第113話 意外な幕切れ
斧を振りかざしてリックに向かってくるムスタフ、微かに仮面の奥の目が充血し、見開いているのが見える。ムスタフは黒い肩パットの着いた黒の胸当てに腰は革の腰巻を巻いている。
「うがぁ! そいつらは俺のだー! どけー!」
「そうかよ」
ムスタフが俺に向かって斧を振り下ろした。鋭い攻撃だがリックはあっさりと見切ってしまう。振り下ろされた斧をリックは、左に一歩出てかわすと彼の右の頬をふわりと風が撫でていく。大きな衝撃音がし、リックの右横の地面が盛り上がっていく。
「ほぉ。力は強いね。くらったらやばいな。くらったらだけど」
リックはすれ違いながら、剣を振り上げズワロフの左わき腹を剣がえぐっていく。
「うがああああ!」
鍛えてある筋肉質の固い手応えが剣からリックの手に伝わる。リックの剣によって、ズワロフの左脇腹の肉はえぐり取られ、血が噴き出しリックの顔に点々と痕を残していく。そのままリックは前に出てズワロフの背中に回り込み体を振り向かせる。
「ほら! もう一度だよ」
リックは剣を握った右手に力を込め、今度はズワロフの背中に向けて剣を振り上げる。
「おっと!」
ムスタフは振り向きながら、地面を叩いた斧素早く返して、リックを斬りつけて来た。リックはとっさに後ろに飛んで斧をかわした。着地したリックが前を向くと、ムスタフは脇腹から大量の血を流しながら、悔しそうに斧で地面をたたいている。
「なんだ!? あいつ…… 脇腹を結構深くえぐったのにあんなに動けるなんて…… まるで痛みを感じてないみたいだ…… えっ!?」
脇腹を斬られても平然と動いていたムスタフ、えぐられた左脇腹の傷が徐々にふさがっていく。
「うがあああ!!!」
ムスタフは叫び声を上げながら、斧を振りかざし再度リックへと向かって来る。
「クソ! こうなったら……」
リックは右腕を胸の前に水平にして、剣先を左腕へと持っていきながら前に出る。ムスタフも近づくリックを狙って斧を振り下した。リックはムスタフの左に動きながら、すれ違いざまに剣でムスタフの胸を斬りつけていく。リックの剣は、ムスタフの斧よりも速く鋭かった。すれ違いざまにムスタフの胸を斬りつけリックは背後へと駆け抜ける。
「うがあああああああああああああああああああああ!!!」
悲鳴のような声が響く。リックに胸を斬られたムスタフは、空を見上げながら声をあげ、胸から血を流し地面に血だまりが出来ている。
「終わった……」
リックはつぶやくと、血を袖で拭ってから剣を、おさめようと鞘を左手で鞘をつかむ。
「リック! まだです!」
「えっ!?」
ソフィアが声をあげた、リックが前を向く。振り向いたグスタフが、ゆっくりと歩いてくる姿がリックの目に入って来た。胸の傷は血が泡立ちながらふさがっている。リックの肩に乗っているハクハクがムスタフを見て口を開く。
「あれは自動回復じゃな」
「自動回復…… ムスタフはそんな魔法使えるのかよ。クソ!」
「いやぁ。ちがうじゃろうな」
鼻をひくひくさせたハクハクがリックの耳元で話をする。
「あの者からもあやつの臭いがプンプンするのじゃ」
「ハクハク!? あやつって…… まさか!?」
「そうじゃ。あのブロッサム平原に出た女じゃ!」
「えっ!? なんであいつが!?」
「それはわらわにもわからん。とにかく話は後じゃ、リックあの顔についている仮面じゃ! 仮面を狙うのじゃ」
「仮面? わかったよ!」
ムスタフは片手で斧をもう一度振りかざしリックに向かってきた。
「ここだ!」
振り下ろされる斧の柄を狙い、リックは剣を振り上げた。リックの剣はムスタフの斧の柄を切り裂いた。斧の柄の先についた刃が、打ち上がり上空へ回転しながら飛んでいき、すぐに落ちて来た。
「うがあ!?」
