第133話 身勝手な冒険者
王都グラディア第七区画、南門があり行商人などが行き交う賑やかな区画だ。その中心に大きな建物がある。
六階建ての石造りの立派な建物で一階は酒場となっている。酒場の中はかなり広く大きなホールには、丸いテーブルがいくつも並んでいる。店内は混み合いたくさんの冒険者が座っていて騒がしい。
酒場の奥にあるカウンターには、木で出来た格子がついた受付が並んで、きれいな受付のお姉さんやベテラン風なおじさんが、冒険者達からクエストの受付をしていた。店内の壁一面を覆うような大きな掲示板には、報酬の書かれた依頼書が所狭しとびっしりと貼られている。
ここは王都の冒険者ギルド本部だ。冒険者ギルドは各町に一つだが、王都は広く人も多いため区画に一つ冒険者ギルドの出張所がある。第七区画にあるギルドが本部で一番大きい。
掲示板の前でソフィアと手をつないだ、ポロンが依頼書を見上げて口を開けていた。二人の少し後ろでリックはその様子をほほえましく見つめていた。
「ほえー! 全部大きいのだ。ウッドランド村にギルドはなかったのだ」
「ポロンは初めてですよね」
「そういえば…… 俺も冒険者ギルドは初めてきたな」
「リックも初めてでしたっけ?」
「うん。冒険者ギルドに来たことはないよ」
「じゃあわたしと一緒なのだ!」
にっこりと微笑んだポロン、リックは彼女に笑顔を向けた後、目だけ真面目になり横に視線を動かす。彼らが店内に入ってから、周りの冒険者ちが怪訝な表情で見ているのだ。
問題も起こしていないのに、兵士が来たら嫌なのは理解できるが、もう少し敵意を隠してくれないかとリックは思うのだった。
「あっ!」
一人の男とリック目が合ってしまった。男はリックの顔を睨み付け、ゆっくりと立ち上がった。めんどくさいことになりそうだと顔をしかめるリックだった。
「なんだぁ? 兵士がここになんの用だ?」
「そうだそうだ。ここは神聖な王都冒険者ギルドだぞ!? 出ていけ」
リック達に向かって二人の冒険者が、出口を指してゆっくりと歩いくる。二人の男、は酔っ払っているようで頬が赤い。一人は太った丸い体形に、銀色の金属製の鎧を着けて、背中に大きな戦斧を背負っている男。もう一人は細身で背が高く、銀色の金属の胸当てを着けて、腰に剣をさして背中には丸い盾を背負っていた。
男と二人はぶつぶつと、文句を言いながらリック達に近づいてくる。相手にはしたくないがしょうがないとリックは、ポロンとソフィアの前に出て、男たちの間に立ちふさがるようにする。
「おい! お前! 邪魔だ! さっさと出ていけ!」
「君達の邪魔をして悪いね。だけどこっちも任務なんだ。すぐ帰るから勘弁してくれないかな」
「はぁ!? 任務だと? 出ていけっていってんだろう」
太った男の方が、リックを捕まえようと手を伸ばす。リックはその手をはたいた。
「てめえ! 何しやがる!」
「触るな。逮捕されたいのか?」
「そうですよ。これ以上は犯罪ですよ」
ポロンを背中にかくした、ソフィアがリックの横から顔をだす。ソフィアに気付いた男は、にやけた表情で彼女に視線を送るのだった。
「あぁ!? おい…… へへへっ。いい女連れてるじゃねえか。姉ちゃんちょっと酒に付き合えよ」
太った男がソフィアに手を伸ばした。ソフィアは腰につけてる短剣に手をかける。
「おい! ふざけるなよ」
リックは太った男に叫んで手を握って力を込めた。
「えっ!?」
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ボカっという音がして男が尻もちをついた。ソフィアの背中から、ポロンが飛びだして、下から男の顎にこぶしを打ち付けたのだ。
「ソフィアにさわるななのだ」
「ポロンやめるんだ。こんなの相手する必要はない」
「そうですよ。触ったらばっちぃですよ」
両手を腰に当てて胸をはるポロン。彼女の目の前では太った男が玉のように転がっている。ポロンは見た目は小さな女の子だが、巨大なハンマーを振り回すほどの力持ちだ。顎にポロンの拳をまともに当たったら、しばらく飯を食うにも困ることになるだろう。
慌てて背の高い男が太った男のそばに行って抱き起している。
「大丈夫か?」
「あいふら…… はめははって……」
ポロンの一撃をくらっても、まだやる気力があようで、太った男は起き上がってポーションを顎に塗っている。太った男が戦斧に手をかけて、細身の男が剣を抜いて盾を前にだした。
