第120話 塔を食らう者
びっしりとコケやツタにおおわれた塔の外観、隙間から見える外壁は黄土色をしている。塔は七階建て構造で、アイリスが狙う財宝は塔の最上階にある。塔の形は三階くらいまで四角く、四階から丸くなった太い円柱だ。下の階の構造は、兵士の宿舎だったり、武器庫があり魔物の監視塔としての役割の他に撃退用の施設も兼ねていたと思われる。
メリッサとリックの二人がかりで扉を開く、何年も開けられてなかったのか、金属の大きな扉は硬くキーっと音を立てる。
「うわぁ。広いな……」
扉を開けたリックがつぶやく。塔の扉の向こうは、左右に分かれた塔の通路で、通路の幅は広く天井も高い。通路の向かいに扉があり破損して崩れた扉の向こうから見える部屋は広く大きい。
「一階は広間とそれを囲むようにある通路だけみたいだね。上に行くと複雑になるみたいだね」
メリッサが地図を見ながら、塔の内部を確認している。
「二階に行く階段は二つだね…… 二つとも広場を超えた先の通路の先にあるみたいだ」
「じゃあメリッサ姉さん。さっさと広場の真ん中をつっきっていきましょう」
「いや…… 何があるかわからないから通路を迂回しようか。敵が潜んでいたら身を隠す場所もないしね」
「そうですね。わかりました。行くよスラムン、キラ君」
「じゃあ、さっきと同じ隊列で行くからね。おっと!」
出発しようとしたところで、メリッサさんが振り返って、リックとソフィアの元へとやって来た。
「ごめん。渡し忘れてたよ。リック、ソフィア、これを持っておきな」
メリッサさんは申し訳なさそうに、リックとソフィアにそれぞれ一枚紙を渡してきた。
「これは?」
「この塔の内部地図だよ。アイリスが村で買った地図を写したんだ。念のためあんた達にも渡しておくからね」
「はい」
リックとソフィアは、メリッサから地図を受け取った。メリッサが先頭に戻り塔の攻略が開始される。
全員で隊列を組み、通路を歩いて二階への階段を目指す。窓も少なく、草木におおわれているせいか、塔の内部は薄暗く湿っていた。リンガードはグラント王国の南の砂漠を超えた先にある国で、季節は雨季と乾季の二つしかなく、気温はグラント王国より高く少し蒸し暑い。
胸元に手をあてて、服で扇ぎながらアイリスは歩いている。
「なんかこの塔のなかジメジメして嫌な感じね」
「そうずらか? おらはこのジメジメしたところがやっぱり落ち着くズラよ」
「スラムンはスライムだからね、女子はジメジメ嫌いなんだよ」
「アイリスは女子じゃないズラよ!?」
「うるさい! いいの。女子に必要なのは気持ちと立ち居振る舞いなの!」
「それにキラも気に入ってるみたいズラよ!」
「あっ!? ちょっとダメよ。キラ君こんなことで寝たら! 早く起きなさい」
スラムンを頭にのせ、眠そうな顔をして歩く、キラ君の手をアイリスは引っ張っていた。アイリスの旅の合間しか見てないリックは、きちんと仲間の面倒を見てるアイリスを見て微笑む。仲間の世話をするアイリスを少しだ見直すリックだった。
キラ君の様子を見ようと、振り返ったアイリスとリックの目が合う。リックが自分にほほ笑みかけているのに気づき、彼は少し恥ずかしそうにするのだった。
「なに!? リック? 私のこと見つめて!? はっ! まさか? 私の母性あふれる行動に惚れ直した?」
「いや。アイリスはメリッサさんみたいにパーティの父親なんだな思ってな」
「はぁ!? リック嫌い!」
「あんた! 聞こえてるからね! 覚えときなよ!」
「えぇ!?」
メリッサさんが振り返って俺を睨みつけ、彼女のすぐ後ろにいるゴーンライトとイーノフが吹きだしそうになっていた。
「うん!? みんな止まりな」
先頭を歩いていたメリッサが、何かに気づいたみたいで前を向き、腕を横に出して全員を停止させた。二階へ向かう階段の前に、魔物が数体いるのを発見したようだ。気づかれないようにリック達は、静かに近づいてく、階段を守るように二匹の魔物が徘徊していた。
「うん!? あれは……」
「はい。キングファイアリザードとスカルコンドルですね!」
「ほぉ。ゴーンライトは正解だよ。リックは腕立て二百回追加ね」
「えっ!? 今の俺に聞いたんですか?」
「うるさいよ! 行くよ!」
リックの話を遮ぎり、メリッサはさっさと魔物に向かっていってしまった。
「えっと…… キングファイアリザードは昨日戦ってた魔物だろ…… もう一体はスカルコンドルだっけ……」
