第151話 飛べ勇者
「ぐわわわあああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
天上の兜からバチバチと言う音がして、リックが電撃のような青白い光に包まれた。全身に激痛としびれが走ってリックは叫び声をあげ天上の兜を投げ捨てた。アイリスはリックに駆け寄り彼を支え、地面に転がった天井の兜を見て叫ぶ。
「えっ!? どうしてよ?」
「やっぱり俺は勇者じゃないし…… ただの兵士だからさ! ほら!? 伝説の防具とかって装備できる人が限られるんじゃないの?」
「もう…… ケチなんだから! えっ!? リック!?」
口をとがらせ不満そうにするアイリスだった。リックは何かを思いついたのかアイリスの手を外し、転がった天井の兜の元へ行き拾い上げた。
「アイリス!」
「リッリック……」
リックはアイリスに天上の兜を投げた。投げられた兜をアイリスは受け取り、少し目を大きく開いて、不思議そうに彼の顔をみた。小さくうなずいたリックは天上の兜を指さす。
「アイリス! お前がかぶれ! 勇者のお前ならきっと装備できるはずだ」
「いやよ! これなんか、かわいくないもん!」
「はぁ!? かわいくないって……」
天井の兜を遠ざけるように、腕を伸ばして持ち、アイリスは眉間にシワを寄せている。リックは呆れた様子でアイリスに叫ぶ。
「わがままいうな! それにお前はそれを手に入れるためにリブルランドに来たんだろ?」
「そうよ。これをかっこいい男戦士とかに装備させて眺めて楽しむんだから!」
「おっお前! そんな目的で……」
声を震わせるリック、だが、こうしている間にも雨はどんどんと強くなる。ソフィアとポロンは不安そうに空を見つめている。本当にこのままでは全員病気になり殺されてしまう。リックはアイリスに叫ぶ。
「いいから! 早くかぶれ!」
「はぁ…… だいたいこんなの装備するのってさ。男の役目じゃない。私は救い出されるお姫様が良いのに……」
不満げにぶつぶつ言うアイリスだった。リックはアイリスの言葉に、ハッと何かを思いついた顔した。リックはわざとらしく、アイリスから視線を外して、少し恥ずかしそうな演技をして口を開いた。
「天上の兜をかぶった、アイリスを見てみたいなぁ。きっとアナスタシア様みたい綺麗なんだろうな……」
我ながら強引な言い分だと、思いながらもリックは、そらした視線をアイリスに向けた。
「えっ…… もう、しょうがないわね! わかったわよ! はい、リック! これでいいわね」
目を輝かせたアイリスが、ニコニコしながら天上の兜を装備した。うつむいたままアイリスに気付かれないように、左手で拳を握って勝ち誇った顔をするリックだった。
「うっうわぁ! アイリス?」
天上の兜からまばゆい光が、発せられてアイリスを包み込んだ。目をそらしていたリックでさえも、目がくらみ手で顔を覆うほど眩い光だった。白い光が少しずつおさまっていくと、そこにはアイリスが、背中に大きな羽根を生やし、かすかな白い光に包まれた姿で立っていた。
天上の兜の羽根のような飾りが、大きくなって外れて背中にくっついた姿だった。
「アイリス? 大丈夫か?」
「うっうん! 平気!」
「羽根が生えてるし、ちょっと飛んでみろよ!」
「うん!」
地面を蹴ってアイリスが飛び上がると、羽根が大きく広がって彼はとんでいる。アイリスは笑顔で、自由自在に空を飛んでいた。
「はははっ! すごい! リック見てみて!」
「わかった。よし! それでジオールに攻撃を…… えっ!? おい!?」
ジオールを指して攻撃するように指示するリック、だが、アイリスは彼に向かって一直線に飛んで来た。
「アイリス! 何をするんだ?」
リックの背後に回ったアイリスは、彼の脇に両手をいれ空へと連れ去った。リックは後ろを向いてアイリスに問いかける。
「だって私の攻撃は膨らんだあいつに効かなかったでしょ? だからジオールのところまで一緒に行くからリックがやっつけて!」
「えぇ!? お前が勇者だろ?」
「いいのよ。別に誰が倒しても平和になれば」
にこっと微笑むアイリス、リックは首をかしげたが、確かにアイリスの言う通り、平和になりさえすれば、ジオールを勇者が倒そうが兵士が倒そうが同じである。呆れながらもリックはアイリスの言葉に納得し、背中を持たれて空に運ばれていくのだった。
リックとアイリスの二人は空中でジオールと対峙した。目の前に飛んで来たアイリスの姿に、ジオールが目を大きく見開いている。
「クックソ! 勇者アレックス以外に天上の兜を使いこなせる者がいるだと!?」
「当たり前でしょ!? あたし勇者だもん!」
「しかも勇者アレックスよりもすごい才能だもんな」
「そうみたいね。私はまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーったく自覚ないけどね!」
