第158話 たった二日で
翌日もリック達は、シーサイドウォールの月人へ出勤した。今日は月人が開店日となる。
「はぁ…… 俺達は朝から呼び出されたけど営業は午後からなんだよなぁ……」
営業が始まるかなり前、早朝から呼び出された、リック達は昨日新人研修を受けた三階の部屋で、研修や勉強会を受けさせられる。
「はぁ面倒くさいな……」
ぶつぶつと文句をいいながらリックは、机に座って書類を書いている。
「そこ! さっさとやって」
部屋の前で監視していたタナカがリックを指して叫ぶ。店が始まるまでに、研修と勉強会の報告書をタナカが、提出しないといけないため彼は焦っているようだ。
「クイ」
「わかったよ。じゃあ昨日と同じように…… って! 投げるの早いよ!」
タナカの顔面に椅子がめり込んで倒れた。結局、新人研修の時と同じでメリッサが耐え切れなくなり、イーノフの幻惑魔法でごまかすのだった。新人研修や勉強会をリック達以外も、タナカや主任などの異世界の人にも行っているようだ。その事実も証拠になると、イーノフが記録に残す。
「ふぅ…… 大丈夫ですかね」
「どうだろうねぇ。流されやすいからねぇ。あいつ……」
心配そうにリックとメリッサは上を向く。二人が気にしているのは、ゴーンライトだった。今朝、出勤すると彼だけは特別研修と言われて、ノゾムラに別の場所へと連れて行かれていた。
しばらくすると、静かに扉が開いて、ゴーンライトが戻って来た。
「ただいまです」
「大丈夫かい? 何かされたのかい?」
「いえ! 普通に皆さんと同じ研修を受けただけですよ」
「えっ!? そっそうかい……」
元気に首を振った笑うゴーンライト、妙に明るい彼にメリッサは驚き逆に不安になるのだった。
「それよりも! 外にお客さんいっぱいですよ」
「本当だ」
ゴーンライトが窓の外を指さしリックが覗き込んだ。店は始まってないのに、外には待っている客が何人もいた。異世界人の店ができることを、王様が許可したと、ヴィーセルが発表しシーサイドウォール中の話題となっていたのだ。
開店時間になると、ノゾムラが店の前に立って、待っている客に頭を下げた。
「おまたせいたしました。異世界居酒屋月人の開店です! いらっしゃいませー!」
続々と客が入ってきて、あっと言う間に席の半分ほどが埋まった。必死に駆けずり回って、メリッサ達が接客する。
「ふぅ! 大変だ!」
汗を拭きながら作業台を見渡すリック。多数の食材と器を見渡しながら、脇にはマニュアルを手に取った。昨日から、研修を何度か受けたが調理はマニュアルを見ただけで碌に練習はしてない。しかも、主任やノゾムラといった、異世界人は誰も手伝ってくれない。渡されたマニュアルを見ながら、ゴーンライトとリックの二人だけで料理を作っているのだ。
「鳥の串焼き盛り合わせと軟骨の揚げをお願いしますです」
「えっ!? わかったよ!」
「こっちは刺身の盛り合わせとポテトフライだよ」
「はっはい! わかりました」
ひっきりなしに注文が入り、客の注文を書いた紙を、ソフィアとメリッサが次々に持って戻ってくる。
「大丈夫ですよ。任せて下さい」
「ゴーンライトさん!」
たくさん入る注文にリックが、困惑しているとゴーンライトが、声をかけて胸を張っている。元料理人のゴーンライトは慣れた様子で、マニュアルを見ながら料理を器用に作っていくのだった。
店は昼から始まり、夜になっても営業は続き、リックとゴーンライトは休みなく、料理を作り続けていた。
「はぁはぁ。おかしい…… 俺達の休憩もないし…… もう勤務の交代時間なのに誰も来ない……」
息を切らしながら、料理を作り続けるリックとゴーンライト、彼らは半日近く立ちっぱなしで作業をし続けていた。さすがのリックも休憩なしで半日は少し疲れて来ていた。
「あの? 二人とも料理が遅いですよ。早くしてください」
料理が遅れ始めると、昨日からリック達を、ほったらかしにしていた主任と、ノゾムラがやれやれといった顔をしてキッチンに入って来た。リックは彼らが自分達と交代してくれるのかと期待する。しかし、リック達を無視して、主任は注文を確かめると、淡々と料理を作り始める
ノゾムラはキッチンの後ろに立って、明らかに不機嫌な顔で腕を組み様子を見ている。
「あっあの? 主任。僕達はいつ休めば? それにもう勤務も終わりですよ」