角の生えたトカゲのキングファイアリザードと、食らった獲物の頭部の骨を頭に乗せる習性のある、魔法を使う肉食鳥のスカルコンドルだった。リックはつぶやきながら魔物生息図を閉じてポケットにしまう。
「よし! わかったぞ! さっソフィア行くよ!」
「リック! 魔物生息図見てる間にメリッサさんが二体とも串刺しにしちゃいましたよ」
「ちょっと! いくらなんでも早すぎでしょ……」
メリッサが魔物から槍を抜き、ゴーンライトとアイリス達と話している。
「ゴーンライト…… やっぱりあんたの攻撃はダメだね。叩くばかりじゃなく、もっとその盾で挟むとか出来ないのかい?」
「無茶を言わないでください!」
「それとアイリス達ももう少し前線に硬さがないとすぐに消耗しちまうよ」
「わかってるんですけど、キラ君が鎧をいやがって着けてくれなくて…・‥」
「そこをしつけるのがあんたの役目だろうスラムン!」
「なんで!? オラにいうズラか!」
スラムンがアイリスの頭の上で飛び跳ねている。アイリスはチャクラム使いで遠距離攻撃が主体だ、スラムンも魔法使いで距離を取って戦う。二人に迫る敵を止める役を担うのはキラ君なのだが、キラ君はボロボロの服を着たただの死体で武器も持っていない。メリッサのいう通りに前線に硬さがなくアイリスとスラムンに接近を許してしまう。今後アイリス達にはもっと強力な魔王軍が襲いかかるだろう、スラムンの魔法とアイリスのチャクラムによる攻撃は強だが、それだけで対処できなくなる敵が出て来る可能性は高い。二人に攻撃する時間を作れる、相手の攻撃を引き付けて防ぐ仲間がいればバランスはもっと良くなるだろう。
「おかしい……」
「どうしたんだい? イーノフ?」
魔物の死体を見ながらイーノフがつぶやいた。
「これだけの大きさの塔なのに、一階で二匹なんて魔物が少なすぎないかい?」
「きっとアイリスみたいな勇者とか、冒険者に駆除されただけだろ?」
「ならいいけどさ。さっきの扉を開いた感じだと長い間誰も中に入ってないように思うんだけど……」
「何も正面だけじゃなくて他に入り口があるかもしれないだろ? 大丈夫だよ。あんたはいつも考えすぎるんだから!」
イーノフの言う通りではあるが、リック達としては魔物が、少ない方が攻略はしやすい。メリッサはイーノフの言葉を特に気にすることもなく、リック達を二階へ連れて行くのだった。二階は通路の幅が少し狭くなっており、地図を確認すると一階と違い大きな広間みたいな部屋はなく、小さな部屋が複数あるようだ。
「なんだいこれは?」
「ひどいね」
メリッサとイーノフが扉の崩れた部屋を、覗き込み驚いた表情で固まっていた。二人の反対側からアイリス達が部屋を覗き込む。リックとソフィアはイーノフの頭の上から部屋を見た。
「うわお!」
「骸骨さんがいっぱいです!」
崩れかけた部屋の中に、壁にも床にも、薄い黄色の粘液がベッタリとついており。さらに部屋の中には、獣や人間の物と思われる、骨が無造作に散乱していた。
「うわぁ。気持ち悪い! 早くいきましょう。メリッサ姉さん」
「あぁ、うん」
アイリスは悲鳴のような声をあげ早く行こうとメリッサを促す。嫌な感じがしたのか、皆は早足で部屋から離れるのだった。しばらく行くと扉がない入口のある大きな部屋が見えてきた。部屋の中で何かがうごめくのが見える。
「みんな! 気を付けろ。中に何かいるよ」
リックとソフィアとアイリス、ゴーンライトとキラ君とメリッサとイーノフと、三人ずつに左右に分かれて中を覗き込む。
「あれは?」
「またキングファイアリザードだね」
ここは昔キッチンだったのであろうか広い作業台が中央にあり、壺やかまどがいくつもならんでいる部屋だった。どこからか流れ込んでいるのか、部屋の奥の床にできた水たまりに、キングファイアリザードはリック達に背を向けて舌をつっこんで水を飲んでいた。
「メリッサ。水を飲んでいるみたいだけど……」
「いや…… 何か別の何かがいる」
「えっ!?」
真剣な表情でメリッサが部屋を見渡した。皆メリッサの言葉に驚くが、リックだけはメリッサの言葉にじんわりと汗をかいた。確かにキングファイアブリザードの他に大きな何かの気配が上から……
「なっなんだよ。あれ……」
キングファイアリザードの後ろに、天井から先端が丸く赤黒い棒のようなものが垂れさがって来た。
「グギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
