第171話 マウンダ王国へ
「あれ!? どうしたの?」
ソフィアがリックの隣に、うつむいてやってきた。手には紅茶の入った、カップの乗ったトレイを持っていた。ソフィアはさきほど詰め所に戻って来た。イーノフとゴーンライトに茶を持って行ったのだ。
「ゴーンライトさんとイーノフさんにお茶を持って行ったら逃げられました……」
「あぁ…… 二人のことは今はそっとしておいてあげよう」
「私は怖くないです……」
「うん。ソフィアは怖くないよ」
ソフィアの頭を撫でて慰めるリック。なぜかポロンも頭をだしてきたので一緒に撫でる。
二人はスノーウォール砦で、エルザ達に何かをされたようだ。イーノフとゴーンライトは、なぜかソフィアを見て、警戒しつつ自席で仕事をするのだった。
「(もう…… そういことすると、ソフィアがシュンとしてかわいそうでしょ! はぁ。エルザさん達は本当にいつも余計なことしかしないな)」
ずっと会話していたメリッサとカルロスが、会話を終えるとカルロスは次に全員を呼んだ。リックとポロンとソフィアとゴーンライトとイーノフがカルロスの机に前にならぶ。
「みんな小さい銀色コインの回収ご苦労さま。リック達が王都で十五枚、メリッサ達が王国の村や町をまわって手に入れたコインが三十五枚。これで五十枚集まったぞ」
銀色コインが入った袋を机の上に置くカルロス。リックは結構な枚数が集まったと灌漑深く袋を見つめる。カルロスはみんなの顔を見て満足そうな顔をし話を続ける。
「情報によると…… マウンダ王国の王様から伝説の防具の聖水晶の盾をもらうには小さい銀色コインが五十枚必要だ」
「ちょうどですね」
「そうだな。さっそくだが明日すぐにコインをアイリスに届けてもらいたい」
「わかりました。隊長? 俺達はどこに届ければいいんですか?」
「えっと。今アイリスがいるところだから…… マウンダ王国の東にあるクララン村だな」
リックはクララン村と聞き、アイリスがなんでマウンダの王国の、王都に居ないんだと首をかしげた。王都に居れば彼らが、銀色コインを届け次第、聖水晶の盾をもらえるからだ。
「はい。隊長。質問していいですか?」
「どうした? イーノフ?」
「どうして全員で行くんですか? アイリスさんにコインを届けるだけなら全員で行く必要はないのでは?」
うなずくリック、確かにイーノフが言う通り、ただ渡すだけなら全員で行く必要はない。カルロスは一呼吸置いてから、イーノフの質問に答える。
「まぁ。そうなんだがな。第四防衛隊の全員で届けてくれってアイリスの方からの指定なんだ」
全員で届けてほしいというアイリス。リックは嫌な予感がする。アイリスのことなので、余計なことに首を突っ込んでいる可能性が高い。しかも大概はろくでもないことだ。
他に質問がなく、カルロスは話を続けていく。
「お前さん達の任務は、アイリスが聖水晶の盾を手に入れる手助けをすることだ。まっもうコインを渡せばそれでほぼ任務は完了だがな」
「よし。みんな。じゃあ、明日朝出発するからね」
「はい!」
返事をしたリック、彼は友のために銀色コインを、確実に届けると誓うのだった。
翌日、リック達は詰め所の前に集合し、マウンダ王国へと向かう。イーノフとソフィアしか転送魔法が使えないので、各チームで別れ、二人に連れて行ってもらうことになる。リック達には、テレポートボールという便利な魔法道具は、支給されているのだが、グラント王国内しか使えない。
転送魔法で彼らは、マウンダ王国のクララン村の近くに着いた。マウンダ王国はグラント王国から、海を隔たたドレリア大陸の南側にある、山に囲まれた国だ。リック達の目的地であるクララン村は、大きな畑に囲まれた村で、頂上に雪をかぶった雄大な山々が遠くに見えている。
村から少し離れた、街道に到着したリック達は、村に向かって歩き始めた。
「リック、ポロン、見て下さい。大きいお山です」
「ほぇぇぇ。ウッドランド村みたいなのだ」
「へぇ。ポロンが居た村に似てるんだね。あっ! でも、俺が居たマッケ村にも似てるかも!」
「そうなのか? リックと一緒なのだ!」
「二人だけ一緒でずるいです」
口をとがらせるソフィア、リックは困った顔をする。
「ずるいって言われてもな…… ソフィアは王都にずっと暮らしてたんだからしょうがないでしょ」
「わかってるけど一緒がよかったです……」
