第160話 反逆者
エルザ達は引き続きノゾムラの部屋を捜索していた。リック達は捜索が終わるまで、月人の店舗で待機をしている。
「うん!? どうしたの、ポロン?」
リックの足元にポロンが、やってきて彼のズボンのすそを引っ張ってきた。リックがしゃがむとポロンが口を開く。
「リック! わたしはまだポテトフライを食べてないのだ!」
「えぇ!? もう…… そっか。食べたい?」
「食べたいのだー!」
「ふぅ…… わかったよ。ちょっと待ってね。さっき用意したのがあるからすぐに……」
リックはキッチンに戻り、ポテトフライを作り戻って来た。彼は客席に座っていた、ポロンの前にポテトフライを置く。
「はいよ。お待たせ! このケチャップってやつをつけると、美味しいんだって!」
ポテトフライと一緒にトレイに乗せて持って来た、ケチャップをテーブルの上にリックが置く。ポロンは目の前に置かれた、揚げたてで湯気がたつ、ポテトフライを見て両手を上げて喜ぶ。
「やったのだ!」
「ポロンだけずるいです」
「いっぱいあるから二人でわけなよ。ねぇポロン、ソフィアと半分こできる?」
「いいのだ! ソフィアと半分こなのだ!」
「ありがとうです」
近くの棚に置かれた小皿を持ってきて、ポロンはソフィアにポテトフライを分けていた。
「よし。いい子だね。ポロンは!」
「やったのだ」
リックはポロンを褒めて頭を撫でる。ポロンはリックに撫でられ、気持ちよさそうに耳をたたむ。
「えっ!? もう……」
ポロンを撫でているリックに、スッとソフィアが頭を出してきた。リックは少し驚いたが彼女の頭も撫でる。メリッサとイーノフとゴーンライトは呆れ、三人の冷たい視線がリックに向けられる。
「リック! まったく…… すぐそうやって甘やかすんじゃないよ!」
「だっだって、ポロンが腹を空かしてたらかわいそうじゃないですか!」
「はぁ…… あんたは……ソフィアにもポロンにも甘いんだから!」
「そんなことないですよ!」
メリッサには信じられないかもしれないが、リックは二人には毅然とした態度で、接していると思っている。まぁどう見ても甘やかしているのだが……
「あっ! もう…… ポロン。ダメだよ」
「ありがとうなのだ」
口の周りがケチャップだらけになったポロン。ハンカチを取り出してポロンの口を拭う。メリッサはポロンの口を拭くリックを見てため息をつき首を横に振るのだった。首を横に振るメリッサの脇で、笑顔でポロンとソフィアは、ポテトフライを食べるのだった。
しばらくしてエルザ達がノゾムラの部屋から引き上げてきた。ロバートとリーナと騎士達は、そのまま外へ向かいエルザだけリック達の前に来た。
「皆さん。ご協力ありがとうございます。ノゾムラとヴィーセルの繋がりを示す証拠を手に入れました」
「それじゃあ。いよいよだね」
「はい! 準備ができ次第出撃です!」
「わかったよ。それでシーサイドウォールの城にどうやって入るんだい?」
「いまヴィーセルが城に居ることはわかってます。正面から乗り込みます」
「正面からって? 大丈夫なのかい?」
「平気ですわよ」
不敵に笑うエルザにシェリルが駆け寄ってきた。
「エルザ氏ーーー! 町の出入口と港の封鎖が完了したでござるよ。部隊の準備ももうすぐできるでござるよ」
「ありがとう。みなさん外へ行きましょう」
リック達はエルザに促されてノゾムーンの本店から外へ向かうのだった。
外に出るとビーエルナイツ達が出撃の準備をしていた。ビーエルナイツ達が馬車から、次々にクロスボウを受けとって、背負ってエルザさんの前に整列する。
「あっあんた達のその武器は? クロスボウかい?」
「そうですわ。これなら弓と違って簡単に扱えますからね」
「さすがビーエルナイツさんです」
整列するビーエルナイツは皆、台座に弓を寝かせて付けた武器、クロスボウを装備していた。矢を装填するのに時間がかかるが、引き金を引くことで、矢が簡単に撃てるクロスボウは弓よりも訓練も容易だ。