自覚がないと堂々という、アイリスにリックは苦笑いをするのだった。
「何を笑っている!」
口をすぼめたジオールから、リックに向かって黒い雲の塊が吐き出された。雲の塊は銃弾のようになってリックへと迫る。
「おわ!?」
リックは飛んで来た銃弾に反応し、手前に来たところにタイミングを合わせて剣を振り上げた。雲はリックの剣に斬られ真っ二つになって地面に落ちながら消えていった。
「クックソ! こうなったら! これで!!」
悔しそうにするジオールが手を広げ両腕を前後に動かした。雲から下に向かっていた雨が、リック達へと向きをかえ降り注いだのだ。
「キャッ!」
「うわあああ!!」
上や横から降り注ぐ大量の雨にリック達は飲み込まれしまった。真っ黒な雨は二人の姿を隠してしまった。
「ははは! どうだ! 病魔の雨だぞ! それだけの量を浴びればいくら勇者いえど…… げっ!?」
口を大きく開け勝ち誇っていたジオールの顔を青ざめる。彼の前には……
「全然濡れてない……」
「あぁ! そうだった天上の兜は状態異常を防ぐ効果があるんだよ」
「なんだよ。早く言えよ」
「ごめんねぇ。自分で使うつもりはなかったからさ」
雨が止んでリックとアイリスが姿を現しても平然としていた。アイリスの言った通り、天上の兜は元々魔族が、地上へ侵攻する用に作られたものなので、彼らが地上に適応するのに問題ないよう、様々な状態異常を防ぐ魔法が込められているのだ。
「クソ!!!」
ジオールが叫んで口をすぼめた。リックは彼の動きに反応する。
「アイリス。行くぞ。左に回り込め」
「了解」
ジオールが雲を吐き出したが、アイリスはなんなくかわした。アイリスはリックを持ったまま、速度をあげ弧を描きながら、ジオールの左へと回り込む。
「こら! ちょこまかと」
速度をあげたアイリスを追いかけようと、ジオールが手足をバタバタと動かして方向転換しようとしているようだ。リックは後ろをみながら手足をバタバタとさせているジオールを見つめている。
「おい…… アイリス! あいつもしかしたら膨らんでると身動きが取れないんじゃないか?」
「まさか! でも…… そうよね。バタバタしてるだけでこっちに来ないもんね!」
「よーしアイリス! あいつより上から突っ込んで俺をあいつに向かって投げろ!」
「わかったわ!」
うなずいたアイリスはさらに上空へを舞い上がる。背中をそってそのまま後ろに一回転して向きをかえ、ジオールの真上へと下りていく。
「やめろ! 来るなーー!」
空を見上げ、近づくリック達を見た、ジオールは慌て明らかに動揺している。リックの予想通り雨を作り出すために、膨らんだ体では彼は身動きが取れないようだ。
「リック! 思いっきりやっちゃって! 落ちても私が絶対に助けてあげるからね」
「あぁ! 頼んだぜ! アイリス!」
急降下しながらジオールの上空十メートルほどで、アイリスはリックから手を離し背中を軽く押した。リックは一直線にジオールのめがけて飛んでいく。
剣を引いてジオールの膨れた腹を狙うリック。必死に体の向きをかえ、ジオールは顔を上げ落ちて来る、リックを眉間にシワを寄せ睨みつけた。落下してきたリックが数メートルの距離に近づいた。
「我は四邪神将軍! 人間などに負けるものかーーー!」
口をすぼめたジオールが雲の銃弾を発射した。至近距離で発射された雲はリックに直撃し、雲が破裂したように拡散した。手ごたえににやりと笑うジオール。しかし…… 雲が完全に消えると目の前に腕を突き出した姿のリックが見えた。
「げええええ!?」
「お前は負けたんだよ!」
腕を伸ばしたままリックは、絶望的な表情をしたジオール顔に、つっこみ額に力強く剣を突き刺した。
「ギエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!!!!」
シミレオの上空につんざくぞうなジオールの断末魔が響く。
「うわああああああああああああああああああああああ!!!!」
膨れたジオールの体が破裂した。強烈な衝撃と爆風がリックを襲った。その爆発はすさまじく地上に居るソフィア達の頬を赤く照らす。爆発によって黒い雲は消え空が見えた。
爆発に巻き込まれ吹き飛ばされたリック、幸い天井の兜の効果が残っていたのか、ダメージはあまりなく怪我もかすり傷程度だったが……
「あれ!? アイリスは? 周りを見てもアイリスがいない! まさかお俺を見失ったのか? さっき絶対に助けるって言ってだろうが!」
地上へ落下するリックは、アイリスとはぐれてしまった。このまま地上に落下して地面に叩きつけられれば今度はただじゃすまない。この間のように都合よく風呂に落下するなんてことはないだろう。焦って周囲を見渡すリック、だが誰もいない。
「アイリーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーース!!」
