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第103話 異世界よ永遠に

 槍を投げようとしたメリッサの手が止まった。彼女は勇者カズユキに視線を向けたまま笑った。


「私の友人に手を出すのはやめてもらおうか! 勇者カズユキよ」


 ブシューという音がして勇者カズユキの背中から剣が飛び出した。


「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 勇者カズユキが叫び声をあげ、右腕から力抜け手から剣が零れ落ちる。白く輝く鎧の手が勇者カズユキの肩に、現れてゆっくりと剣が引き抜かれた。剣が抜かれた勇者カズユキは、ゆっくりと崩れ落ちるように倒れた。勇者カズユキが居なくなり、イーノフの前に白い鎧の人間が立っているのが見えた。

 銀色に輝く剣の血を拭い、ロバートがイーノフに微笑む。


「ロバート……」

「おっと。イーノフ…… 遅くなってすまん」


 力が抜け倒れそうになるイーノフを、膝ついてロバートが支えた。彼はイーノフの足に手を回して抱きかかえたのだった。ロバートはイーノフと抱っこしたままエルザの前へとやってきた。


「カルロス隊長から依頼を受けた者が私の母をスノーウォール砦に連れて来て…… そこでリック達がここで戦っていると聞いてな。私も是非と連れてきてもらった」

「よかった…… ヴァージニアは助かったのね」

「姫様もご無事でなによりです」


 よほど嬉しかったようでエルザはロバートに駆け寄る。嬉しさのあまり大泣きにしているのか、エルザの周囲に水しぶきがとんでいる。リックは笑顔でエルザの様子を見つめていた……


「うん!? ちがう!? あれ…… 涙じゃない! よだれだ……」


 エルザは涙ではなく、ヨダレを飛ばしながら、ロバートさんの元に駆け寄ったのだ。聖母のような笑顔でヨダレを、垂らしながらイーノフとロバートを見つめている。


「はぁはぁ…… ロバート! いい! このシーン! ほら! 二人とももっと顔を近づけて! キャー! ほらほら!」

「姫様! 無事をよろこんだ私を後悔させないでいただけませんか?」

「うるさいわね! あー! やっぱりこの二人はいーわー! たぎるわね! あっ! ちょっと待って! 今、絵に残すから! 動かないで!」

「姫様!」

「いいから、いいから! これはシェリル達が喜ぶわ! 次のバザーに出すのがはかどるわね」


 どこから出したのか、小さな紙とペンを出し座って絵を描きだしたエルザだった。リックの制服を羽織っただけの恰好で、しゃがみ絵をかく彼女は下着が丸出しでイーノフは恥ずかしくて顔を赤くする。ロバートは慌ててエルザを止めるのだった。

