第117話 守れない命令
リック達はアイリスと一緒にダッコロ村へと入った。ダッコロ村はグラント王国と海峡を挟んだ、隣国リンガード国の西に広がる。黒鋼の森の中にある小さな村だ。ダッコロ村の人達は、森での狩猟か農業を行って生活しており、たまに森の魔物の襲撃が、あるくらいののどかな村だ。
「じゃあ、スラムンとキラ君は外に居てね」
「大丈夫ズラよ。オラたちは魔物だからほとんど襲われる心配はないズラ。今日も適当に木の上にでも寝るズラ」
「ごめんね。私が魔王倒したらスラムンみたいな魔物が人間と仲良く出来るようにするからね」
「ありがとうズラ」
スラムンとキラ君は魔物だからダッコロ村には入れない。町の入口の手前でスラムン達と別れた。さみしそうにアイリスがスラムン達に手を振っている。
頑丈そうな木の柵に囲まれた村へと入る。門番に立っていたリンガード国の兵士が、リック達を見て警戒をするが、メリッサが書類を見せたら納得した。
「それでは騒ぎはおこさないでくださいね」
「わかりました。みんな! 行くよ」
門番への挨拶が終わり。リック達は村の宿屋へと向かう。ダッコロ村に宿屋は一軒だけで、木造りの二階建ての建物だ。部屋を取って俺とメリッサ、イーノフ、ソフィアで明日の打ち合わせをしている。新人のサーダとゴーンライトは、アイリスの部屋の前で警備をする。
「じゃあこれが終わったらあたしとイーノフはグラント王国に帰るからアイリスを頼んだよ」
「了解です。明日はメリッサさん達を待ってから塔へ?」
「いや。出発は朝早いしあたし達を待ってたら、塔の攻略が終わる前に夜になっちまうよ。勇者襲撃犯と夜に鉢合わせしたらやっかいだから塔で合流だよ」
「わかりました」
明日の任務の流れを聞いて、リックが返事をした。イーノフが立ち上がり、ソフィアの元へと向かう。
「じゃあソフィアにこれを渡しておくね」
イーノフがポケットから、やんわりと黄色く光る木の枝のような物を、出してソフィアに渡す。ソフィアはイーノフが出した物が何かわかってるようで受け取って笑顔を見せる。リックが枝を見て首をかしげる。
「なんですかそれ?」
「うん? これは転送補助魔法道具だよ。これに魔力を詰めて置いておくと転送魔法で移動できない場所にも行くことができるんだ」
「へぇ便利ですね」
「じゃあソフィア明日になったらそれに魔力をつめておいてね」
「わかりました」
ソフィアはイーノフから受け取った、転送補助魔法道具を受け取って道具袋にしまっていた。道具袋を閉じてソフィアが顔をあげるとメリッサがリック達の顔を見て口を開く。
「あと…… 明日からの任務は念のため全員ヘビーアーマーを着るんだ」
「えっ!? どうしてですか?」
「ブレイブキラー用だよ。まぁ魔法金属や精霊鉱石をも貫く短剣だから気休めにしかならないけどね…… ライトアーマーよりはましだからさ」
真顔でメリッサがリックの質問に答える。
「メリッサさん。でも…… ブレイブキラーって勇者にしか使われないのでは?」
「いや…… リック」
リックの質問にメリッサではなく、イーノフが資料を見ながら答える。
「犯人は最後に勇者の死体にだけブレイブキラーを意図的に残しているみたいなんだ。他の死体から同じような傷も見つかってるから、勇者以外に使用されていないとは言い切れないよ」
イーノフの言葉を真剣な表情で聞くリックとソフィアだった。強力なブレイブキラーが自分達に向けられる、可能性があるとわかり緊張したようだ。
「いいかい。敵の狙いは勇者だろうけど…… あんた達も充分に注意するんだよ。じゃあ後はお願いね」
打ち合わせが終わった。メリッサとイーノフは少し疲れた様子だった。窓の外が真っ暗になっているのを見たリックは、早くメリッサを帰さないとナオミが寂しがってしまうと心配するのだった。転送魔法はイーノフとソフィアしか使えないので、明日早朝にメリッサをここまでまた運ぶためイーノフも一緒に王都に戻る。
「じゃあこれで帰るから! もしあたし達が来る前に森で襲撃されたら無理はしないようね。それと……」
ちょっと間が開いて、考え込んでからメリッサは、言いにくそうにしている。
「メリッサ…… 僕が言おうか?」
「いや…… 大丈夫だよ」
言いづらそうな、メリッサに気を使って、イーノフが声をかけた。メリッサはイーノフに、首を横に振って答えると、リックとソフィアにゆっくりと口を開いた。
「いいかい。もし遭遇した勇者襲撃犯が手に負えない場合は…… 相手の狙いは勇者のみのため被害拡大を防ぐために速やかにあたしらは引き上げる」
「それって!? つまり相手が強ければアイリスを見捨てろってことですか?」