ゴーンライトさんは主任に近づいて、顔を伺いながらおそるおそるたずねた。主任はめんどくさそうに、ゴーンライトを睨みとぼけた表情する。
「えっ? 勤務はお客様がいなくなるなるまでですよ。それに休憩なんかありません」
「でっでも? 僕たちは……」
「いいからさっさと働いて! くだらないことはもう聞かないで!」
ゴーンライトの言葉を遮って、主任は一心不乱に料理を作り始めた。
「ゴーンライトさん! ちょっと来てくれるかな?」
「えっ!? はっはい。すいません。リックさんお願いします」
「あっ。はい!」
主任とのやり取りを見ていてノゾムラが、ゴーンライトだけを呼び出した。ゴーンライトはノゾムラに、連れられてキッチンを出ていった。リックはその様子を見つめている。
「こら! 手を止めるな。早く働け」
「はっはい」
リックは主任に注意され、仕事に戻らされてしまった。しばらくしてゴーンライトが戻ってきた。
「おかえりなさ…… えっ!?」
戻ってきたゴーンライトは主任と同じで一心不乱に料理を作りだした。口元緩ませ半笑いでしゃかりきに動く、ゴーンライトにリックは慌てて声をかける。
「どっどうしたんですか?」
「ほら。リックさん! 手を休めちゃダメですよ! お客様の為ですよ! 働いてください!」
「はっはぁ……」
やる気に満ち溢れた様子で、ゴーンライトはリックに料理するように注意した。リックはゴーンライトを不審に思いながらもやる気に押され料理に戻った。
休憩もなく夜中まで働いたリック達は、閉店となってようやく帰宅するように言われた。皆、疲れ切った表情で詰め所へと戻った。もう辺りは真っ暗で人通りもなく寂しい。
「おぉ。帰ってきたか」
「大丈夫? 予定よりかなり遅いじゃない」
詰め所に入ると、カルロスとエルザがリック達に声をかけてきた。ポロンは椅子に座ったまま、エルザに膝を枕に寝ていた。
「疲れました!」
「あいつら…… 人をこき使いやがって!」
「休憩も取れなかったもんねぇ」
「俺達もですよ…… あれ!?」
リックが横に居るゴーンライトに話をふったが、彼はうつむいたまま動かない。小さな声でゴーンライトが何かをつぶやきだした。
「は…… た…… なきゃ……」
「うん? ゴーンライトさん? どうしたんですか?」
「あっ!? いやなんでもありません」
首を振ったゴーンライトは、目にクマができ疲れた顔をしていた。半日も休まずはたいたので相当疲れたようだ。カルロスにイーノフが詳細を報告をする。エルザもイーノフの報告を聞こうと、ポロンの頭を優しく置いて立ち上がった。
「あっ! リックとソフィアが帰って来たのだ!」
「あら? ポロンちゃん起きちゃった。ごめんね。ほら、リックとソフィア帰ってきたよ」
「よかったのだ!」
エルザは座り直し、目覚めたポロンに優しく微笑んで、リックとソフィアが帰ってきたことを伝えた。
「ポロンは先に帰ってても良かったのに」
「いやなのだ! 今日は一緒に帰りたかったのだ」
「遅くなってごめんなさい。ポロン」
「いいのだ! エルザさんが一緒に居てくれたのだ!」
「そうよね。一緒だったもんね。それにポロンちゃんは偉かったのよ」
「エルザさん、ありがとうございます」
「あっ気にしないで、いいのよ。私もカードゲームとかしてたし、それにあなた達の報告を聞きたかったしね」
エルザはポロンの頭を優しく撫でて、立ち上がりカルロスの机へと向かう。ポロンの横にはエルザに変わりソフィアが座った。真剣な表情で、エルザはカルロスと一緒に、イーノフから報告を聞いていた。
「みなさん。ありがとうございます。夜中までの強制と思われる労働をさせて食事も取らせない。これなら違法行為として責められるわ」
「では!? いよいよ異世界人の逮捕ですか」
「うーん。本当は誰が彼らを召喚したのかその目的まで探りたかったのですが……」
「あっあの! その召喚した人間なんですけど、じっ実は……」
ゴーンライトが立ち上がって、カルロスの席に向かい、にゆっくりと話し始めた。ゴーンライトの話によると、一人だけ彼がノゾムラに呼ばれた時に、ノゾムラから王家の家紋が入った手紙を見せられたという。
「手紙には…… ヴィーセル様のサインが書いてありました」
「なっなんですって! ゴーンライトさん。もっと詳しく教えていただいてもよろしいですか!?」