必死にアイリスを呼ぶリックだった。
「リックーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
リックの体が強い衝撃を受けたふわりを足が浮く感覚に襲われた。落下していたリックの体の腰のあたりを、横から飛んで来たアイリスがつかんだのだ。リックの体に抱き着くようにして、アイリスが泣きそうな顔をしてた。
「リック! リック! 大丈夫? しっかりして」
「ありがとう、アイリス。俺は大丈夫だよ」
笑ってリックはアイリスの頭を撫でた。アイリスは嬉しそうに微笑むのだった。二人で地面へと下りた。ジオールの体は破裂してばらばらになっていたが、リック達が下りた近くに左腕から肩にかけて部分が地面に叩きつけられ転がっていた。二人が下りたと同時にジオールの体の一部は少しずつ灰のように細かくなって消えて行った。
やっぱりアイリスの好みの兜ではないで、彼は地上に戻るとすぐに天上の兜を外した。
「うん? これは?」
ジオールの体が消えた後に、小さいく光る金色の指輪が落ちていた。リックは指輪が気になり駆け寄ってしゃがんで拾う。リックの動きに気付いたアイリスは彼に近づき、前かがみで後ろから不思議そうな顔をし指輪を覗き込む。
「アイリス? どうした? これいるか?」
気配に気づいたリックが指輪をアイリスに見せて尋ねる。
「えっ!? そうだなぁ…… 私への結婚指輪ならもらってあげる」
「はぁ!? そんならやらねえよ。バーカ!」
「ちょっと!? リック嫌い!」
立ち上がってリックは首を横に振り、拾い上げた指輪を道具袋に入れる。その横でアイリスは不満げに頬を膨らませるのだった。
「リックー」
「二人共無事なのだー?」
「うわ!? 危ないよ!」
大きな声でリックに呼びながら、ソフィアとポロンが駆け寄ってきて、彼に飛びつくようにして抱き着いた。
「ちょっと! ソフィア! 今回はわたしがリックを……」
「アイリス…… リックを助けてくれてありがとうです」
「うっ! わかればいいのよ」
リックからはなれたソフィアが、礼を言うとアイリスが少し恥ずかしそうにしていた。
ジオールがいなくなった魔王軍は総崩れであった。リック達は王城へと向かい取り囲んでいた、魔王軍をメリッサ達と挟み撃ちにして掃討した。リブルランドを覆っていたジェラルドの闇は取り払われた。
任務が終わったリック達は、グラント王国へ帰還する前に、リンガス島へ戻りブッシャーに挨拶をした。
「ブッシャーさん。いろいろ、ありがとうございました」
「いやぁ。礼を言うのはわしのほうじゃ。お主たちには感謝しとるぞ」
リックが礼を言うとブッシャーは、微笑みかけて第四防衛隊の全員と握手をした。次にアイリスが、リック達と入れ替わり、ブッシャーと握手をして口を開く。
「ありがとうね。マオ君!」
「こちらこそ。アイリスちゃんのおかげでディスコッチとわしの思い出の村も守れた! ありがとう」
「そうだ! 天上の兜を返さないとね」
「いや、もう、わしらにも必要ないんじゃ。アイリスちゃんが持っていってくれるとうれしいな。わしらの勇者様だからな!」
「えっ!? 勇者様なんて、柄じゃないからちょっと恥ずかしいよ。でも、なんで?」
「実はのう」
ブッシャーが嬉しそうに話をする。リブルランドの現在の国王オレーナは、今回の事件の真相を知り、リンガス島をブッシャー達に永久譲渡することにしたらしい。そして…… 少しずつではあるが、魔物たちと交流して、いつしかリブルランドは、魔物と人間が仲良く暮らせる国にすると宣言した。ブッシャーはオレーナの宣言を喜び彼に協力していくという。
「じゃあ、みんな帰還するよ!」
「はい!」
メリッサさんの号令で、リック達はリンガス島の村を後にする。ブッシャーや村人が入口で見送ってくれている。笑顔で手を振りながらリック達は歩いていく。リックはブッシャーの足元に、ロン君とファン君がいるのに気づき、アイリスに尋ねる。
「アイリス。ロン君とファン君はおいてくのか?」
「うん。ロン君とファン君は強い魔物とは戦えないから連れて行くの無理よ。だからマオ君に預かってもらっていつでも会いに来るの」
「そうか。そうだな。無理に旅に連れまわすより、そっちの方がロン君とファン君にとっていいことかも知れないな」
「でしょ!? それにね。マオ君はね。もしまた私の仲間になった魔物が旅に連れて行けなくなったら預かってくれるって」
嬉しそうにアイリスが歩きながらしゃべっている。
「なんか…… それだとブッシャーは魔物預り所みたいな扱いにならないか……」
リックがつぶやくと、少し前を歩くアイリスが、振り向いて首をかしげた。リックはアイリスに微笑むのだった。任務を終えたリック達は、アイリス達と別れグラント王国へと帰還するのだった。