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第156話 血を見る新人研修

 早朝にリック達は詰め所に集合した。詰め所に集合してみんなでシーサイドウォールにある月人本店へと向かう。


「よし。じゃあ潜入するポロン以外はこれに着替えるんだ」


 カルロスが用意した服を、ポロン以外のメンバーに渡し、着替えるように指示をする。さすがに兵士の制服のままでは、潜入はできないので普段着へと着替える。ソフィアとメリッサの女性陣は、詰め所の奥にある更衣室に移動し、イーノフとリックとゴーンライトの男性陣は詰め所で着替える。

 カルロスがリックに用意したのは、茶色の靴に黒のズボン、青のシャツだった。リックとゴーンライトさんとイーノフさんの三人は着替え終わってカルロスの机の前に整列した。イーノフとゴーンライトの二人の格好はリックとあまり変わず。シャツの色がゴーンライトが緑、イーノフが白に変わっただけだった。


「ちょっと! なんだい? これ?」


 詰め所の奥でメリッサが大きな声をあげた。


「うん。メリッサさんかわいいですよ」

「からかうのはやめて! ソフィア」


 恥ずかしそうに下をむいたメリッサが、笑顔のソフィアに押され更衣室から出てきた。


「おぉ! お前さんよく似合ってるじゃないか」

「隊長…… 覚えときなよ。戻ってきたらタダじゃおかないからね」

「物騒なこというなよ。潜入なんだから普通の女性になるのは当たり前だろ?」


 頭に三角の白い頭巾をかぶって、上半身は白くかわいらしいブラウスに、下半身はピンクのふわっとしたスカートをはいた、メリッサがリック達の前に現れた。スカートの上には赤いエプロンをまいている。ソフィアも同じ格好でスカートだけ違う青色だった。


「(ふふっ、なんか面白いな。メリッサさんが制服以外を着ているのを,

初めて見た!)」


 ソフィアは笑顔でポロンは驚いた表情をしてる。メリッサを見てイーノフだけはボーっと少しほほを赤くしていた。リックとゴーンライトは、顔を見合わせて互い表情が緩ませていた。リック達を見たメリッサの目が鋭く光る。


「リック、ゴーンライト! いまあたしを見て笑ったろ!?」

「ちっ違います。俺は笑ってません」

「なっ!? 俺はってひどいですよ。リックさん! 僕も笑ってないですよ」

「あぁん!? 二人とも見たよ。覚えときなよ……」

「ほら、メリッサ! お前さん怒るとかわいい格好が台無しだぞ」

「隊長! あんたも覚えときなよ」


 メリッサが怖い顔してリックとゴーンライトを睨み付けた。格好はソフィアと一緒で、かわいらしのだが、眉間にシワを寄せたメリッサの顔は猛獣のようだった。


「大丈夫。メリッサ…… 似合ってるよ…… かわいいよ……」

「はぁ!? 何をあんたまで…… でも…… ありがと……」


 メリッサの肩にイーノフが手を置き、彼女の顔を覗き込んで声をかけた。耳と頬を真っ赤にしてメリッサがイーノフに答える。横にいるソフィアとポロンが嬉しそうにその様子を見つめていた。


「ラブなのだー」

「なっ!? ポロン!? 君はそんな言葉どこで…… そうか!」

「リック! あんた……」

「えぇ!? なんで!」


 ポロンが二人にラブなのだーと叫び困らせる。なぜかリックがメリッサとイーノフから睨まれるのだった。二人はリックがポロンに言わせてると思ったようだ。ポロンが発言し、ほぼ同じタイミングで、リックの方を向くのでやはり仲良いようだが……


「ちょっと! 何をしてるの!? まったく、ソフィアとリック以外も…… はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ここの人たちは何もわかってない。ちげーよ! そうじゃないのよ」


 いきなり詰め所の扉が開き、エルザが中へ勝手に入って来て、メリッサ達を見て叫ぶのだった。

 

「エルザさん? 何しに来たんですか?」

「えっ!? 何しにとは失礼ね。あなた達に渡す物があるのよ。それにちょっとポロンちゃんにも用事が…… それよりもいいの? リック、ゴーンライトさん! イーノフさんが女とイチャイチャしてるのよ」

