第147話 戦え第四防衛隊
アイリスがリックの元へ、駆け寄り顔を覗き込んで来む。リックもアイリスの方を見て、互い顔を見合わせるようになった。驚いた表情のアイリスがリックに口を開く。
「リック!? グラント王国の王立第四防衛隊って……」
「あぁ。多分メリッサさん達がこの村に攻めてきてるんだろう」
「ほう。第四防衛隊とはお主の仲間か…… ならおぬしらが帰らないからジェラルドの奴が仕向けたんじゃろう」
ブッシャーは冷静な口調で話をする。彼の予想は当たっている。先行したリック達からの合図がないので、我慢できなくなったジェラルドが、メリッサ達に攻めさせたのだ。
「ちょうど良いな。おぬしは二人のお嬢さんと一緒に村の裏口から出ていくがよい」
「そっそんな?!」
「リック。マオ君の言う通りよ。ソフィアも…… あのポロンって子も素直でいい子じゃない。危ないから連れて帰りなよ」
「そうじゃ。さっきも言ったがお主には関係ないことじゃ」
小さくうなずくアイリス、確かにグラント王国の兵士である、リックには関係ないだった。だが、リックの足は動かない、ここで友達を見捨てて一人で逃げるという決断は簡単にはできないのだ。
「マオ君はみんなを村の洞窟に避難させて! 私がくいとめるから!」
「アイリスちゃん、わしも…… グッ!? はぁはぁ」
「もう…… マオ君は無理しないの! 私が行くから! あなた! マオ君を洞窟に連れ行ってあげて」
「はっはい!」
アイリスは逃げてきたオークに、ブッシャーを任せると出撃の準備を始めた。
「待て! アイリスちゃん。これを持っていくのじゃ」
「でも、これって……」
「なーに。伝説の防具は昔から勇者に渡すと相場が決まっておる。先代の勇者はリブルランド王から受け取ったのじゃろうが…… アイリスちゃんは元魔王で勘弁してくれ」
「ありがとう。マオ君!」
ブッシャーは手に持っていた、天上の兜をアイリスに向けた。笑顔でアイリスは両手で、丁寧に天上の兜を受けとった。嬉しそうに笑うブッシャーとアイリスの姿がリックの目に映る……
リックは目の前の光景を見て自分自身に問いかける。自分が騎士になりたかったのはなんのためか、兵士になり自分が守ってきたものはなんなのか。二人の笑顔を見て彼は迷う来なくすぐに答えを決める。
そっとリックは、アイリスの肩に手をかけた。彼は驚いた表情で振り返る。
「リック!?」
「俺も一緒に行く!」
「ダメよ! あなたとメリッサ姉さんたちが戦うなんて…… 絶対に……」
アイリスは目に涙をため、首を横に振った。リックはアイリスに微笑む、彼はメリッサ達と戦うつもりなど毛頭なかった。
「いや…… 別に戦いに行くわけじゃない! 俺はメリッサさん達に真実を伝える。そしてお前とブッシャー達を助ける」
「リック…… でも……」
「お前が断っても俺は一緒に行く! いいな? そこで待ってろ」
「あっありがとう」
アイリスは手で顔をぬぐい、笑顔でリックにうなずいた。リックは隣の部屋に駆けて行く。ソフィアとポロンは異常な雰囲気で起きてベッドから下りていた。二人はリックの顔を見て安心した表情をみせた。リックはブッシャーから聞いたことを、二人に話して現在の状況を説明する。
「今、この村にメリッサさん達が攻め込んできている」
「メリッサさん達が?」
「きっと合図がなかったらだと思う。俺はアイリスと一緒に行くから、ソフィアとポロンは裏口から逃げるんだ」
「いやです。リックと一緒です」
「そうなのだ。ここの魔物さん達は悪者じゃないのだ。だから守るのだ!」
「ダメだ。メリッサさん達と一緒にリブルランドの兵士もいるとから危険だ」
「大丈夫です。もしリックが断っても勝手についていきます。私達は仲間です!」
「ポロンもソフィアと同じなのだ! リックと一緒に行くのだ!」
二人は真剣な表情で、リックの顔をジッと見つめている。ポロンもソフィアも、目には涙を浮かべていた。これは二人の同行を断ったら、盛大に泣かれ、勝手について来るに決まっている。自分と同じで強情な二人に笑ってリックは小さくうなずいた。
「わかったよ。じゃあ、二人とも俺から離れないんだよ」