リックの動きについていけない、ムスタフの仮面のあいた穴から微かに、見える目が大きく見開いて驚いた表情をしているのが分かる。リックがその隙を見逃すはずもなかった。
膝を曲げて体勢を低く剣を引いたリック、仮面に向かって飛び上がり、腕を伸ばして剣で仮面をついた。バキッと大きな音がして、仮面の額に剣が刺ささる。右手に力を込めリックは、はそのまま下に剣を下す。
真っ二つ仮面が割れて地面に落ちた。仮面を壊すとムスタフの体から、紫の煙のようなものが、一瞬だけ現れてすぐに消えた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「うわあ…… ついてないな」
空中を回転していた斧の刃の部分が、ムスタフの左足を切りつけて、地面につきささり悲鳴を上げた。ムスタフは膝をついてしまった、胸とわき腹の傷も完全に癒えてなかったのであろう。傷口が再び開き血を流し始めていた。
「うっああああ…… ああああ…… あぅ……」
ムスタフは苦しそうに声をあげ、前に倒れてうつぶせになり、ピクリとも動かなくなった。リックは袖で血を拭い剣を鞘におさめた。ローズガーデンの兵士達が動かなくなったムスタフを見て取り囲み縄をかける。
「ふぅ……」
「リック! すごいです」
「ありがとう」
ソフィアがリックの横に駆けて来て彼を労う。
「リックさーん!」
ココとミャンミャンがソフィアに続いて、リックの元へと駆けて来る。タンタンとシーリカの二人もリックの元へとやってきた。
「わっ!? ちょっと!? ミャンミャン……」
リックの腹にミャンミャンがいきなり抱き着いてきた。彼女の瞳からは涙が出て泣いている。リックは優しく彼女の頭を撫でる。
「ミャンミャン? 大丈夫? 怪我してない?」
「はい。うれしい! また、私の為に助けに来てくれたんですね!?」
「いや。みんなで来たんだよ? タンタンやシーリカ様だって一緒だよ! それと苦しいからちょっと離れて!」
「あゎゎゎ、ミャンミャン! ずるい! 私も」
「私も!」
ミャンミャンに嫉妬したシーリカとソフィアが、一斉にリックに抱き着く。三人に抱き着かれたリックは、バランスを崩して尻もちをついた。倒れる直前に三人はリックから手を離した。
「いてて」
「ソフィアさんが重いからです」
「なっ!? シーリカの方が重いです」
「あゎゎ! ミャンミャンなんか筋肉ばかりで重いくせに!」
「なんですって!!!」
尻を押さえて立ち上がったリック、彼の目の前では誰が重いせいで倒れたという、決着のつくはずのない醜い争いが繰り広げられていた。
「はぁ……」
ため息をつくリック、その横でなぜかココとタンタンが抱き合って喜んでいた。小声でハクハクが呆れた声でリックに話しかけてくる。
「おぬしは大変じゃのう」
「まぁいろいろあるからね。じゃあ俺はこうしよう!」
「わっ! これ! やめるのじゃ!」
嫌がるハクハクを抱き上げたリック、彼はハクハクを抱きしめて頬ずりをしていると、ミャンミャンとシーリカはしらけた表情をした。ソフィアだけはハクハクを、リックと一緒に撫でて頬ずりするのだった。
「うん!?」
ブリジットがズワロフと引っ立てる兵士達に駆け寄ってる。制服を破かれた彼女は、誰かから上着を借りて羽織っていた。
「ちょっと、待って!」
「はっ!」
「ズワロフ! あなたなんでこんなことをしたの?」
「うるさい。貴様などにはしゃべらん」
「はぁ。ごめんね。止めて…… こいつを連れて行きなさい。あなたの尋問は私が直接やるわ! 楽しみにしてなさいね」
ブリジットさんの質問に答えないズワロフに、彼女は不敵な笑みを浮かべていた。ローズガーデンの兵士達に縄で縛られた、ズワロフとムスタフは引っ立てられていった。二人を見送ったブリジットがリック達の方に顔を向けた。
「さっソフィアさん、リックさん! 観客達に怪我人がでているかもしれませんのでお手伝いしてもらっていいですか?」
