第134話 暴走シスター
シーリカは王国の聖女だ、もちろん彼女は冒険者ではないはずだ。その彼女がなぜギルドで、クエストをうけたのだろうか。
「ココ。クエストを受注できるのって冒険者だけだよね? シーリカ様がどうしてクエストを受注できるの?」
「そうだよぅ。私も驚いてね。確認したらいつの間にかシーリカが冒険者になっていたんだよぅ」
「えっ? いつの間にって? ココも知らなかったの? 王都のギルドマスターなのに」
「きっと他の町で作ったんだよぅ。ギルドカードは本物だったし王都で冒険者になれば、あたいのところにすぐ報告があるからね」
グラント王国には主要な町に冒険者ギルドはは存在する。王都の冒険者ギルドは各町の冒険者ギルドを統括はしているが、新人の採用や依頼受注など問題がなければ、細かな情報までココに届くことはない。
「じゃあ一体どこでシーリカ様は冒険者になったんでしょうね?」
「それは今調べてもらってるよぅ。あっ!? はーい」
誰かが扉をノックをした。ココが返事をして立ち上がり扉が開ける。
「姉さん、わかったわよ! あら? ごめん、お客様だったの!? あれ? ソフィアちゃん!? 久しぶり!」
「ノノさんです! お久しぶりです」
書類を抱えて一人の女性が入ってきた。ソフィアが彼女の姿を見て驚いた様子で声をかけていた。女性とソフィアは、親しそうにしているので、二人は知り合いのようだ。
ノノさんと呼ばれた彼女は、黒い髪を後ろで束ねて、細く優しい目をした眼鏡をかけた凛々しくかっこいい。ノノはギルドの制服である、胸に赤いリボンがついた、白いシャツの上に水色の薄いベストを着用している。なお、下の受付の女性達は水色のスカートだったが、ノノは黒いズボンの制服で颯爽と着こなしていた。ノノは白く丸い熊耳の獣人だった。同じ熊耳でもココとは雰囲気が全然違う。ココは幼児のようだが、ノノは大人の妖艶な女性と言った雰囲気を醸し出していた。ソフィアがリックの顔を不思議そうにのぞき込む。
「リック! ノノさんですよ!? 挨拶してください」
「えっ!? 急にノノさんと言われても…… 誰だかわからないよ。どこかで? お会いしましたっけ?」
「リック君? あぁ! あなたが!? いつも夫がお世話になっています。カルロスの妻ノノです」
「えぇ!?」
右手を胸において挨拶するノノ、カルロスの妻と聞いたリックは驚いて固まってしまった。ノノは第四防衛隊の隊長カルロスの妻でココの妹なのだ。
「おぉ! うちのかみさんなのだ! こんにちはなのだ!」
両手をあげポロンが嬉しそうにノノに挨拶した。
「あなたがポロンちゃんね。カルロスから聞いたとおりのかわいい子ねぇ」
ポロンがノノの足元に行ってあたまを下げた。ノノさんはほほ笑んで、書類をかかえたまま、ポロンの頭を器用に撫でている。我に返ったリックは慌ててノノに挨拶をする。
「さっきは失礼しました。俺は第四防衛隊のリック・ナイトウォーカーです」
「ポロンなのだ! よろしくなのだ!」
「二人ともよろしくね。ふふ、二人とも今度家に遊びに来てね。娘が会いたがってるのよ」
「はい。ぜひ!」
ノノは優しく微笑んでリック達に話しかけてくれる。優しくかっこいい女性のノノと、うだつの上がらなそうなカルロスが、結婚しているなんてもったいないと失礼なことを思うリックだった。
「ノノー。わかったことって?」
「あっ! ごめんなさい姉さん。これを見てくれる。シーリカ様がどこでどうやって冒険者になったかわかったのよ」
ノノはココの横に立って書類を彼女の前に持っていく。ココは書類を真面目な顔で見つめている。
「あぁ。やっぱりシーサイドウォールギルドだよぅ」
「うん。あそこは昔から教会との関係が強いからね。聖女様の頼みをホイホイ聞いたみたいなのよ」
