第118話 ハッピーバースデー
夜も更けた頃…… リックがベッドで仮眠を取っていると、体を揺さぶられて起こされる。
「リック交代の時間ですよ」
「あぁ。ありがとう。ソフィア」
目を開けたりっくのすぐ目の前で、ソフィアが眠そうに彼の顔を覗き込んでいた。リックは起き上がって、ベッドを譲るとすぐにソフィアは横になった。
「うん!? あぁ! はいはい」
リックは自分の方にソフィアが頭を、出してきたので彼女の頭を軽く撫でるのだった。ソフィアの頭をリックが撫でると、すぐにソフィアは眠って寝息を立てる。ソフィアの様子を見ながらリックはふとアイリスに視線を向けた。隣のベッドでアイリスはよく寝ているようだ。リックは彼のベッドの横に置いた椅子に座る。
「おい…… 交代だぞ!」
「はい! では後をお願いします」
部屋の前から話し声が聞こえる。サーダとゴーンライトも交代時間のようだ。扉越しだが周りが静かなせいか外の声がはっきりと聞こえてくる。
「あっあの!? サーダさん?」
「なんだよ?」
「僕はあなたの相棒として言わせてもらいます。態度を少し改めてください。じゃないとやっていけません!」
大人しそうなゴーンライトがいつなく強い口調で話している。サーダはしばらく黙り間が開いてから声が聞こえる。
「あぁ…… うっせえなぁ! わかってんだよ! 俺だって今のままじゃいけないって……」
リックはサーダの言葉を聞いて鼻で笑い。本当にそう思ってるなら変わってくれよと、呆れながら扉を見つめていた。
「大丈夫ですよ。相棒として僕も一緒に頑張ります」
「ありがとう…… 今日…… 俺、誕生日なんだ。だから今日から頑張る」
「はい!」
いつになくしおらしく話すサーダ。リックは少しだけ彼に期待したのか顔が緩む。
「そっか。じゃあ、明日みんなでお祝いしてあげようよ!」
「うわぁ! アイリス! お前起きてたのか?」
布団から少し顔を出し、アイリスはリックの方に目線を送ってくる。
「へへ! だって話し声が聞こえるから……」
「ごめんな。少し声が大きいよな。ちょっと注意をしてくる」
「ダメよ。リック、あの人は今あなたが出て行ったら変わらないよ」
「そうか?」
「うん。そっとしておいて変わるのを待ちましょうよ」
そういうとアイリスは布団を直してまた目をつむった。しかし、すぐに目を開けたアイリスは、恥ずかしそうにリックを見た。
「ねぇ…… 昔みたいに…… 頭……」
「えっ!? わかったよ」
リックはアイリスの頭を少し撫でると嬉しそうな顔をしている。リックはアイリスを見て懐かそうに笑う。
「(そういや。昔はよくアイリスの頭を頼まれて撫でたなぁ)」
アイリスは幼い頃から、普通の人と違い、力も強く強力な魔法も使えた。周りの大人や子供はその強さに恐怖を覚えて、距離を置かれたり実の親でさえ気味悪がっていた時もあったらしい。当時はまだアイリスに勇者の才能があるなどとは誰も思っておらず、以上に強いアイリスはみんなから触るのも嫌がられた。実の父親や母親からも、幼いころに抱きしめられた、記憶もあまりなかったのだ。子供の頃のアイリスが村を襲った魔物を撃退した時に、みんな気味悪がり、アイリスを遠巻きにしたが、リックだけは偉いって撫でたらしい。それからアイリスは喜びことああるごとにリックに頭を撫でろや褒めろと言ってきたのだ。
ちなみにリックにその記憶はない、彼はなんとなく魔物の襲撃とアイリスがすごかったのは覚えてるが、アイリスの頭を撫でたのは覚えてないのだ。
「ありがとう、リック。なんで? 私のことを大事にしてほめてくれるの?」
「そんなの当たり前だよ。俺達は友達なんだから」
「はぁ……」
「なっなんだよ……」
ため息をついてアイリスは反対側を向いてしまった…… しばらく頭を撫でていると静かな寝息がリックに聞こえて来るのだった。
翌朝、リックとソフィアは、昨日のメリッサから受けた、指示通りにヘビーアーマーを着用した。リックのヘビーアーマーは全身を覆うプレートメイルで、兜は頭頂部から後頭部にかけて金属におおわれ、戦闘時以外は、視界を確保するため顔部分の装甲を開けている。
ソフィアは上半身と腰回りは金属の鎧をつけ、腕は手首から肘まで足は膝まで装甲で覆われている。それ以外の部分は厚手の布で覆われてリックより軽く動きやすくなっている。彼女の兜は頭頂部のみ金属で、後頭部と側頭部は布で兜と同じで軽めのものになっている。
