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第136話 夢に出ないでね

 シーリカが詰め所を訪ねた翌日の早朝。リックとソフィアとポロンの三人は、王都の西門へと向かって街道を歩いていた。これから西門でシーリカと待ち合わせ、瘴気の調査へと向かう予定だ。朝早く出発するため、三人は詰め所には寄らずに、直接集合場所の西門へと向かう。ただ、寮から西門に行くためには、詰め所の前を通って行くことになるのだが……


「ふわぁぁぁ。眠いのだ!」

「私もです…… ふわぁぁ」

「もう…… 二人とも! ダメだよ。起きて!」


 ソフィアとポロンが、あくびをしながら眠そうに歩き、リックが二人を目覚めるように声をかける。早朝で人通りは少ないとはいえ、まれに馬車が通るので目をさましてないと危ないのだ。


「見て下さい。リック! 隊長が!」


 道の先をソフィアが指してリックを呼ぶ。彼女が指した先を見ると、カルロスが詰め所の扉の前に立っていた。


「なんだ?? 隊長には俺達は直接現場に行くって伝えたのに…… なんかあったのかな? それとも俺達を見送ってくれてるのかな……」


 リックはわざわざカルロスが、見送りに出てきてくれたことが少しうれしかった。しかし、詰め所に近づくにつれその気持ちが薄れていく。カルロスは右手で頬を押さえリック達を睨みつけていたからだ。


「おはようございます」

「来たな! お前さん達のせいで…… これをみろ!」

「えぇ!? どうしたんですか? それ!?」


 挨拶をして通りすぎようとしたリックに、カルロスが自分の頬から、手を離すと顔が真っ赤に腫れていた。痛々しいその姿に見て驚くリックは何があったのか彼に尋ねた。


「昨日…… 家に帰ったらうちのかみさんに胸ぐらをつかまれて、あんたの部下にババアって言われた! 教育がなってないって! ひっぱたかれたんだぞ! お前さん達うちのカミさんに何をしてくれたんだ?」

「ふぇぇぇぇ!? ノノさんがですか?」

「ノノさんはやっぱりこわいのだ!」

「ちっ違いますよ! それはこういう訳で……」


 ノノは家に帰っても怒りが、おさまらずにカルロスをひっぱたいたのだ。年齢に対するノノの執念にリックは呆れるのだった。昨日冒険者ギルドで起きたことをリック達はカルロスに話した。カルロスはため息をついて頭を抱えた。


「わかった。お前たちさんが悪いわけじゃないけど…… 気を付けてくれ! ポロン! リック! ソフィア! 今度からうちのかみさんの前でココと若さを比べるのは絶対に禁止だ! 僕の身が持たないからね」

「はーい。わかりました」

「はい。気をつけます。なっポロン?」

「わかったのだ!」

「ほんとうに? 大丈夫かい?」


 笑顔で自信満々に頷くポロンを、カルロスは疑いの目で見るのだった。リック達はカルロスに挨拶をし、シーリカとの待ち合わせ場所に向かう。


「隊長のほっぺ痛そうでした」

「うん。ノノさんはもう怒らせないようにしようね。隊長のためにも……」


 王都の西門が近付いてきた、西門の横の少し広くなった場所でシーリカと待ち合わせをしていた。


「あれ!? 誰だ……」


 シーリカと待ち合わせの場所に人が、リック達に背中を向け立っていた。立っているの人物はシーリカではなく、防衛隊の制服を着て背中にリスの尻尾と頭に耳が生えている。怪しい人物にリックは警戒をする。


「誰なのだ! 返事をするのだ」

「あっ! こら!  ダメだよ。勝手に!」


 ポロンが駆けて行き、待ち合わせ場所にいる謎の人物に声をかけた。謎の人物はゆっくりと振り向く……


「うふ! おはよう! ポロンなのだ!」


 振り向いたのは綺麗な、青い瞳の金髪おかっぱイーノフだが…… リス耳を生やし、ふわふわな尻尾を付け、さらになのだというポロンのしゃべり方を真似していた。


「イッイーノフさん!? 何してるんですか?」

「僕…… わっ私はポロンなのだ。イッイーノフじゃないのだ。シーリカ様と一緒に行くのだ!」


 リック達の目の前にいる粗悪なポロンは、イーノフが変装したもので、シーリカと一緒にクエストに行くつもりだったようだ。いくらシーリカのファンだからといってやりすぎである。リックは呆れてものが言えず困った顔をする。ソフィアは目を細め軽蔑の目でイーノフを見るのだった。