寂しそうにするソフィアにリックは彼女の頭を撫でた。そっと彼女の耳元で彼は優しくささやく
「俺は…… ソフィアが王都に住んでていろいろ教えてくれてうれしかったよ」
「リック……」
「わっ!? 抱き着かないで…… 恥ずかしいから」
メリッサとイーノフとゴーンライトは、ソフィアに抱き着かれたリックを、見て苦笑いをするのだった。
村について門番にメリッサが話しかけている。マウンダ王国とグラント王国は、遠方にあるためほとんど交流はない。その為、グラント王国から防衛隊が、入国したいと申請したら一回は断られた。しかし、小さな銀色コインを届けるとためと、説明したら即座に入国が許されたという。
リックに門番の兵士の視線が突き刺さる。
「(許可ありとはいえ、やっぱり他国の軍隊である俺達は、門番から不審な目でみられるよな…… いや…… 不審な目と言うより睨みつけられているような……)」
門番に騒ぎを起こさないように注意を受けリック達は村の中にはいった。村は小さな木造りの家が、十数軒ほどの小さな村だった。外から見たらのどかでいい村だったが、なんとなく暗い雰囲気で、村人がリック達を見る目もなんか冷たい。
通りの中ほどにある、村で唯一の宿屋に、アイリスがいるらしいので、宿屋に向かって歩いていくと、向こうから誰か走って来た。
「あっ! リックー! こっちだよー」
「おぉ! アイリス!」
アイリスが笑顔で嬉しそうに、手を振りながら駆け寄ってきた。アイリスの頭には、スラムンが乗っており、すぐ後ろにはキラ君も居る。
「ちゃんと、小さい銀色コイン持ってきてくれた?」
「うん! もちろん!」
「ありがとう。うれしいー!」
「わっ?! こら!」
アイリスは駆け寄ってくると、手をのばしてリックに抱き着こうとした。リックは手をはたいて抱き着かれるのを阻止した、アイリスは顔を膨らまし不満げに彼を睨みつける。
「ちょっとなんで嫌がるのよ! 久しぶりの恋人たちの再会なのよ」
「だれが恋人だ!? 誰が? 俺達は幼馴染の友達だ」
「ふん。リックなんか嫌いよ」
「賊の襲撃です!」
「わっ! こら! やめなさい! ソフィア!」
アイリスに向けてソフィアが、矢をつがえて弓をかまえようとした。
「ここはグラント王国じゃないんだから、いきなり武器を出したらダメだよ!」
「そうだよ! ソフィア! ほら周りから変な目で見られてるでしょうが!」
慌ててリックとメリッサは、ソフィアをなだめて武器をしまわせる。ソフィアは渋々武器をしまう、アイリスは勝ち誇ったように笑っている。二人を見てメリッサは大きなため息をつく。
「はぁぁぁ。もう…… あんた達は遊んでないで早く行くよ」
「はっはい!」
「私は別に…… 勝手に武器を使ったのはソフィアだし…… それにリックが……」
「うるさいな。いいから行くぞ!」
メリッサに注意され口を尖らせ、不満そうにしているアイリスを、引っ張り彼が泊まっている、宿へと向かうリック達だった。アイリスが泊まってる宿は木造りの二階建ての宿屋で、優しそうなおばちゃんがリック達を迎えてくれた。
「この宿のおかみさんで、一階の食堂で彼女が作る、山の幸を使った料理がすごい美味しくて名物なの!」
宿のカウンターに座るおばちゃんの前で、自慢げにアイリスがこの宿について説明している。おばちゃんは恥ずかしそうに笑っていた。
「もうやめとくれよ」
「ふふふ。あのねこの人達が……」
「そうかい。じゃあ食堂を使っとくれ」
「はーい。リック! こっちよ」
アイリスはリック達を宿の食堂へと連れて行く。食堂は白い壁の左右に、三席ずつの四人掛けテーブル席が並んでいる。リック達は入り口から一番奥にあるテーブル席に左右にチームごと分かれて座る……
「うん!? ソフィア! 壁に書いてあるメニューを見て食べたそうにしないの!」
「だって美味しそうです」
「もう…… あとでね」
席に座ろうとしたソフィアが、壁に書かれたメニューを見つめていた。リックとソフィアが隣あって座り、リックの向かいにはポロンとアイリスが並んで座っている。メリッサ達の席はイーノフとメリッサが隣り合って座りゴーンライトの隣にキラ君が座る。
「これがグラント王国で見つかった小さな銀色コインだよ」
「やった! ありがとう!」
リックが銀色コインの入った袋をアイリスに渡した。ニコッとアイリスが、ほほ笑んで手を伸ばし袋を受け取る。