「わかりました」
「それに試合会場の片付けもしないといけませんね」
「頑張ります!」
この後、リックとソフィアはブリジット達と一緒に避難していた、観客たちへの説明やけが人の治療などを行っていた。結局この日の作業が終わったのは夜遅くになっていた。
騒ぎで武闘大会は中止となってしまったが、特別に生き残った囚人に恩赦が与えられることになった。生き残った囚人といっても、ミャンミャンと彼女がかばっていた怪我をした、囚人とムスタフが捕まえた女性囚人が三人の計五人だけだった。
ミャンミャンも喜んではいたけど、こんな結果になってちょっと複雑な様子だった。
翌日、任務を終えたリック達は、ブリジットの部屋に帰還の挨拶をしにやってきた。ソフィアの抱える土産の量を見て、少し顔が引きつらせていた。ソフィアは詐欺師パイや監獄串焼きを気に入り大量に購入していた。
「それじゃあ俺達はこれで帰りますね」
「お世話になりました!」
「ありがとう。それでね。ちょっといいかしら!?」
「なんでしょう?」
ブリジットは真剣な表情でリック達に話しを始めた。
「ズワロフの事なんだけどね、あの男が言うには黒い女がメダルと仮面を渡してきたというのよ。あなた達心当たりある?」
「黒い女ですか? うーん!? あっ! もしかしたら!?」
「なになに? なんでもいいのよ教えてくれる?」
リックはメダルも仮面を渡したという黒い女が前に、彼らがブロッサム平原であった女かもしれないことを伝えた。
「なるほどねぇ、守り神から魔力を奪った黒い魔女か…… だったらこの町の地下の祭壇も…… でも…… 異常はなかったはず……」
「どうしたんですか?」
「ううん。何でもないわ! ありがとう。私も黒い魔女について調べて何かわかったらあなたにも教えるわ」
「わかりました」
ブリジットは何か心当たりがあるのか一人でぶつぶつとつぶやいたいた。リックは彼女のつぶやきは気になったが、調査して判明したことを教えてくれるという彼女の言葉を信じることにした。
「でも、ズワロフもバカな男よねぇ。クーデターを起こしてこの町を乗っ取る気だったみたいよ」
「えっ!? そんなことしても王都から増援がくればすぐに鎮圧されますよね!?」
「ズワロフは裏で手をまわしてね。私が囚人から賄賂を受け取ってこの町を腐敗させてる筋書きだったみたいよ」
「へぇ、なんか昨日の様子だと、絶対に口を割る気はないみたいな感じでしたけどよくしゃべらせましたね」
「ふふっ。私にはいろいろあるからねぇ。あなたも試してみる? 癖になるわよ!」
棒型の鞭をうっとりと見つめているブリジット、リックは激しく首を横に振って彼女の提案を断るのだった。鞭とブリジットの笑顔から、ズワロフが何をされたかはだいたい想像がついた。
「あっ! ちょっと! ダメだよ!」
ブリジットの提案にソフィアが興味を持ち始めたので、挨拶を終えたリック達はすぐに王都へと戻っていった。ローズガーデンの武闘大会は終了した。
数日後、勤務を終えたリックとソフィアは買い物をしてから自宅にむかって歩いていた。
「リック。いつも荷物もってくれてありがとうです」
「いいんだよ。ソフィアには美味しい料理つくってもらってるからね」
「褒められました! うれしいです」
嬉しそうにするソフィアを見てリックは微笑む。
「うん!?」
何かに気付いたリック、自宅の前に人影が見えたのだ。
「リックさん、ソフィアさん。お帰りなさい」
「あれ? ミャンミャン? どうしてここに?」
「詰め所に行ったら隊長さんがもう帰ったって言って家の場所を教えてくれたんです!」
「そうなんだ……」
顔を曇らせるリック、アイリスといいカルロスはほいほいと教えるのか。まぁ、ミャンミャンもアイリスも、リックの友人なので問題はないが……
「あっあの! こっこれ! 受け取ってください!」
