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第110話 あと少し

 武闘大会一日目が終わった。

 リック達は闘技場から引き上げて宿舎に帰る前にミャンミャン達を訪ねた。ミャンミャンが無事に勝ち上がったことのお祝いをするためだ。並んで町を歩くリックはソフィアの手にいつの間にかバスケットを持っているのに気づいた。


「ソフィア! そのバスケットは……」

「ミャンミャンさんとタンタンさんのお土産に詐欺師パイを買いました!」

「いつのまに!?」


 どうやら彼女はまた警備をしてる時に、売り子から食べ物を購入し、リックにバレないようにうまく隠してたらしい。普段はのんびりしているのに、食べ物に関してだけは、素早いソフィアだった。

 ソフィアが詐欺師パイを詳しく説明する。赤いラズベリーの色したケーキが実はリンゴ味だったり、緑のメロン風味と見せかけてラズベリーだったりする見た目と味が違うフルーツパイらしい。


「やけにくわしいな。一つたべたでしょ?」

「そっそんなことないですよ! お店の人に聞いたんです!」


 慌てて手を大きく振り、必至な様子でソフィアは否定する。


「(うん。これは絶対に食べたな。ふふ。ソフィアらしいけどさ)」


 リックは何も言わず、ソフィアに微笑むのだった。

 前に来た時と同じように、ミャンミャン達が収監されている部屋の階層まで上がる二人。扉を開けるとすぐにミャンミャンが迎えに出てくれた。


「いらっしゃい。リックさん、ソフィアさん」

「お邪魔します」

「ミャンミャン今日は勝ててよかったね」

「これお土産の詐欺師パイです」


 嬉しそうにミャンミャンは、ソフィアから詐欺師パイの箱を受け取った。


「ありがとうございます! でも、まだ先があるんで気を抜かず頑張りますね!」


 無事に武闘大会初日を終えた、ミャンミャンは少し安心したような表情をしている。リックはミャンミャンの表情を見て安堵するのだった。


「ふぇ!?」


 開いた扉のわきから漂って来る、匂いにソフィアが素早く反応した。


「なんかいい匂いがしますね」

「二人が来るっていうからご飯を私が用意したんです。どうぞ上がって食べてください!」

「いいの?」

「はい。みんなでご飯を食べましょう」

「やったー! お言葉に甘えるです」

「あっ!? ちょっと!? ソフィア!」


 目を輝かせて勢いよくソフィアは、部屋の中にはいっていった。リックは恥ずかしそうにして、ミャンミャンは嬉しそうにソフィアを見送るのだった。リックはソフィアを追いかけ部屋へ上がる。テーブルに料理を並べるタンタンにリックは挨拶をする。


「タンタン。こんばんは」

「リックおにーちゃん、ソフィアお姉ちゃん、いらっしゃい」

「タンタン、リックさんとソフィアさんからお土産もらったからね」

「わーい。やったー」


 タンタンはミャンミャンが持つ、バスケットを見て嬉しそうに手をあげていた。


「ふふふ…… 詐欺師パイ美味しいのよね…… ちょっとだけ味見……」

「ダメだよ。ご飯食べてからでしょ!」


 ソフィアが渡した土産をミャンミャンは隠れて開けようとした。姉の行動をしっかりと監視していたタンタンが、ミャンミャンを叱りつけていた。


「ふふ…… どっちが姉か分からないな…… あっ!」


 リックの横でソフィアが、自分で持ってきた土産をジッと見つめていた。


「二人とも詐欺師パイはご飯の後だからね」

「わかってますー」

「はーい」


 ミャンミャンは少し不満そうに、ソフィアは素直に手を上げ、リックに返事をするのだった。


「じゃあ食べよう! リックお兄ちゃん。ソフィアお姉ちゃん。座って」


 タンタンの促され、リックとソフィアが席に着いた。

 テーブルの上には、丸く白いフワフワとした饅頭が、皿に並んでいた。キッチンの入り口の隙間から、木で編まれた籠のような物から水蒸気が湧いているのが見える。


「リックさん、ソフィアさん、遠慮しないでいっぱい食べてくださいね」

「ありがとうね。いただきます」

「いただきますです」


 リックはさっさおく饅頭を手に取った。


「あっあつ」


 熱くてうまく持てないリックは、両手で交互に投げながら冷まし、饅頭にかぶりついた。


「これは…… うまい!」


 声をあげるリック。饅頭は外側がふかふかもっちりとして、中はジューシーで美味しい汁が口の中にひろがっていく。口の中が熱くて火傷しそうだが、美味しいからハフハフ言いながら何口も食べてしまう。