「ちがうのだ! ポロンはわたしなのだ!」


 イーノフポロンに本当のポロンが詰め寄る。手を腰に当ててプクッと顔を膨らましている本当のポロンはかわいい。対して同じようにほほを膨らましている。偽物はお世辞にもかわいくなくむしろ気持ちが悪い。


「(まったく…… こんなイーノフさんを喜ぶのは残念なグラント王国の王女くらいだろうに…… 本当にスノーウォール砦に今からおいて来てやろうかな)」


 チラッとソフィアを見たリック、ソフィアは苦い顔でイーノフを見つめていた。すぐにこの事態を収拾するためにリックは手を打つ。


「ソフィア! メリッサさんを呼んできて! 多分詰め所にいるから!」

「はい。すぐに呼んできます」

「何だって…… こら! やめるのだ」

「ポロン! 偽ポロンを捕まえろー!」

「がっちりなのだ! つかまえたのだ」

「あっ! こら! 離せ!」


 イーノフの腰に抱き着いてポロンが締め上げる。イーノフの顔が青くなり苦しそうだ。ハンマーを軽々と振り回すポロンの力に、魔法使いのイーノフさんが勝てるはずもなく簡単に拘束された。


「(はぁ…… こんなに精巧なポロンの毛並みとかを再現した耳と尻尾どうやって作ったんだよ…… きっと魔法で作ったんだろうけど…… 才能の無駄遣いだよな……)」


 必死に抵抗するイーノフを羽交い絞めにするポロン。リックはイーノフが逃げ出さないように監視する。すぐにソフィアがメリッサを連れてきた、状況を瞬時に把握した彼女は、怖い顔してイーノフに近づき胸ぐらをつかむ。近づくメリッサのあまりの怖さにポロンは、イーノフを置いてゆっくりと後ずさりして離れていった。


「あんた! 何してんだい!? まったく恥ずかしくないのか!」

「メッメリッサ!? クッ…… 違うのだ! ポロンなのだ!」

「違うのだ! わたしがポロンなのだ!」

「いい加減にしないと…… 殴るよ!」

「グガァ!? メリッサ…… もう殴って…… グフ! はい……」


 殴られてシュンとなっているイーノフの首根っこをつかんで、メリッサはリック達に申し訳なさそうに頭を下げた。リス耳をつけた気持ち悪い金髪おかっぱのおっさんは、メリッサに首を掴まれて引きずられていくのだった。


「ふぅ…… 衝撃的な姿だったな。夢に出てきたらうなされるよ…… なぜポロンになったんだろう? せめて俺に化ければよかったのに…… ポロンとイーノフさんの似てるところは背の高さくらいだろうに……」


 引きずられていくイーノフを見ながら、リックはとりあえずシーリカが来る前に撤去できてよかった。第四防衛隊の醜態を聖女にさらすことにならずに済んだのだ。イーノフが撤去された城門の横でリック達はシーリカを待っている。

 リックとソフィアは城門の横に並んで立って、近くでポロンは城門を行き交う人達を物珍しそうに見ている。


「ポロン! 遠くに行かないで俺達が見えるところにいるんだよ」

「わかってるのだ」


 ポロンが手を振って、ソフィアが答えていた。リックはポロンの言葉を簡単には信じずに、彼女が遠くにいかないか見張っていた。リックの様子を見てソフィアが彼に微笑む。リックはソフィアと目を合わしジッと彼女を見つめ不思議な顔をした。