「はい。離れません」
「わかったのだ! ポロンも離れないのだ」
ソフィアとポロンが手を出す、リックは出して来た二人の手を、しっかりと握るのだった。二人は握られた手を見て嬉しそうに微笑む。ソフィアとポロンは大事な仲間だと改めて認識し、勝手に離れろと言ったことを後悔し二人に心の中で謝るのだった。
「よし! じゃあ二人とも早く準備をしてアイリスのとこに一緒に行くよ」
「はい」
「行くのだ!」
二人を連れてリックは、アイリスの部屋へと戻った。ブッシャーの部屋に入ると、アイリスがリックの後ろから、ついてくる二人を見て驚く。
「えっ!? ソフィアもポロンちゃんも一緒に来るの?」
「うん。二人とも俺の仲間だから」
「ありがとう。でも、いい? 二人とも危なくなったら逃げるのよ!」
リックに礼を言ったアイリスは、ポロンとソフィアの前へ、二人に握手をしようと手を伸ばした……
「って!? なによ!!! これ!!!」
「うん!?」
ポロンとソフィアの前に立ったアイリスが、叫び声をあげ部屋に響く。アイリスは二人の前で、両腕を下し拳を握って、肩をプルプルと震わせていた。
「ちょっと! リックー! 何なのよ! これ?」
「えっ? 何だよ?」
振り返ったアイリスがリックを睨みつけた。どうやらアイリスは怒っているようだが、なぜ怒られたかわからずリックは首をかしげる。
「なんで? ポロンちゃんとソフィアが私と色違いの耳飾りをつけてるのよ!?」
「この耳飾りはリックが買ってくれたんですよ!」
「そうなのだ! 買ってくれたのだ!」
「あぁ。アイリスと市場に行った話をしたら、二人ともほしいっていうからさ。次の休みに三人であのアクセサリー屋に行って、ソフィアには赤い宝石の着いたのをポロンには緑色の宝石が着いたのをそれぞれに買ったんだよ」
ポロンとソフィアの耳には、アイリスと色違いの耳飾りがつけられていた。リックはそれを自分が買ってやったと得意げに話す。眉間にシワをよせリックを睨みつけるアイリス、リックは彼の視線に気づかず笑顔で尋ねる。
「二人ともかわいいだろ?」
「はぁ!? これは二人の大切な思い出でしょ? なんで二人に買っちゃうのよ?」
「えっ!?」
首をかしげるリック、彼に悪気はなく、ただこの耳飾りがソフィアに、似合うと純粋に思ってプレゼントしたのだ。リックは淡々となぜ買ったか説明をすうr。
「お前がつけてるの見てかわいかったから……」
「えっ!? 私がつけた姿がかわいかったから!?」
うなずくリックだった。アイリスが付けた時にチェーンで、揺れる丸い耳飾りがかわいく見えたのは本当だ。まぁ、彼がかわいいと思ったのは耳飾りでそれを付けた友人ではないが……
「もう…… しょうがないわね。私がかわい過ぎるからいけないのよね」
「はぁ……」
アイリスは顔を赤くして、頬に手を当ててくねくねしだした。ため息をついたソフィアが、アイリスに同情の目を向けるのだった。リックはとりあえずこの場がおさまったのでいいやと思い。さっさとメリッサ達を迎えに行こうとする。
「ほら早く行かないとメリッサさん達が来ちゃうぞ!」
「あぁん。待ってよ」
「さぁ。行きますよ。ポロン!」
「行くのだ!」
リック達はブッシャーの家の入り口で、スラムンとキラ君と合流し、村の入り口に向かうのだった。
「あっ! ちょっとまってよ! スラムンとキラ君!」
「何ズラ!? アイリス?」
「スラムン達は迂回してタカクラ君を……」
「分かったズラ!」
スラムンに顔を近づけ、アイリスがスラムンと話してる。話が終わるとスラムンとキラ君は、道から外れて森の中へと入っていった。
「アイリス。スラムン達はどこへ?」
「あぁ。スラムンとキラ君はタカクラ君を助けに行ってもらったのよ」
「そうか。わかったよ。じゃあ俺達は行くか」
「うん」
アイリスは笑顔で頷いた。リック達は村の入り口へとやってきた。スラムンがリック達と会った時に、魔法でつけた松明は消され、代わりにリブルランドの兵士達であろう松明の光がこちらに向かってきているのが分かる。だが、先頭リブルランドの兵士ではなく、先頭に立っているのは、普段はその大きな背中で、リック達を引っ張ってくれる先輩だった。