宿屋の前にリック、ソフィア、アイリス、サーダ、ゴーンライトが集合した。
「じゃあこれから村の外に出てスラムン達と合流する」
「ははっ! リックがリーダーだと変なの!」
「えっ!? ちょっとアイリス!? 余計なこと言うなよ」
「私はリーダーのリックについて行きますよ」
「こら! アピールが露骨すぎよ! ソフィア!」
「ふぇ!?」
手をすっとあげたソフィアにアイリスが絡んでくる。リックは二人を止めた。リックはふとサーダを見て首を大きく横に振った。
「俺はヘビーアーマーを装備するように昨日伝えたよな?」
「あぁ!? 俺には重い装備はいらねえんだよ。華麗に全部かわしてやるからな」
「はぁ……」
サーダは普段と変わらない、胸当てと腰回りのだけのライトアーマーだった。横のゴーンライトはリックと同じヘビーアーマーを着用していた。指示を平然と無視するサーダにリックは失望した。人は言葉だけでは変わらないリックは、彼の誕生日に変わるという言葉を信じた自分を恥じるのだった。
「じゃあ、もうついてこなくていいや。王都に帰れ」
「はぁ!? 俺がいなくちゃ。お前らなんもできないだろう?」
「いやお前なんかいらない。キングファイアリザードからも逃げるただのヘタレ野郎だ。ヘビーアーマーは勇者を守るために、自分の身を守る必要があるから装備するんだ。自分の身を守れない雑魚なんかに勇者は守れない」
「なんだと!」
サーダはリックに殴りかかった。リックは首を横にしてサーダの拳を軽くかわすと、右足をサーダの足にひっかけて転ばした。
「てめえ! クッ」
立ち上がろうとうしたサーダの前に、リックが立ちはだかり彼を睨みつける。
「はいはい。準備ができていない人間を連れてはいけない。お前はとっとと帰って隊長に好き勝手に報告しろ。隊長がお前を信じるならな」
「おい! ちょっと、待て!」
「行くよ。みんな」
リックはサーダに背中を向けると出発の指示をした。リックは振り返ることなく前へ進み、ソフィアとアイリス達もそれに続く。リックが本気でサーダを、置いていくつもりだと察した、ゴーンライトが慌ててサーダのところに行く。
「サーダさん! あなた、昨日変わるって!? ウソなんですか?」
「クッ…… わかったよ! 着替えてやるから待ってろ!」
サーダは渋々ヘビーアーマーを出して装備し始めた。リックはサーダを無視してそのまま進む。ヘビーアーマーを装備して集合とは前日に伝えてある、サーダが着替えるのを待つ必要はないのだ。最初は慌てて鎧を装備する、サーダの方を心配そうに見ていた、アイリスやソフィアもすぐにリックの後に続いて歩きだした。
「てめえ!! 待てって言っただろ!」
「サーダさん! あなた!」
慌ててサーダは鎧を着け走ってリック達に追いつく。リックを睨みつけるサーダだったが、ゴーンライトにたしなめられていた。
村の外でスラムンとキラ君を加えリック達は塔へと歩く。塔までの道のりの隊列は、サーダとゴーンライトが先頭、アイリス達を真ん中にしてリックとソフィアは最後尾を進む。これは前からの攻撃をゴーンライトが防ぎ、ソフィアが後方から支援するための隊列になっている。
「ズラ!? なんかいるズラよ」
「ほんとだ? なに? あの人?」
先頭を行くサーダとゴーンライトの二人が足を止めた。その少し後ろでアイリスと彼の頭に乗ったスラムンが話していた。
「どうした?」
「リック。あの人を見て。街道の真ん中に立ってるの」
アイリスが前方を指さした。リックがアイリスが指した方へ視線を向けると、フードの着いた黒いマントを着けたいかにも怪しい人物が、街道の真ん中に立っていた。
「いかにもなやつだな。狙いは俺達…… いやアイリスか」
フードの人間を見てリックはつぶやく。表情は隠れて見えないが、リックはフードの人間が、ジッとこちらを見ているような気がした。
「リック。どうします?」
「えっと…… スラムン? 塔への道はここだけ?」
「ちょっと遠回りになるズラが迂回すれば塔に行けるズラよ」
スラムンの言葉にリックはうなずきすぐに迂回することを決断する。メリッサとイーノフが居ない状況で、あえて危険に飛び込む必要はないからだ。
「へん! 俺がどかしてきてやるよ!」