結局めんどうなことになったとリックは、失望したように首を横に振って剣を抜いた。ポロンも背中に背負っていた、ハンマーを両手に持って構える。
「なぁこれ以上はやめないか? 後悔するぞ? 今ならお咎めなしにするからさ」
「うっうるせえ! いくぞ! シューイ」
「おうギャロット!」
太った男はギャロット、細身の男はシューイというらしい。まずギャロットが両手で戦斧を構えてリック達に突っ込んできた。
「どっかーんなのだ!」
ギャロットが振り下ろした戦斧に、ポロンは自分のハンマーをぶつける。グシャッと言う音がし、簡単にギャロットの戦斧がひしゃげてしまった。ハンマーの勢いに負けたギャロットが、手を上に上げた体勢になる。ポロンはギャロットの腹をハンマーで軽く殴る。
「ぐばぁ!」
鎧がへこんでハンマーが、ギャロットとの腹にめり込んでいく。ギャロットはその場に膝をつき、両手をついて床に口から液体を吐き出した。
「ギャッギャロットーーー! クソがーー!」
シューイがリックに向かって来た。盾を前に出して剣を引く。リックの攻撃を盾で防いで近づいて剣で突く気のようだ。
「そこ……」
向かってくるシューイの盾を狙って、リックは剣を振り上げた。
「えっ……」
リック剣は盾を真っ二つに切り裂いた。盾の半分がポロッと床に落ちてはねた。持っていた盾が半分になり、驚愕の表情をして見つめているシューイ、盾がなくなったことでリックとシューイの目が合った。リックは腕を軽く前に伸ばし、剣を半分のなった男の盾に当て、彼はニコッと笑って問いかけた。
「次はお前が半分だな?」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
シューイは悲鳴をあげ、剣を床に捨て両手を上げた。ポロンが二人の男を縄で拘束を始めた。
「おい!? ギャロットとシューイがやられたぞ」
「どうする?」
「フフ…… 私に任せてもらおうか!」
「先生! お願いします!」
黒いローブを着た男が、リックの前にスッとやってくる。男は鞘におさまった長い反り返った、長く細い剣を腰にささず手に持っていた。先生と呼ばれたその男は、リックの目を見ると口元が緩む。
「なにか用ですか?」
「私はギルドの用心棒なんだ。兵士さん彼らを解放してくらないか? 互いのために……」
「それはできないな。彼らは警告を無視して暴力をふるいました。投獄して罪を償ってもらいます」
「ほう……」
笑みを浮かべて先生は手に持った剣を抜く。先生の剣は刀で、刀身は一メートル五十センチほどと長く、月のようにきれいに反り返り、磨かれ銀色に輝き波紋がはっきりと見えている。先生は刀を抜くと鞘を投げ捨てた。
「ならば死んでもらおうか! 兵士さん!」
両手で刀を持った先生は、右腕を前に出し床と刀を水平にして、切っ先をリックに向け構えた。いつもの通りリックは、剣先を下にして構えて先生と対峙した。
「はっ!」
切っ先がスッと音を立たずに、素早く前に出て来た。先生が前に出て腕を伸ばして、リックの喉元を狙って刀を突き出したのだ。動きの速さ鋭さは先ほど二人の冒険者とは比較にならない。さすがに先生と呼ばれるだけはあるとリックは感心するのだった。
リックは右肩を引き、首を横に少し倒して先生の突きをかわし、左足を前に出して先生の右斜め前へと出た。先生はリックの動きを見て笑った。
リックは体を入れ違えるようにしながら、自分の剣を先生の喉元に向けて振りあげた。先生はすぐに剣を自分の体まで。引いてリックの剣を防ぐ。ガキッと言う音がし、リックの剣と先生の剣がぶつかり合った。先生が剣を前にだして俺を押し返す。
「クッ!」
リックの腕が震えて小刻みに動く。両手で押して来る先生に片手では少し分が悪いようだ。先生を簡単に制圧はできないと考えた、リックは少し本気を出して彼を無力化することにした。
「よっと」
地面を後ろに飛び上がるように動いたリック。先生の両手にかかっていた重さがなくなり、先生は前のめりになってバランスを崩しそうになる。顔をあげた先生、その数メートル先には、リックが立っている。リックは先生が刀を押す力を利用し、後ろに後退して距離を取ったのだ。
「もらった!」
微笑みを浮かべながら、体勢をなおした先生は、間合いを詰めて刀を横にしてリックの胴を狙う。
「今だ!」
刀身に先に手を当てたリックは、先生の剣の軌道に自分の剣を持っていった。勢いよく先生が刀を振り切った。大きな音がして先生の剣が折れた。折れた剣が回転しながら、空中に飛んで床に突き刺さる。
「なっ!」