「いいのと言われても…… メリッサさんとイーノフさんが仲良くしてるのは別になんとも……」

「はぁ…… リックはダメねぇ。全然わかってないわね」


 大きくため息をつきエルザは、下を向いて首を横に振っていた。リックはわかってないと言われても、別に彼女の心情などわからなくていいと思い、目を細めてエルザを汚物のように見つめるのだった。


「もういいわ。はい。これ! 今回の冒険者ギルドに来た依頼の詳細よ」


 顔を上げたエルザがリックに書類を渡す。書類は月人が冒険者ギルドにだした依頼の詳細だった。リックは受け取った書類に目を通す。


「そこにも書いてあるけど必要な人間は五人となっていて経験は不問となってるわね。期間は半年で成果によって延長で…… 報酬は…… 最低ね。冒険者ギルドへ依頼できる最低の金額となってるわ」

「最低の報酬ねぇ。これじゃあ誰も応募しないんじゃないか?」

「いえ。半年の安定した収入がほしい冒険者が何組か応募しようとしたみたいだけど、ココさんの方で止めてもらったわ」


 エルザさんとメリッサさんが話しをしている。書類を見つめるリックが首をかしげた。彼の視線の先には、笑顔を浮かべ並んだ撮られた従業員の胡散臭い写真と、その横にはアットホームな職場で、簡単な作業で未経験でも高収入、時間外労働はなし優しい先輩に教えてもらおうなどと書いった。なお、全て異世界の言葉で書かれてるためリックは、理解できず何が書いてあるのかと首をかしげているのだ。

 依頼書をもらったリック達はシーサイドウォールの町に向かう。ポケットから魔法道具テレポートボールを出し握る。


「シーサイドウォール!」


 テレポートボールを使用し、リック達はシーサイドウォールの町に着いた。

 海岸沿いの街道の先には、巨大な城と町が見える。白い壁が基調となっている町と城を囲むのは、こちらも白く美しい城壁だった。ここはグラント王国の建国の地にして、かつての王都で歴史のある町だ。

 リック達は城門をくぐって町へと入る。町へ入るとすぐにメインストリートとなる大通りにつながり、大通りを進むと町の中央に出る。町の中央には、周囲の建物と同じく、白い壁で青い屋根の立派な教会が建っている。この教会はグラント王国で、一番歴史があり王国内の教会の中心だ。教会のすぐ手前にある、三階建ての建物が月人本店で、一階と二階が酒場と倉庫で、三階は酒場ではなくて事務所となっている。


「シーサイドウォールの大通り沿いか……」

「どうせヴィーセル様の影響でいい場所をもらってるんだろうよ」

「そうだね。大通り沿いの町の中心部の近くだから旅人や観光客や住民も利用しやすい」


 メリッサとイーノフさんが町の地図を見ながら話している。リックは後ろで二人の話を聞いていた。


「まぁ。本当にヴィーセルのおかげかは調べりゃわかるよね。みんな行くよ!」

「メリッサ、どうやら僕たちは三階に行くみたいだよ」

「わかったよ」


 リック達は階段で三階まで上がっていく。リックは階段の途中で店内を覗いた。そこは薄暗く入り口に暖簾がかかってそこには月人と書かれていた。三階に上がると、廊下へ続く扉の前に、椅子に座ったスーツ姿の男が居た。背後の扉は閉められており、男は見張りのようだ。


「あの…… あたし達は冒険者ギルドで依頼を見て受けてきたんだけど?」

「はぁ? 冒険者ギルドって…… あぁ…… こちらへどうぞ」

 

 立ち上がって男は椅子をどかして扉を開けた。男は元気がなく生気の抜けような状態だった。扉の奥は廊下で、廊下を進んで二つ目の部屋にリック達は案内された。そこは詰め所の隣の建物にある会議室のような場所で、少し広い部屋に長い机が置かれ、左右に椅子が五脚ずつ配置されていた。リック達が椅子に座って待っているとドアがノックされ開く。


「やあ! みなさん! 私がノゾムーンの社長ノゾムラ・ミノルです。よろしく」

 