「ソフィア! これ美味しいね」

「はい。美味しいです」

「でしょう? 私の故郷の料理で肉まんっていうんですよ。やっぱり女の子は料理くらいできないとね」


 得意げな顔で話すミャンミャン、話し終わった彼女は、チラチラとリックの方に視線と送っていた。


「ミャンミャンさん。私もこれ作ってみたいです! どうやって作るんですか?」

「そっか。ソフィアは料理が好きだもんね。ミャンミャンよかったらソフィアに作り方教えてあげてくれる?」

「えっ!? それは…… その……」


 さっきまで機嫌よくしゃべっていた、ミャンミャンが黙ってうつむいてしまった。ミャンミャンはしまったという表情になり、額には汗をかいてるような気がする。横でタンタンがニヤニヤと笑っていた。


「二人ともお姉ちゃんじゃ作り方はわからないよ。えっとね。最初に粉と水を混ぜて練って寝かして…… 中の具材の肉はしっかりと味をつけて……」

「タンタン!? ちょっと!」

「最後はキッチンにある籠で蒸して出来上がりだよ!」

「なんで? 全部、言っちゃうのよ! タンタン!」

「お姉ちゃん作り方なんか知らないでしょ!?」

「こら! やめなさい!」


 タンタンが滑らかな口調で料理の手順をしゃべり、ミャンミャンは必死にタンタンをとめていた。


「タンタンさん詳しいですね」

「当たり前だよ。だってこれ僕が作ったんだもん!」

「そうなんですか!?」

「えっ!? ミャンミャン? さっき自分が料理作ったって言ってなかった?」

「もっもう! タンタン何言ってるの私が…… リックさんの為に作ったでしょ」

「はぁぁぁぁ!? お姉ちゃんが作った? 何を言ってるの!? うちのお姉ちゃんは料理なんかできないよ」

「こっこら! タンタン! お姉ちゃんいつも料理してるでしょ?」


 ミャンミャンは汗をかきながら、必死に自分が料理をしたと主張している。だが、ミャンミャンは料理の手順は答えられなかった、リックとソフィアはこの料理はタンタンが作ったのだと確信する。

 自分が作ったと主張している姉をみて、呆れた表情をしたタンタンはさらに続ける。


「えっ!?、お姉ちゃん田舎のお家にいるときからお料理なんかしたことないじゃん。料理なんかより私は冒険者になるから体を鍛えるって外で遊んでばっかりだったじゃん」

「何で今それを言うの…… そっそんなことないでしょ!? お姉ちゃんは優しくて料理上手でお掃除のできる女の子でしょ?」


 ミャンミャンがタンタンに口を動かしてたり、片目をつむったりして何か合図を送っている。それを無視してタンタンは話し続ける。調子に乗っているタンタンをリックは止めようか悩む。


「もう…… 冗談やめてよ。僕が王都に来た時は大変だったんだよ。台所はグチャグチャだしお部屋も散らかし放題…… 女の子なのにパンツも放り投げてあって洗うの大変だったんだから」

「やっやめて! タンタン! 私のイメージが……」


 恥ずかしそうにしてるミャンミャン。ミャンミャン達は姉弟で一緒に暮らしているが、家事はほとんどタンタンがやっているのだ。


「ねぇ。リックおにーちゃん! こんなお姉ちゃんだからお嫁さんにするのやめた方がいいよ」

「こっこら! タンタン? 何を言ってるの!? やめて」

「えっ!? だっていつも鏡の前で腕組んでリックさーんとか甘い声で言ってるじゃん」

「わっ!? バカ! タンタン! もうお姉ちゃん怒ったから!」


 ミャンミャンがタンタンにつかみかかろうとして、タンタンはそれをかわして逃げた。


「やーい!」

「待ちなさい! もう! 待ちなさい!」

「ちょっと!? 部屋で暴れたら危ないぞ」


 タンタンを追いかけようとしたミャンミャンを止めるリック。振り向いたミャンミャンが恥ずかしそうに笑った。


「あのね。リックさん違うの! 料理もさっきのもタンタンのウソだから!」


 ミャンミャンは必死に取り繕うとしていた。タンタンがそれを見て、さらにからかおうとにやけて近付いて来た。だが、調子に乗った弟の末路というのはいつの時代も決まったものだ。