「袋の中に小さな銀色コインは五十枚入ってるから、それでもう足りるだろ?」
「えっ!? 五十枚って?…… やだ! 足りないじゃない。もう…… しょうがない。いいわよ。足りない分はどうにか……」
「いやいや。アイリス。聖水晶の盾は五十枚でもらえるはずだろ?」
「リック? あなたは何言ってるの? 私は別に聖水晶の盾なんかほしくないし、もらわないよ」
「はぁぁぁぁ!?」
一瞬の静寂の後、アイリスの頭の上にいる、スラムンがちょっとだけやばいって目をした。さらに驚いた表情のメリッサとゴーンライトとイーノフがアイリスに視線を向けた。ポロンとソフィアまでも口をあけて驚いている。リックは心落ち着けた後、スラムンを一瞥しアイリスに問いかける。
「あっあのさ。俺達はアイリスが聖水晶の盾をもらうために一所懸命これをだな……」
「だーかーらー! 私が欲しいのは聖水晶の盾じゃないの」
「はぁ!? アイリス? 何を言ってるんだよ? お前が王様に伝説の防具がほしいって言うから…… 俺達は小さい銀色コインをグラント王国中から集めたんだぞ?」
「いやいや。私は目的の物があるから小さい銀色コインがほしいって王様に言っただけよ」
「ちょっ!? なんだそれ? ほんとなのか?」
「本当よ。きっと誰かが勝手に聖水晶の盾をもらうためって勘違いしただけでしょ? あっ! きっと私が王様に会った時に、横にいたロバートとかいうイケメンが勘違いしたんだわ。私に見とれたし!」
「いや…… ロバートさんがお前に見とれたのが勘違いだと思うぞ……」
首を横に振ったリック。ふとリックはアイリスの口からロバートの名前が出て変な気分になる。二人は兵士のリックよりも、王城に頻繁に行くので、顔を合わせていてもおかしくない。
「(いいなぁ。俺なんか防衛隊に居ても城の護衛は騎士団担当だから行ったこともないよ。王様にも遠くからしか見たことない。王様の変な娘とはよく任務するけど…… おっと! 違う違う。アイリスは何のために小さな銀色コインを集めさせたか聞かないと!)」
顔をアイリスに向けリックは改めてアイリスに問いかける。
「じゃあお前は何が欲しいんだよ?」
「フフフ…… このリストを見なさい!」
アイリスが俺に一枚の紙を見せてくる。そこには”マウンダ王国公式小さい銀色コイン交換リスト”と書いてあった。
一枚:ポーション
五枚:状態異常保護の聖水
十二枚:大戦士の服
十八枚:神秘の粉
二十五枚:ミラクルソード
二十八枚:神装の鎧
三十五枚:疾風の時計
五十枚:聖水晶の盾
六十五枚:きわどい危険な下着
七十枚:硬い金属スライムの鎧
リストには珍しいアイテムや装備品が記載されている。リックは上から順にリストを確かめていく……
「(まっ! まさか!? この七十枚でもらえる鎧が、聖水晶の盾より強力とかでそっちをもらおうと思ってるとか!? さすがアイリスだな。やっぱりちゃんと勇者やってるんだ)」
硬い金属スライムの鎧。リックはリストの最後にある装備を、アイリスが求めているのだと思い、感心しパアッと明るい顔になる。リックの顔を見たスラムンが、申し訳なそうな目を彼に向けている。
「アイリス? まさか…… お前はこれが……」
「そうよ。そのまさかよ!」
うなずいたアイリスは自信満々に笑いリストを指さした。そこは……
「そう…… 私が欲しいのは! 六十五枚でもらえる、きわどい危険な下着よ!」
「はぁ!?」
リックのあきれた声が食堂に響く。
「(期待して損した…… 所詮アイリスはこんな奴だ。長い付き合いなんだからすぐ気づけよ俺……)」
口を開いたままリックは呆然とアイリスの方を見ていた。ソフィアやイーノフとゴーンライトは呆れ、メリッサはアイリスを冷めた目で見ている。リック達の中で興味をしめしてるのはポロンくらいだった。リックはアイリスとエルザを、ポロンに近づけちゃいけないと強く誓う。
「えっ!? なにを驚いてるの? これすごいのよ。防御力が高いのに布の面積が少ない下着でね。お尻なんか丸見えになるから私の魅力で男の子達を悩殺……」
「あのなぁ。何をバカなことを?」
「なになに? 私がそんなきわどい下着つけたら心配? 大丈夫。上着とかでかくしてリックにしか見せないよ」
目をキラキラと輝かせて手をまるめてほっぺにつけて、恥ずかしそうにアイリスが上目で近づいてくる。メリッサの目がさらに鋭くなり、ソフィアがポロンの耳をふさぐ……
