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第143話 勇者と食事を魔物には愛を

 寮から出たリックとアイリスは、二人で第七区画へと向かう。ここ王都グラディアは円形の町を格子状に壁で区切ってある。

 リック達がやってきた王都の第七区画は南門があって行商人が多く酒場や食堂が多い。


「うん!?」


 ふとリックは視線に気づいて横を向く、隣で歩くアイリスがこっちを見て冷めた表情をしていた。リックが自分の方を向いたと気づいたアイリスはため息をつく。


「はぁぁ…… なんでリックは制服なのよ?」

「えぇ!? だって他の服は昨日の夜に洗濯してまだ乾いてないから……」

「もう! 私と一緒に食事に行くのに制服って……」

「別に汚くは…… うわぁ。汗臭え……」


 汚くないことを証明しようとしたリックが、肩口に鼻を近づけると汗の香りが漂い顔をしかめた。アイリスは呆れて不満げに首を横に振るのだった。


「あっ!」


 前を向いたアイリスが何かに反応し指をさした。


「ねぇ!? リック。お昼ご飯の前にあそこの市場を見ていい?」


 アイリスが指をさした方に、リックが視線を向けると、そこには屋台が並んだ市場があった。通りにたくさんの屋台が並び食料品や布などを売っているのが見えた。


「おぉ! いいぞ。行こうか」

「やった! 早く行こう!」

「わっ!? おい?! あんまり引っ張るなよ」

「へへへ」


 リックの手をいきおい引くアイリスだった。目を細め嬉しそうに微笑み、アイリスはリックを連れて市場へと向かう。


「あー! これかわいい! リック。みてみて!」

「うん? どれどれ?」

「ほら! これー!」


 市場の中ほどにある、アクセサリー屋の屋台で、アイリスが耳飾りを、自分の耳にあててリックに見せている。耳飾りは銀色のチェーンの先に青い綺麗な宝石が先端にぶら下がっていた。


「(おっ! 値段も手ごろで綺麗だな)」


 リックはアイリスが見せて来る、耳飾りに興味を持ったのか顔を近づける。


「そうだ! これを……」


 アイリスに顔を近づけ、リックは耳飾りをまじまじと見つめている。アイリスは近づくリックに目を開き、頬を赤くして後ずさるのだった。


「ちょっと待ってよ! 逃げないでもっとよく見せてよ」


 さらに近付こうとするリックに、アイリスは彼の肩に手を置いて、耳を真っ赤にして口を開く。


「まっ待って! リック…… 私のことジッとみて…… そんなにかわいい? でも、見つめられたら、恥ずかしいよう」

「あぁ。いや、綺麗な石だからソフィアに似合いそうだなって」

「リック! 嫌い!」

「えっ!? ちょっと!? まだ見たかったのに……」


 頬をプクっと膨らませ、アイリスはリックに見えないように、耳飾りを手で隠しそっぽをむいた。


「もっとちゃんと見せてよ。ソフィアに……」

「うるさい! もう知らない! せっかくかわいいの見つけたのに……」

「なんだよ? どうしてそんなに怒ってるんだよ?


 耳を隠したままアイリスは、頬を膨らませてリックを睨みつけている。リックはなぜアイリスが、怒っているのかわからず懐柔を試みる。


「あっ! じゃあそれ買ってやるよ! だからもっとよく見せてよ」

「えっ!? いいよ……」

「遠慮するなって! まっアイリスが嫌なら無理にとは言わないけどさ」

「うっ…… じゃあ、買って!」


 嬉しそうにアイリスは手を前に出し、耳飾りから手を外しリックの前に持ってきた。リックはお店の人に金を払い、アイリスがつけていた耳飾りを購入して市場を後にした。市場を出て食堂に向かう道へと二人が出た。


「(どうした? あぁ、慣れないから違和感でもあるんだろうな)」


 市場を出た後アイリスは、ずっと笑顔で何度も耳を触っていた。急に少し前を歩きだした、アイリスが振り返り耳をさし、リックに笑顔を向ける。


「リック…… ありがとう。これ大事にするね」

「別に気にするなよ。無くしたってかまわないよ」

「なっ!? 無くすって……」


 右手をあげアイリスに答えるリックだった。歩き出したリックはアイリスを追い抜いた。だが、アイリスがいつまで経っても追ってこない。リックが振り返るとアイリスは道の真ん中でうつむいて立っていた。


