第175話 休暇は終わり
盗賊達が残した宝箱から見つけた、小さい銀色コインが入った袋を持ち上げ、アイリスはニコニコして少しヨダレを垂らす。
「フフっ…… これで…… きわどい危険な下着が! 私の物に!」
「あぁ。汚いズラねぇ…… たまにアイリスは本当に勇者なのかわからなくなるズラ」
「いいのよ。私みたいなゆるい勇者が居た方がバランスとれるでしょ?」
「ゆるすぎだズラよ」
キラ君の上で飛び跳ねながら、スラムンがアイリスに苦言を呈している。
目の前でよだれをたらしてゆるい顔しているアイリスだが、彼はグラント王国の勇者の中でも順調に旅を続けている方だ。ほとんどの勇者は、伝説の武器や防具を一つもみることなく命を落としてしまう。アイリスは既に伝説防具を一つ手に入れ、もう一つを手に入れることも可能な状態になっているのだ。二つの伝説の防具を手に入れる偉業を成し遂げたのは、伝説の勇者アレックス以後はアイリスが初めてである。まぁ、本人は伝説防具より、変な下着が欲しいみたいだが……
「(このゆるい顔の勇者が一番ってのもなんかなぁ)」
真ん丸の黒い瞳をキラキラさせながら、コインを数える緩い顔した、アイリスを眺めているリックと目が合い、アイリスがほほ笑んだ。
「うん? どうしたの? リック? 私を見つめて? まさか私の下着姿を妄想してた?」
「いや…… そんなの時間の無駄だろ」
「なっ何よ! リック嫌い!」
なぜか、アイリスは目に涙を浮かべ、ほほを膨らませている。
「ひどいよ…… ソフィアー! リックがいじめるの!」
抱き着いたアイリスの背中を、ソフィアが優しくさすりながら、リックに怒った顔を向ける。
「リック。さすがにひどいです」
「えっ? あぁごめん…… やりすぎたかな?」
「はい。アイリスに謝ってください」
「うぅ…… わかったよ。アイリスに謝らないとな。あっ! 待て!」
リックが近付くの気づいた、アイリスはソフィアから離れた。慌ててリックがアイリスを追いかけていく。
「待てよ。アイリス。ごめん。ちょっと言い過ぎた」
リックの言葉に反応した、アイリスは立ち止まった。横目でジッとリックを睨むと腕を組み、口を細めてそっぽをむいていた。
「はぁ…… どうせソフィアに言われて謝ってるでしょ? ほんとうに私に謝る気なんかないくせに!」
「なっ!? そんなわけないだろ。ごめんって!」
「本当に反省してる?」
振り向いて下から、リックの顔を覗き込んでくる、アイリスの目はまだ少し涙目だった。
「反省してるよ。友達を傷つけたんだからさ」
「はぁ…… 友達、友達って…… もう! でも、もういいわ…… 許してあげる」
呆れ気味にリックのことを許すアイリスだった。リックは嬉しそうに笑う。
「許してくれてありがとう…… 本当にごめんな。アイリス」
上目でリックを見ていた、アイリスが急にほほ笑む。
「じゃあまた私と一緒にご飯ね!」
「えっ? なんでそうなるんだよ!」
「いいじゃない。別に! 食べたいの。リックとご飯食べたいの! 食べたいのー!」
「あっ! こら! 子供か! ポロンが真似するからやめろ」
寝転がったアイリスが、手足をバタバタさせている。リックは呆れながらアイリスの提案を渋々受け入れる。
「もう、わかった! 次に王都に帰ってきたらまた行こうな」
「えへへ! 約束だよ!」
嬉しそうに起き上がったアイリスはほほ笑んで、小さい銀色コインを自分の道具袋に入れ始めるのだった。
「うん!? どうしたの?」
悲しそうな顔のソフィアが、リックに横に来て袖を引っ張った。恥ずかしそうに、モジモジしながらソフィアがリックを見た。
「私の下着も妄想も時間の無駄ですか?」
「それは…… てる……」
「はい!? 聞こえないですよ」
顔を恥ずかしそうに真っ赤にしたリックは、ソフィアの肩に手を置いて、彼女を抱き寄せ耳元に顔を近づけて小声でつぶやく。
「俺は…… ソフィアが…… 世界で一番綺麗だと思うからいっぱい妄想してるよ」
「リック!」
「わっ!? ちょっと!? 恥ずかしいよ。ほら、みんな見てるから!」
耳を真っ赤にしてソフィアが、ほほ笑みリックに抱き着いてきた。アイリス、ポロン、スラムンが二人を冷めた目で見ている。
「うぉっほん! あの!? この茶番いるの? ねぇポロンちゃん?」
「ちげーよなのだ。そうじゃないのだ」
