第10話 癖になる温もり
リックはソフィアと一緒に階段を下り、半地下になった下水道の入り口を開けた。キーっというきしむ音がしてゆっくりと木製の扉が開いていく。扉が開いた直後リックは眉間にシワをよせ顔を歪ませる。
「(うっ! 臭い! 下水道ってこんなに臭いのか…… こりゃ確かにメリッサさんが行きたがらないのもわかるな)」
開いた扉から、地下の下水道から沸き上がった、じめじめとした空気と息を吸うのも嫌になるような、鼻をつくにおいがリックの顔に吹き付けたのだ。
扉をささえるリックの横をソフィアが通りすぎて行った、リックはゆっくりと扉を閉める。差し込んでいた日の光が狭く小さくなっていく。
「そうだ! 灯りを……」
「大丈夫です! リック、扉を閉めるのちょっと待ってくださいね!」
リックは暗くなる前に、松明を用意しようとしたが、彼をソフィアが止めた。ソフィアはリックの方を向いて手を額にかざし微笑む。
ソフィアの手から丸い光の玉が出て来て、リック達の上に浮かび周囲を照らす。リックは自分の頭の上に、浮かんだ白い玉を見て驚いていた。
「はい! これで明るくなりました」
「すっすごい! ソフィアは魔法が得意なんだね」
「えっ!? すごいってほめられたました! やったー! はい! 私は弓と回復や補助魔法が得意なんです! 攻撃魔法もちょっとだけ使えます! リックの役に立ちますよ」
ソフィアは一生懸命自分ができることをリックに話してくれてる。リックは彼女の言葉に少し考えこんでしまった。
「(攻撃魔法…… 攻撃……そっか。そうだよな。俺とソフィアは相棒で、これから一緒に行動するのにお互いのこと知らないと危険があるよな。ソフィアのことも教えてくれたんだから俺のことも知っといてもらわないといけないよね)」
嬉しそうに話すソフィアにリックは微笑んだ。彼にはソフィアに伝えなきゃいけないことがあった。それは……自分が攻撃ができないということを……
「そうか…… ソフィア! 俺さ、実は攻撃が……」
「はい。リックは攻撃が苦手なんですよね」
明るい白い光の下で、下水道の地図を見ていた、ソフィアが笑顔でさらっと答える。
「えっ?! なんでソフィアが知ってるの?!」
「隊長が言ってましたよ! リックは攻撃できないけど相手の攻撃を受けてのカウンターは超一流だって! だから先制攻撃は私がします! 大丈夫です!」
胸の上に右手を置いて、にっこりと笑うソフィアだった。リックは彼女の言葉に、信じられないという顔をしていた。彼が隊長に自分の動きを見せたのは、入団試験の際に模擬戦だろう。ただ、模擬戦は数十秒で終わっており、リックは打ち込まれた相手の一撃をかわして、胸に軽く木剣を打ち込んだだけだった。カルロスはそのわずかな時間に、リックの特徴を見抜いていた。昨日のメリッサといい、第四防衛隊のメンバーの実力は、かなり高いようだ。
「ソフィア…… 黙っててごめんね」
「いえ! その代わり相手の攻撃が来たら全部はじいちゃってくださいね!」
「うん! 頑張るよ、ありがとう! さっ行こう!」
リックは小さくうなずいて先に歩き出した、ソフィアは彼の背中を見つめ優しく笑う。二人は下水道に向かって階段を下りていく。
「うわぁ。ここが下水道か……」
石でできた陰気な階段を、下りたリックが声を上げる。そこは無数のレンガでできた、大きなトンネルのような空間で、両脇に通路と真ん中に水路がある構造となっており、水路に水を届ける下水管が壁からところどころ出ていた。水路の幅は三メートルほどありまたいだり、天井が低いので飛んで渡るというのは難しそうだった。代わりにところどころ、反対側の通路に渡れるように、木の板などで橋がかけられている。
「リック。ここが下水道ですよ。暗くて臭くて怖いですから早く終わらせましょう」
「うん、確かに暗くて臭くていやな感じだね。早く終わらせよう」
「まずは一番近くの救命ボックスに行きますよ」
リックとソフィアは、水路の脇の通路を歩きだした。幸いソフィアが出してくれた光が、道を照らしてくれるので迷うことはない。
「ソフィア。ちょっと待って! あれは!? 魔物だよね?」
「そうですね、あれは水スライムさんですね」
「水スライムにさんはいらないと思うけど……」
通路の角を曲がって壁から突き出して、石でできた下水管にドロドロのゼリー状の魔物が集っていた。この魔物は普通のスライムより少し水っぽい水属性化した水スライムだ。水と名前についているように、水気の多いところに生息している。また、汚い水に触れ続けると汚水スライムになって毒を吐き出すと言われている。
リックはうごめく水スライムを見つめている。彼は水スライムは名前を知っていたが、見るのは初めてだった。水スライムが居る、下水管から流れる水は湯気を上げおり、彼らは湯で暖をとっているみたいだ。
「ええっと…… 西門入り口付近に水スライムさんと……」
ソフィアが書類に魔物の名前を書いている。生物調査を行っているようだ。水スライムは魔物の中でも攻撃性は低く、こちらから危害を与えない限りは危険性はほぼない。書類を記入するソフィア、リックは他に魔物がいないか周囲に目を配る……