「どうしたんですか? リック? 私の顔を見て!」

「うん。あぁ。メリッサさんもノノさんも怖いなと思ってさ。ソフィアも将来……」

「リック! そんなことないです!」


 以前にリックがカルロスから聞いた話によると、メリッサもあれで昔は大人しかったらしい。ソフィアはリックの言葉にさみしそうにする。


「リックは私のこと怖いですか?」

「いや怖くはないけど…… たまに電撃魔法とかしてくるから……」

「それはリックが悪いからですよ! 私がいるのに他の子と仲良くしたり、いやらしいことしたりするからです!」

「えっ!? そんなことしてないよ……」


 ほほを膨らましたソフィアが、リックに顔を近づけ下から覗き込んで来る。リックはソフィアの顔を見つめている。


「ソフィア? もしかして怒った?」

「怒りました! 謝るです!」

「ごめんね」

「じゃあ…… はい」


 正面に立ったソフィアは、リックの胸に頭をつけると、すぐに目を閉じて顔をあげた。


「リック早くするです」

「わかったよ」


 そっと手でソフィアの頬を掴んだリックは、軽く彼女のおでこにキスをした。


「あゎゎゎ! これがミャンミャンが言ってたイラつく言動ですね! わかります!」

「うわ! シーリカ様!?」


 二人は気づかなかったが、いつの間にかシーリカがやって来ていた。不機嫌な顔をしてリックとソフィアの間に手を入れて来る。


「あゎゎゎ、早く離れなさい! 不潔な!」

「ふぇぇ…… リック……」


 シーリカに引き離され、さみしそうにソフィアが、リックに手を伸ばしている。リックも寂しそうに彼女を見つめている。


「まったく!」


 リック達を引き離したシーリカは、交互に二人の顔を見ながら不機嫌にしている。昨日と同じ神官服を着たシーリカだが、裾からは黒い手甲がのぞくので、中に巡礼の時と同じように鎧を身に着けているだろう。また、シーリカは革のバッグを肩にかけている。


「おはようございます。ソフィア様、リック様」


 両手を広げてリックとソフィアを離して、それぞれに挨拶をするシーリカだった。リックは彼女の側にハクハクがいないことに気付いた。


「おはようございます。ハクハクはいないんですね?」

「いえ…… 連れてきましたよ。あれ? 確かわたしより先に…… あっ!」


 首を振ってシーリカがハクハクを探している。どうやらハクハクは先に駆けてきて、ポロンの元へ行ったようで、ポロンに抱きかかえられていた。ポロンがハクハクを抱いてシーリカの方に歩いてきた。


「あゎゎゎ? ポロンさんもいらっしゃるんですか?」


 シーリカがポロンを見て驚く。どうやらシーリカは、リックとソフィアだけが来ると思っていたようだ。


「ダメですか? 今はポロンと俺とソフィアの三人でチームなんです」

「あゎゎ。どうしましょう。でも、リックさんとソフィアさんが一緒なら…… はい。ポロンさんも一緒で大丈夫ですよ」


 うなずくシーリカにホッとするリックだった。ここでポロンだけ置いていくとなったら大変だろう。ポロンは絶対に拒否するだろう。ポロンがシーリカの横に行って頭を下げ挨拶をする。


「おはようなのだシーリカ!」

「あっ! こらポロン! シーリカって言っちゃだめだよ。聖女様なんだからシーリカ様と……」

「いえ。いいんですよ。ソフィア様も、リック様もシーリカと呼んでください」

「えっ!? わかりました。じゃあ、俺のこともリックでいいですよ」

「ふぇぇぇ、私もソフィアでいいです」

「ポロンもポロンでいいのだ!」

「リック、ソフィア、ポロン…… ちょっと恥ずかしいです」


 少し恥ずかしそうにシーリカは、三人の名前を呼んでいた。まだ慣れてないようだが、リックは少しシーリカと親しくなった気がするのだった。


「じゃあそろそろ行こうか」

「はい。よろしくお願いします」


 リックがシーリカ声をかけ、四人は風馬の谷に向けて出発した。西門を出て街道にそって、平原を横断していると、左右に分かれた道がある。分かれ道を右にいくと、以前タンタンたちと行った森に向かう。左に行くとリックの故郷のマッケ村に続く道で、風馬(ふうま)の谷はその途中にある。リック達は左に向かって進む。

風馬(ふうま)の谷は王都がある王国中心部と、王国の西地域の境目にあり、人の往来が多く近くに宿場として栄えた村がある。村には救援要請を受け、現在は騎士団が警備を行っている。瘴気の調査は冒険者に譲ったが、面目を保つために騎士団は村の警備だけはゆずらなかった。


「風馬の谷にある村に行って話を聞いてみましょう」

「あゎゎゎ。そうですね。まずは瘴気の様子を、聞かないといけませんからね」

「わかりました」

「なんだかシーリカが冒険者っぽいです」

「当たり前ですよ。私も冒険者ですから!」


 自信満々な表情でシーリカが自分は冒険者だと主張した。ソフィアとポロンは笑っていた。

 風馬(ふうま)の谷の村が近付いてくる。風馬(ふうま)の谷は、かつて大陸を南北に流れていた川の跡だ。高い山に囲まれていて、街道は整備されているが、谷には魔物が生息していて谷の途中に村はない。谷の出入口の近くにそれぞれ村がある。二つの村に名前は共に風馬の谷の村と言い、王都から見て入り口にあたる側を東、出口を西で区別されていた。