雪に刺さった自分の刀を見て、先生は驚愕の表情を浮かべている。
「狙い通り……」
リックはニヤリと笑った。エミリオとの戦いの時と彼と同じだ。黒精霊石の硬さに先生の刀が、耐え切れずにぶつかって折れたのだ。リックは刀が折れ呆然としている先生の喉元に剣を突きつけた。
「はい。先生…… 終わりです」
「なっなんだと!?」
喉元に剣を突き付けられ、先生の手から折れた刀が床に落ちた。彼は力なくその場に膝から崩れ落ちた。
「ソフィア! こいつを逮捕して」
「せっ先生! ゆっ許せねえ」
縄を持ってきたソフィアが先生を縛り上げようとする。悔しそうにを歪ませてリックを先生が見つめている。ガタタという音がして、一斉に椅子に座っていた、冒険者達が立ち上がって武器に手をかけた。
「リック…… みんなが!」
「面白い。全員逮捕してやる。王都の冒険者ギルドは今日で解散だ」
リックは剣を構えて冒険者どもを睨み付けた。こうなってはしょうがない、片っ端から倒して制圧するしかない。
「何してるんだよぅ!?」
声がして冒険者たちが一斉に受付の方を見た。
「おい!? あれ?」
「ココさん! すいません。兵士のやつらが!」
リックが振り返ると、小さい女の子が受付から出てきた。ギルドマスターのココだ。リックは彼女を見てホッと安堵の表情を浮かべる。
「ココ! ごめんね。これを何とかして!」
「えっ!? リックぅ! ごめんねぇ。みんなこの人達は第四防衛隊のリックとソフィアだよぅ」
第四防衛隊という言葉を聞いて騒然となる冒険者ギルド。冒険者達がリック達を見る目が変わっていく、目は怒りから化け物でもみるような顔に変わった。
「だっ第四防衛隊って…… カルロスさんとかメリッサさんとかいる。あの?」
「そうだよ。特にリックはメリッサよりも強いからね」
「「「「「「「「「「えっ!?」」」」」」」」」」
笑顔で答えるココ、冒険者達は一斉にリックに視線を向け、彼から少しずつ離れていく。
「だからあんた達が束になってもかなわないよぅ。やめるんだよぅ」
「でっでも…… こいつらギャロットとシューイと先生を!」
「ほんとかい? リック?」
「あぁ…… こちつらが突然斬りかかってきたからしょうがなくね」
「はぁ。わかったよぅ。ちょっと待っててねぇ」
ため息をついたココは、受付の人に確認しに行ってる。
「こーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーらーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
両手を上げて怒った顔で戻ってきたココ、最初にリック達にからんだ男たちの元へと向かっていく。
「最初に手を出したのはこっちじゃないか。まったくぅ。あたいが呼んだ客人になにしてくれたんだよぅ」
「えっ!? ココさんがこいつら呼んだんですか?」
「なんだぁ。早く言ってくださいよ。また兵士達がくだらねえ捜査とかに来たのかと……」
「なんだい? 兵士が来たらいけないことをしてるのかい? あんたたちは!?」
ココの目がうるんで、冒険者達の前に立って、ココが叱り始めた。申し訳なさそうな顔をし、冒険者達は小さいココより、さらに小さくなって謝っている。冒険者が肩身の狭い思いしないように、素行には気を付けろと、しきりに冒険者に向かってココが言ってる。
「わかった? あんた達で喧嘩するのはかまわないけど、一般の人巻き込まないんだよ!」
「へい。すいませんでした」
説教が終わり冒険者達は、まだココに申し訳なさそうに謝っている。
「それと…… 自分たちの力量を考えなよぅ。いつも言ってるだろ? あたいはみんなに怪我してほしくないんだよぅ」
「はっはい。すいませんした」
「ありがとう。あまり喧嘩せずに仲良くするんだよぅ」
笑顔でココは冒険者達に手を振りリック達の前に来る。ココはリック達の前で頭を下げて謝罪した。逮捕したギャロットとシューイと先生は、ココがここを管轄している防衛隊に責任もって、引き渡すから身柄を預けて欲しいと言われた。
リック達はココの頼みを聞いて三人の身柄を預ける。ココは三人をギルドの牢屋に入れ、リック達を建物の最上階にあるギルドマスターの部屋へと通した。ギルドマスターの部屋は広く、部屋の一番奥に大きな木の机が置いてあって、部屋の手前にテーブルと椅子が用意されていた。机の後ろは窓になっていて、入って右側の壁には、歴代のギルドマスターのものであろう肖像画が飾られている。