「えっ!?」
家の前に居たミャンミャンが顔を、真っ赤にして何かをくるんだ白い布をリックに渡してきた。リックは布を見て首をかしげる。
「なっなに? これ?」
「肉まんをタンタンに教わって私が作ったんです! 食べてください!」
「あっ! そうなんだ?」
「じゃあ!」
「えっ!? ちょっと! あっ! 行っちゃった……」
そういうとミャンミャンは、リックに布を渡してすぐに帰っていった。
「どうして…… 肉まんを? まっいいか。せっかくミャンミャンが作ってくれたんだし」
なぜ自分にミャンミャンが肉まんを持って来たか疑問に思ったリックだったが、この間食べたタンタンが作った肉まんの味を思い出し気にせずに楽しむことにいた。
「えっ!?」
渡された肉まんをジーと睨んでいるソフィア。ソフィアの機嫌は悪そうだ。
「どうしたの? ソフィアなんか機嫌悪いみたいだけど?」
「うぅ…… ずる……」
リックは自分がミャンミャンから、プレゼントをもらったので、ソフィアの機嫌が悪くなっていると察した。受け取ったしまったのは事実だが、自分から要求したわけではないので、電撃は勘弁してほしいと願うリックだった。
「肉まん…… リックだけずるいです!」
「えっ!? ずるいって! これが?」
リックが箱を指差すとソフィアは勢いよく頷く。どうやらソフィアが肉まんがうらやましいだけのようだ。リックは電撃を免れホッとする。物ほしそうに肉まんを見つめるソフィアにリックは一緒に食べようと提案する。
「わかったよ。じゃあ、半分こしようね」
「いいんですか!? やったです」
両手をあげ喜ぶソフィア、機嫌がよくなったソフィアとリックは帰宅した。すぐに広間のテーブルについた二人は、ミャンミャンの肉まんを取り出す。布を外すとできたてなのかまだ湯気がでてる肉まんが出て来た。
「美味しそうです!」
「そうだね。さっ早く! お皿をだしてと……」
肉まんを見たソフィアも目を輝かせた。リックはキッチンに皿とナイフを取りに行く。
「よーし」
笑顔で肉まんをナイフで半分にするリック、切れ込みを入れた肉まんをつかんだ半分に割る。ふわああと湯気が舞い上がる、中を見た二人の顔は青くなった・・…
「こっこれは?」
「ふぇぇ……」
割った肉まんの中身は紫色で液状化してドロッと飛び出して来る。そっとリックは半分にした、肉まんの少し大きい方を、ソフィアに差し出す。
「(いやいや食べたいって言ったじゃん!)」
ソフィアは眉間にシワを寄せ、顔を歪ませたまま、なかなか肉まんを受け取らなかった。
「どうしたの? ほら早く!」
「やっぱり…… せっかくリックの為にミャンミャンさんが作ったのをもらうのは悪いです」
「遠慮しないでいいよ。なんならソフィアに全部あげるよ」
「いやです!」
「あっ! 待て」
紫色の物体を吐き出す、半分になった肉まんをおいて、ソフィアはさっさとキッチンに逃げた。
「ずっずるいよ…… せめて一緒に食べようよ……」
首を大きく横に振ったソフィアだった。リックは紫色の肉まんを持ったジッと見つめる。心の中で見た目はあれでも味は正常であってくれと祈り口を開けほんの少しだけ肉まんを口の中に……
「うぐ…… まっずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!! 何これ!!!!!!!!!!!!!!」
口に含んだ肉まんはベシャっとした舌触りに、苦くて塩辛いさと甘さが混じった変な味が、何かが腐ったような臭いが口の中に充満する。思わず吐き出しそうになって何度かえずきながらなんとか飲み込むリックだった。
「ありがとう……」
リックの様子を見たソフィアが、キッチンから水を持ってきてくれたのだった。
数日後…… うれしそうに味の感想を聞きに来た、ミャンミャンにリックは困るのであった。