響く。取り囲んでいるマウンダ王国の兵隊と、リック達の間の床が盛り上がって壁が出来た。
「うぉー! すごいのだ! モーンライモさん!」
「うー! だから! ゴーンライトだって!」
笑顔のポロンがゴーンライトに声をかけている。
「まだゴーンライトさんの名前を覚えないのか。まぁ…… あの人、影が薄いからね……」
二人のやり取りをみてつぶやくリック。メリッサとソフィアとイーノフが、リック達の元へとやってきて縄を解いた。
「ありがとう…… ソフィア」
「リック。よかったです」
縄を外したソフィアに、笑顔を向けたリックに、彼女は赤い瞳をさらに赤くし目に涙を浮かべ抱き着く。抱き着いたソフィアは目をつむり心底ほっとした表情を浮かべる。
「助かったよ。ソフィア」
「はい。見てください! リック! お菓子を拾っていったら、リックのお手紙を拾ったんですよ! すごい偶然です」
少し得意げにソフィアは、リックに向かって右手を上げて見せる。彼女の右手には、空の菓子袋と、リックが書いた手紙が握られていた。
「うっうん…… お菓子、全部拾ったんだ?」
「はい!」
銀色の髪を振りながら、ほほ笑んでうなずくソフィア。彼女の口元にはクッキーのカスがついててる。リックは微笑みソフィアの頬に手を伸ばす。
「ひょい! パク!」
「何するんですか?」
「ソフィア味のクッキー! うーん! おいしいよ! やっぱりしょっぱい!」
「おこりました!」
「わっ!? こら!」
頬を膨らまし、恥ずかしそうに顔を赤くし、ソフィアは強くリックをだきしめた。強く抱き着かれたリックの腹にソフィアの胸の温もりが伝わる。リックも恥ずかしくて頬を赤くするのだった。二人を見ていたアイリスが不機嫌そうに口に拳を当て咳ばらいをする。
「うぉっほん! あの!? メリッサ姉さん! うざいんですけど?」
「ラブなのだ!」
「ほら、二人とも勇者様がお怒りだよ。イチャイチャするのは後にしな!」
「べっ別にイチャイチャなんかしてない……」
「いいから準備しな!」
呆れた様子でメリッサがリックとソフィアに顔を向け叫ぶ。彼女はリックの言い訳を遮って槍を構えるのだった。リックとソフィアは名残惜しそうに離れた。ソフィアは背負っていた弓を持った。リックはベルトにかけてある道具袋に手を魔法道具場箱につかんだ。
「ポロン。予備の武器を出せ。アイリスとキラ君とスラムンは俺達の後ろに」
「わかったのだ!」
リックとポロンは魔法道具箱から、予備の武器をだして構え、武器を没収され丸腰のアイリスを挟むようにした。ゴーンライトの壁がなくなると大臣と兵士達がリック達を取り囲む。大臣がメリッサを指して叫ぶ。
「きっ貴様等!? 何者だ?」
「あたしらはグラント王国の第四防衛隊だよ。勇者アイリスは我がグラント王国の勇者だ。我が主君の命でアイリスを返しにもらいにきただけさ」
「なっ!? なんだと!? ええい! やってしまえ……」
大臣が号令をかけようとすると、メリッサが槍を横に豪快に振り抜いた。豪快に風を斬る音をだす、槍の迫力にマウンダ王国の兵士達が後ずさりをした。恐怖に引きつるメリッサの口元が緩む。兵士の隙間から、リックはある一点を見つめ、右腕を前に出し剣先を向けた。
「ソフィア! あいつらを」
「はい!」
リック声がしてソフィアが弓を構えて矢を放つ。兵士達は慌てて身構えて矢を防ごうとした。だが、ソフィアが放った矢は、構える兵士達をの間を通り過ぎていった。
「グアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ソフィアの放った矢は、兵士達に隠れ逃亡を図っていた、盗賊の一人の頭に命中し貫いた。意図が切れた人形のように崩れ落ちた盗賊は床を血で止めていく。彼の横にいた髭面の盗賊が、驚いた顔をして逃げようと走り出した。
リックは振り向いてポロンに向かって叫ぶ。
「ポロン!」
頷いたポロンが両手で、持ったハンマーを振り上げる。リックはポロンのハンマーの上に飛び乗った。
「どっかーんなのだ!」
リックが乗ったハンマーをポロンは思っきり振り抜いた。ポロンがハンマーを振り抜く同時に、彼女のハンマーを蹴ったリックは、囲んでいいた兵士の上を飛び越えていった。逃げようとするひげ面の盗賊の前に着地した。
「ひいい!!!」
飛んで現れたリックに悲鳴を上げる盗賊。リックはにっこりと微笑みかけ、右手をあげ陽気に声をかける。