ソフィアが驚いている様子から分かるように、グラント王国では普通の弓と比べて、クロスボウは値段がかなり高く防衛隊では支給されない。
「エルザ。準備完了したぞ」
「出撃よ!」
エルザがシーサイドウォール城を指して指示をだした。彼女を先頭にし、横にリーナさんとロバートさんが並び、その後ろをリック達とビーエルナイツが続いて城を目指す。
「初めて出撃した時は百人もいなかったのに……」
リックがチラッと目を後ろにむけつぶやく。通りを第四防衛隊と、数百人のビーエルナイツと行軍している。町の外でには予備兵力が千人ほどが待機している。また、これだけの人数を出撃させても、北の地域には防衛に充分な人員が配備されていた。エルザはローザリア帝国と接する、北の国境の砦や城を整備して、団員も多く雇い総兵力は三万を超えさらに増え続けている。
「止まれー!」
エルザの号令で皆が止まった。彼女らの前には、堀に囲まれた立派な城門を備えた白と屋根が青い大きな城が見える。旧王都の城だけあって古くても気品があり立派な城である。
固く閉じられた城門の上から、兵士達が顔をだして様子をうかがっている。城門と堀をつなぐ橋の前で、エルザを中心にビーエルナイツが横に並ぶ。ゆっくりとロバートを従えエルザが前に出て、城門のすぐ手前まで行き兵士に声を語り掛ける。
「我々はビーイングエルザ騎士団である。シーサイドウォール城主ヴィーセル様に謁見を願います」
「申し訳ありませんが、ヴィーセル様は予定にない謁見は拒否を……」
「では、力ずくで押し入りますわね」
エルザさんが手をあげると、一斉にビーエルナイツ達が、クロスボウを構えた。城門の前にいる兵士達は、驚き慌ててエルザを止める。
「まっ待て! 待ってくれ! 今すぐ確認に……」
「待てません。我々はある任務の為に行動中です。グラント国王より我々に逆らう者の排除の許可をいただいておりますのよ…… たとえ王族であってもね」
「わっわかりました。おい! 城門を開けろ!」
「みなさん。行きますよ。ロバート、リーナ! 城内をすぐに制圧しなさい」
「はっ! 皆私に続け!」
城門が開かれると、ロバートの指示で、ビーエルナイツが城内になだれ込んでいく。
「みなさんは私と一緒にこちらへ」
エルザの先導でリック達は城内に入った。城門をくぐると、幅広い廊下があり、正面にすぐ大きな扉が見える。廊下には装飾された壺や壁には絵画が飾られていた。
「謁見の間はこの大きな扉のむこうですわ」
先行していたビーエルナイツが、左右に分かれ両開きの大きな扉を開けた。扉の先はエルザの言った通り謁見の前で、細長ない部屋の一番奥が壇上になり玉座が置かれている。
壇上にはきらびやかな玉座に、ローブを着た初老の男が杖を持って座っていた。彼が現国王の叔父にあたるヴィーセルだ。シワの刻まれた細い目でヴィーセルは、リック達を睨み付けていた。リック達はエルザと一緒にヴィーセルの前に歩いていくと、壇上の少し前でヴィーセルがリック達に向かって叫ぶ。
「何者だ!? 貴様らは? 我が城で騒ぎを起こすなど! 私を誰だと思っている!?」
「私達はビーイングエルザ騎士団……」
「ビーイングエルザ騎士団…… 女子供のお遊び騎士団が何の用だ? お前たちは北の守備担当だろ?」
「フフ。私達は北の守備以外にも仕事がありますのよ。ヴィーセル・グラント! あなたを異世界人と手を取り王国に反旗を翻そうとした反逆未遂の罪で逮捕します」
「はっ!? 私が異世界人と手を組んでグラント王国に反旗を翻すと? 何をバカな!?」
「では、否定されると?」
「当たり前だ! 証拠を出せ証拠を!」
バサッと言う音がして、エルザが書類の束を取り出して、ヴィーセルに見えるように前にだした。
「なっ!? そっ、それは!?」
「あなたが、ノゾムラへ払った金とノゾムラへ注文した異世界の道具リストですわ。さらにあなたがノゾムラを呼び出したという記録が書かれた物までありますわよ」