反対側の壁にはグラント王国の地図と世界地図が並べて貼り付けてある。全員が椅子に腰かけるとココが話を始めた。
「ごめんよぅ。あたいが迎えに行けばよかったね」
「ココが悪いんじゃないよ」
「そうなのだ」
申し訳なさそうにまた頭を下げるココ。ココはポロンを見て不思議そうな顔をしてる。
「リックぅ。ごめん! いま気づいたけど、この子は誰だい?」
「あっ! ごめん。紹介してなかった。新しく第四防衛隊に入ったポロンだよ」
「おぉ! カルロスが言ってた新人さんだねぇ。ポロンちゃん。あたいはココこの王都の冒険者ギルドのギルドマスターだよぅ。よろしくね」
「ポロンなのだ。よろしくなのだ。ココさんはギルドマスターさんなのか? 小さいのに偉いのだ」
「ちょっ!? こら! ダメだよ」
ポロンはココの頭を撫でる。リックは慌ててポロンを止める。ココはポロンより幼く見えるけがカルロスよりも年上だ。
「ははっ。ありがとうね。あたいのことはココでいいよぅ」
「ならわたしもポロンでいいのだ!」
「良い子だねぇ。ポロンちゃん! 友達になろうよぅ!」
「なるのだ!」
嬉しそうに笑って撫でられたココは、ポロンとあっという間に打ち解けて友達になってしまった。ポロンとココは仲良く話を始めてしまった。リックは申し訳なさそうにココに声をかける。
「あっあの! 俺達に頼みがあるって聞いたんだけど?」
「あぁ! ごめんよぅ。実はミャンミャンとタンタンが帰ってこれなくなったんだ」
「えっ!? ミャンミャン達が? でも二人は確か……」
ミャンミャンとタンタンは、リック達の友達の冒険者である。闇カジノの用心棒をしていた罪で、投獄されていたが恩赦で釈放されて、今は友人の結婚式に出るために田舎に帰っていた。
なお、恩赦の対象は、ミャンミャンだけだったが、ミャンミャンがシーリカに頼み込み、タンタンの刑期も一緒に短くなった。
「どういうこと?」
「実は、ミャンミャンの田舎は王都から西の風馬の谷を越えたところにあるんだけどね。その風馬の谷で問題が起きててね」
風馬の谷はグラント王国中心地域とグラント王国西部地区を分ける谷である。リックの故郷である、マッケ村も西部地域にあるので、王都に来るときに彼もそこを超えて来た。
ココの話によると、風馬の谷に突如現れた瘴気によって谷越えができないらしい。グラント王国西部地区への道は、風馬の谷しか整備されてないから迂回路はなくミャンミャンは足止めをされているいう。
「じゃあ転送魔法とかで迎えに行けないかな?」
「いや…… あたいたちも冒険者の魔法使いを使って転送魔法で行こうとしたんだけどね。封印されてるみたいで弾かれるんだよ」
「それじゃあ。瘴気の中を歩くしかないのか」
「でも、瘴気の中に瘴気に侵されて凶暴化したパープルゴブリンが居て危険なんだよ」
ココの話をうなずきながら聞くリックだった。どうやらココはリック達に風馬の谷に行って、瘴気の発生原因を突き止めてほしいようだ
「俺達に瘴気の調査しろってこと?」
「うん。そうなんだけどね。冒険者ギルドで調査クエストを発行してこのクエストを受注した人がいるんだよぅ。その人に協力してあげてほしいんだ。ちょっと彼女の力量じゃ難しいからね……」
「えっ!? 力量が足りななら受注を取り消せばいいんじゃない?」
「ダメなんだよぅ。ちょっとね」
困った様子のココ。ギルドマスターの権限で受注を取り消せないとなると、彼女よりも立場が上の人間ということなる。王族や貴族などだろうか。ただ、冒険者ギルドには腕の立つ冒険者たくさんいる。わざわざフォローにリック達を使う必要はないはずだ。
「上級冒険者とかがフォローは出来ないの? 俺達は冒険者じゃなくて兵士だよ」
「ダメなんだよ。受注した冒険者があたしらの協力を拒否しててね。あんた達なら協力させてやっても良いって言うんだ」
「わがままさんです」
「ほんとだね。まったく俺たちを指名して協力させてやるなんて! 誰なのそのわがまま冒険者って?」
身勝手な冒険者がいるものだと、あきれるソフィアとリック。ココが二人を見てちょっと苦笑いをして書類を取り出してくる。ココが書類を二人に見せた。クエスト依頼書である。そこに受注者の名前が書いてある。受注者がシーリカ・エルカシオンと書いてあった……
「ココ! これって? もしかして? 受注した冒険者って?」
「そうあのシーリカなんだよ」
「「えぇぇぇ!?」」
シーリカの名前を聞いたリックとソフィアは驚き声をあげるのだった。横でポロンは二人の様子を見て首をかしげるのだった。