「うん!? あれは…… 騎士団だよな!? どうしたんだ?」


 風馬の村の方向から、人が逃げて来た。白い鎧を着た騎士団たちだった。勢いよく駆けてきてリック達の方へと向かって来る。


「どうしたんですか!?」


 リックは道をふさぐように立って、一人の騎士の手を掴んで声をかける。捕まった騎士は、不機嫌そうに明らかに、リックに向かって敵意を向けていた。


「はなせ! 瘴気に毒されたパープルゴブリンが村を襲ってきたんだよ!」

「そうか。それでどうしてあんたたちは逃げてるんだよ!?」

「うるせえな。俺達は簡単な警備だって聞いてたんだ。魔物がでるなんて聞いてない! だからさっさと逃げんだよ! じゃあな」

「おっおい! クソ!」


 騎士はリックの手を強引に振りほどいて逃げていいった。首を横に振り失望するリックだった。騎士団に期待をしても無駄…… リックはその事実に自分が慣れてきているのも少し嫌だった。


「急ぎましょう。リック!」

「うん! ポロン、シーリカ! 行くよ」

「あゎゎゎ。はい」

「いそぐのだー!」

「えっ!? ポロン! 急ぎすぎだよ」


 肩にハクハクを乗せるとポロンは走り出した。慌ててリック達は彼女の後を必死に追っていく。村が近づいてくると、ところどころ火をつけられて家が、燃えているのが見えて人の悲鳴が聞こえてきた。


「ひどいな。のどかでいい村だったのに……」


 村を襲っているのは、瘴気等の魔力や闇の力に侵されたゴブリンで、紫の皮膚をしたパープルゴブリンという魔物だ。普通のゴブリンより毒などの状態異常に強く戦闘能力も高い。


「だから魔物生息図を今見てると……」

「わわっ! メリッサさんには内緒だよ!」


 ソフィアとポロンの背中に隠れて、魔物生息図を見ていたリックにソフィアが突っ込むのだった。リックは慌てて魔物生息図をしまって剣に手をかけた。


「みんな武器を準備して!」


 村の入り口でリックは剣を抜くと、戦闘準備をするように指示をした。リック達が村に入ると一匹のパープルゴブリンが、逃げ惑う村人を捕まえて縛り上げている。

 

「いや! 助けて! いや!」


 パープルゴブリンが女性を縛り上げどこかへ連れ行こうと縄を引っ張っていく。女性は必死に踏ん張って抵抗していた。


「ソフィア! 弓で彼女を助けて!」

「はい」


 弓を構えてソフィアが矢を放つ。矢は空気を切り裂く音を立てながら、パープルゴブリンへと一直線に向かって行った。


「ギャッ!」


 矢はパープルゴブリンの頭を貫いた。パープルゴブリンは小さな悲鳴をあげて倒れた。連れて行かれそうになっていた女性は、倒れたパープルゴブリンの前で膝をついて呆然としていた。リックは駆けより、彼女の肩に手を置いて声をかける。


「大丈夫ですか?」

「はっはい。ありがとうございます。でもまだあいつら村の広場にたくさん……」

「わかった。俺達が対処します」


 リック達は女性を逃がすと、村の広場へと向かう。広場にはうじゃうじゃとパープルゴブリンがいた。パープルゴブリンは簡易な鎧と木の兜を付けて、棍棒や粗悪な剣などを持っている。ポロンより少し大きい体のパープルゴブリンだが、広場の真ん中にいる一匹だけは二メートル近い大きな個体が居た。この大きなパープルゴブリンがこの集団のボスだろう。


「「「「「「「「「「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」」」」」」」」」


 パープルゴブリンがリック達に気付き、武器を持って一斉に駆け出した。


「数が多いから一気に叩くか。ここはまずはポロンに任せてと……」


 向かって来るパープルゴブリンを、見ながらつぶやくリックだった。パープルゴブリンの集団を指さし彼は横を向いた。


「ポロンがまずあいつらを……」

「あゎゎ! リック! ここは私にまかせてください」


 シーリカが勇んで前に出て手を広げた。


「あゎゎゎゎ! 魔に汚された生命よ。くらいなさい! これが神の天罰です!」


 手をカバンに突っ込んでシーリカ、鞄から手をだすと両手に瓶を持っていた。シーリカは瓶をパープルゴブリンの集団に向かって投げた。放物線を描いてパープルゴブリンの頭の上に瓶が飛んでいく。シーリカは胸の前で両手を合わせて祈りだした。


「うわ!?」


 リックが顔を手で覆う。シーリカ投げた瓶が空中で割れ、大きな音とまばゆい光が発せられたのだ。瓶から出た光は、無数な矢となって地上にいるパープルゴブリンに降り注いだ。