「よぅ!」
「なっ!? 待て!?」
「待てないよ!」
背中を向け逃げようとする盗賊に、リックは体勢を低くして、右腕を引き剣を水平にして追いかける。瞬時に追いついたリックは、盗賊の背中を剣で突いた。リックの剣は盗賊が、身に着けている革の鎧を簡単に貫いた。
「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
盗賊の断末魔が謁見の間に響き渡った。兵士がリックに顔を向けた。リックは盗賊の背中に足をかけて剣を引き抜く。背中から血が吹き出し、リックの頬や体に血がかかる。リックは笑みを浮かべ、兵士達に体を向け、軽く剣を振って血を拭う。
リックとメリッサ達で、マウンダ王国の兵士達を挟むような形になった。メリッサが槍を前に向け、リックはいつものように剣先を下にして構えた。兵士達が手に持った武器に力を込めた。第四防衛隊とマウンダ王国の兵士が睨み合う。
「たっ大変です!!!!!」
リック達が兵士達をにらみ合っていると、急に扉が開いて傷だらけの兵士が、謁見の間に飛び込んで来た。
「王都に向かって…… 四邪神将軍、背信侯爵のモンドクスが率いる…… 魔王軍の大軍が…… その数はおよそ五万! 到達までもう時間がありません……」
「なっなんじゃと? なぜ、そんな大軍に気づかぬ! 国境の見張りは何をしとったのじゃ!?」
大臣が驚いて傷だらけの兵士に駆け寄って叫ぶ。傷だらけの兵士は、不満そうに大臣を睨みつけた。
「見張りって…… 王様が銀色コインと引き換えに…… 休暇をとらせてましたよね。代わりの部隊は王様がいらないって命令したではないですか!!!」
「そっそうじゃあったな……」
傷ついた兵士が投げやり気味に答えると、リック達の前にいる大臣と兵士達が、力なく手を降ろしてうつむいていた。
ゆっくりとメリッサの前に来た大臣は静かに話し出した。
「グラント王国の者よ…… 今は緊急事態じゃ…… 争うのをやめてくれ。皆の者! 武器を収めよ」
大臣が手をあげると、兵士達は武器をしまい下がった。リック達は大臣と一緒に王の前へ行く。大臣がひざまずいて王に口を開く。
「マウンダ王よ。話は聞こえていらしたでしょう? 今は我が国の危機です…… ご命令を!」
「ひぃ! いやだ! 戦争怖い!」
「マウンダ王!? なっなんと……」
マウンダの王国の王は、転げち落ちるようにして玉座から、謁見の間の奥にある私室へ逃げ込んだ。兵士達と大臣は、その様子を唖然とした顔を見つめていた。
アイリスとキラ君が王を慌てて追いかけた。王は部屋の内側から鍵をしめており、アイリスが扉を、押したり引いたりしているが、扉は開かない。
「あっ! こら! 開けなさい! 逃げるんじゃないわよ!? えっ!? ちょっとあなたたちもなの?」
兵士達と大臣が、あきらめたような顔をして、謁見の間を出ていく。気づいたメリッサが追いかけ兵士達と大臣の前に回り込み立ちはだかる。
「ちょっと待ちな! あんた達はどこへ行く気だい?」
「うるさい! わしはもう大臣やめじゃ。今からでもできるだけ遠くに逃げる」
「そうだ! 王様があんななのに戦っていられるか」
「遠くにって…… 王都の人達はどうするのよ?」
アイリスが泣きそうな顔で、大臣の顔を見つめ。大臣はやれやれといった表情をした。
「ふん。どうなっても知らんよ。せいぜい我々が逃げる時間稼ぎ……」
バコーンいい音がして、メリッサの拳が大臣の顔にめり込んだ。大臣は顔を押さえてうずくまってる。その姿を見た兵士達の顔が青ざめる。
「まったく…… 胸糞わるい……」
「メリッサ! さすがに他国の大臣を殴ったら……」
「うるさい、こいつは大臣をやめたって言ったろ? あんたらもどうするんだい?」
「王が逃げてるのに国に尽くすなんて……」
兵士達はうつむいて、黙り込んでしまった。殴られた大臣が、起き上がりメリッサを睨みつけた。
「おい! お前たちはグラント王国の兵士だろ? 後は我々の問題だ! ほっといてくれ!」
「はぁぁ。わかったよ。さっさと行きなよ」
呆れた表情でメリッサは、め息を兵士と大臣に道を開けた。兵士と顔を押さえた、大臣が謁見の間から出て行こうする。しかし、ただ一人…… 勇者だけが彼らの前に両手を広げて立ちふさがった。
「ダメよ! みんなが逃げたら誰がこの国を守るの? 王都には子供達だっているのよ?」
