第162話 貧民街の魔物
辺りが暗くなり始める時間。
「さてここか……」
リックとソフィアとポロンの三人は、ある任務の為に、家の前に立っていた。家は王都グラディアの、第八区画にある貧民街の、外れに建てられている。家は人が誰も住んでいない、いわゆる空き家だ。つい最近まで人が住んでいており、空き家となって日が浅く、荒れされた様子はない。
「第八区画は貧民街とはいえ、教会があって施しが受けやすいのに、最近は空き家が増えているんだよな」
「エルザさん達の影響ですね」
「そうだね……」
自分のつぶやいた言葉に、ソフィアが笑顔で答え、不本意な様子でうなずくリックだった。グラディアでは、ジックザイルや騎士団の失態の影響から、王都から人が流出していた。流出した民は、ビーエルナイツが管理する、王国の北地域と東地域へ向かう。エルザ達は王都から流出した民に、住む場所と食料と仕事を与え、手厚く保護している。趣味走りすぎているだけで、エルザは王女としての責務と果たしていた。
「静かですね。本当にここに居るんですかねぇ?」
「そうだね。でも、目撃情報はここで間違いないから中を見てみよう」
「はい」
静かにたたずむ空き家の様子を、遠巻きに確認したリックは突入をすることにした。
「ポロンは武器の構えて俺と一緒に家へ入るよ。ソフィはは援護を頼む」
「はい」
「わかったのだ」
ソフィアともう一人の相棒であるポロンに指示をだすリック。彼は腰の剣を抜いて、気付かれないように、ハンマーを構えたポロンを連れ、慎重にゆっくりと空き家へと近づく。ソフィアは二人の後ろで弓に矢をつがえる。
「あっ! ダメだよ!」
ポロンが先頭を歩いていたリックより前に出た。
「俺の後ろに下がるんだ。ポロン!」
「大丈夫なのだ!」
「ダメ! もし通報通りなら中にいるのは凶暴な魔物なんだから」
「チェなのだ」
前に出過ぎたリックは強めにポロンに指示をだす。ポロンは不服そうに、渋々彼の後ろへと下がった。リック達はある魔物が目撃されたという通報で空き家にやってきた。空き家に踏み込んだ際、魔物が攻撃をしてこないとは限らない、リックは攻撃を受けることが得意な、自分が前に居る方が良いと考えたのだ。
リックは扉の前に行くと振り返った。
「じゃあ俺が扉を叩いてミノタウロスを追い出す」
ソフィアとポロンが頷いた。リック達はある場所から逃げ出して、この第六区画に侵入した魔物ミノタウロスを探していた。通報によると、騎士団がミノタウロスを物兵器に転用するため、捕獲し騎士団の施設で研究していたんだけど逃げられたという。リック達にとっては迷惑な話である。魔物はよほどことがない限り、人間の言う通りになることはない。それこそ人間と掛け合わせるとかしない限りは…… さすがのジックザイルでもそんな非道なことはしないと思われるが。
「よし行くぞ」
リックは空き家の扉を叩いた。ドンドンと言う音が周囲に鳴り響いた。それはノックではなく力強くドアを叩いて、わざと大きな音を立てていた。これは出動する前に、リックにメリッサがミノタウロスは、大きな音に反応すると伝えていたからだ。
「(犬や猫じゃあるまいし…… 本当にミノタウロスは反応するのかな。うん? ちょっと待て!)」
大きな影が扉に映り、リックが慌てて振り返った。リックの背後には、ポロンがハンマーを両手で持って振り上げて、ドアに向かって叩きつけようとしていた。
「わたしにまかせるのだ。どこうのだ! リック!」
「あっ、ポロン! ダメだよ! そんなので叩いたらドアどころか、家まで壊れちゃうよ!」
「どっかーーーーんなのだ!!!!!」
ハンマーを振り上げたまま、ポロンはリックの方を見てニッコリとほほ笑む。彼女が本気で扉をぶっ叩こうとしていると、気づいたリックは慌てて扉から離れようと横にそれた。
「ブホホホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「うわああああなのだ!!!」
叫び声して扉が急に開き、中から魔物が飛び出してきた。扉の前にいたポロンは、吹き飛ばされて尻もちをついた。慌ててソフィアがポロンの元に駆け寄る。
「ソフィア! ポロンは大丈夫?!」
「はい。ころんだだけみたいです」
「わたしは大丈夫なのだ! リック! あいつを捕まえるのだ!」
「わかった」