「メリッサさん!」
「おぉリック! 無事だったのかい?」
「はい」
武器を構えていたメリッサ達は、リック達三人の姿を見て武器を下した。
「アイリスはここにいてくれ。ソフィアとポロンは一緒に行こう」
リックとポロンとソフィアは前に出て、メリッサ達から少し離れた場所で声をかけた。
「メリッサさん、イーノフさん、ゴーンライトさん。もう、やめてください。実はここの村はジェラルドに……」
この村の事情をメリッサ達に説明するリック。彼の話しを聞いたメリッサ達は厳しい表情をした。
「うん!? クソ!」
メリッサ達の後ろから矢が飛んできた。リックは剣を抜くと同時に、飛んでくる矢を叩き斬り、折れた矢が彼の足元に刺さる。
「誰だ!」
リックの叫び声が響いた。メリッサの背後から集団が近づいて来る。
「困りますねぇ、グラント王国の人達同士で勝手に話をしてもらっては」
「ジェラルド!」
メリッサ達の後ろから、道を歩いてジェラルドと弓を構えた、リブルランドの兵士達が、リック達へと近づいて来た。リックは腰を少し落として手に持った自分の剣に力を込めた。
「おっと! 動くなよ。こいつがどうなってもいいのか? 連れて来い」
ジェラルドが笑って背後を向き、腕を前後に動かして来いと指示をだした。道の向こうに大きな影がうごめき、リック達へと近づいてくる。
「あれは…… タカクラ君……」
松明が照らす薄暗い道を、幅十メートル、長さ二十メートルはある、巨大な荷車がたくさんの兵士たちに、引っ張られこちらにやってくる。荷台に上にはタカクラ君が鎖で縛りつけられていた。タカクラ君はピクピクと動いているが、苦しそうで悲しい目をしていた。兵士達はジェラルドの後方にタカクラ君を引っ張って来ると、離れてタカクラ君を囲むようにして立つ。
「ひどいです」
「ちょっとあんた! わたしのタカクラ君に何してるのよ!」
「おっ! 勇者も一緒かちょうど良い。天上の兜を返してもらおうか!」
「いっ今は…… 持ってないわ!」
天上の兜を返せと叫ぶジェラルドに、声を震わせてアイリスは右の眉毛を、ピクピクと動かしながら答える。
「ほう!?」
ジェラルドが手を上げると、一斉にリブルランドの兵士達が、タカクラ君に弓を向けた。慌ててアイリスはジェラルドを止める。
「待って! やめて! わかったわ! 天上の兜を渡すからタカクラ君には何もしないで!」
「ははは。素直でいいぞ。グラント王国の勇者よ」
笑ってジェラルドは兵士達に合図を送る。兵士達は弓を静かに下した。
「よーし、天上の兜をこっちに投げるんだ」
「クッ!」
アイリスは悔しそうな表情をして、ゆっくりと天上の兜を、道具袋から取り出して投げた。ジェラルドの足元に落ちた、天上の兜に彼は目線を送り満足そうにうなずいた。
「はっはっは! 言うこと聞いて偉いぞ勇者よ。それじゃあまずはこのイカを処刑だな」
「なっなんでよ! 天上の兜を渡したでしょ!」
「我々を襲った危険な魔物どもは、死刑にするにきまってるでしょう?」
にやりと笑うジェラルド、初めから彼はタカクラ君を助ける気なんかなかったのだ。メリッサがジェラルドを睨みつけた。
「あんた! いい加減にしないか!」
声に反応したジェラルドは、リック達に怪訝な表情をしてから、ニタァといやらしく笑った。
「いいことを思いつきました。グラント王国の兵士達よ。殺し合いなさい」
「はぁ!? おっお前!」
「ほら! さっさとしないとこのイカを殺しますよ!」
またジェラルドが右手を上げ合図を送った。兵士達が弓を一斉に構えた。笑るジェラルドを見て悔しそうな顔をするリックだった。
「あれは…… メリッサ!」
イーノフが何かに気付き、メリッサとゴーンライトに、何やらに耳打ちをしてする。リックは三人の様子をみている。何か策があるのだろうか。イーノフとメリッサが小さく頷いてリックに笑顔を向けた。
「しょうがない! じゃ、メリッサのチームとリックのチームで戦うよ。メリッサ! 行こうか」
「あぁゴーンライトは遅れるなよ!」
「はっはい!」
「メリッサさん? イーノフさん?」
「来るのだ! ソフィア! 構えるのだ!」