シーサイドウォールの町にある冒険者ギルドで、シーリカ様は冒険者として登録したようだ。シーサイドウォールとは、王国の東地域にあるかつて王都だった町だ。冒険者は登録した町の冒険者ギルド所属の冒険者となる。ただ、町で所属を分けるのは死んだ時に、どこのギルドに連絡するかのためで、冒険者として登録してれば、世界各地にある冒険者ギルドで自由にクエストは受けられる。
また、所属を移動するのも簡単で、ギルドカードを見せて登録を変えるだけらしい。あと冒険者は兼業でかまわないので、本格的に稼ごうとしない限りは聖女を辞める必要はない。農民や商人が小遣い稼ぎで、冒険者をしたりすることもある。
「三日前に冒険者として登録されたんだねぇ」
「そうね。ちょうど王都で風馬の谷の瘴気クエストが発行された頃ね」
シーリカが冒険者の登録を行ったのは三日前で、風馬の谷の瘴気調査のクエストが発行されてすぐとのことだという。そうなるとシーリカは冒険者となって、すぐにこのクエストを受けたことになる…… リックは腕を組んで首をかしげた。
「ココ。冒険者ってランク分かれてるよね? このクエスト難しそうだけど登録してすぐに受けられるものなの?」
「リック。それはきっとシーリカ様は中級採用扱いなんですよ。そうですよね? ココさん」
「あぁ。さすがに御両親が冒険者だったからソフィアちゃんは知っているわね」
「えっ!? 中級採用って? どういうこと?」
「シーリカみたいな聖女とかの実績がある場合は初級冒険者じゃなくて、中級冒険者として採用する場合があるんだよぅ」
ココがリックに説明をする。もっと細かく分かれているが、冒険者はだいたい初級、中級、上級とランクが別れている。冒険者はギルドに登録すると普通は初級ランクから開始となる。各ランクに応じて受けられるクエストは決まっており、初級ランクの冒険者は初級ランクのクエストしか受けられない。
今回の瘴気調査のクエストは上級ランクのクエストなので、登録したばかりのシーリカは、本来受けられない。しかし、他の職業で多大な功績を残していた場合は例外で、いきなり上級や中級ランクにでき、シーリカは教会の聖女としての実績があるので上級冒険者として採用された。その実績というのもほとんど全滅聖女してのものだが……
ココによるとリックやソフィアも転職すれば、中級採用になるという。まぁ今はまだリックに、転職する気持ちはないので、話半分で彼は聞いていた。
「どうする? 姉さん、私からシーサイドウォールのギルドに言えばシーリカ様の冒険者としての登録を消せるけど?」
ココは少し考えてながら、小さく息を吐いてノノの顔を見た。
「ううん。このままでいいよぅ。別にシーリカは不正をしたわけじゃないしね」
「えっ!? でも、姉さんシーリカ様が冒険者登録しても断るつもりだったでしょ?」
「もちろんだよぅ。シーリカを危ない目には合わせたくないからねぇ。でも、こんなあたい達を欺くようなことをしてまで、冒険者になりたかった理由を聞いてからでもいいかなと思ってね」
少し寂しそうな笑顔でココはリック達の方に顔を向けた。ココの顔にいつもの明るさはない。ココはシーリカとはずっと友達だった、黙って冒険者になられ彼女は少し複雑な気持ちなのだろう。
「じゃあ悪いけど。さっきも言ったけどシーリカがリック達を指定して他の冒険者の参加を拒否してるから、あたい達は何もできないんだ。シーリカと一緒に瘴気の調査お願いね」
「わかったよ。任せて! シーリカ様と一緒に瘴気を調査して、ミャンミャン達が帰れるように協力するよ」
「うん。ありがとう。お願いね」
「大丈夫だよ」
笑顔でうなずくリック。ノノはリックの方を見ながら、笑顔でソフィアの横にて耳元に口を近づける。
「ねぇ。リック君ってソフィアちゃんの恋人なんでしょ? かっこいいわね」
「ちっ違います。恋人じゃないです…… まだ……」