「うるさい! どけ! 王様が残ってるんだ! 王がなんとかするよ」
「そっそんな……」
アイリスに近づき肩に手を置いたメリッサ。彼が振り返ったメリッサは、悲しそうな顔をして首を横に振った。
「やめなよ。アイリス、戦う気持ちのない人間は他人が何を言っても戦わないよ。人間はそんなに強くない」
「メリッサ姉さん…… はっはい……」
涙目でうなずいたアイリスは静かに道を開けると、横に逸れたアイリスに蔑むような視線を送り、大臣と兵士達は謁見の間から去っていった。
「じゃあ。僕達は帰ろうかメリッサ」
「そうだね。リック達とアイリスは助けたし…… 後はこの国の問題だしねぇ」
「えっ!? なんでですか? 助けないんですか? せめて王都の人達の避難を……」
「アイリス…… あたし達はグラント王国の兵士だよ」
「でもリブルランドでは……」
「あの時はリブルランドからの依頼もあったしね。依頼も指示もなく助けが必要なグラント王国民もいないこの場所であたし達が勝手に戦うわけにはいかないんだ」
肩をすぼめて首を横に振るメリッサだった。グラント王国の軍隊である彼らが、他国の王都を守る義理も理由はないのだ。
「そんな…… うん!? グラント王国民…… そうだ!」
アイリスが何か思いついた表情をした。そして兵士達が置いていった、アイリスの道具袋から、何かの紙を取り出した。彼の後ろでキラ君とスラムンが、覗き込んでてかわいらしい。
しばらくするとアイリスは、ニヤッとした顔で振り返り、さっきまで書いていた書類を、腕を伸ばしてリック達につきだしてみせてきた。
「今からこの王都の人達はグラント王国民です。さぁ守りなさい! あなた達は兵士なんだから!!」
「はぁ。あんた何を突然いいだすんだい!? さっきも言ったろ? 無理だって!」
「あら!? 兵士のくせに知らないの? 私はS1級の勇者よ? 他国民への緊急保護特権を自由に発動する権限があるのよ?」
「あっ!」
ポロン以外の人間がハッとした。ポロンは意味がわからず首を傾げている。
緊急保護特権とは、他国の迫害された人間や国を追われた人間を保護し、グラント王国民として迎えいれる権利である。もちろん誰もが持っている権利ではないが、S1級勇者であるアイリスはその特権を持っているのだ。
「いや…… 待てアイリス。緊急保護特権を適用させるにはちゃんと書類をだな……」
「ジャーン! これがその書類よ! これにサインすればいいんだよね?」
「こっこれは確かに……」
イーノフがアイリスが見せた書類を見て愕然としている。アイリスがリック達に見せていたのは、グラント王国の印が押された緊急保護特権の申請書だった。アイリスの署名と、保護対象としてマウンダ王国の、王都マティダ市民と記載されている。なお、通常の申請と違い緊急と名がついてるため事後承認可能だ。
「あっあんた…… いつの間に申請書を?」
「フフ…… この間リックのお家を詰め所で聞いた時、隊長さんの机にばら撒かれていた勇者関係の申請書だけ失敬しといたのよ」
「もう隊長…… だからいつも机を整理してくださいって言ってるのに……」
「おまっ…… それ泥棒!」
「勇者の申請書を勇者が取っていって何が悪いのよ!?」
開き直りアイリスが、自信満々に手を腰に当てている。なぜかポロンがアイリスの恰好を真似ている。ポロンとアイリスの真似をキラ君がする。
「さすが! おらが知ってるなかでも一番の下衆勇者ズラ」
「こら! スラムン。下衆はひどいでしょ! 狡猾といってちょうだい!」
スラムンとアイリスとやり取りを、呆然と見つめるリック達だった。ふと真剣な顔をしたアイリスは、涙目でリック達に頭を下げた。
「お願いします…… 無茶だってのはわかってるの…… でも、この国の人達を見捨てるなんて……」
アイリスの足もとに水滴の黒い点ができていく。頭を下げながら泣いているようだ。
「おらからも頼むズラ!」
キラ君の上でスラムンは、体を半分に折り曲げ彼なりに頭を下げた。アイリスとスラムンに続きキラ君も頭を下げる。リック達の前で勇者と仲間が頭を下げている。厳しい表情でアイリス達を見つめていた、メリッサは小さく息を吐いて、やれやれと言った顔でアイリスの頭に手を置いた。
「わかったよ。でも…… あんたも協力するんだよ! 勇者としてね」
「はっはい! メリッサ姉さん!」
「よし!」
メリッサが振り返りリックに視線を向けた。リック達は全員ほぼ同時に頷くのだった。