「きっ貴様! おい! 誰か!? こいつらを!」
「無駄ですわよ。城内はすでに我がビーエルナイツが制圧しておりますわ」
「クッ! クソ!」
観念したのか、玉座でうなだれているヴィーセル。しかし、すぐにうつむいた、彼はニヤリと笑う。
「だが…… 残念だったな。ビーエルナイツよ!」
顔を上げたヴィーセルが手を叩く。ヴィーセルの後ろから火柱が上がった。炎の中から赤いうろこに覆われた、トカゲの顔を持つ人間のような上半身で、下半身は蛇のようにな剣を二本持つ魔物が現れた。
「あっあれは?」
「火の聖霊サラマンダーですよ! リックさん!」
「えっ!? エルザさん。下がってください!」
エルザを下がらせようとするリックが右手を彼女に伸ばした。炎をまとったサラマンダーが、エルザに向かって口を開いて叫ぶ。
「死ねええ!!!」
「クソ!」
赤い光が謁見の間を照らす。リックは慌てて駆け出し、エルザの背中へと迫っていく。
「ごめんなさい」
「キャッ!」
リックはエルザを背中から、押し倒して覆いかぶさった。直後に前から飛んで来た炎が、リックの背中の上を通過していく。炎はサラマンダーの口から噴き出されものだ。背中から首あたりが熱くリックの顔が苦痛に歪む。メリッサがゴーンライトに指示を出す。
「ゴーンライト! 炎を防ぐんだよ」
「はい! 必殺! 最終防御!」
盾を二枚に重ね、ゴーンライトが構えると、リックとエルザさんの前に石の壁が現れた。ゴーンライトが出した石の壁が炎を防ぐ。リックは炎を消えるとエルザからどいて立ち上がる。
「大丈夫ですか? エルザさん?」
「うっうん。ありがとう」
リックはエルザに手を伸ばした。エルザはリックに手を引かれ起こされるのだった。二人の元にメリッサ、イーノフ、ポロン、ソフィアが駆け寄って来た。
「メリッサさん、イーノフさん! あいつは俺達がやります。エルザさんをお願いします」
「あいよ」
メリッサとイーノフにエルザを任せたリックは、ポロンとソフィアと顔を見合せる。
「ポロン、ソフィア、行くよ!」
「はい!」
「エルザさんをいじめたやつをどっかんしてやるのだ!」
うなずいたソフィアとポロンが戦闘体勢をとった。リックも腰にさしている剣を抜く。メリッサと合流した、ゴーンライトが構えをとくと作った壁がゆっくりと消えていく。壁が消えてサラマンダーの、感情のない冷たい目が、リックを見つめているの見えて来る。
「来る……」
剣先を下にして構えるリックに向かってサラマンダーが炎を吐き出した。うなりあげ激しく燃え上がった炎がリックに迫って来る。じりじりとリックの肌が焼けるように熱くなっていく。
「これなら…… いける!」
ジッと炎を見ていたリックが笑った、彼は迫って来る炎にタイミングを合わせて剣を振りあげた。炎が剣で切り裂かれ、縦に割れながら消えていく。
「馬鹿な!? 人間ごときがわれの炎を……」
サラマンダーは大きく目を見開き声をあげ、リックが炎を消したのに驚愕していた。リックはサラマンダーの様子を見てニヤリと笑った。
「今だ! 行けー! ポロン!」
「行くのだー!」
ポロンがどんぐりの形のハンマーを、構えてサラマンダーに向かっていく。気づいたサラマンダーが、ポロンに剣で振りかざし斬りかかる。
「えい!」
ソフィアがポロンを援護するたま、サラマンダーに向けて矢を放つ。ポロンに斬りかかろうと、振りかざしたサラマンダーの剣を持つ手に、ソフィアが放った矢が正確に突き刺った。矢が手を貫通し、サラマンダーが持った剣が、床に落ちて音を立てる。
「どっかーんなのだ!」
飛び上がったポロンが、どんぐりの形をしたハンマーを横から、サラマンダーの顔に叩きつけた。グニュウとサラマンダーの顔が、ひしゃげハンマーがめり込んだ。
「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