ベチョ! 何かが落ちて来た音がしてリックが振り返る。
「ふぇ…… きゃあああーー! リック! なんか落ちて来ました!」
「えっ!? どうした? ソフィア!? 大丈夫だから、落ち着いて!」
ソフィアが声をあげる彼女の頭に水スライムが乗っていた。どうやら天井から落ちて来たのは水スライムだったようだ。
素早く水スライムソフィアの頭から、移動して体をはいずりまわっている。水スライムがソフィアの顔を移動し、眼鏡が濡れて、さらに彼女が動いたからか曇ってしまっている。ソフィアは体をひねったりして、スライムをはがそうとしていた。
「きゃぁぁ。リック! 助けて!」
リックに向かって手を伸ばし、ソフィアが必死に助けを求めてる。
「どうしたの…… げっ?! どっどうしよう……」
気まずそうに声をあげるリック、彼が確認するとソフィアの制服の隙間から侵入した水スライムが、彼女の胸の谷間に入り込んでいた。胸の谷間に白く泡立った液体である、水スライムが通った痕があり、チラチラと胸の谷間から出入りしている水スライムの本体が出入りしている。
ソフィアの制服は、水スライムによって濡れてしまって、濡れた茶色の制服のところどころが、濃い色に代わっていた。
「えっ!? ちょっと、何を?」
ソフィアはリックに向かって、水スライムの体液でビショビショの、胸を突き出してくる。
「くすぐったいから、取ってくださいリック!」
「えぇ? さすがにそれは…… 自分で取れないかな?」
「いやです! なんかヌルヌルして気持ち悪いですからリック取ってください! ふえぇぇぇぇん!」
泣き出したソフィア、リックは動揺していたが、目の前で泣く相棒のために覚悟を決めた。リックは震える手をゆっくりと、ソフィアの胸の谷間に入れる……
やわらかくて暖かい、弾力のある肌がリックの手を包み込み、なんとも言えない幸せが、彼の脳内を駆け巡る。
「ジー……」
「はっ!!! ごめん。つい」
「ぷい!」
鼻を伸ばし緩んだ顔をするリックに、冷めた目を向けたソフィア、彼女の視線に気づいたリックは急に真面目な顔になる。だが…… 温水で暖を取っていた水スライムが、さらに暖かい場所を求めてソフィアの谷間に逃げ込んだくらい、ソフィアの胸は暖かく気持ちが良い。
リックの手は自然と止まってしまう。
「早く取ってください! さっきから手を動かさないで全然取ろうとしてないじゃないですか!?」
「ごっごめん……」
急かされるリック、もう少しだけこの感触と温もりを味わいたい、彼の頭の中にとある悪だくみが浮かぶ。それは…… 水スライムを探すふりして、指を動かしたり撫でまわすこと……
「ふぇん! あっ! ひん! ふぇぇぇ! リック! 手をそんなに動かさないで! エッチ! もう後で麻痺魔法です!」
「えっー? 違うよ! 奥の方に入ってるから、取りにくいんだよ……」
「ウソです! 目がゆるんでいやらしい顔してました!」
必死に言い訳をしながら、ソフィアの温もりを堪能するリック。彼の右手にドロッとした感触伝わりハッという顔をした。リックは水スライムをつかんで引っ張り出して床に叩きつけた。グシャっとつぶれてた水スライムは、しばらくすると動きだし、下水管の方へと向かって行く。
「ほっほら! ちゃっちゃんと、つかまえただろ……」
「ジー」
下水管に向かって行く水スライムを指すリック、だが、へたりこんでいるソフィアは彼のことをにらんでいる。顔がゆがむとソフィアの目に、たまっていた涙があふれだす。
「ふぇぇ! リックひどいです! わざと私の胸を…… ふぇぇぇん! ふぇぇぇん!」
「いや…… だから…… ちがうって……」
泣き出したソフィアに、リックはオロオロとして必死に言い訳をする。なおも泣き続けるソフィア、リックは膝をついて、彼女の頭を撫でながら慰めている。
「ヒック…… 責任とってください!」
「えっ? 責任って……」
「うんと…… これからも、ずっと一緒に居てください! 私と……」
動揺するリック、ソフィアは手で目を押さえながら、にやりと口元が緩ませ舌を出す。ソフィアはもうとっくに泣き止んでいた、リックが黙っているとさらに泣き真似をする。
「ふえぇぇん! 誰かと一緒にいないと死んじゃうよ! だって…… 私は水スライムさんにも負けちゃう弱い子ですよー」
ソフィアはチラチラとリックの顔をうかがう。リックはソフィアが、泣き真似をしているのに気づいた。ホッと安堵するのと、自分がからかわれていると思った彼は、ソフィアに少し意地悪をする。
「もう、はいはい。わかったよ。ずっと一緒に居ます」
「ふぇ? 本当ですか!? やったーー!」
「ソフィアの…… 相棒としてね!」
「ぶぅ! そう意味じゃないんです! うー! もういいです! 今はそれで!」
「あっ!? ちょっと危ないよ」
プクっと頬を膨らませて、立ち上がったソフィアが怒って先に行ってしまった。彼女の頭を撫でていた右手を、名残り惜しそうに見たリックは、慌てて彼女を追いかけるのだった。
「もう! そこ! 邪魔ですよ! 私は機嫌がわるいんですからね!」
怒りながらソフィアは弓に矢をつがえる素早く構える。リックは何も見えない下水道の先に向け、弓を構えたソフィアにただ呆然と見つめていた。