「「「「「「「「「「「「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」」」」」」」」」」」


 無数の光の矢がパープルゴブリン達を貫いていく。頭や体を光の矢に貫かれた、パープルゴブリンの悲鳴が村に鳴り響く。広場にうじゃうじゃいた、パープルゴブリンのほとんどが一瞬で倒れ広場には、パープルゴブリンの死体の山ができ地面は血に染まった。


「あゎゎゎ! やった! どうですか! 教会が作り出したこの神具聖光爆弾(ホーリーライトボム)は見逃さないですよ」

「すごいのだ!」

「シーリカすごい!」


 振り返り得意げな顔をリック達に向けるシーリカだった。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 叫び声がしてシーリカが振り返った。積みあがっていたパープルゴブリンの死体が、崩れ中からパープルゴブリンのボスが現れた。


「あいつ…… 他のパープルゴブリンを盾に…… なんてやつだ」


 パープルゴブリンボスが走りだしシーリカへと向かって行く。走りながらパープルゴブリンボスは持っていた棍棒を振りかざした。シーリカの前まで来るとパープルゴブリンボスは棍棒を勢いよく振り下ろした。


「あぶない!」


 リックははシーリカをかばいパープルゴブリンの前に出た。

 振り下ろされる棍棒をジッと見つめたリックは、タイミングを合わせて剣を振り上げた。大きな音が響く。パープルゴブリンの棍棒はリックの剣とぶつかると切り裂かれ、真っ二つになり勢いよく空中へと飛びあがった。回転しながら放物せんを描き、パープルゴブリンボスの背後五メートルほど後ろの地面に落下した。


「大丈夫?」

「はい……」


 振り向いてシーリカに声をかけるリック。小さくうなずくシーリカだった。怖かったようで、シーリカは頬を赤くして目を潤ませている。リックはシーリカの無事を確認し前を向いた。


「おいおい。よそ見してる場合か?」


 信じられないという表情で大きいパープルゴブリンは、切られた棍棒とリックの剣を交互に見つめていた。パープルゴブリンボスはリックの細い刀身の剣で、自分の棍棒が簡単に切れたのが不思議なようだった。リックはパープルゴブリンボスを見て笑う。彼の剣は硬い黒精霊石で腕の良い鍛冶職人であるエドガーが作った特別な物だ。そこら辺にある剣とは比べ物にならないくらいの切れ味を持っているのだ。

 リックはパープルゴブリンボスを指してポロンに叫ぶ。


「ポロン! この大きな奴をどっかーんだ!」

「わかったのだ! どっかーん!」


 すっとハンマーを横に構えて、ポロンがパープルゴブリンに飛び掛かった。振り上げたハンマーをポロンは、横からパープルゴブリンボスの頭に一撃をくらわした。グシャという音がしてパープルゴブリンボスの頭はつぶれて首から上が無くなっていた。声をあげることもなく絶命したパープルゴブリンボスはあおむけに倒れた。リックは満足そうにうなずき周囲に目を向ける。


「他のパープルゴブリンは?」

「みんな逃げ出していってますね」

「ふぅ……」


 ソフィアの答えに軽く息を吐くリックだった。残ったパープルゴブリン達は我先にと逃げだした。

 しばらくして逃げていた村人たちが広場に戻ってきた。


「あっあの!?」


 振り返ると一人の老人が、リック達に話しかけて来ていた。彼が手を前にだしてきたのでリックは握手をした。


「皆さま。ありがとうございます。私はこの村の村長カポーリと言います」


 白髪のシワが多いこの老人は、この村の村長カポーリだった。リックは彼の自己紹介に答える。


「王立第四防衛隊のリック・ナイトウォーカーです。こちらはソフィア、ポロンです。それでこちらは教会の……」

「あゎゎ。私は冒険者のシーリカです」


 シーリカは聖女ではなく、冒険者と名乗った。カポーリは目の前にいる、シーリカの顔をジーっと見つめていた。


「シーリカ…… もしかして王都の聖女様……」

「はい。でも、今は冒険者としてこの風馬(ふうま)の谷の瘴気調査に来ました」


 村人が驚きでどよめき、中にはシーリカに対して、手を合わせて祈る者までいた。聖女としてのシーリカは、貧しい人への施しなど行っており、グラント王国での人気は高い。

 この後、カポーリからぜひシーリカやリック達にお礼がしたいとの申し出があった。リック達は必死の誘いを断り切れずに、今日は瘴気の調査を諦め村に宿泊し歓待を受けることにするのだった。

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