「そっそれが、詳しい内容まではわからないのですが、チラッと見えた内容だと異世界から鋼鉄でできた船と空を飛べる物を購入するらしいです」
「なっなんだい? そりゃ!? ゴーンライト! 変なこと言うんじゃないよ!」
「メリッサさん。実は私も姫様が勇者カズユキから、異世界では鋼鉄の機械と呼ばれる物が海や空で動いていると言っていたと聞いたことがあります」
エルザはアナスタシアとして、勇者カズユキに近づいた際に異世界の話を聞かされていた。ヴィーセルが購入しようとしているのは、船や飛行機を言った現代の機械、もっと詳しく言えば戦車や戦闘機などの現代兵器だった。
「おそらくヴィーセルはそれらを使って、シーサイドウォールからグラント王国に反乱を起こす気なのでしょう」
「なるほどね。シーサイドウォールだけじゃなく、ルプアナやザパパンにもノゾムーンが店をだしているのは一緒に反乱に参加するため……」
「ヴィーセルとルプアナの町長グレーデンの父親は古くからの友人ですからね。二人は王国の東地域ではかなり影響力がありますから」
エルザの話を聞いていたリックがとあることに気付く。彼らが第六防衛隊と踏み込んだ屋敷は王都のグレーデン邸だ。
「あれ!? じゃあこの間の王都のグレーデン邸の捜査って今回の件と関係が……」
「えぇ。あるわよ。あのお酒は異世界の酒、日本酒といわれるものでですわ。グレーデンは月人の王都進出の為に邸宅の地下を倉庫として貸しているみたいですの」
「通りで飲みなれない味がすると思ったよ。変な味したしね。ねぇ?! ゴーンライト?」
「いえ…… 僕は味なんか覚えてないです……」
メリッサに冷たい視線を向けるリック、彼は変な味がする酒を、ぐびぐび飲まないでくださいと、心の中でメリッサにつっこむのだった。しかし、なぜ第六防衛隊に全て引き継いだ事件をエルザが知っているのだろうか。リックはエルザに尋ねる。
「なんでエルザさんがグレーデン邸の捜査のことを? しかも残ったお酒だって第六防衛隊が押収したはずじゃ……」
「あぁ。実はヴィーセルとグレーデンの関係を調べて、第六防衛隊に依頼したのは私達なのよ。しかもあの事件まだ捜査してるのよ。ロバートがセイレーンを締め上げてね」
エルザによると今ロバートが、捕まえたセイレーンの尋問を、喜んでやっているという。精霊を尋問するのに目覚めたたお、自慢げにロバートはエルザに話しているという。なので今回の件でロバートは、王都までは来ているのだが、王都に来ると牢屋に直行しているので顔をださないという。話を聞いたリックは、ロバートの行動が、エルザに近づいている気がして心配する。
「じゃあ、これでヴィーセルが今回の異世界人召喚に関わっている可能性が高そうだし。明日さっそく店舗に踏み込むわよ」
力強くエルザが拳を握り、明日の店舗に踏み込むと宣言した。
「でも…… 急に踏み込むなんてできるんですか?」
「大丈夫よ。いつでも踏み込めるように準備はしてあるわ。明日は私達ビーエルナイツが月人に客として訪れます。作戦は帰ってロバートと打ち合わせしますから詳細は明日の朝お話ししますね」
「今から作戦の打ち合わせって…… もう夜中ですよ?」
「大丈夫よ。それに急がないと異世界から鋼鉄の機械が持ち込まれたら対処ができなくなるわ。じゃあ、みなさん! また明日!」
そういうとエルザは急いで詰め所を出て行った。もうすぐ真夜中なのに精力的に、働くエルザをリックは心配するのだった。
「どうした?」
ポロンが慌ててリックの足元に来て、エルザが帰っていくのを見つめている。
「うぅ…… エルザさんいっちゃったのだ。わたし…… ちゃんとバイバイしたかったのだ」
「そっか。ポロンはエルザさん好きなんだね」
「うん。きれいで優しい人なのだ!」
顔をあげ笑顔で答えるポロンだった。リックは思わず確かにエルザは、見た目は綺麗だが中身がくさ…… と余計なことを言いそうになったがポロンの夢を壊さないように飲み込むのだった。
「じゃあ、お前さん達。お疲れさん。今日はこれで解散だ。明日はエルザさんと打ち合わせをして月人へ行くように」
「はい!」
リックとポロンとソフィアは自宅へと向かう。
飲まず食わずで働き、さすがに空腹が限界超えた、リックは腹を鳴らしながら、夜の王都を自宅へと歩く。ソフィアがリックの腹の音を聞いて話しかけてくる
「今日はご飯おそくなっちゃいましたね」
「どうしよう? もう市場もしまってるし……」