 急に元気になったエルザを見て苦笑いをするリック。いつもの元気なエルザさんになったからいいのか、彼としてはさっきまでのかわいいアナスタシアの方が良かったのだが……


「クソがーーー! なんで? お前らなんかに!」


 勇者カズユキの声がした。振り向くと腹に穴が開いてる状態で彼は浮き上がってきた。もうさすがに死ぬ直前なのか、フラフラと浮き上がり今までの迫力はない。

 リック達の前にゆっくりと勇者カズユキが近づいてくる。


「はぁはぁ! お前らなんか!」

「しつこいね。今度こそ地獄に送ってやるよ」


 メリッサ槍を勇者カズユキに向けた。リックも剣を構え勇者カズユキを睨みつける。ロバートはイーノフとエルザをかばい前に出た。


「お前さん達。もういいだろう!」

「たっ隊長? どうして?」

「僕はロバートさんと一緒に来たんだ。まぁそれはいい。ここは僕に任せてくれ」


 身構えたリック達の後ろからカルロスが現れた。カルロスはリック達を制して勇者カズユキの前で話しを始める。


「なぁ、お前さんここに居たいか?」

「はぁ!? どういうことだよ?」


 カルロスがゆっくりと勇者カズユキに問いかける。彼は不機嫌そうにカルロスに返事をする。


「いや、お前さんが望むなら別の世界に行かせてやるよ」

「えっ!? おっさんにそんなことができるのか?」

「あぁ。できるさ! ただし条件はもう戦闘をやめ素直に僕に従うことだがな」

「はぁ? 俺のことが怖いからって、お前たちの都合のいいように別の世界なんかに行かせられてたまるか」

「確かにお前さんのことは僕は怖い。でも、お前さん僕の部下に負けるの二回目だ。次は容赦しない」

「クッ……」


 笑顔のカルロスは、勇者カズユキとの会話を続けていく。リック達はまだ武器を構えた状態でその会話を聞いていた。


「なぁ。もういいだろ? こんな誰にも望まれてない異世界で死にたいか?」

「なにを!? 僕は回復力も高いし死んでもすぐに魔法で生き返ることが……」

「騙されてるよ。お前さんの回復力と体力はかけ離れているが一度死んだら終わり。生き返る魔法はないよ」

「はぁ!? そうなのか?」

「試してみるかい? いまここで僕の部下がお前さんを殺してみようか?」

「やめろ!」


 カルロスが小さい水晶を出し、その光が空中に浮いて丸く何かを映し出している。ニヤニヤした表情してカルロスは話を続けていく。


「はいよ! これを見なよ!」

「こっこれは? このかわいい子達は?」

「これはお前さんが僕たちの世界から出て行ってくれたらいける世界の様子だ。ここも勇者を求めている世界でモテモテだぞ!」


 浮いた丸く光った中にティアラを付けた美しい姫や、その周りにいるかわいいメイドの女性たちが映し出されていた。勇者カズユキはいやらしく笑いその光に映った女性たちを食い入るように見つめている。


「お前らが…… そこまで言うなら! 行ってやるか」

「よし、決定だな! ソフィア。まずはイーノフの治療を最優先でやってくれ。終わったらイーノフは手伝ってくれるかな?」

「はい!」


 ソフィアはイーノフを優先して回復させた。カルロスは何かの図を見ながら、地面に魔法陣を書いている。回復したイーノフさんはカルロスを手伝っていた。カルロスとイーノフさんが魔法陣を書いてる間に、ソフィアが勇者カズユキの足と手をソフィアは回復させている。

 しばらくして魔法陣が完成した。カルロスが指示をして勇者カズユキを真ん中に寝かせた。


「じゃあお前さん行っといで! イーノフ頼んだぞ」

「光の精霊よ。汝の力で世界の救世主を……」


 イーノフが杖を魔法陣に、寝かされている勇者カズユキに向け、目をつむって呪文を唱える。勇者カズユキの寝かされた魔法陣から緑色の光が発せられた。


「おぉ。これは俺が死んだ時と同じ…… ありがとうな。お前ら!」


 体を少し起こして勇者カズユキはリック達に笑顔で手を振った。勇者カズユキは緑の光に包まれて消えていなくなってしまった。カルロスは勇者カズユキの居なくなったのを見て満足そうにうなずいた。


「なんであんたは勇者カズユキを他の世界に行かせたんだい?」

「うん!? 罪人を殺すより面白い方法を思いついたからな」

「面白いって? 結局あいつは自分の欲望が満たされる世界に行っただけじゃないか?」

「ははっ! あの水晶に映っていたのはみんな男だよ」

「はぁ!? あんた男って?」


 カルロスがニヤニヤしながら話を始めた。城にヴァージニアさんを救出に行かせた人間が、ジックザイルの部屋から誤って、今回の計画書を盗んで来てしまったらしい。この誤ってというのが本当かは怪しいが……

 今回の勇者カズユキの召喚を、依頼したのはレティーナ王妃。他国から嫁いできたレティーナ王妃様は、金で何でも言うことを聞くジックザイルをかなり重用している。召喚した勇者を利用するだけ利用し、元の世界に返すのは当初の計画通りだった。ただ、呼び出した勇者カズユキは自分の欲望のままにしか動かず、王妃やジックザイルは制御できずにいた。レティーナ王妃は、勇者カズユキの欲望を制御し、自分の言うことを聞かせるため、アナスタシアを差し出したのだ。

 計画書には元の世界に返す方法と、他の世界への転送の手順も書いてあったということだ。ご丁寧に転送先の世界の情報まで少し書いてあったので、男だらけの世界に送るのが面白いとカルロスは考えたのだという。


「あっちの世界はどうも男しか生まれない世界らしくてな。人はみんなクローンとかいう方法で増やすらしい」

「でも、みんな女性の格好を?」

「女装だよ。みんなアイリスみたいな人達だってことさ!」


 アイリスだらけの世界と聞いてリックは顔を歪ませる。ただ、同時に少しだけ勇者カズユキに同情する。


「でも、なんか俺達の都合で呼び出しておいて……」

「僕だって大人しい勇者なら元の世界に帰すかこちらで歓待するよ。でも…… 勇者カズユキは欲深いやつで王都で暴行を繰り返した。王城のメイドが何人も手籠めにされ町の人達は楽しいという理由で殺したり……」


 勇者カズユキの悪行が、カルロスの口から次々と漏れる。他にも王の政に口を出し顰蹙を買って逆切れ、税収の仕組みを無暗に変えようしとして失敗し腹いせに行政官を殺したり、農業のやり方に口をだし、畑の一区画を全滅せさた上に、失敗したのはお前らのせいだと農民を虐殺した、城のお抱えシェフに料理勝負を挑み負け逆切れして怪我をさせたりと……