剣に手をかけたリックは、家から飛びしてきた魔物は、通報通りミノタウロス……
「うん!? なんか小さくないか?」
リックが驚いた様子で声をあげる。ミノタウロスは牛の頭に筋骨隆々な人間の体をした、最大で三メートル近くなる魔物だ。彼の目の前にいるは、全身が濃い茶色の毛に覆われて、頭から角が二本生え口から牙を生やした牛の顔をしたミノタウロスだが、リックよりも背が低く小柄な男性ほどの大きさしかなかった。小さいミノタウロスはおびえた表情でリックを見ている。
「もしかしてこいつ…… ミノタウロスの子供なのか。あっ! こら! 待て!」
ミノタウロスはリックに背を向けると、空き家の近くにある路地へと入っていってしまった。リックは慌ててミノタウロスを追いかける。走っているミノタウロスが路地の先の角を曲がった。角の先は行き止まりになっており、それを知っているリックは追い詰めたと安堵した。
「うわぁ! ちょっとなに!?」
小さい男の声が路地に聞こえた。ミノタウロスが逃げた先に誰かいるようだ。リックは急いで角を曲がると、幅三メートルほどの路地先でミノタウロスに壁際へと追い詰めらえた小さな人影とその背後に白い物体が見えた。
「あれは…… ハクハクとタンタンじゃないか! なんでいるの!」
ミノタウロスに壁際に追い詰められていたのはタンタンとハクハクだった。
「この一帯はミノタウロスが侵入してから担当の防衛隊に封鎖してもらったのに…… 何やってんだよ! もう!」
リックはハクハクをかばい、弓を構えるタンタンに声をかける。
「タンタン!」
「リックおにーちゃん! たっ助けてー! ハクハクの夕方の散歩をしていたら急にこいつが!」
逃げ出したミノタウロスが、タンタンに手を伸ばして近づいて行く。
「来るなー!」
叫びながらタンタンが矢を放つ。必死に弦を引くタンタンだが、彼が放つ矢はヒョロヒョロと飛び。矢が当たってもミノタウロスは涼しい顔をしていた。
「ガウガウー!」
唸り声をあげハクハクが走りだし、ミノタウロスの足にかみつく。ミノタウロスが必死に足を動かし、ハクハクを引き剥がそうとしていた。急いでハクハクを助けようと、剣に手をかけリックは、ミノタウロスへと向かう。
「えっ!?」
「ハクハクーーーーーーーーーーー!」
足にかみついたハクハクが、蹴飛ばされ放物線を描きながら、リックの後ろへと吹き飛んでいく。ミノタウロスは飛んでいく、ハクハクを一瞥してからタンタンへ向かって歩き出した。
「こっちだ! ミノタウロス!」
リックは声をだしてミノタウロスの注意を引いた。こちらに振り返ったミノタウロスは、歯をむき出しにしてリックを威嚇する。彼はいつものように剣先を下に向け構えてミノタウロスと対峙する。
「うがああああああああああああああああ!!!」
ミノタウロスは叫び声をあげながらリックを殴ろうと右拳を引く。
「遅い!」
殴りかかってきた、ミノタウロスの拳を、リックは左斜め前に足を出して、かわしミノタウロスの横へ。ミノタウロスとすれ違うように前にでてリックは剣を脇腹に向けて振り上げた。
リックの手に肉を切り裂く柔らかい手応えがする。そのままリックはミノタウロスとすれ違って背後へ回りこんだ。タンタンをかばうように彼を背中に隠しながら振り返ったリック。ミノタウロスのわきから血が流れているのが見えた。右脇腹を手で押さえ、ミノタウロスは膝をついてゆっくりと倒れた。
「ふぅ。これでしばらくは動けないだろ」
左肘を曲げ袖に刀身を挟み、添わせるようにして血を拭い、リックは剣を鞘に納める。
「リックおにーちゃん! やった!」
「大丈夫か? タンタン!」
「うっうん。でもハクハクが!」
「わかった。そこに居ろ!」
リックはタンタンを残し、ハクハクが吹き飛ばされた方へ駆けていく。
「ポロン…… よかった……」
ポロンがハクハクを抱きかかえ、ソフィアと一緒に歩いて来るのが見えた。リックを見つけたポロンとソフィアは駆け寄ってきた。
「リック、見るのだ。ハクハクなのだ!」
「おう。リック。吹き飛ばされた時にポロンが受け止めて助けてくれたのじゃ。いったいあれはなんじゃ?」
「ごめんね。ハクハク。あれはミノタウロスだよ」
リックはハクハクに事情を説明する。
「うあぁぁぁ、リックおにーちゃん!」
タンタンの悲鳴が聞こえた。
「どうした!? タンタン!」
「ふぇぇ!? タンタンさんもいるんですか?」