垂れ下がった棒のような物は、丸い先端には穴が開いており、大きく開く無数の牙が見えた。丸い棒はそのまま一気にキングファイアリザードの頭にガブリと噛み付いた。頭からかぶりつかれて上に持ち上げらえた、キングファイアリザードは尻尾と足が激しく動かして抵抗する。
丸い棒が細くなったり膨らんだりを繰り返し、徐々にキングファイアリザード体が棒に吸い込まれていき、尻尾と足もダラーンとしてプラプラ揺れている。丸い棒のようなものは生物の頭でキングファイアリザードを飲み込もうとしているのだ。
「なんだい? あいつは?」
「わからないけど! 気を付けた方がいい!」
丸く長いキングファイアリザードを飲み込んだ頭は口をヒクヒクと、まるで臭いを嗅いでいるかのような動きをし、ブラブラと周囲をさまよっている。
「なにかを探しているね」
「みんな! 上を!」
「えっ!?」
イーノフが指さした天井に視線を向けたリック達、天井には大きな丸い胴体に短い尻尾と四本の足をもった魔物が張り付いていた。魔物は巨体から頭の部分を気づかれないように垂らして、キングファイアリザードを捕食していたようだ。手足の指の先は丸くなおり、天井に吸い付き、尻尾も同様に先端が丸く天井に吸い付いて体を支えている。首は骨が無いようにグニャグニャと気味悪く動いている。
リック達に気付いたのか、頭がゆっくりと入り口に向かって来た。
「まずい! みんな逃げるよ」
メリッサが叫ぶと頭の動きが早くなった。どうやら頭に小さく細い目みたいな物はあるが、魔物は臭いと音を頼りに狩りをしているようだ。以前、リック達が王都の近くで捕まえたマウントワームのようだ。
「メリッサ! あいつは臭いと音で獲物を追ってるぞ」
「わかった。ソフィア! 部屋の壺を矢で撃って壊して」
「はい」
ソフィアが弓を放つと魔物の頭の後ろにある、棚におかれた壺の一つに命中し、しゃんと大きな音がする。首の先端が振り返り壺の方を向く。
「よし! 今のうちに逃げるよ」
メリッサの指示で全員が、この得体の知らない魔物から逃げようと、通路を三階へ行く階段を目指して駆けだした。
「ヴエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェェェーーーーー!」
激しい鳴き声が塔にこだまし、リック達は思わず両手で耳をふさぐ。
「しまった!」
鳴き声が止み振り返ると、勢いよくキッチンの入り口から、頭がでてリック達に向かってきていた。
「こんなに首が伸びるのか!? いや…… 違う!」
視線を上に向けたリックが、首を横に振って信じられないという顔をした。魔物が天井をはいながら追いかけてきてるのだ。
「得体のしれない魔物と戦ってる場合じゃない! イーノフ!」
「はいよ! メリッサ!」
振り返ったイーノフが魔物むかって杖を向ける。
「炎の聖霊よ。汝の力を示せ! 精密誘導爆破!」
魔物の周囲に爆発が起こり、黒煙が上がる。先ほどの鳴き声と違い小さい鳴き声した。爆発音と黒煙の匂いで、リック達を見失ったのか、追いかけるのをやめた魔物は、頭をまたヒクヒクと動かして何かを探している。
「三階の階段はすぐだよ。上がってすぐに小さい部屋があるから、とりあえずそこまでは全員走るんだ!」
メリッサが通路の先をさして全員に叫ぶ。
「いいかい。遅れたらおいてくからね。置いてかれたらやつの餌だよ!」
「行こう。ソフィア」
「はい。リック」
リックはソフィアに手を伸ばす、必死にソフィアも手を伸ばしてきた。必死に手を伸ばし合った二人の手は絡み合ってしっかりと握られた。つながった二人は一緒に逃げる。
「ちょっと! リック!? なんでソフィアばっかり! もう!」
手をつないで逃げるリックと、ソフィアに不満そうに叫ぶアイリスだった。
「わかったよ! ほら!」
振り向いて返事をしたリックは、アイリスに空いている手を伸ばした。
「えっ!? ちょっと! 急に何よ?」
「いいから! お前はキラ君の手を離すよな」
「うっうん! リック……」
躊躇したアイリスの手を伸ばしてしっかりと握ったリック。握られた二人の手は強く結ばれ、それはもう誰もおいていかないというリックの強い決意でもあった。リックと手が結ばれるとアイリスは顔を赤くして静かになった。
「大丈夫だよ。俺はお前の手を離さないからな」
「えっ!? そんな……」
「当たり前だろ。アイリスは大事な友達なんだから!」
「嫌い!」
アイリスはリックに嫌いと叫んでそっぽを向くのだった。友達から嫌いと言われ、さみしそうにするリックだったが、すぐに前を向いて走り出す。リック達は三人で手をつなぎ、必死に走って三階へ向かう階段を駆け上がった。