動揺するリック達だったが、メリッサは構わず戦いを始める。
笑顔のイーノフがソフィアの前に立って、杖の先端を彼女に向けた。
「さぁソフィア。どっちがこの小隊で一番の魔法使いか決めようじゃないか!」
「ふぇぇぇ!?」
「ソフィア!」
イーノフの杖からソフィアにむかって火の玉が飛び出した。素早く身をひるがえしてソフィアはかわす。
「ポロン! ソフィアのフォローをお願い」
「わかったのだ! イーノフさんにどっかーんなのだ!」
ポロンがハンマーを横に構え、イーノフへと向かって行く。ドゴォっという音がして、ハンマーが振られてイーノフに……
「チッ!」
ポロンのハンマーは長方形の金属の盾によって防がれた。驚いた顔のポロンが、ハンマーを盾からはなした。彼女の前に両手に持った盾を前に向けたまま人が立っている。盾からポロンがハンマーをはなすと、ゴーンライトさんが盾の横から顔をだした。
「残念! ポロンさんの相手は僕だよ!」
「やるのか!? ゾーンポイトさん!」
「だから! ゴーンライト! それ全然違うでしょ!」
ソフィアにイーノフ、ポロンにゴーンライトが相手をするようだ。つまり残ったリックの相手は……
「ってことは…… 俺に来るのは当然あの人だよな…… うわぁ!」
リックに向かってきた、大きな熊のような影から、鋭く磨かれた刃が飛び出してきた。飛び出して来たのは柄の青い槍だった。鋭く突かれた槍の一撃が正確にリックの胸を狙っている。
「クッ!」
左足を引いて体を斜めにし、ギリギリのところで、リックは胸をそらして槍をかわした。
「何よそ見をしてんだい? あんたの相手はあたしだからね」
「メリッサさん…… 何で嬉しそうにしてるんですか!? もう……」
ゆっくりと目の前から槍が引いていく。リックの相手はもちろんメリッサだ。
「だから危ないですって!」
槍が手元に戻ったら即座にメリッサが槍を突き出した。槍を戻す速度をわざとゆっくりにして、リックのタイミングを外そうとしたようだ。体を戻したリックは、今度は右足を逆側に体をひねる。リックの横を槍の鋭い突きが通り抜けていった。
メリッサさんが槍を突き腕を伸ばした姿勢になる。リックは槍を横に見ながら、メリッサとの距離を詰めた。
「クソ!」
右手に持った剣をリックが、メリッサの腕を狙って振り上げた。だが、メリッサはすばやく槍を引いて、彼の剣を受けて止めた。ガキっという音がし、メリッサと槍とリックの剣がぶつかり合った。二人は槍と剣を挟んで顔を合わせる。
「どうした? 鋭さが足りないよ。真面目にやりな! リック!」
「でっでも……」
「もう! ほら! うん! うん!」
槍を押し込みながら、メリッサは顎でどこかをさして視線を向け、何かを必死に訴えていた。
「あっ!」
タカクラ君を乗せた、荷車の脇にある木に、スラムンとキラ君が登っていた。リックはメリッサの意図を理解した。彼らが戦う演技をし、注意を引き時間を稼げば、スラムン達がタカクラ君を助けられると。リックがスラムン達に視線を向けたのに、気づいたメリッサはニヤッと笑顔になった。
「わかりました。やりましょう」
「やっとやる気になったね。あたしはね…… ちゃんと決めたかったんだよ。どっちが第四防衛隊で一番強いのかをね!」
両手に力を込めメリッサが槍を押し出した、押されたリックは地面に足を地面に、引きずりながら二人の距離があく。
「(えっ!? ちょっと待ってください! この槍の鋭さ…… 明らかに……)
右手を引いたメリッサが、横から槍で斬りつけて来た。リックはメリッサの槍の軌道と、向かって来るタイミングを合わせて剣を振り上げた。
金属のぶつかりあう甲高く大きな音が、リンガス島に響き渡りリックの剣とメリッサさんの槍がぶつかった。
「(スラムン、キラ君、お願い! 早くしてね。多分…… この人演技だとか言いいながら絶対本気で戦ってくるから…… さっ!)」
右手に力を込め、リックはメリッサの槍を弾いた。両手をあげ後ずさりしながら、メリッサはリックを見て笑った。リックはキラ君とスラムンに視線を向け、二人が早くタカクラ君を救出することを願うのだった。