「あはは、かわいい、それにまだってどういことかしら?」
「ふぇぇぇぇ……」
「ノノさん!」
「あはは。冗談よ。こわーい。リック君が怒ったー!」
おどけて笑いながらノノはリック達から離れていく。恥ずかしそうに赤い顔になって、ソフィアがうつむいしまった。リックが恋人ではないとはっきりと言われ少し寂しそうにソフィアを見つめる。ノノはリック達から少し離れた場所で、ニヤニヤしてる。颯爽としてかっこいいノノだが、こういうところは夫であるカルロスと同じで似た者夫婦である。
「うん!?」
リック達とノノさんのやり取りをみて、ココの顔が少し明るくなっていた。ココはリックに声をかけてくる。
「じゃあシーリカのこと頼んだよぅ」
「うん。わかったよ。じゃあ早速この後シーリカ様のところに行ってみるよ」
「よろしくね」
うなずいてリックが立ちあがると、ポロンとソフィアも続いて立ち上がり、三人は部屋の入り口に向かう。ノノも自分の部屋に戻るらしく一緒に立ち上がり、リック達の後に続く。途中で振り返ったノノがココに口を開いた。
「じゃあ私も行くからね。あっ! そうだ。ちゃんと経費の承諾に目を通してよね。また私に丸投げしないでよ」
「わかってるよぅ。もう…… ノノは厳しいよぅ」
「書類の提出期限を守らない姉さんが悪いんじゃない! まったくうちの亭主とそうところ同じよね……」
「ノノさんはココさんのお母さんみたいなのだ! 親子なのだ!」
ココに注意をしているノノを見て、ポロンが無邪気にリックに言ってくる。ポロンの言う通り、ココとノノは見た目も似てるから、身長差と雰囲気から親子みたいみえる……
「ダメだよぅ! ポロン!」
「えっ!?」
慌てて飛んで来たココが、両手でポロンの口をふさいだ。ポロンの言葉を聞いたノノの眉が一瞬ピクッとなって笑顔のままうつむいた。
「だっ誰が! 親子だって?! あぁん!?」
「ギャー!」
ノノが顔をあげて振り向くと目がつい上がり、口角があがって口から牙をむきだしていた。あまりの怖い顔にリックは悲鳴をあげる。
「あのねぇ…… わたしだって十分見た目は若いのよ! 姉さんが異常なのよ! わかる?」
ノノさんはポロンの前に立ち、見下ろしながら鋭い眼光を彼女に向けていた。ココとポロンはプルプル震えて泣きそうになっていた。
「わかった? 私も若いでしょう? お嬢ちゃん?」
「こわいのだ!」
「なっ!? だっ誰が無理に若作りして怖いですって!?」
「いやそんなこと誰も言ってないよぅ……」
「えっ!? あっ!? こら! ポロン! ずるいぞ!」
ノノから逃げ出したポロンが、リックの後ろに隠れた。ココも頭を抱えてテーブルの下に逃げる。ノノはポロンを追いかけリックの前に立って彼を睨みつける。
「あんたが言ったの?」
「えっ!? おっ俺? なんで!? いっいや!? ちがいます! 何も言ってません!」
「ふーん…… どうだか!? どーせ、男はみんな姉さんみたいな子供みたいなのが好きよねぇ、この変態!」
「そうです! リックは若い子好きの変態です」
ソフィアが真顔でうなずいてノノを煽る。リックを下から、覗き込むように睨み付けてくるノノ、リックは恐怖で動けずに固まっていた。
「早く! とにかくリックが謝るんだよぅ!」
「えっ!? なんで!? 俺は何もポロンが……」
「あぁん!? やっぱり! あんたは子供がいいのか!?」
「早く謝るです! リック!」
「そうだ! 謝るのだ!」
何もしてないのに謝れと言われ納得ができないリック。だが、ノノはなぜか彼に、敵意をむき出しにしてるし、睨み付けられると怖い。最初は煽っていた、ソフィアも怖くなったのか少し震えだした。ノノは顔が凛々しく本気の眼光は、メリッサみたいに迫力があった。怯えるみんなを助けるためリックは自ら泥をかぶる。
「あっあの…… 大人の魅力がわからずにすいませんでした!」
