第149話 島国の病巣
リックは捕まえたスラムンを自分の顔に近づけて口を開く。
「どうして? リブルランドの兵士達が戻ってきたの? しかも傷だらけってどういうこと?」
「わからないズラ! 兵士達は村の広場で治療を受けてるズラ! メリッサ達はもう先に行ってるズラよ」
「わかった。ありがとう。みんな行こう!」
仮眠を取っていたベッドからリックが起き上がる。
「あっ! ごめん!」
リックに寄りかかって寝ていた、ポロンがベッドの上にコテッと落ちた。彼はスラムンの話に気を取られ、ポロンが居るのを忘れていた。心配そうにリックはポロンを見つめている。ベッドから起きた衝撃で、ポロンは起きて体を起こして、目をこすってキョロキョロしていた。
「ふわぁぁぁ!? あれ!? リック。どこなのだ?」
「ポロン。大丈夫。ここに居るよ」
「いたのだ!」
心配そうな顔でリックを探す、ポロンの前に彼は、自分の顔を持っていき微笑んだ。リックは彼を見つけて、嬉しそうに笑うポロンの頭を撫でる。撫でられたポロンは、リスの形の耳を下に向けて嬉しそうにしていた。
何故かソフィアとアイリスがスッと頭をリックの前に出してきた。二人ともポロンと同じように、リックに頭を撫でてもらいたいようだ。
「もう…… はいはい」
頭を出した二人にあきれながらも、リックは右手でソフィアを撫でて、左手でアイリスを撫でるのだった。
「ふぇぇぇぇ…… 気持ちいいです」
「ちょっとリック!? なんで私にはそんな雑なのよ!」
「はぁ!? しょうがないだろ。利き手じゃないなんだから……」
右手のソフィアには優しくなり、アイリスは適当にわしゃわしゃと、撫でる感じになってアイリスが不満をもらしている。
「もう…… ダメだよ。みんなで繰り返しになって撫でるの終わらなくなっちゃうでしょ」
今度はポロンがもう一度という顔をした。さすがに、終わらなくなってしまうので、リックは撫でるのをやめた。彼はポロンの前にまた顔をだした。
「あのね。ポロン、リブルランドの兵士達が戻ってきたんだよ。だから一緒に行くからね」
「また攻めて来たのだ? 負けないのだ!」
「いや…… 怪我してるみたいだから優しくしないとね」
「わかったのだ! リックみたいに撫でるのだ」
「よし。いい子だ。行こう」
ポロンを抱き上げてリックはベッドから降ろし、ベッドの横に置いてあった剣を腰にさした。リック達は部屋から出ていくのだった。村の中央で負傷したリブルランドの兵士達が治療を受けていた。
魔物達が人間の兵士を、治療しているのはおかしな光景だった。なお、一番張り切って兵士を治療していたのは、元魔王のブッシャーであった。リックは奇妙な光景のなか周囲を見渡しメリッサ達を探す。
「あっ! いた!」
ブッシャーから少し離れたところに、メリッサ達が怪我をしてない、兵士達と一緒に立っていた。リックはメリッサに駆け寄って声をかける。
「メリッサさん」
「来たね。じゃあ始めようか」
メリッサ達のすぐ後ろにリック達は並んだ。リック達の到着を待っていたのか、メリッサが兵士達と話を始めた。
「まずは何があったか教えてくれるかい?」
「はい…… リブルランドの王都シミレオがジェラルドに襲われて……」
「何だって!? ジェラルドが?」
「えぇ。しかもなぜか魔物の軍団を率いてました、それで……」
リブルランドの兵士達がここを引き上げ、王都に到着すると、既にジェラルドが率いる軍団に王都は占領されていたという。兵士達は王都の奪還を目指して戦ったが、ジェラルド達に蹴散らされたということだ。
「メリッサさん…… ジェラルドが魔物を率いてったことは……」
「あぁ。あの野郎は人間じゃなかったことさ。魔王軍の者だろう」
「クソ!」
悔しそうに拳を握るリックだった。彼は魔王軍の策略で、同僚や幼馴染に、刃を向けることになった事に怒りを覚える。
「それで…… お願いがあります!」
「なんだい?」
「王都を奪還するのを…… 手伝っていただけないでしょうか?」
「あんたらを手伝う理由があたし達にあるとでも?」
冷たい表情で兵士を見るメリッサ、先頭で話していた兵士が振り向き、背後にいる兵士達と顔を見合せ、真顔でうなずいた。
「はい。ここを襲った私達が頼めることではないということはわかってます。幼き我が王と民は城に逃げ込み死を待つ状況です。お願いします」
リブルランドの兵士達が、リック達の前に膝まづいて祈るようにしている。メリッサは真顔で兵士達を見下ろしていた。
「ふぅ…… 残念だけど…… あたしらは何もできないよ」
ため息をついて首を横に振り、メリッサは兵士達の願いを断った。リックは兵士達の頼みを断ったメリッサに食い下がる。
「魔王軍に占領されてる町をほうっておくんですか?」