「どうした? 置いてくぞー」

「やだよ…… せっかく…… 好…… に買って…… だから……」

「おーい! 何してるんだ!? 本当に置いてくぞ」

「あぁ! ちょっと待ってよー!」


 前を向いて歩き出したリック、顔をあげたアイリスは慌ててリックを追いかけるのだった。


「さて…… アイリスが行きたいって言ってた食堂はこの辺のはずだけど……」


 通りを歩きながら脇に立つ店に目を配るリック。アイリスが希望する食堂は、市場から少し歩いたところにある、アリアの泉という名前だ。


「あぁー! あんた何してるのよ?」

「どうした? アイリス? えっ!? おい! 待てよ」


 何かを見つけたアイリスは、急に路地裏に駆けていってしまった。リックは慌ててアイリスを追いかけて路地裏に向かう。


「やめなさい。クッ!」

「あぁ! なんだお前は?」


 路地裏で一人の大きな男が、ウサギを棒状のムチで叩いていた。アイリスはその男とウサギの間に割って入って、手を広げてウサギをかばった。勢い余った男のムチがアイリスの体に当たったが、彼はかまわずウサギの方を向いて膝をつき抱きかかえた。アイリスの視界に震えたウサギが見える。しかし、ウサギの口からは長い牙が見える。そうこのウサギは魔物だった。

 アイリスの腕の中で、ウサギは小さくまるくなって血を流していた。アイリスはウサギの姿を見て思わず声をあげる。


「なんで? こんな…… ひどい!」

「うるさい! こいつが芸を覚えねえんだよ。せっかく高い金出して魔物を買ったのによ」


 棒でアイリスの胸にいるウサギを指して叫ぶ男。アイリスはウサギをかばうように体をよじって男に叫ぶ。


「いくら魔物でも、鞭で叩いて言うこと聞かせるものじゃないわよ!」

「はぁ!? じゃあどうするってんだよ?」

「愛情よ! ちゃんと愛情を持たなきゃ!」

「はっはっは!? 魔物に愛情だぁ? 何を言ってんだ? お前は?」


 アイリスを馬鹿にしたように笑う男だった。リックが路地裏で二人の様子を眺めている。魔物が仲間である、アイリスの気持ちは分かるが、金を払って購入した男から、魔物を取り上げることはできない。ジレンマに襲われながらも、アイリスに何かあればすぐに飛び出そうと剣に手をかける。


「さぁそいつを返せ! こっちは高い金を払ったんだ。その分稼いでもらわないといけなんだよ」

「じゃあ、この子を私に売ってよ。いくらで買ったのよ?」

「あぁ?! いやだね」

「ひどい! あったまきた!」


 アイリスがウサギを置き、腰につけていたチャクラムを手に持って構えた。本来ならアイリスを、止めなければならないリックだが、今日は休日なので、見て見ぬふりをすることにした。


「おいおい。やめろよ。こいつがどうなってもいいのか?」


 男は自分の懐から左手で小さいウサギをだして、耳を掴んでアイリスの前にだした。男が出したのはアイリスの足元にいるウサギの子供だった。アイリスの足元で親ウサギは必死に子供に向かって行こうとしてる。男は鞭で小さいウサギを叩こうとする。


「ひどい…… やめて……」


 アイリスが目に涙をためている。男はアイリスの顔を見てニヤニヤとしていた。


「そうだなぁ。お前さんの態度によっては売ってやらないこともないぞ」

「えっ!? ほんとう? どうすればいいの?」

「ほらお姉ちゃん。その武器をしまってこっちに来な! 俺もしまうからさ」


 男は鞭をしまった。アイリスは男を見て、チャクラムをしまった。アイリスは男の前にゆっくりと歩いく。


「来たわよ。早くその子を私に売って……」

「まぁ待て。両方の手を前にだしな」

「わかったよわ。はい」


 男の言う通りアイリスは、自分の両手を前にだした。ニヤっと笑って男は自分の足元にウサギの子供を置く。リックは二人の様子を見てまずいことになりそうな予感がする。


「俺にも愛情を注いでくれよ。その体でさ」

「ちょっとキャー!」


 素早く男がアイリスの、両手を右手で掴んだ、体格の大きい男なので、アイリスの両手を片手で押さえると、無理矢理上に持っていった。いやらしく男はアイリスの太ももを、左手でさすってからスカートの中に手を入れた。リックは手を額に置いて首を横に振った。この後どうなるかは火を見るより明らかだったからだ。