「おい勝手に行動するんじゃ……」
「うるせえんだよ! いくじなしが! ソフィア! そこで俺の活躍みてろよ……」
サーダは肘を曲げて剣を肩に乗せ、フードの人間に向かって近づいていく。
「俺だって…… 変われるんだ…… 昨日の俺とは違うんだ……」
歩き出したサーダのつぶやく。昨日キングファイアリザードから、逃げたのを取り戻そうとして焦っているようだ。
「おい! ちょっと待てって!」
「黙れ!」
振り向いて叫んだサーダは駆け出してしまった。リックは慌てて彼を追いかける。走りながらリックはじんわりと汗をかく、サーダは気づいていないかも知れないが、街道の真ん中に立つ人間は雰囲気が異常でとてつもない殺気を放っていた。
「おい! てめえ! そこをどけ!」
「……」
黙ったまま街道に、真ん中にいた人間は、スーッと後ろに下がっていく。方向を変えて森に中に入ると、段々とその姿が見えなくなっていく。
「逃げたのか?」
「リック? どうします?」
リックはとにかくメリッサ達と、合流するまでは戦いは避けたかった。なぜなら最優先はアイリスの身を守ることだったからだ。あんな不気味な奴を相手にするべきではない。さらにここはグラント王国ではなく外国だ、この森の情報も少なくリック達に地の利はない。
「いや。俺達はこの森のことをよく知らないし。深追いは危険だ。無視して塔へ行こう」
「けっ! リックの腰抜けがぁ! 俺があいつを捕まえてきてやるよ」
「あっ! 待て!」
剣で森をさしてサーダが叫ぶ。リックを馬鹿にしたように目で睨んだ彼は、フードの付けた人間が消えた、森に向かって走っていってしまった。
「クソ! ソフィア、ゴーンライトさんはアイリスをお願い。俺はサーダをとめてくる」
「はい」
「わかりました。リックも気を付けてくださいね」
「ありがとう。大丈夫だよ」
森に入ったサーダはどんどんと進み、リックからはなれて先に行ってしまう。草をかき分けリックは焦ってサーダを追いかける。
「おい! サーダ! 戻って来い!」
「へっ! うるせえんだよ。俺だってできるんだよ! ソフィア見てろよ! 俺は変わるんだ。俺がかっこいいとこみせてやる……」
振り向いてサーダが叫ぶ。リックとサーダとの距離がどんどん開いていく。リックは気付いてなかったが、サーダは走っている場所は、フードの人間が通って道のようになり、草が分かれて走りやすくなっていた。リックがそこと通ろうすると急に草は元に戻り走りづらくなる。まるでサーダとリックを離すように……
「うん!?」
森の中で何かが光ったのだが見えた。リックは離れていくサーダに向かって叫ぶ。
「サーダ……」
ドンいう音がして何かがサーダの胸を貫いた。
「グハ!」
小さく悲鳴のようなものを上げたサーダは、力なく糸が切れた人形のように後ろに倒れる。サーダを貫いたものが後ろにいたリックに向かって飛んで来る!
「この!」
リックは素早く反応し、剣を抜いて飛んで来た物体を叩き落とした。金属の音がして弾かれた物体が近くの木に突き刺さった。
木に突き刺さった物体は、黒い刀身に装飾の着いた短剣……
「ブレイブキラーか…… クソ!」
イーノフが言っていた通り、勇者以外にもブレイブキラーは使われた。リックは追撃に備えて剣を構え、力強く握り周囲を警戒する。だが敵はリック達に興味はないようですぐに気配が消えていく。
「ふぅ…… あっ! サーダ!」
気配が消えるとリックは、剣を鞘におさめ、急いでサーダの元に駆け寄る。
「あぁ……」
力なく声をあげるリック、血を口から噴き出して目を見開き、サーダは胸を押さえたまま倒れていた。ヘビーアーマーの胸当ての真ん中に、丸く穴が開いて、血が地面に流れて辺りを赤く染めていた。
「サーダ!」
しゃがんでリックがサーダの上半身を、抱き起して呼び掛けるが何も反応はない。彼の首に手を当ててみるが、やっぱりこちらも何の反応もなく冷たくなっていく。
「クソ! サーダ……」
サーダは目を見開いて恐怖に、駆られた顔をしてる。リックはそっと彼の瞼に手を置いて目を閉じさせる。
「誕生日おめでとう…… 最悪なおめでとうだよ…… クソ!!!!!」
静かにサーダを地面に下して寝かせ悔しそうにつぶやくリックだった。すぐにリックは立ち上がり、木に刺さったブレイブキラーを抜いて、ソフィア達の元に戻るのであった。