「うん。ハクハクとタンタンが一緒にいたんだよ」
「リック、ハクハクをお願いなのだ!」
ポロンはリックにハクハクを渡すと駆けだしていった。
「待って!」
ハクハクを抱きかかえ、リックはポロンの後を追いかける。ソフィアも二人に続いて走り出す。
「うわぁ来ないでー!」
タンタンの前にいたミノタウロスが立ち上がり、脇腹を押さえながらタンタンにゆっくりと近づいていく。
「どっかーんなのだ!」
「待て! ポロン! 殺しちゃダメ!」
リックがハンマーをかまえるポロンを制した。ミノタウロスは騎士団からの命令で、殺さず生け捕りにするように指示されていた。ポロンは振り上げたハンマーを、リックの言葉でとっさに横へ移動させ、地面をこするようにして水平に振りぬき、ミノタウロスの足をハンマーで軽く叩いた。
鈍い音がしてポロンのハンマー、に足を払われたミノタウロスが倒れた。飛び上がるようにして地面に強く頭をうった、ミノタウロスは倒れたまま動かなくなって痙攣している。
「ソフィア! ミノタウロスを回復して!」
「はい」
倒れているミノタウロスの回復をソフィアに指示するリックだった。彼女が回復してる間に、彼は道具袋から縄をだし、拘束する準備をする。泣きながら両手で、顔を押さえている、タンタンの前に、ポロンが立って頭を撫でる。
「もう大丈夫だから泣き止むのだ!」
「グス…… グス…… ありがとう。君は確かポロンちゃんだよね!?」
「そうなのだ。ポロンなのだ」
「リス耳…… かわいい!」
今度はタンタンが、撫で返そうとしているのか、ポロンに手を伸ばす。リックが縄を持ってその光景を睨むように見ていた。
「タンタン! 何をしてる!?」
「えっ!? べっ別に!」
慌てて両手をひっこめるタンタン、彼はポロンを撫でようとしたのではなく、抱き着こうとしていた。リックはタンタンの行動を見逃さなかった。リックは弟の愚行を、姉のミャンミャンに言いつけてやると心の中で誓う。
「リック。ミノタウロスさんの回復終わりますよ。縄で拘束をしてください」
「わかった。ありがとうソフィア」
ミノタウロスの近くに膝をついていた、ソフィアがリックに声をかける。リックはミノタウロスの手に縄を、かけようとミノタウロスの横で準備をする。
「誰!?」
リックのズボンを誰かが引っ張ったので振り返った。彼の裾を引っ張ったのはポロンだった。
「ポロン。どうした?」
「リック。このミノタウロスは子供なのだ。きっと親を探してるだけなのだ。だから逃がしてやるのだ」
「えっ!? ダメだよ。魔物なんだから! ちゃんと捕まえて……」
体のサイズからミノタウロスの子供であるのは間違いないだろう。大人のミノタウロスであれば、狭い空き家の扉を無傷で通るのは難しい。だが、いくら子供でも魔物を逃がす、後々問題があるので認められない。ポロンの要望に困った様子のリックだった。
「あっ! ならいい方法がありますよ。リック」
「いい方法? 何なのソフィア?」
「任せてください」
二人の話を聞いていたソフィアが何かを思いついたようだ。
「じゃあ行ってきます!」
「えっ!? ソフィア!?」
ソフィアはミノタウロスの治療が終わると、手を上にかざして転送魔法で、ミノタウロスと一緒にどこかに行ってしまった。しばらくするとソフィアがニコニコしながらリック達の元へと戻って来た。
「ソフィア、どこ行ってたの? ミノタウロスは?」
「マオ君さんのところに連れていきました」
「うん!? マオ君さんって…… リブルランドのブッシャーのところに?」
「はい。預かって親を探して悪さをしないようにさせるって言ってました」
「よかったのだ!」
ソフィアが得意げな表情をするのだった。ブッシャーとは少し前に訪れた、リブルランドにいる元魔王で、人間と魔物が一緒に生活する村を作っている。ブッシャーに任せておけばミノタウロスも安心だろう。ポロンが嬉しそうにほほ笑んだ。タンタンがポロンに近づいてくる。
「うまくいったみたいだね。よかった。ポロンちゃん!」
「タンタンもありがとうなのだ」
笑顔で嬉しそうにする、ポロンにタンタンが近づく。
「あの! タンタン、ポロンから離れてくれるかい?」
「えっ…… だってリス耳かわいいから……」
「うん。かわいいのはわかるけど…… お姉ちゃんとココに言いつけるよ?」
「クッ!」