 ミャンミャンの鋭く目が光ってタンタンを捕まえた。


「うわ!」

「タンタン! あんたよくもやってくれたわね。許さないんだから!」


 叫びながらミャンミャンは、タンタンの胸ぐらを掴んで激しく揺さぶる。眉間にシワを寄せ怒るミャンミャンが、怖くてタンタンは泣き出していた。


「大変です。タンタンさんが……」

「ミャンミャン。もうやめなよ」

「うわーん、お姉ちゃんごめんなさい!」


 リックとソフィアで必至に、ミャンミャンをタンタンから引き離す。ミャンミャンは興奮して、大きく肩で息をしていた。


「はぁはぁ…… タンタンあんた覚えてなさいよ。リックさん達が帰ったら……」

「ごめんなさい。お姉ちゃん大好き!」

「もう…… しょうがない」


 ミャンミャンは怒っていたが、タンタンがお姉ちゃん大好きと、笑顔で言った瞬間にデレっと顔が緩んですぐに許していた。落ち着いた二人と食事を終え、リック達はミャンミャンの部屋から宿舎に戻った。

 二人はすぐに明日の準備をして就寝する。寝付けるまでリックは天井を見つめていた。


「リック」


 同じベッドで並んで寝たいたソフィアが、横に向いてリックに声をかけて来た。


「うん!? ソフィア? どうしたの?」

「ミャンミャンさん達は楽しそうでしたね」

「そっそうかな? 喧嘩してたけど……」

「でも、最後は仲直りしてました。私は姉弟いないからうらやましいです」


 ソフィアが笑っている兄弟がいない、彼女には喧嘩でも少しうらやましいことがあるのだろう。兄弟がいるリックにはその感覚はわからず不思議そうに彼女を見つめていた。リックを見ていたソフィアがハッと目を大きく見開く。


「そうだ! リックより私の方がお姉ちゃんですからリックのお姉ちゃんです」

「なんでそうなるの?!」

「ほら。お姉ちゃんのいうこと聞くですよ」

「えぇー! 一歳しか違わないじゃん」

「でも、お姉ちゃんです。早くお姉ちゃんの言うこと聞きなさい。はい!」


 ソフィアはリックに顔を向けて目を閉じた。


「はいはい。わかりましたよ。お姉ちゃん……」


 寂しそうにソフィアの顔を見つめるリックだった。ソフィアとは姉と弟ではなくきちんと恋人として隣に居たいのだ。リックはゆっくりと顔をソフィアに近づけて……


「そうだ! お姉ちゃんならちゃんと一人で寝てよ」

「それはいいんです!」


 ソフィアは頬を膨らまして怒りだす。まぁ、怒っても俺のベッドから出ないで、胸の上で頬を膨らましているだけだが。リックがソフィアの頭を撫でると嬉しそうな表情に変わる。また目をつむったソフィアに顔を近づけリックだった。

 武闘大会二日目の朝をむかえた。リック達の持ち場は一日目と変わらずに、大会会場の一番上から客席と試合会場の警備を行う。


「今日は昨日よりも観客が増えてるな。気をつけないとな」


 周りを見渡し気を引き締めるリック。昨日も客席はほぼうまるほど客が居たが、今日はそれよりも多く席は埋まり立ち見の客間でいる。今日は準決勝まで行われる、試合も白熱したものになっていき、観客も興奮し事故や喧嘩なども起きるだろう。

 一日目は一斉にトーナメントが始まり、対戦カードによっては実力が開きすぎて、一瞬で終わる試合が多かった。今日は昨日の試合を勝ち上がった実力者同士での対戦が増える。実力が拮抗してくるので一日目より試合時間が長く取られて、試合数は減るが昨日よりも大会が終了するのが遅くなる予定だ。

 最終日の三日目は決勝と表彰式のみで、午前中には大会は終わり午後は片付けをする予定だ。試合開始まではまだ少し時間があり、リックとソフィアは昨日に引き続き持ち場で観客の監視をしていた。


「あっ! いたよ。タンタン! おーい。リックゥ! ソフィアゥ!」


 呼ばれて振り返ると、腕を組んで歩くタンタンとココが見えた。


「ココ! それにタンタンも!?」

「タンタンさんはここに来て大丈夫なんですか?」

「うん。お姉ちゃんが勝ち残ったから今日と明日は特別に奉仕活動を休ませてもらった」

「さすがギルドマスターのココだね。牢獄にも顔がきくんだね」

「違うよぅ、あたいじゃないよ!」

「あゎゎゎ! 待ってくださーい!」


 ココ達から遅れて人ごみから出てきたのはシーリカだった。彼女は白い神官服に身を包み、パタパタと騒がしくリック達の元へとやって来た。


「あゎゎゎ! リック様! 私、来ちゃいました!」

「シーリカ様!? どうしたんですか!」

「ミャンミャンが頑張るってココから聞いてどうしても応援に来たくて!」

「じゃあタンタンが休めたのって」

「あゎゎゎ! はい、私がブリジットさんにお願いしました」


 胸を張って少し得意げなシーリカ、リックはシーリカの胸を見て驚いた顔した。いつの間にか、シーリカ胸の膨らみが、ソフィアよりも大きくなっていたのだ。確かに彼女の胸は、それなり大きいはずだが、こんなに大きくはなかった……