「えっ!? お前…… 男?」

「違うわよ! この! 心は女の子!」

「だましやがったな!」

「何よ勝手に勘違いしたんでしょ? もう離して!」


 男がアイリスのスカートから左手を出してこぶしを上げた。リックはこれ以上はまずいと飛び出した。リックは男の左手首を掴で止める。


「こら! もういい加減にしろ」

「リック……」

「兵士か? なんだぁ? てめぇは魔物とこのカマ野郎の味方をするのかよ?」

「味方というかお前はやりすぎだ。アイリス…… じゃない。その子を離せ!」

「うるせぇんだよ」


 男がアイリスから、右手を離しリックに殴りかかって来た。リックは相手の左手を掴んだまま、殴りかかってきた右拳を掴み、無理矢理手を広げて相手の腹を蹴り上げた。


「グフゥ」


 男が悲鳴を上げた。リックが両手を離すと、男は腹を押さえてうずくまった。腹を押さえよだれを口から、垂らしながら男はリックを睨み付けてる。


「クッ…… 貴様…… 兵士の癖に…… だいたいこの魔物は俺が金出して買ったんだよ! 俺の物をどうしようが俺の勝手だろ?」

「そうだな。でも、お前は魔物の管理をしてないからな……」


 リックはウサギの親子を指さした。子供の背中に乗せ、ウサギの親は足を引きずりながら逃げようとしていた。リックは話を続ける。


「いいか。グラント王国では魔物の飼い主は檻等に魔物を入れるか、常に行動を共にして監視する義務がある。魔物を勝手に放置した飼い主は投獄だぞ? いいのか?」

「はぁ? てめえ? 何を?」

「でも、俺は優しいからな。この子に魔物を売ってくれれば見逃してやるよ」

「はっはぁ?! てめえそんなこと……」

「あぁ。はいはい。わかった。わかった。言い訳なら牢屋で聞いてやるよ!」

「チッ…… わかったよ」


 リックは牢屋の、方角を指さして笑う、男は渋々納得した。腹を手で押さえたまま、男は立ち上がった。アイリスは男の言い値で金を渡した。金を受け取った男は、さっさとどこかへ行ってしまった。

 アイリスは二匹のウサギを抱いてご満悦そうにリックのところに戻ってきた。


「アイリス…… いいのか? あいつ、多分ふっかけてたぞ」

「いいのよ。またもめたくないし…… さっ早くこの子たちの治療しないと!」


 腕まくりをしてアイリスは笑顔で、ウサギ二匹に手をかざして回復魔法をかけている。


「(でも…… このウサギはなんていうんだろう? うーん…… えっと…… あぁ、これか!)」


 ウサギはロングファングラビットという魔物だ。肉食獣に対抗するために、牙が大きくなったウサギで、人間への攻撃性が低い。食糧がなくなると畑を荒らすといったこと以外、特に害もないため、稀に人間に捕獲され食料や愛玩用として売られることがある。


「よし! もう大丈夫よ。あれ? リック? なに見てるの? あー! それ魔物生息図でしょ? いけないんだー。兵士の勉強不足だー」

「うるさいな。今日は休みだからいいの! この子たちはロングファングラビットと言うらしい」

「へぇ…… じゃあ、こっちの大きい子がロン君で、ちっちゃいのはファン君ね」

「また簡単に名前を…… 待て!? お前はこの子達連れて行く気なのか? 大丈夫?」

「平気だよ。スラムンがキラ君と一緒に面倒見てくれるから!」

「おい……」


 堂々とスラムンが面倒を見ると言い切るアイリスだった。リックはアイリス自身は面倒をみないのかあきれるのだった。アイリスは二匹のウサギを両手に持って頬ずりして笑っている。肌触りが気持ちよさそうで、少しだけうらやましく思うリックだった。


「あっ! ほら! 早くご飯食べにいこうよ。リック」

「そうだな。行こうか」


 リック達は路地裏を出てアリアの泉を探しに戻るのだった。食堂を見つけ席に座った二人。ファン君はアイリスの懐に入れ、ロン君はアイリスが抱きかかえている。食事をしながら親子ウサギの面倒を見る、アイリスは大変そうだがどこか楽しそうでもあった。