「チッ! そうだよ。わかればいいんだよ! お前もちゃんと大人の女の魅力に気づいてよかったな」
「はい……」
言葉を吐き捨ててノノは部屋をでていった。
「はぁ。助かった…… やっぱりちょっとだけ謝るの納得できないんですけど……」
ノノが出て行った扉を見てぼやくリックだった。ココはテーブルの下に頭を突っ込んで隠れ、テーブルの端から尻が出ており、ピンクと白の水玉で模様が丸見えだった。
「ふぅ。怖かったよぅ」
おそるおそる頭をだしたココは、キョロキョロ周りを見ながら、ノノさんがいなくなったのを確認し、ゆっくりと立ち上がった。
「ココ! ひどいよ! ずっと隠れて」
「だって…… ノノがああなると怖いんだよぅ!」
「そりゃあ。あれが怖いのはわかるけどさ…… 姉なんだから止めるとかしてよ」
「無理だよぅ。ノノは昔からあたいの方が若く見られるのが、気に入らないみたいなんだよぅ」
リックはココを見て首を横に振った。ココは若いというより、もう子供なんだから、気にする必要ないと思うのだが…… ノノにとっては重要な問題なのだろう。
「熊さん怖いのだ! メリッサより怖いのだ」
「やめなさい。ノノさんに聞こえたらどうする! それに目つきがするどい分メリッサさんの方が怖いよ」
「ふぇぇぇ…… リック」
「わかったよ。もう帰ろうか」
騒ぐポロンに注意するリックだった。リック達はここに居て、またノノに遭遇したら、怖いので急いで撤収することにした。リック達は冒険者ギルドを後にして王都グラディア第八区画にある教会に向かう。
貧民街の真ん中にあるこの教会に王国の聖女シーリカがいる、教会の扉の前に警備の兵士が二人立っている。リック達は兵士にシーリカを呼び出してもらった。しばらくすると教会の扉が、開きリリィが一人で出て来た。
「リリィさん。シーリカは?」
「なんですか? シーリカ姉さまは犬の散歩に行ってお留守です。早く帰ってください!」
どうやらシーリカはハクハクの散歩に行っているようだ。
「そうですか。わかりました」
リリィがすごい勢いで、リックを睨むので、少し話しづらそうに返事をするのだった。シーリカが不在なのでリックは、おとなしく帰ろうとリリィに頭をさげて振り返った。
「あっ! 待って! ソフィアさんは私と一緒に待っていいですよ? さっ早く入ってください」
「私はリック達と一緒じゃないと嫌ですよ」
「ふん! これだから男が付属している女は嫌いなのよ!」
鼻息あらくリリィが、すごい勢いで扉を閉めた。その様子を見て扉の横にいた兵士達も苦笑いをしていた。
「散歩なら少し時間をずらしてまた来ようか」
「来るのだ!」
「はい」
「ソフィア、リック、さっきの人は犬って言ってたのだ。ここの教会にはお犬がいるのか?」
「いますよ。名前はハクハクさんですよ」
「おぉ! ハクハクさんに早く会いたいのだ」
リック達は教会から、巡回もかねて詰め所に歩いて戻るのだった。ポロンとソフィアが手をつなぎ、ポロンはハクハクの事をソフィアから一生懸命聞いていた。
「リリィさん。すごかったですね」
「うん。すごかったのだ!」
「えっ!? なにが?」
ソフィアとポロンが、信じられない者を、みるような顔をしてリックを見てる。首をかしげるリック、自分に冷たい以外にリリィにおかしな点はなかったはずだ。リリィがいつもリックに冷たいのは平常運転だ。
「甘ーいお花の香りをいっぱいつけてたのだ!」
「そうですよ。リックは気づきませんでしたか? あれは花の香りの香水を着けてますね」
「えぇ!? ごめん、全然気づかなかった」
「フフ。リックは鈍感さんですね。女の子に嫌われますよ」
微笑むソフィア、リックは気まずそうに頭をかぐ仕草をした。思い出すと確かにリックは教会で、鼻につく臭いがしているとは感じたが、それがリリィから、漂っているなんて、思いもしなかったのだ。