「あゎゎ! あぁん! ダメぇ! くすぐったい」


 近付いてきたシーリカは、りっくの目の前で、急に艶っぽい声を出して体をひねり出した。シーリカの様子に慌ててリックが声をかける。


「どうしたの? 大丈夫?」

「あゎゎ、リック様! 私の胸を触ってください」

「えっ!? 胸? いきなり触れって言われても……」


 リックに触れというシーリカだった。いきなり胸を触れてを言われ躊躇するリックだった。二人のやり取りを見てタンタンとココはニヤニヤと笑っていた。


「お願いします」


 何もしないリックに、シーリカは笑顔で神官服の胸元を開いて彼に見せて来る。真っ白なシーリカの胸がリックに近づき彼は生唾を飲む。胸を触る決心がなかなかできなかいリック。しかし、聖女シーリカからの依頼であり、彼女が望むのだ決して自分が触りたいわけでないと、リックは頭の中で都合の良い言い訳を組み立てた。


「よし! って…… ちょっと?! ソフィア!?」


 意を決してシーリカの胸に手を伸ばしたリックだったが、彼よりも素早くシーリカの、後ろにまわり込んだソフィアが、胸元に手を突っ込むのだった。


「はい。なんだハクハクさんが居るんですね!」


 ソフィアがシーリカの胸の中からハクハクを取り出した。シーリカは服の中にハクハクを入れていたのだ。毛並みふわふわのハクハクを胸にいれてりゃくすぐったいのは当然である。


「あゎゎゎ! なんで? あなたが! やめてください!」

「リックもよかったですよね!?」

「はい…… それでいいです……」


 リックに顔を向けソフィアがほほ笑みながら同意を求めてくる。大きく頷いてリックはソフィアに同意する。シーリカはソフィアに同意したリックを、上目遣いで瞳をうるませて悲しい瞳で見つめてくるのだった。そんな目をされてもリックには選択権はない、なぜなら笑っているソフィアの眼鏡の奥の目が笑ってないからだ。ソフィアはそっとハクハクを抱っこしたままシーリカの目の前に持っていく。


「ダメですよ。闘技場にハクハクさんを連れて来ちゃ」

「そうだよ。ペットの持ち込みは控えて…… いた」


 リックが動物と言った直後にハクハクは、ソフィアの腕から身を乗り出して彼の腕にかみついた。ハクハクはペットと言われ怒ったのだ、彼女は子犬ではなくブロッサム平原の守り神、白銀狼ホワイトシルバーファングという神様だからだ。


「あゎゎゎ。ハクハクダメでしょ! メッ! リックさんから離れなさい。もう普段は大人しいのにやっぱり人が多くて興奮してるのかしら」

「やっぱりこれじゃ客席で一緒に見るのは無理だねぇ。わかったよぅ。あたいが宿でハクハクと待ってるからタンタンとシーリカがミャンミャンを応援しな」

「えぇ!? ココ姉ちゃんも一緒が良い」

「でも…… 臭いとかもあるしさっきみたいに暴れても困るしねぇ」

「ココお姉ちゃんお願い。ハクハクも一緒にお姉ちゃんの応援したいと思って僕がシーリカお姉ちゃんに連れ来てって頼んだんだ! みんなでお姉ちゃんの応援したい!」


 タンタンがココに抱き着いお願いしていた。リックとソフィアは顔を見合せた。直後にソフィアがハッと何かを思いついた。

 

「だったらリック。私達がここでハクハクさんを預かりましょうよ」

「えぇ!?」

「ハクハクさんもそっちの方がいいですよね?」


 ソフィアがハクハクを抱きしめ、口に耳を近づけてる。リックとソフィアはハクハクが白銀狼ホワイトシルバーファングであり人間の言葉が話せることを知っている。


「リックも聞いてください!」

「えっ!? わっわかった」


 笑顔で手を伸ばしてリックにハクハクを渡すソフィアだった。リックもハクハクの口に耳を近づける。


「俺達が預かったほうがいいの?」

「そうじゃな。おぬしらとの方がわらわも気楽じゃ」

「はいよ。わかった」


 正体を知ってるリック達と居た方が、子犬のふりしてずっといるより楽なのだろう、ハクハクはソフィアの提案にあっさりと同意した。リックは小声で返事をすると、ハクハクを抱いたままタンタン達の前へと向かう。