悔しそうにタンタンは眉間にシワを寄せリックを睨む。タンタンは頭を撫でようとしつつポロンの肩を抱こうとしたのをリックは見逃さなかったのだ。
「(頭をなでるくらいならまだしもなんでタンタンは…… まったくポロンはかわいいからな。悪い男が近付かないようにしないと……)」
リックはかわいくタンタンに微笑むポロンを見て勝手な決意をするのだった。こうしてミノタウロス騒動は、ブッシャーに預けるという方法で解決した。
リック達は騎士団にミノタウロスの追跡に失敗し、王都の外に逃げられたと報告しておいた。カルロスにミノタウロスは、ブッシャーのところに逃がしたことを報告した。報告を聞いたカルロスは少し困った顔で深くため息をついた。
その後、騎士団からの正式な発表は、王都に侵入した魔物を、リック達が取り逃がしたことになった。特にリック達に何か罰があるわけでもなかった。だいたい騎士団の失敗は、防衛隊の責任になるのが当然で、しいて罰というなら防衛隊が冷たい目を国民から向けられるくらいだった。
騒動から二日ほどたった頃。リックとソフィアとポロンの、三人は見回りをして詰め所に戻ってきた。詰め所に入るとリックの席に誰かが座っている。帰ってきたリック達を見てカルロスが声をかけてきた。
「リック。お前さんにお客さんだぞ!」
「俺にお客? あれ? タンタン! どうしたの?」
「リックおにいちゃん! あのね。ちょっと相談があるんだ!」
リックの席に座っていたのはタンタンでリックに相談があるという。
「(相談? タンタンが俺に? まさかポロンが好きだとか、ポロンをくださいとか言いにきたのか!? 許さんぞ! だいたい冒険者なんて危険な仕事の男にポロンは任せて…… 待て!)」
タンタンを冷たい目で見ていたリックだが落ち付くために胸に手を当てる。ちなみに、リックは保護者になったつもりで、タンタンに文句を言っているが、彼はポロンにとって同僚でただの同居人なだけで、本当の保護者はウッドランド村のプッコマという防衛隊の隊長である。
タンタンがリックの前に来て頭を下げた。
「相談ってなに?」
「うん…… リックおにーちゃんにお願いがあってきたの」
「お願いって?」
「あっあのね。僕にあう武器を一緒に考えてほしいんだ!」
「えっ!? 武器? タンタンは弓を持ってるじゃないか!?」
「そっそれが……」
ゆっくりとタンタンが話を始めた。瘴気調査でシーリカが冒険者になってから、彼女と一緒に冒険することが多くなった。ミャンミャンと二人の頃は戦闘になるとミャンミャンが鎌で戦い、タンタンが弓で遠くから援護するという役割だった。しかし、今ではミャンミャンが鎌で近接攻撃を担当し、シーリカが回復や魔法で遠距離から支援や攻撃を担当するようになってしまった。しかも二人からはタンタンは、下がっているように言われることが多くなった。
タンタンはパーティの中で戦闘に参加することが少なくなっているという。
「つまり、今はタンタンは居場所がないって訳か……」
「うっうん。お姉ちゃんもシーリカお姉ちゃんと、どうやって連携するかばっかりで僕のことなんかどうでもいいみたい」
「いや。そんなことないと思うよ」
「わかってるよ。でも…… お姉ちゃんは鎌を使ってどんどん強くなってるし、シーリカお姉ちゃんは元々の魔力が強いから…… 僕は弓しか使えないのに子供のミノタウロスにも弾かれちゃう……」
「そっか。でも、急に言われてもな……」
難しそうな顔で黙るリックをみつめる、タンタンの顔は段々と、泣きそうな顔に変わっていく。黙って考えているリックに、ついにタンタンは泣き出してしまうのだった。
「うわーん! 僕にも使える武器がほしいよ!」
「あっ! リック! タンタンをいじめちゃダメなのだ!」
ポロンがリックに向かって顔を近づけて怒った顔をしてくる。
「はぁ…… しょうがないな。うん!? おい! タンタン!」
泣きながらポロンに抱き着こうとしたタンタンを止めるリック。隙あらばポロンを触ろうとする、タンタンにリックは、二人の間に入って少し距離をとらせた。
「睨むんじゃない! 相談に乗ってやらないぞ!」
「いじめちゃダメなのだ」
「わかった。わかった…… はぁ…… しかしタンタンに合う武器ねぇ。とりあえず色々と試してみるか」
「本当? やった!」
リックはタンタンを連れ、詰め所の近所にある訓練場へ向かうのだった。