「あぁ、もし勝てない相手ならアイリスを犠牲して、あたしらは敵の情報を持ち帰って解析して新たな策を練る」
「アイリスを見捨てるなんて……」
顔を青くしたソフィアが心配そうにリックに視線を向けた。場合によってはアイリスを見捨てる指示を受けたリックも、ショックが大きかったようで緊張し顔から血の気が引き顔をした向けた。メリッサとイーノフはリックを心配そうに見つめている。だが、リックは小さく横に顔を横に振ってすぐに顔を上げる。
「わかりました。だけどそんなの必要ないです」
「なんだい? 命令無視する気かい?」
「いえ…… 俺は負けません。必ずアイリスを守ります」
「フッどうせそんなこと言うと思ってたよ。相変わらずくさい男だねぇ」
呆れつつもどこか嬉しそうなメリッサ、その横でイーノフは笑うのを必死に耐えていた。リックは恥ずかしそうに顔を赤くしてイーノフを睨むのだった。
「リック…… 私も同じです」
リックの手を握ってソフィアは笑顔で大きくうなずいて同意した。リックは彼女を見て微笑んだ。アイリスは大事な友達、絶対に置いていったりなんかしないと、リックは心に強く誓うのだった。
リックとソフィアは、アイリスが宿泊している、部屋へと向かう。二人はこの後アイリスの部屋に待機し警備をする。リックとソフィアは、アイリスの部屋の扉の前で警備をしていた、ゴーンライトとサーダに明日の予定を伝える。
「じゃあ、明日から二人共ヘビーアーマーを着用してください。それとこれが明日の予定になります。確認をよろしくお願いします」
「はい!」
「あぁ!? なんで? リック! お前が命令してるんだ? てめえ一番年下だろう?」
眉間にシワを寄せサーダがリックに顔を近づける。リックは相手にするのも面倒なので無視する。リックは別に命令してるつもりもなく、ただただメリッサからの指示をそのまま彼らに伝えているだけだ。
「(年下だからなんだってんだよ。まったく…… メリッサさんの前じゃ静かにしてたくせに帰ったと伝えたとたんにこれかよ…… えっ!?)」
サーダの態度に、けわしい表情をした、ソフィアが詰め寄っていく。
「当たり前ですよ。リックがこの中じゃ経験があって実力が一番だからですよ?」
「あぁ!? 実力が一番は俺だろ? ソフィア!」
「ふぇ!? キングファイアリザードから逃げる人が一番な訳ないじゃないですか?」
「あぅ…… それは」
「あとあなたに気安くソフィアと呼ばれたくないんで」
「はぁ!? ふっざけんな!」
怒ったサーダはソフィアに手を伸ばした。リックはサーダが自分に絡むのは構わないが、大事なものに手を出されて黙っているほどお人よしではない。リックはは右手でサーダの手を掴み、彼の手を力任せにひねりあげた。
「いってえ! 何しやがるんだ。リック!」
「また腕を折られたいのか? 大人しくしろ」
苦しそうに顔をしているサーダ、リックは構わず彼の手をひねっていく。骨のきしむ音がしてもリックは力を緩めず、サーダの顔が青ざめていく。
「ばか! いてえってつってんだろう! いてえって! 離せよ!」
「夜だぞ。叫ぶんじゃねえよ。周りに迷惑だ。明日、お前なんかいてもいなくても構わねえ。むしろ無駄だから怪我させて王都に帰ってもらった方がいいな」
「んだと! てめえ! いってええええ!!!」
リックは涼しい顔で力を込めていく、サーダは大声で叫び続けた。
「うるさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!!!」
部屋の前で騒がれたアイリスが、勢いよくドアを開けてリック達に文句を言ってきた。飛び出して来たアイリスを見たリックはサーダから手をつかんだまま謝る。
「ごめん。アイリス。うるさいよな。もう静かにするから……」
「あっ! リック……」
アイリスはリック達を見ると、恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「もう…… やーだ。もしかして私のことをどっちが取るかでもめてるの?」
「いや違う、そんなことじゃもめない!」
「リック嫌い!」
「なんでだよ。アイリスをどっちが取るかでもめるわけないだろ。揉めたのは明日の任務についてだよ」
リックの言葉に舌を出すアイリスだった。リックはアイリスと会話しながらも、サーダの手をはなしておらず、彼は苦しみながら口から泡を吐き出し始めた。慌てた様子でゴーンライトがリックを止める。
「すっすいません! リックさん。アイリスさん。もうサーダさんを……」
「ほらよ」
ゴーンライトがサーダの代わりに謝った。リックは投げ捨てるようにしてサーダから手をはなす。倒れそうになるサーダをゴーンライトが支える。