 膝をついてタンタンの顔を見るリック。


「ここで俺達がハクハクを預かるんで帰りに迎えに来てもらってもいいかな?」

「うん。ありがとう! リックおにーちゃんとソフィアお姉ちゃん」

「あゎゎゎ! ありがとうございます」

「ありがとぅ!」


 三人は嬉しそうに客席へと戻っていった。


「えっ!? ソフィア!?」


 リックが抱っこしていたハクハクを、ソフィアが横から手を出して持っていった。


「ハクハクさんはここです!」


 頭の上にハクハクを乗せるソフィアだった。


「ソフィア…… 何してるの?」

「どうですか? スラムンさんとアイリスみたいになりました!」


 胸を張って得意げにするソフィア、リックは頭の上のハクハクを心配そうに見つめるのだった。普段より高い場所で怖いのか、ハクハクが震えていた。プライドが高いハクハクなので絶対に下してくれとは言わないが。

 ただ、すぐに慣れたのかハクハクの震えはおさまり、今度はリックの頭の上に自ら移動して普通に座っている。


「いい加減、降りてくれないかな……」


 頭の上に視線を向けながらつぶやく、ハクハクはリックの頭の上に偉そうに胸を張った座っている。

 試合開始の時刻が迫ってきた。リックとソフィアは静かに会場に目を向け警備を続けていた。


「うおーー!?」

「おい?! なんだあれ?」


 観客席からどよめきが上がった。試合会場には昨日の勝ち残った、囚人が一列に並んで入ってきている。全員が参加する開会式は昨日に終わっており、今日はすぐに試合の予定だ。


「あれは……」


 兵士が囚人の周りを囲って槍を突き付けてる。入場じゃなくて強制的に歩かされているようだ。


「ブリジットさん!? クソ!」


 縛られてブリジットさんが会場の真ん中に引っ立てられて膝まづいた。彼女の横にいるのはローズガーデンの防衛隊の隊長ズワロフだ。


「お集りの諸君! 私はローズガーデンの防衛隊隊長ズワロフだ! 残念ながら武闘大会は中止だ」


 試合会場の真ん中で声を高らかにズワロフが宣言をする。悲鳴のような歓声のなか、試合会場の選手の登場ゲートから一人の大きな男がでてくる。


「あいつは…… 何者だ?」


 両手を鎖で縛られた大男で首輪をされて、顔に赤地に白い十字架の書かれた、目と口の部分が少しあいた仮面をかぶっている。兵士に首輪につけられた鎖を引っ張られてゆっくりと会場の真ん中に連れて来られた。


「紹介しよう。ローズガーデン前防衛隊隊長ムスタフだ!」


 大きく体を揺らす男。彼はムスタフという、ローズガーデンの前防衛隊隊長。囚人虐待の罪により終身刑となった。おそらくズワロフが彼を牢屋から出したのだろう。


「武闘大会を中止してムスタフにより囚人虐殺ショーをお見せしよう! はっはっは!」


 ムスタフはズワロフの言葉に、体を大きく揺らした。仮面をかぶせられて表情がわからないが興奮しているようだ。どよめいていた会場の空気が重く冷たくなっていく。リックは横を向いてソフィアに子をかける。


「ソフィア! 行くよ!」

「はい!」

「矢でズワロフを狙って隙きが出来たら俺が突っ込む」

「わかりました」


 頷いたソフィアが弓を構えてズワロフを狙う。放たれた矢は一直線にズワロフの頭へ向かって行く。しかし、ソフィアが放った矢は、試合会場の上空で止まり滑り落ちるように落ちた。


「ダメです。あれは魔法障壁です……」


 矢が当たる音に反応して、ズワロフがこちらに視線を向けた。


「ははは。無駄だ! この障壁は簡単には破れんぞ! お前たちも虐殺ショーを見てるが良い。ちなにみ最後はこの女が血祭りになるんだけどな」


 俺達の方を見ていやらしく笑ったズワロフ、そのままブリジットさんのほっぺたに舌を這わしていた。


「クソ! ズワロフめ!」


 兵士が大きな斧を持って、ムスタフへ歩いていくのが見える。あの斧でムスタフの鎖を斬って解放するつもりのようだ。

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