「ほら! こっちだよ!」
先に三階に上がっていた、メリッサが扉を開いて、待っていた部屋にリック達は飛び込んだ。
「ソフィアは大丈夫?」
「はい!」
「アイリスも平気か?」
「うっうん」
うつむいて顔を真っ赤にして返事をするアイリス、リックは心配になり彼の顔を覗き込む。
「あっ、あのもう手を離して……」
「あっごめん! まだ手を握ってたのか! わるいわるい!」
アイリスが絞り出すような声でリックに手を離すようにいった。リックは必死で気づいてなくしっかりとアイリスの手をつかんままだった。謝って手をはなすリックだった。アイリスは恥ずかしそうに彼と握っていた手を見つめるのだった。
「ここなら、とりあえずあいつが追いかけてきても入ってくることはないはずだよ」
「あぁ。さすがにこの狭さじゃ、首しか入って来ないからね」
リック達が飛び込んだのは、いつの時代かわからない、椅子とテーブルが置いてある小さな部屋だ。全力で走ったリック達は、少し休憩を取り、外の様子を伺いながら塔の攻略の相談を始めた。
「まずは、あいつがどんな魔物かわからないと対策の練りようがないね」
「目はないみたいでした。壺がわれた音に反応をしたところをみると、マウントワームと同じで音や振動じゃないですか?」
「うーん、確かにね」
「メリッサ、とりあえず魔物生息図をみてみようか! リック、ソフィア、ゴーンライトさん、手伝って!」
「はい」
イーノフ、ゴーンライト、ソフィア、リックの四人で一斉に魔物生息図を確認し、さっきの魔物のことが載っていないか探す。
「これではないですか? 地棲竜グーラップル……」
「さすがに早いねゴーンライト! リックは……」
「いや…… メリッサさん。もうこれ以上は腕立てはできませんよ。それにそのページ王国の魔物じゃなくて各国の魔物っていう参考ページじゃないですか」
「はぁ。もう細かいねぇ」
先に腕立てはできないと、宣言され少し残念そうなメリッサ、リックは呆れた顔をする。もうリックにはメリッサが叱るのが目的というより、段々と彼に腕立てをさせるのが楽しくなっていると感じた。
魔物生息図によると地棲竜グーラップルはグラント王国には生息していない。暖かい地方の洞窟や暗い場所を好んで生息する魔物だ。
目は退化してほとんどみえず、生物の臭いや発する音を頼りに狩りを行う。動作は緩慢だが肉食で人間には危険な存在。尻尾と前脚と後脚の先が吸盤のようになっており、洞窟の天井や木などにぶら下がって下を通る獲物を捕食する。表面がヌメヌメしており体も柔らかいため、剣や斧などの刃物による攻撃には強く。代わりに炎や電撃などの魔法には弱い。体液には麻痺の成分が含まれており、体液に触れてしまうと捕食される確率が高くなる。獲物は捕食時に、口内の歯で肉をそぎ落とし、肉だけを飲み込んで骨は後で体液と共に吐き出す。
二階の部屋にあった骸骨たちは、グーラップルに食われた獲物だったのだ。リック達は魔物生息図を読み終わり顔をあげた。
「どうするメリッサ?」
「こいつを見逃して、もしブレイブキラーに襲われてる時に来られても厄介だしね。倒して先に進もうか」
「わかった。じゃあ迎撃する準備と場所を決めよう」
地図を開いてメリッサは、グーラップルの迎撃に適した場所を探す。
「ちょうど三階に謁見用の広間があるみたいだね」
「さすがイーノフ! なら戦闘はそこでいいね」
「でも、どうやっておびき寄せます?」
「私とイーノフが二階までおりておびき寄せるよ」
「えぇ!? 大丈夫ですか?」
驚くリックが視線を横に向けた。メリッサは笑っているが、勝手に名前を出されたイーノフは彼以上に驚いていた。全員で小部屋を出て、慎重に三階の広間へと向かう。
広間は大きな柱が、何本か一列にならんで、かつては王族が座っていたのであろう壇上が部屋の奥にあった。ところどころ天井が崩れて落ちていたりするが、大きな部屋でグーラップルをおびき寄せて戦うには都合が良い。
リック達は手分けをして、囮のイーノフとメリッサが走って逃げて来やすいように、広間の部屋の扉を外したり、床に散乱した邪魔になりそうなゴミなどをよけて準備した。
「これくらいかね。じゃあ行くよ。イーノフ」
「わかったよ」
メリッサとイーノフがグーラップルをおびき寄せるっため部屋を出ていく。残ったリック達は入り口から入って来た、グーラップルを囲めるように配置につくのだった。