「リック…… ここはグラント王国じゃない。僕達が行動できるのは勇者アイリスを討伐するという任務のみだよ」
「うん。イーノフの言う通りだよ。リブルランドで一戦するには今からグラント王国に許可をとらないといけないね」
「許可ですか…… もうすぐリブルランドが…… 魔王軍に……」
ここがグラント王国ではい。リック達はグラント王国の兵士で、リブルランドの要請で、グラント王国の勇者であるアイリスの討伐の協力に来ているだけだ。ジェラルドの件はリブルランドの問題で、リブルランドからの要請であっても、リック達が介入するにはグラント王国の許可が必要だ。リックはメリッサの言葉を理解したが、目の前で困ってる人がいるのに逃げるのも嫌だった。
「せめて僕達とアイリスさんが一緒なら……」
イーノフがつぶやいた言葉に今度はリブルランドの兵士が、リック達の後ろにいたアイリスを見た。
「では…… 勇者アイリス様にジェラルド討伐を…… 依頼したいのですが……」
兵士達に言葉をかけられた、アイリスはリック達を押しのけ、前にでた彼は兵士達に冷たい視線を送り叫ぶ。
「いやよ! 何を都合の良いことを言ってるの? そんなの無理に決まってるじゃない!」
リックは慌ててアイリスの肩に手をかけた。
「おっおい! アイリス!?」
「いやよ。この人達はジェラルドに言われたからってマオ君たちをリンガス島から追い出そうとしたのよ?」
「だけど……」
「自分たちが困ったから助けてくれなんて虫が良すぎるでしょ!」
「まぁアイリスちゃんの言う通りじゃな。そんな都合の良い頼みは聞けんな」
兵士たちの治療をしていたブッシャーが、ゆっくりとアイリスの横に歩いて来た。ブッシャーはアイリスの横に立ち、彼に微笑みかけた。話しかけ微笑む、ブッシャーにアイリスは同意を得られたことで明るい表情になる。
「マオ君! そうだよね。都合が良いよね」
笑っているアイリスを見てブッシャーは少し悲しそうな顔をした。
「じゃが…… アイリスちゃんは勇者じゃろ? 王都の人達が困ってるんじゃったら行ってあげなさい」
「マオ君? なんでよ?」
「こやつらはまだ反省が足らんと思うが…… 王都の民はなんら関係ないのに苦しんでおる」
「でっでも……」
「わしからもお願いじゃ、ディスコッチの愛した国民をジェラルドから救ってくれないかのう?」
ブッシャーが頭を下げた、アイリスはうつむいて考えていた。リックはアイリスを心配そうに見つめていた。顔を上げたアイリスはブッシャーに微笑みうなずく。
「わかったわ。マオ君の頼みだから聞いてあげる! スラムン、キラ君。行くよ」
「うん。いくズラよ」
「私…… グラント王国の勇者アイリス・ノーム。リブルランドのシミレオの奪還に協力します」
「おぉー!」
胸を張り真剣な目をして、アイリスはリブルランドの兵士達に協力を約束した。兵士達から歓声があがる。振り返りアイリスは、マオ君とリック達に向かって頭を下げ、ゆっくりとリブルランドの兵士達の方に歩き出した。
「待ちな!」
「メリッサ姉さん? イーノフさん? どうしたのよ?」
メリッサとイーノフの二人が、アイリスの前に立った。アイリスは不思議そうな顔で見ていた。
「みんな。アイリスについて行くよ!」
「えっ!? さっき俺達は手出しできないって言ってたじゃないですか?!」
「リック。アイリスさんがリブルランドの依頼で魔王軍討伐に行くなら、僕たちはS1級勇者の補助という大義名分ができるだ。だから協力できるんだよ」
「なんですか!? それ?」
「しょうがないだろ! あたし達兵士は勇者や冒険者と違っていろいろと制約があるんだよ」
イーノフの言う通りでアイリスに、協力するという名目があればリック達は行動ができる。勇者や冒険者と違い、兵士が外国で行動するのは色々制限があって大変だなと思うリックだった。
「それじゃあ…… リック達も来てくれるの?」
「あぁ。あんたと一緒に第四防衛隊はジェラルド討伐に行く」
メリッサをリブルランドの兵士達が見ている。手招きをするメリッサの後ろにリック達は一列にならんだ
「グラント王国第四防衛隊は勇者アイリスと協力しリブルランド王都シミレオの奪還に参加します」
手をあげてリブルランドの兵士達に宣言するメリッサ。アイリスが嬉しそうにリック達をみて、リブルランドの兵士達が喜んで拍手をする。拍手が終わると、イーノフとメリッサが、アイリスやリブルランドの兵士達と話し合いを始めた。
しばらくして二人がリック達のところに戻ってくる。
「じゃあまず僕たちは王都シミレオに向かうチームと王城に向かうチームに分かれる」
「はい」
「王城に向かうのはメリッサのチームとスラムンとキラ君、王都シミレオにはリックのチームとアイリスさんが向かう」