「大丈夫ですよ。お家にある材料でなんか作りますね」
「さすが、ソフィア!」
リックが少し先を歩き、ポロンとソフィアが、手をつないで後からついてくる。振り向いたリックにポロンが視界に入る。リックはポロンも腹を空かせているのか気に掛ける。
「ポロンは大丈夫? お腹空いてない?」
「大丈夫なのだ。さっきエルザさんと一緒にご飯を食べたのだ!」
「そうか。よかった」
ポロンは嬉しそうに答える。彼女の答えにリックはホッと安堵の表情を浮かべる。ソフィアはポロンの嬉しそうな顔を見てほほ笑む。
「そうなんですね。エルザさんと何を食べたんですか?」
「リーナさんがお弁当を作って持ってきてくれたのだ!」
「えぇぇ! リーナさんのお弁当!? いいなぁ……」
「ふぇぇ…… リック!」
「えっ!? ちょっと待って!」
ソフィアはリックのことを睨みつけると、ポロンの手をひいて早足で、彼を追い抜いて行ってしまった。
「待ってよ! ソフィア!」
「プイです!」
そっぽを向いたソフィアは、ポロンを連れてり歩いて家に入っていった。鈍感なリックは、なぜ彼女を怒らせたのかわからず、首をかしげながら家へ帰るのだった。
「ポロンはご飯食べ終わってるからもう寝るですよ」
「はい。おやすみなのだ!」
家に入るとソフィアが、ポロンを部屋につれて行った。ポロンは玄関にいたリックに元気よく手を振る。ソフィアは玄関にいるリックをチラッと見て、何も言わずにキッチンへ歩いてった。
リックは話しかけたかったが、ソフィアが彼を避けるように、足早にキッチンへ入ってしまった。
「ソフィアといつまでもこんなのは…… いやだ……」
リックは意を決してキッチンに入り、ソフィアに声をかけた。ソフィアはキッチンで台に向かって夕食の準備をしていた。
「ソフィア…… あっあの……」
「ふん! どうせ私の料理よりリーナさんのお弁当がいいんです」
ソフィアはポロンが食べたという、リーナの弁当をリックがうらやましがったのが悲しかったのだ。リックは自分の軽口が彼女を傷つけたことに今更だが気付く。
「えっ!? ちっ違うよ。俺は…… わっ!」
振り向いたソフィアは、リックに抱き着いて顔を胸に当ててきた。彼女の体は小刻みに震え泣いているようだ。そっとソフィアの頭に手をおいてゆっくりと撫でる。
「ごめんね。俺に別にソフィアの料理が嫌じゃなくて……」
「分かってます! でも、私がご飯を作ってるのに…… リーナさんの方が良いって言われたら…… 私…… 悲しいです」
「うぅ…… ごめんね。そんなこと言われたら悲しいよね。俺はバカだな…… ソフィアの料理が一番好きなのに」
「リック…… 仲直りです」
顔を上げた、綺麗な赤い色をした、ソフィアの目には涙浮かんでいた。
「(泣きそうなソフィア…… バカだな俺は……)」
リックは自分の顔をソフィアに近づけていく、ソフィアのピンク色の綺麗な唇に軽く口づけをし、そっと彼女を抱きしめた。ソフィアはリックのことをきつく抱きしめた。
「リックあったかいです」
「ソフィアもあったかいよ」
「ふふ。仲直りですね…… だから今日は一緒に寝ますよ」
「うん。わかったよ」
小さく申し訳なさそうにうなずくリック、ソフィアはリックの態度に満足したのか、安心して目をつむりリックの胸に顔をつける。
「ちげーよなのだ! そうじゃないのだ!」
「あっ!? ポロン?」
「ふぇぇぇ!? ポロン、どうしたの?」
「エルザさんが言ってたのだ! 二人を放っておくといけないって! だからポロンが監視するのだ!」
「なっ!? もう…… エルザさんったら余計なことを吹き込んで!」
ソフィアとリックは離れた。その後、ソフィが作ってくれた夜食を食べてリックは寝た。ずっとポロンに監視されていたので、リックとソフィアとポロンの三人で並んで寝た。
「ふぅ。たまには二人で…… いや! 違う! 俺は一人で寢たい…… まぁいいや。別に三人で寝るの嫌じゃないしな」
ベッドの横になり、天井を見つめながら、小声でぶつぶつとつぶやくリック。彼の横ではポロンとソフィアが寝息を立ていた。
「ふぅ…… 今日は疲れたな。朝から晩まで働かされるわ。上から高圧的に命令されたし…… でも明日で……」
わずか二日であるが、リックはもう月人で働くの嫌になっていた。明日強制捜査へと踏み込む、エルザの作戦がうまくいくことを願うのだった。