「そんな気遣いはいらねえよ。俺は別にお前の下着姿なんかみたくない。しかも下着の上から上着って…… 王都でそれをやったら騒乱罪で逮捕してやるからな!」
「何よ! リック嫌い!」
「だいたいこのリストもさぁ。伝説の防具を差し置いてなんでそんなの方が多くコイン必要なんだよ。ここの王様おかしいだろ!」
リックは強くリストを引っ張り破り捨てるのだった。肩で息をするリックだった。
「あっあの!? メリッサさん、僕達はもうコインをアイリスさんに渡したのでそろそろ……」
「はぁ…… そうだね。帰るか! みんな行くよ!」
ゴーンライトがメリッサに帰還をうながし、みんなが一斉にうなずき立ち上がった。
「ちょっとメリッサ姉さん?! みんななんで帰るのよ?! あなた達に頼みがあるから呼んだの」
帰ろうとしたリック達の前に手を広げて止めて来た。
「ここの村の近くの洞窟に盗賊団がいるのよ。そいつらがなんと小さい銀色コインを二十枚もってるって噂なの」
「はぁ…… それであたし達にどうしろと?」
「一緒に盗賊団を倒してください。そうすれば銀色コインで…… 下着が手に入るの。きゃぴ!」
「えっ!? アイリス……」
リックがあきれた顔しメリッサに視線を向けた。メリッサは目をつむり首を横に振って、残念そうな顔をアイリスに向ける。
「無理だよ。ごめんね。アイリス」
「なっなんでですか? メリッサ姉さん」
「あたしらはグラント王国の兵士だよ? ここはマウンダ王国だ。あたし達にその盗賊をどうこうできる権利はない」
「あっ……」
「メリッサの言う通りだよ。マウンダ王国とグラント王国に国交はないんだ。今回はコインを渡すためだけに滞在の許可をもらってるからね。正式にマウンダ王国から依頼でもない限り僕たちが何かをすれば国家間で問題になってしまう」
交流のないマウンダ王国では、いくら人助けとはリック達の行動は制限される。リックは勇者や冒険者とは違うただの兵士だ、仮にエルザのような立場であればまた違うだろうが……
「ごめんなさい。みなさん……」
「あっ! おかみさん! 大丈夫! 気にしないで!」
食堂の入り口から宿屋のおかみさんがアイリスの近くにやってきた。食堂の入り口に立っていて、中の様子を彼女は、探っていたのだろう。リック達が一斉に宿屋のおかみさんに目を向けた。おかみさんは泣きそうな顔をゆっくりと話し始めた。
「実は…… 盗賊団はこの村を荒らして村の娘たちを人質に取ってね。私がこの勇者様に助けてくれるように依頼したんだよ」
「えっ!? ちょっとどういうことですか? ここにいるマウンダ王国の兵士はどうしてるんですか?」
「そっそれが…… 数年前から小さい銀色コインの収集に取りつかれた王様は国のことなど放っておいてしまっていてね。外にいる兵士達もゴロツキのような連中で盗賊団と一緒になって村人を苦しめてるんだよ」
「ひどいです」
「このままじゃ、この村はおしまいだ…… うぅ……」
おかみさんは顔を手で覆い、泣き出してしまった。アイリスはおかみさんの肩に手をかけ、なぐさめながら一緒に泣きそうになっている。
「この村を襲ってる盗賊の親玉はすごく腕の立つ人らいいのよ。だからみんなの力が必要なの」
「アイリス……」
「お願いします。みんなの力を貸してこの村を救ってください」
アイリスの足元の床に、ぽたぽたとおかみさんの涙がこぼれている。リック達を重苦しい空気が包み沈黙が続く。しばらく考えていたメリッサがゆっくりと口を開く。
「それでも、ちょっとねぇ。今回はあたしらにはできない」
「うーん、メリッサに同意だ。さすがに難しいね。」
「僕も問題を起こして兵士をクビになったら奥さんと子供が……」
「アイリス…… ごめんなさい」
「ごめん」
「わたしはよくわかないけどみんなと同じなのだ」
顔をあげて涙目でアイリスはリック達を見つめた。潤んだ瞳は力強く全員を叱りつけているようだった。勇者として心に強く問いかけるようなアイリスの瞳からリック達はみんな一斉に逃れたくなり目をそらし黙りこむ。アイリスはリック達を一人ずつ睨みつけ沈黙を破る。
「もうみんな嫌い! いいもん。もう頼まない。私が何とかする。いこ! キラ君!」
「あっ! 待つズラ! みんなごめんズラ!」
キラ君の手を引っ張り、アイリスは行ってしまった。ソフィアがリックの横に来て、心配そうにアイリスの背中を見つめていた。