「わかりました」
「リック達はリブルランドの兵士達を連れて王都シミレオの魔王軍を排除してくれ」
「はい」
「僕たちは王城を守ってリック達が来たら討って出て魔王軍を挟み撃ちにする」
「気を付けるんだよ」
「はい!」
イーノフが説明を終えるとメリッサの元へと戻っていった。イーノフの転送魔法で、メリッサ、ゴーンライト、キラ君、スラムンは先に王都シミレオの王城へと向かって行った。
リック達は船でリブルランドの王都のシミレオへと向かう。王都シミレオはシミレオ島にある。リンガス島から船で一時間ほどの距離にある、シミレオ島は小さい三角の形をした島であり、角の一つが大きく隆起して崖のようになっている。城はその崖を背にして建てられている。
王都は他の二角の間にひろがり、いわゆる三角形の底辺にあたる部分が街になっているのだ。その為、王都と城は少し離れている。船で城に行くには、王都の港に船をつけて徒歩で行くしかない。リック達は王都シミレオの港へ来た。少し離れた先に見える城は門が閉じられてひっそりとしている。
「うわぁ…… ひどいな」
港は海洋国家らしく大きな船がいくつも係留されていたようだが、魔物の襲撃を受けてほとんどが壊され、海面には数多くの船の残骸が浮かんでいた。
桟橋から港へ来たリック達、本来は活気があり賑やかな場所なのだろうが、屋台は全て壊されて魚などが散乱している。
「こっちも損害がひどい」
港から町へ出てさらにひどい状況が見えてくる。木で出来た家が綺麗に並んでいて、ヤシの木が通りをかざる綺麗な場所みたいだが、今は逃げ遅れた人の死体や、物が散乱してさらにところどころに煙があがっている。
「皆さんは生き残った人がいないか確認をしてください。敵が居たら対処をお願いします。俺達は王城へ向かいます」
「わかしました。気を付けて」
「はい」
リックは兵士に指示をだし、アイリスと共に王城へと向かうのだった。港出て王城へ向かう、大きな通りへと出たリック達、死体やゴミが散乱しひどい状態の道を歩く。
「リック?」
「どうしたの? ソフィア?」
町の通りを歩くとソフィアが不安そうにたずねる。
「静かすぎませんか? いくらなんでも見張りもいないなんて?」
「そういえば…… いくらなんでもおかしいよね」
ポロンとソフィアが何かに気付いた。通りの向こうから誰かが近付いてくる。
「みんな戦闘の準備を!」
リックは剣を抜き戦闘の用意をする。青い鎧をつけた男が骸骨の兵士を従え、リック達の前にゆっくりと進んでくる。この青い鎧の男を見たリックが思わず声をあげる。
「お前は……」
「おやおやぁ? 勇者アイリス様ではございませんか。まさかやって来るとは思いませんでしたよ」
「ジェラルド…… あんたどういうつもり!? リブルランドを襲うなんて!?」
ニタニタと笑いながら、ジェラルドが近づいて来て、リック達の十メートルほど前で止まる。
「ちょっと計画が狂いましてね。だからリブルランドの王様に消えてもらいます」
「はぁ!? なんでそうなるのよ」
「リブルランドに隠れ住んでいた魔物たちが反乱をしてリブルランドの王を殺した。これでますます人間達は魔物を憎むでしょうね!」
「はぁ!? まさかあんた最初からそれが目的で?」
「そうですよ。私の本当の目的は魔物の始末ですよ! 人間に味方するね!」
両手を広げ得意げに語るジェラルド、アイリスは彼を睨みつけている。リックは一歩前に出た。
「もういい。茶番は終わりしようぜ。お前が人間じゃないのはわかってる。さっさと正体を見せろ」
リックは剣先をジェラルドに向けた。ジェラルドは笑顔でリックに答える。
「いいでしょう。教えてあげますよ。我は魔王軍四邪神将軍が一人、疾病魔人のジオール!」
ジェラルドの正体はジェーンと同じ四邪神将軍、疾病魔人ジオールだった。両手を広げたジェラルド、ガシャン、ガシャンと、音を立て彼が身に着けていた鎧が外れて地面に落ちていく。ジェラルドの体が大きく膨れ上がっていき鎧を吹き飛ばしたのだ。
「こっこれは?」
ジオールが姿を現した。皮膚は緑色で頭に二本の角を生やし、口は耳までさけて牙が上下に二本ずつでて、目が鋭く細い醜い顔をしている。体は上半身が盛り上がり足も太く、二階建ての建物とかわらない大きさだ。
「ちょっとなんで? 魔王軍が魔物を襲ったのよ?」
「人間と共存している魔物が存在してると、我々の士気にかかわるのだよ!? 勇者のお嬢さん!」
醜い顔をさらに醜くして笑うジオール、魔王軍の士気をあげるため、静かに暮らしている魔物たちを襲ったという。リックはそんなことのために、村を襲い人々を傷つけたというジオールに怒りを覚えるのだった。