「サーダさん…… ほら向こうで明日の予定確認にしましょう」
「あぁ…… クソ」
サーダはゴーンライトに促され素直に従い。二人はアイリスの部屋からはなれていく。
「あっ! 後、明日の予定の確認が終わったら、今日は交代で二人は部屋の入り口の警備をお願いしますね」
「はい!」
「るせえ! てめえ俺に命令するな!」
「行きますよー」
サーダはゴーンライトに引きずられていった。姿が見えなくなるとアイリスが呆れた顔をしてリックに話しかけてくる。
「何なの? あの人? 昼間からずっと態度悪いわね」
「それを言うなら会った時ずっとです」
「だね。会った時からずっと態度悪いよ。なんであんな奴が第四防衛隊に……」
「そっか。私達みたいに仲間になる人を自分で選べる訳じゃないから兵士って大変ねぇ」
アイリスがリック達に同情したような顔をしている。それでもソフィアとイーノフとメリッサが、仲間のリックは兵士の中でも、恵まれた方ではあるが…… リックはアイリスを見て重要なことを思い出しすぐに確認する。
「アイリス。今夜ずっと俺達は警備でお前の部屋で一緒にいたいんだけど大丈夫?」
「えっ!? 一緒って…… 急に言わないでよ。やだよー。下着古いのしか持ってきてないのに」
「いや…… 警備に下着は別に関係ない!」
「ふぇ!? ゆるゆるパンツ勇者です!」
「なんですって!? ソフィアー!」
「こっこら! うるさいって言った。お前が騒ぐな」
ベーっとソフィアが舌を出し逃げだし、アイリスが手を挙げて彼女を追い回す。リックは慌てて二人を止めるのだった。
「はぁはぁ…… 普段はトロそうなのに…… 逃げ足は速いんだから…… 覚えてなさいよ!」
「ほら! もうやめろ。部屋の中に行くぞ」
「クッ…… わかったわよ。どうぞ」
ブスっとしたアイリスがリック達を部屋に招きいれる。部屋の中はベッドが二つ置かれてかなり広い。リック達が取った四人部屋よりも広い。なぜアイリスの部屋が広く豪華なのかというと、S1級勇者のアイリスにはグラント王国から援助がでてるからである。ちなみに宿代が足りない場合も、友好関係にある国であればグラント王国へのツケとすることもできる。
アイリスは部屋に入ってベッドに飛び込むと、掛け布団をあげてベッドをポンポンと叩いてリックを手招きをする。
「さぁリック。早く私の横に来なさい」
「よし! 久しぶりに一緒に寝るか? 子供の頃はよくお互いの家に行って一緒に寝てたもんな」
「えっ!? あっ! ちょっとまって! 本気!? あわわわ! 無理! やっぱ一人で寝る!」
「どうした? アイリス? 顔真っ赤だぞ?」
リックは平然と、アイリスのベッドに腰かけ、一緒に寝るかと尋ねた。想定していた返事と違ったようでアイリスは、顔を真っ赤にし掛け布団をかぶってしまった。リックはアイリスの態度に少し寂しそうに立ち上がった。
「じゃあ私がリックと寝るです」
「はぁぁぁ!? ソフィア! あんたにはまだ早いわよ!」
横に来たソフィアがリックの手を引っ張る。布団から顔だけ出してソフィアに叫ぶアイリスだった。
「えっ!? 最近はずっとお家でリックと一緒に寝てますよ?」
「ソッソフィア! そういうことは恥ずかしいから二人の時以外は言わないで……」
「ちょっと!? リック! 何それ!? どういうことよ!」
ベッドからアイリスが飛び起きてリックを問い詰める。リックはアイリスにエルザさん達の荷物に、部屋を占領された時以来、ずっとリックとソフィアは二人で一緒に寝ていることを説明する。
「はぁ!? その荷物が片付いたならもうソフィアは一人で寝ればいいじゃない!?」
アイリスはソフィアに顔を向けて問いかけた。ソフィアは恥ずかしそうにうつむいて答える。
「だって…… 一人は寂しいです……」
うつむいて答えるソフィア、リックは彼女の頭を優しくなでる。二人の様子にアイリスのフラストレーションがたまっていく。
「フン! 王都に戻ったらお家に行って邪魔してやる!」
「ふぇ!? アイリスはもうお家に入れないです!」
「何よ!」
「こら! 喧嘩するんじゃない!」
その後、ソフィアとアイリスの協議の結果、リックの右にアイリスが左にソフィアが寝ることになった。盛り上がる二人にリックが口を開く。
「あの…… ソフィアもアイリスもいい加減にしなよ。俺達は護衛だからね。寝るのは交代だよ! だから三人一緒には寝れないよ」
「えぇー?! でも、ちょっと安心かも……」
「そうなんですか…… 残念です」
しょんぼりとうつむくソフィアと対照的にアイリスはホッとしていた。リックとソフィアはアイリスを起こさないように、アイリスの隣のベッドで、交互に仮眠を取りながら警備をするのだった。