 二匹のウサギは、疲れていたのかすぐに寝てしまい、リック達はゆっくり食事を取ることができた。ふとアイリスが食事の手をとめ、リックの方を見た。


「リック…… さっきはありがとうね。ロン君とファン君を助けられたのはリックのおかげだよ」

「でも、アイリスだって本気になればあいつくらい倒せたろ? 俺があいつを痛めつけたかっただけだよ」

「ふふふ。変わらないね。マッケ村でもリックだけだったよねぇ」

「俺だけって? なにが?」

「私の味方してくれたり、助けようとしてくれるのはいつもリックだけ」

「えぇ!? そうだったっけ?」

「そうだよ。昔から私は魔物よりも強くて誰も助けてくれないの。さっきだって本気になればあいつより私の方が強いけど…… やっぱり大きな男の人が近くにきたら怖いよ……」


 うつむき目に涙をため話すアイリス。勇者としての才能に恵まれていたアイリスは、幼い頃から同年の子供たちや大人などよりも強く、村の魔物退治とかに駆り出されていた。でも、アイリスは強いが怖がりで、いつも魔物退治に行く前に泣いていた。


「私が女の子の格好した時も、リックだけが変わらず接してくれたもんね」

「覚えてないよ」

「私は覚えてるよ。村のみんなは私のことを頭がおかしくなったみたいに言ってたわ。村の外の人は…… さっきの男みたいに私が本当は男だってわかると態度をかえるの」

「俺は昔からお前を知ってるから慣れてるだけだよ。それに当たり前だろ。お前がどんなになっても俺はお前の友達だしな」

「はぁ…… やっぱり、リック嫌い!」

「おい! なんだよ!」

「普通はそこでさ昔から俺はお前のことを想って…… とかいうとこじゃないの?」

「だから昔からお前と俺は友達と思ってるって言ったろ?」

「プイ!」


 頬を膨らませてそっぽを向く口をとがらせアイリスだった。大事な友達だと言ってるのに、不機嫌な態度をとるアイリスに納得のいかないリックだった。不機嫌なアイリスは、しばらくリックと口を聞いてくれなかったが、デザートを奢ったら機嫌を直すのだった。


「(やばい。さっき耳飾り買ったし…… 使いすぎだよな。後でソフィアに怒られる……)」


 昼ご飯を食べ終わり、リックはアイリスが泊まっている、宿屋まで見送った。


「じゃあリックまたね」

「おう。またな。今度はどこに行くんだ?」

「今度はちょっと遠いの。リブルランドって南にある島国よ。そこに伝説の防具の一つ天上の兜があるのよ」

「そっか。気をつけてな」

「ありがとう。リックも頑張るのよ。今度、帰って来た時はあんなゴロツキを町中でみないようにしといてね」

「そうだな。みんなが安心して町を歩けるように頑張るよ」

「お願いね!」


 笑顔でアイリスに手を振りリックは家路へとついた。アイリスは彼が通りを曲がるまで、宿の前で立って見送るのだった。別れ際のアイリスは、幼い頃に遊びが終わって帰る時と同じで、どこか寂しい表情をしていてリックは懐かしく思うのだった。

 アイリスと昼ご飯を食べてからしばらくして…… リック達はいつものように詰め所で勤務をしていた。午前中は会議だといって、出かけていたカルロスが青い顔をして帰ってきた。


「隊長。お帰りなさいです」

「おぉ。みんないるな? 悪いすぐに集まってくれ」


 慌てた様子でカルロスは戻ってきて、すぐにリック達全員を隊長の机に集めた。椅子に座り前に手を組んだ、カルロスは真剣な表情で、リック達の全員の顔を見つめゆっくりと重く口を開く。


「先ほど我々第四防衛隊はリブルランドへ行くことが決まった」

「リブルランドって? あの南の島かい?」


 メリッサの問いかけにカルロスはうなずく。リックはハッとした顔をする。リブルランドはアイリスが向かうと言っていた国だからだ。


「そうだ。リブルランドのリンガス島にグラント王国出身の勇者と魔物一味が立てこもり、リブルランド兵と交戦中だ」

「はぁ!? グラント王国の勇者が魔物と一緒に立てこもってるんですか?」

「あぁ。それでリブルランドからグラント王国に責任を取って手伝えって言ってきてな。我々の出動が決まった」

「じゃあその勇者と魔物一味を討伐するんだね。討伐対象の勇者は誰だい?」

「それが…… ふぅ」


 リック達の視線がカルロスに集中する。重苦しい雰囲気が詰め所に立ち込めていく。カルロスはすこし言葉を詰まらせてから、ゆっくりと呼吸して話を再開した。


「討伐対象は…… アイリスだ。魔物を先導し指揮をしている勇者はアイリス・ノームだ」


 カルロスの言葉が遠くなっていく感覚がリックを襲う。彼は目を見開いたまま青ざめた顔で固まってしまうのだった。

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