サラマンダーの小さな断末魔が城内に響いた。頭を瞬時に潰されて力なく、ストンと落ちるように謁見の間にサラマンダーが倒れた。ヴィーセルはその姿を見て玉座に座ったまま呆然としていた。
「バッバカな! サラマンダーが簡単に……」
エルザがヴィーセルに近づいて剣を抜いた。おびえたような表情を浮かべる、ヴィーセルの前にエルザが剣を突きつける。
「叔父様…… 観念してください」
「おっお前は…… まさか…… そんな…… 飾りの王女のくせに……」
驚愕の表情をしてゆっくりと、ヴィーセルは立ち上がった。エルザは剣をヴィーセルに向けたまま、身を横にして彼を通す。そのままヴィーセルは崩れるように壇上から転げ落ちていった。
「立て! 逮捕だよ」
すぐにメリッサがヴィーセルに駆け寄って縄で縛り付けていた。その様子を見ながらエルザさんは少し悲しそうな顔をした。メリッサはヴィーセルを立たせてビーエルナイツへと引き渡した。静かにヴィーセルは謁見の間から連れ出されていった。
「大変だ!」
ヴィーセルと入れ替わるように、リーナとロバートが慌てた様子で、謁見の間へと走って入って来た。二人はエルザの前へと駆けて来た。
「エルザ! ルプアナのグレーデンが逃げた!」
「なっなんですって?」
「あぁ。私達がこっちにかかりっきりになっている隙をつかれて……」
ロバートの話によると、王都へ日本酒を持ち込んだ件が、発覚後はヴィーセルに感づかれないように、グレーデンを監視して泳がしていたいう。今日、ヴィーセルと一緒に拘束しようとした。しかし、突如現れた精霊にビーエルナイツが、邪魔されて船での逃亡を許したという。
「精霊!? こっちにもサラマンダーがいたわ」
「ヴィーセルを精霊で守らせたのもグレーデンらしい」
「どういうこと?」
「つまり…… 黒幕はヴィーセルじゃなくて…… グレーデンだということだ。しかもグレーデンに協力してる精霊使いの異世界人がいるらしい」
「なんですって? まさか!?」
グレーデンが逃亡する際に、異世界人が精霊を使って、助けていたのを複数の人間が目撃していた。ロバートの話によると、グレーデンについている異世界人が、ノゾムラを呼び出すことを提案したらしい。グレーデンがどうやって異世界人と知り合ったかは不明だという。
ロバートさんの話を聞きながら、エルザが悔しそうな顔をした。
「グレーデンめ…… ロバート! いくら費用がかかっても構わないわ。グレーデンの行方と協力してる異世界人の情報を集めなさい」
「はっはい!」
厳しい顔でエルザがロバートに指示をだしていた。ロバートは指示を受け走って謁見の間を出ていった。エルザの横にはリーナが立ち彼女に優しく微笑む。
「お疲れさまでした。帰りましょう」
「えぇ。王国東地域の反逆計画はとりあえず終息ね」
リーナの顔を見て、少し安心した表情をするエルザ。異世界人を使い、王国への反逆を企てた、ヴィーセル達の企みは一応解決した。リック達は詰め所に引き上げるため、エルザ達と一緒と堀にかかる橋まで戻って来た。
「くそう! あのセイレーンめ! 私に別に異世界人がいることも黒幕がグレーデンとも言わなかったな。なかなかやるな。面白い! でも、そんなことしたらどうなるか。覚えてろよ! 今日はいろいろと……」
橋の側でロバートが悔しそうにつぶやいている。リックが横を通るとロバートが気付いて近づい来た。
「リック! なんで!? サラマンダーを殺してしまったんだ!? せっかく私が……」
「えっ!?」
ロバートがリックに詰め寄ってきていた。エルザがロバートの肩に手を置いた。
「もう…… とりあえず解決したんだからいいじゃない」
「そうですよ。まだセイレーンがいるじゃないですか」
「うぅ…… まぁそうだな」
エルザとリーナに慰められながら、ロバートは残念そうに引き上げていった。こうして異世界人を利用した、王国東地域のヴィーセルの反乱計画は未然に防がれたのであった。