「そうよ。ちげーよ。そうじゃないのよ!」
「うん。これは違うズラな!」
「なっ何だよ!? 別にいいだろ。しかもスラムンまでひどいな」
アイリスの口調がエルザそっくりでリックは少し気味が悪かった。直後にソフィアとリックの間に、銀色コインの入った袋を持った、アイリスが急に割り込んで来る。
「はいはい。もう終わりよ。小さい銀色コインは少し多めに十八枚あったわ!」
「そっかよかったな。でも、気になるのはなぜ魔王軍のサイクロプスがコインを?」
「うーん。もしかしたら勇者より先に伝説の防具を手に入れたかったとか?」
「いや…… それなら盗賊にわざわざ渡すより、人間に化けてコインをもらった方が……」
「そうよね…… まぁいいわ。とりあえず宿屋のおかみさんに報告しましょう。それに村の娘さん達も無事に帰さないとね」
「あぁ、そうだな」
捕まっていた村の娘さん達と、一緒に洞窟を出てリック達はクララン村まで戻った。村にもどったリック達を宿屋のおかみさんが歓迎してくれた。祝いの美味しい食事が振舞われて遅くまで宴は続いた。
夜になりリックとソフィアとポロンの三人は、寝る前にアイリスの部屋に集まった。アイリスの部屋の机の上に置かれた、銀色コインの袋を見て、ソフィアが明るい声で話しを始めた。
「盗賊団も倒したし銀色コインは目標まで集まりました。明日になったらマウンダ王国の王都に向かいましょう」
「待って! ソフィア。盗賊団を倒したから俺たちはグラント王国に戻らないと。マウンダの王都までは行けないよ」
「そうですか…… 明日の朝に私の転送魔法で行きましょう」
「えっ!? もうリック達とお別れなんだ……」
アイリスが寂しそうにうつむく。リック達は元から、盗賊団の退治まで協力する予定だ。
「あっ! じゃあ私が今からグラント王国に一人戻って、明日の朝一で報告してきます。それでまだアイリスが王都でアイテムをもらうまでこっちに居るようお願いしてきます」
「ほんとう? いいの? 私とリックの為に…… ソフィアが……」
「はい。アイリスも私のお友達です」
「ソフィア…… ニヤ」
アイリスはソフィアの手を掴む、ソフィアは笑顔でうなずいた。リックは気付かなったが、アイリスはソフィアの顔を見て、ニヤリといやらしく笑った。
「ポロン。来てください」
ソフィアは立ち上がりポロンを手招きして呼ぶ。別れの挨拶をしているようで、ソフィアはポロンを抱きしめ、何やら耳元でささやきポロンが元気よく頷いていた。話が終わりソフィアはグアランと王国へと戻る。
「じゃあ行ってきます!」
「いってらっしゃい。気を付けてね。待ってるからね」
「はい。行ってきまーす。リック、ポロン待っててくださいね」
リックとポロンは、宿屋の玄関でソフィアを見送ると、二人で二階の自分たちの部屋まで歩いた。
「うわ!? なんだ!?」
リック達がアイリス部屋の前まで来ると、扉が急に開いてアイリスが飛び出してきた。
「へっへっへっ! リック…… ソフィアがいなくて寂しいでしょ? 私が一緒に寝てあげるわよ」
部屋から飛び出した、アイリスはホットパンツの水玉のパジャマを着て、右手には枕を持っている。
「ダメなのだ。リックは私と寝るのだ。ソフィアにリックのことを頼まれたのだ!」
ポロンがリックの前に立って両手を広げる。ソフィアがポロンにささやいたのは、別れではなくアイリスがリックに悪さをしないように、ポロンにリックの面倒を見て側から離れないように依頼したのだ。
「ちょっとダメよ! せっかく鬼のいぬまに既成事実を……」
「おい!? 何が既成事実だ。まったく変なことを言うなアイリスは…… あっ! そうだ」
リックは何かを思いつき前に立っているポロンの頭を撫でた。
「なら俺は一人で大丈夫だし…… ポロンとアイリスが二人で寝ればいいじゃないかな」
「えっ!? そうなのだ?」
「うん。アイリスが寂しいみたいだからポロン頼むよ」
「はっ!? リック!?」
撫でられたながら、ポロンは振り向き、元気よく笑顔で頷いた。
「わかったのだ。ポロンはアイリスと一緒に寝てあげるのだ」
「えぇ……」
嬉しそうにポロンは、アイリスの足元に駆け寄って、彼のパジャマの裾を引っ張り、大きなあくびをする。
「ふわああああああ…… アイリスと寝るのだ……」
「うっ…… もうほら、ポロンちゃんそんなところに寝ちゃダメよ。こっちきなさい!」