 通された部屋にノゾムラ・ミノルが入ってきた。上下紺色の少しぴっちりとしたスーツに白いシャツを着て、首には赤いネクタイを巻いている。彼は横を刈り上げた短い黒い髪に、細い黒い瞳をし皮膚は浅黒く額はてかっていた。ノゾムラはリック達と机を挟んで、向かいに並んだ椅子の真ん中に座った。

 ノゾムラは手に白く綺麗な紙の束を持っていて、椅子に座るとそれを机の上に置き、こちらに笑顔を向けた。ニッコリとした優しい笑顔だが…… どこか怪しくうさんくさい感じがした。


「よろしくお願いします。あたしはメリッサです」


 一人ずつ自己紹介をしていく。ノゾムラはそれを頷きながら見て、書類を書きこんでいる。


「皆さんにまず説明しないといけないことがあります。実は…… 私達はあなた達と違う世界からやって来ました」

「えぇ!? そうなんですか!? 信じられなーい」


 わざとらしいリアクションをするメリッサ。イーノフは下を向いて首を横に振り、リック達は苦笑いをする。その後、必死に皆で驚いた表情を作る。リック達はノゾムラ達が、異世界から来たことを、知らないということになっているのだ。まさかノゾムラもリック達が、二回目の異世界人との遭遇だとは思っていないだろう。


「すごーい。あたし達は異世界の人達と仕事できるんですね。光栄でーす」


 またわざとらしく喜ぶメリッサ。リックは内心ノゾムラにバレるのではないかと冷や汗をかいていた。しかし、ノゾムラはメリッサを見て嬉しそうに笑いどこか自慢げな顔をしていた。


「ありがとうございます。働く仲間はすぐに欲しいので皆さんを採用します」

「うわーい。やったねぇ」


 両手を広げさあ喜んでくださいみたいな顔をするノゾムラ。メリッサがまたわざとらしく喜び、リック達も作り笑いで拍手をし冷たいパチパチという音が部屋に響くのだった。まぁ、ギルドで操作しているので応募者は、彼らしかいないので採用は当然であるが……


「それで働いていただくにあたりわが月人は……」


 堂々と笑顔でノゾムラは月人の歴史とか、自分はどれくらいのことをしてきたか語りだしだ。全部異世界の話なので、リック達にはもちろんよく分からない。


「えっ!? あっ!? もう……」


 よくわからないつまらない話にソフィアは目をつむって船をこぎ出した。ノゾムラの顔が不機嫌になりソフィアを見た。リックはソフィアを肘でついて起こすのだった。

 

「ふんふん……」

「えっ!?」


 うなずきながらゴーンライトがノゾムラの話をまじめに聞いて、必死にメモを取っている。その姿をみたノゾムラは嬉しそうにニヤニヤしだすのだった。なお、ゴーンライト以外は、メリッサは変な顔し、眠気を我慢し、イーノフは苦い顔をしていた。もちろんリックも眠気と戦っていた。

 十分数後……


「以上、これが私たちの目指す道です。次に皆さんには新人研修を受けてもらいます」

「研修って何をするんだい?」

「まぁ。皆さんにノゾムーンで働くうえで覚えておいてほしいことを学ぶ場ですよ。これを受けていただかないと当店では働けませんので……」


 不思議な顔をするリック。ノゾムラはつい先ほど採用と言ったばかりなのに、新人研修を受けないと働けないと言い出したのだ。


「それじゃあ。新人研修は私の友人が担当します。もうすぐここに来ますので、皆さんは彼が来るまでにこれを書いといてもらえますかな」


 ノゾムラは机に置いた、紙の束をリック達に。配って部屋を出ていった。受け取った書類には質問がいっぱい書いてある。質問は会社理念や社長の名前などと言ったものだった。


「なんかよくわからないことばかり書いてありますね」

「いいよ。適当で…… 私らは異世界のことはわかりませーんでさ」

「はは」


 リックは適当に書類を記入するのだった。書類を書き終わって少しすると。部屋の扉が開いて誰かが入って来た。


「お疲れ様です」

「あっ。こんにちは。ほらみんな! 挨拶しな」

「うん?」


 入ってきた人はノゾムラと同じような、黒い短い髪をして、丸顔で目が細く瞳の黒い男だった。男は四角い黒い鞄を持っていた。部屋に入ってすぐは笑顔だったが、リック達が挨拶を返すと、不機嫌そうな顔になって歩いて来た。