ポロンを抱きかかえると、アイリスは自分の部屋へと戻ろうとする。リックは久しぶりに一人で寝られるとご満悦な顔で、自分の部屋へ向かおうと踏み出した……
「リックも一緒に! 寝るのだ! 三人がいいのだ!」
「えっ!? ちょっと? ポロン?」
寝ぼけたポロンが、抱きかかられたまま腕を伸ばし、リックの袖をつかんで、無理矢理にアイリスの部屋へ引きずりこんだ。リックが部屋の中に入るとポロンはリックから手を離した。アイリスとリックの視線が合う。
「リック……」
「しょうがねえな。三人で寝るか。ポロンのパジャマを持ってくるよ」
「えっ!? ちょっと!?」
背伸びをして少し面倒そうに、アイリスの部屋から出て自分の部屋に向かうリック。アイリスは動揺してリックを止めようとするが彼はもう部屋を出ていた。
ポロンのパジャマを持って来てリックが着替えさせようとする。
「ちょっと! なに!? ポロンちゃんの服を脱がそうと……」
「えっ!? 別に…… ソフィアが忙しい時は俺がやってるんだぞ」
「そうなのだ…… いつもリックが着替えさせてくれるのだ」
「とにかくダメよ! リックは出て行きなさい!」
リックはアイリスから部屋から追い出されてしまった。首をかしげながらポロンが着替えるまでリックは廊下で待っていた。着替えが終わり、部屋に入ったリック、ベッドにはすでに二人は入っていた。真ん中にポロンがいて彼女の左にアイリスが寝ている。
「さぁ寝るかな。うん!? なんだよ……」
先にベッドに入っていた、アイリスがリックを見て顔を真っ赤にしていた。彼がベッドにはいろうとすると、顔を真っ赤にしたアイリスが声を震わせてしゃべりかけくる。
「リッリッリック…… あぅ、あっ、あっ、あまり、こっこっこっちに、こっこっ来ないでね」
「えぇ?! これじゃ狭いよ。もう少しそっち行っていいだろう?」
ベッドに入ったリックが、ポロンとアイリスに近づく。体を起こしアイリスは、リックに手を向け、必死にふっている。
「だめぇぇぇ! 近い! その距離で…… 寝顔…… 見たら…… わっわたし…… 死ぬ! 死ぬわ!」
アイリスの顔はもっと真っ赤になって、目に涙をためて泣きそうな顔をしている。必死に拒絶されているようでリックは気分が悪くなり小さく息を吐く。
「もう…… なんなんだよ…… そんなに嫌なら俺は自分の部屋で寢るぞ」
「ダメなのだ!」
「そうよ。ダメよ!」
ベッドから出ようとするリック、ポロンとなぜかアイリスも必死に止めて来た。
「はぁぁぁ…… なんでちゃんと誘惑できないの? せっかくリックと寝れるチャンスなのに? どうして? 馬鹿! 私!」
「うるさいのだ。早く寝るのだ」
「はーい! ほらポロンに怒られただろ。騒いでないで早く寝るぞアイリス…… あっ! そうだ。ポロン。いつもみたいにみんなで手をつなぐか?」
「あぁぁぁ? てをつなぐ? 寝ながら? リックと私? あわわわ!?」
なんかアイリスが上を向いて倒れた。体をわずかに痙攣させ白目をむいている。リックはアイリスに肩に手を置いて軽くゆらす。
「おーい? まぁ、大丈夫か。ピクピク少し動いてるしな。ポロンはもう寝ちゃってるし…… 静かになったし俺も寝ようっと!」
リックはアイリスから手をはなし、ポロンを撫でて眠りにつくのだった。三人はその後朝までぐっすりと眠ったのだった。
翌朝、朝食が終わり、ソフィアが戻ってくるまで、リック達は各自で自由に過ごしていた。ポロンがアイリスと遊びたがったので、リックは部屋でソフィアを一人で待っていた。椅子に座りながら、暖かい日差しを浴びて、リックは眠気と格闘していた。
「リック! 部屋の外を!」
「どうした? アイリス?」
「外に兵隊さんがいっぱいなのだ!?」
急にポロンとアイリスが、リックの部屋に飛び込んできた。リックは立ち上がり、こっそりと窓に近づいて覗き込んだ。
「ほんとだ……」
ポロンの言う通り、リック達が泊まっている宿を、マウンダ王国の兵隊が取り囲んでいた。兵隊の一人が窓から覗く、リックに気付いたのか窓に向かって叫ぶ。
「おい! お前たちが勇者アイリスとその一味だな?! 武器を捨てて出てこい。さもなければ宿屋ごと焼き払う!」
兵士は出てこなければ、宿を焼き払うとリック達に警告した。リックとアイリスが顔を青くして顔を見合せるのだった。