「私が挨拶してるのに、なんで挨拶しないんですか?」


 不機嫌にリック達に向かって注意をする男。リック達は挨拶をしたので、不思議そうに首をかしげる。


「いや…… あたし達は挨拶したじゃん?」

「いえ。挨拶はお疲れ様ですよ。やり直し!」


 挨拶はこんにちはで問題ないのに妙なことにこだわる男。リックはチラッとメリッサに視線を送った。メリッサが唇を尖らせ不満そうにしている。横にいたイーノフが慌てた様子で、メリッサに耳打ちをする。イーノフから離れてメリッサは顔をしかめふんぞり返った。イーノフはメリッサを見て苦笑いをして口を開く。


「すいませんでした。みんな挨拶をやり直すよ」


 イーノフの合図でリック達五人は、しょうがなく言われたとおりに挨拶をする。


「「「「「お疲れ様です」」」」」

「はい! 声が小さい! お疲れ様です」

「「「「「お疲れ様です!」」」」」

「うーん。まぁいいでしょう…… 座って結構です。まったく異世界の…… 土人のくせに……」


 男はリック達の挨拶に、納得いってなく、まだ不満そうだった。しかも、リック達をバカにしているようだ。机の反対側にまわり、ノゾムラが座っていたすぐ近くにいくと、手に持った鞄を机に置いて話を始めた。


「それじゃあ。これから新人研修を担当します。株式会社マインドブロークンのアダチですよろしく」

「よろしく、お願いします」


 アダチと名乗った男は、ノゾムラと同じような黒っぽいスーツで、首にはノゾムラと色違いの青いネクタイを巻いている。彼はリック達がノゾムラに渡されて書いた書類を回収していく。

 座って回収した書類をみながら、アダチは目を大きく開き、リック達を睨み付けた。


「なんだ? これひどい! 全員立って!」


 リック達は全員アダチの指示で立ち上がった。

 

「なんで? みんな、社長の名前を答えられないんですか? 理念がわからないんですか?」

「はぁ…… そんなこと言われてもねぇ!? みんな異世界の言葉には慣れてなくてね」

「口答えするんですか? あなた達を雇ったのは人事のミスですよ!?」


 厳しい表情でこちらを見ながら、アダチは叫ぶように強い口調で話す。


「じゃあそっちに言いいなよ!」


 新人研修の途中だが、面倒で言いがかりに近いアダチの言葉に、メリッサはキレた。眉間にシワを寄せ怖い顔をするメリッサの迫力にアダチは震えあがる。


「今なんていった! 社会人として……」

「だーからー! ミスをしたのは人事ってやつなんだろ? あたしらに言わないでそっちに言えよ! わからない男だねまったく」


 うざそうに答えたメリッサが足元の椅子を掴む。リックはこれから何が行われるか予想がついた。そう身の程知らずの新人研修担当アダチのメリッサによる処刑である。これ以上は逆らうなよと、必死にアダチを心の中で説得するリックだった。


「きっ君! 私は研修…… ぐはぁ!」

「うるさいんだよ! ったく!」


 メリッサさんは腕を組んで鼻息荒く叫ぶ。メリッサの投げた椅子が、アダチの顔にめり込んだ。リックはメリッサの言動にあきれながらも、同時に出会って数分も経ってないが。不快な言動しかなかったアダチがやられていい気味だと思っていた。笑って拳を握ったリックを見てメリッサは満足そうにうなずく。

 イーノフさんとソフィアが慌ててアダチに駆け寄る。仰向けに倒れたアダチの鼻から、大量の鼻血が出てかろうじて息はあるようだ。


「メリッサ! さすがにまずいよ。新人研修を受けないと潜入できないんだよ」

「でもさぁ。こいつがしつこく上から言うからあったまきたんだよ!」


 誰か部屋の扉を激しくノックした。皆の視線が扉に向かう。メリッサはすっと扉まで行って開かないように押さえる。


「すいません! アダチさん? 今、すごい音がしましたけど……」

「いえ。何でもありません。ちょっと椅子が倒れただけです」

「そっそうですか? ならいいですけど……」


 扉を手で必死に押さえながら、メリッサがごまかしていた。扉の前の人はメリッサの話を信じたようだ。イーノフが伸びてるアダチの様子をみて首を横に振ってる。


「完全に気絶してる。まずいよ。これじゃあ、新人研修できないよ」

「でも、こんなの受ける必要があるのかい? まったくふざけたやつらだよ」


 メリッサがいつの間にか書類の束を持っている。投げ捨てるようにリック達の前にばらまく。どうやらアダチの鞄を勝手に開けたみたいだな。


「ちょっとまずいですよ! 勝手に鞄を開けたら……」

「いいんだよ」


 リック達はばらまかれた書類を拾い集める。イーノフが書類を拾って、その横にメリッサが立ち肩越しに覗き込む。


「イーノフ。なんて書いてあるかわかるかい?」

「えぇ!? ちょっと待ってね…… 古文書解読に使う魔法を使って見るよ」


 書類を持ったイーノフが手をかざし、何やら呪文を唱えている。呪文を唱え終わると、イーノフの手が白く光を放ち。書類を照らしていた。


「よし。これでわかるはずだ」


 異世界の文字を理解したイーノフが書類を読み上げてくれる。


「なになに…… 異世界の従業員を手懐けるには異世界の我々の方が優秀で従わせるように高圧的に接し…… さらに使えない異世界人を採用してやったという意識を詰め込む……」


 イーノフが読みあげる、書類のあまりの内容に、リックは渋い顔をする。


「なんかひどい内容ですね」

「まぁ。僕たちを洗脳しようとしたんだね」

「まったくだよ。こんなの受けるのは時間の無駄だよ」


 イーノフの言う通り、アダチはリック達を洗脳し、従わせるような教育をほどこそうとした。異世界で通用した洗脳教育のようだが、メリッサに異世界の常識や教育が、通用するわけもないので当然のように返り討ちにあった。

 メリッサとイーノフの話を聞いていたゴーンライトがハッと目を大きく見開いた。彼は何かをひらめいたようだ。


「じゃあ。こうしちゃいましょう! イーノフさんが幻惑魔法で適当に新人研修を終わらせたことにしちゃえばいいじゃないですか!」

「おぉ! さすがゴーンライト! それいいじゃん。イーノフ。さっそくお願いね」

「はぁ…… わかったよ。じゃあソフィア。彼を回復してくれるかい」

「はーい」


 アダチの横に座ったソフィアが、回復魔法をかける。回復魔法を受けるアダチの両手をメリッサ押さえ、リックが両足をつかむ。正面にイーノフ、両手を広げゴーンライトがアダチの頭の後ろに立つ。緑色に光った彼女の手を、アダチにかざすと顔の傷が癒えていく。ソフィアの回復魔法の効果でアタニの意識も回復していく。


「はっ?! お前ら! 何をしてる! 誰か!!! たすけ…… もがああ!!!」

「ほら…… いいから静かにしな」


 メリッサが横からアダチの口を押え黙らせ、ゴーンライトがアダチの頭を押さえがっつりと視線を正面に固定する。イーノフが彼の顔をジッと睨んで詠唱を始めた。


「闇の聖霊よ。意思か弱き者にその忌まわしき記憶を植え付けたまえ、虚偽残像(ファルスメモリー)


 詠唱を終えたイーノフの手から、黒い煙のような物が出てアタニを包む。煙が消えると怒っていた、アタニの顔は目と口が半開きで、呆然と天井を見つめていた。


「アダチさん。僕たちの新人研修は素晴らしかったですよね?」

「うぅ…… はい! あなた達の研修はすばらしいです!」

「よし! これで大丈夫だよ。メリッサ、リック、手を離して平気だよ」


 リック達が手を離すとアダチはフラフラと立ち上がった。すぐにハッとした顔をして振り向いた。そして何やら涙を流しながら、リック達と一人ずつ握手をしていた。


「ありがとう。君たちは新人研修はすばらしい。よく耐えたな」


 嬉しそうに涙を流しながら、笑顔でアダチは部屋から出ていった。


「異世界の人って変なやつばっかりだな…… でも、よかった。これでようやく俺達は月人で働くことができるぞ」


 アダチの背中を見送るリックは笑う。メリッサは面倒くさそうに頭をかく仕草をするのだった。リック達は新人研修を終え、居酒屋チェーン月人で働くことになった。

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