「勇者カズユキは独りよがりで反省しないやつなんだ…… そんな人間に同情するほど僕はできた人間じゃないよ」

「男だらけじゃ何もできない訳ですね。でも向こうの世界でも暴れたりしたら?」

「あぁ大丈夫だよ。あいつの能力は転送時に全部吸収される。だって今回は召喚ではなく自身の望んだ転送だからな。今頃…… ぐふふ!」

「どういうことですか?」

「いやぁ向こうは大変な世界ってことだよ。勇者カズユキはきっと向こうの世界で男たちにいろんなことね…… おっとリックにはまだ早いな。おしまい!」


 カルロスはニヤニヤと笑って話を終わらた。だが、すぐにエルザが手を前に組んで、目をキラキラさせて駆け寄って来る。


「カルロス隊長様。あの映像の続きって見られないのですか?」

「姫様! やめなさい!」

「えぇー!? だってぇ! あいつが屈強な男たちに…… あんなことやこんなこと…… あのプライドがへし折られて! そんなのが燃えるのよ!」

「姫様!!!」


 言動が完全にエルザの時と同じになっていた。アナスタシアのイメージ悪化につながるため、ロバートは必死にエルザを止めるのだった。イーノフ、メリッサ、ソフィアはずっと黙ってその光景を苦い顔でみていた。


「アナスタシア様ーーーーーーーーーーーーー!!!」


 エルザの格好をしたリーナがやって来て、アナスタシアに抱きついた。彼女の後からシェリル達ビーエルナイツが続いてくる。


「よかった…… アナスタシア様…… ご無事で……」

「リッ…… エルザ。ありがとう」


 抱きついて泣くリーナをエルザは笑顔で優しく撫でていた。


「もうどこにも行きませんよね? 結婚はしませんよね?」

「うん。まぁ…… あいつ本当に私と結婚する覚悟あったのかしら? 我が夫となる者はおぞましいものを目にすることになるのにね。おーーっほほほほほほ!」


 口に手を当てて目尻を下げた、しまりのない顔でエルザが下品に笑う。リーナさんは呆れた顔でエルザを見つめていた。


「(もう…… だから! アナスタシア様のイメージ!)」


 アナスタシア奪還作戦は終わった。リックは近い通りアナスタシアを連れ全員で王都に帰ったのだった。

 家に戻ったリックとソフィア、夕食を終えて広間でくつろいでいると、リックの隣にソフィアが座った。


「リック、約束です! もっとです」

「えっ!? もっとって?」

「ふぇぇぇぇん!」

「わかったよ……」


 嬉しそうにソフィアはリックの膝に座った。リックは片手で彼女を支える。彼女はリックの首に手をかけて目をつむった。至近距離にあるソフィアの顔を見たリックは急激に恥ずかしくなる。


「えーい!」


 リックは軽く口にキスをして次におでこにキスをした。


「はい。約束終わり!」

「えっ!? もう終わりですか? もっとです!」

「ダメ! 今はこれくらいでいいの!」

「ケチ!」

「いやケチって…… うん!?」


 玄関の扉を誰かが、ノックしている音が聞こえる、来客のようだ。


「誰か来ましたね」

「夜に誰だろね。あぁ。いいよ。俺が出るからソフィアはそこにいて」


 リックは玄関にでて扉を開けた。そこに立っていたのは青い髪で、騎士の格好をした上品で美しい女性だ。


「エルザ…… いや、リーナさんですよね?」

「はい。リーナです。リックさん!」

「えっ!?」


 リックを見たリーナ涙目になって彼に抱き着いた。リックの鼻にいい匂いが届き、抱き着く時に柔らかい髪が頬に当たって心地よい。


「あの!? どうしたんですか? またなにか?」


 すぐにリックははリーナさんの肩を持って顔をはなした。彼女は泣きながら笑顔になっている。


「いいえ。ありがとうございました。姫様を助けていただいて…… わたしどうしてもお礼が言いたくて! 来ちゃいました」

「そっか…… よかった。」

「あの!? リックさん!」


 いきなりリーナはリックの頬を手を置き、優しく横を向かせると背伸びをして、頬に口づけをした。突然のことにリックは驚き呆然と受け入れた。


「もっとちゃんとお礼はします。でも、明日にはお城に戻って姫様と入れ替わらないといけないんです。今、わたしができることってこれくらいなので…… いやだったですか?」

「いやなんて…… うっ嬉しいです」

「よかった! じゃあ、これで!」


 頬を真っ赤にして頭を下げたリーナは背中を向けて行ってしまった。リックはその背中を名残惜しそうに見つめていた。


「(ふふ…… 最後ほほ赤くしてモジモジしてかわいかったな。きっとお礼も一所懸命考えたんだろうな。なんかけなけでかわいいなぁ。さらにリーナさんは上品だしな。でも、俺じゃなくてソフィアが出てきたらどうしたんだろう? まっいいや。ほっぺにリーナさんが…… ぐへへ!)」


 笑いながら玄関の扉を閉めて振り向くリックだった。


「見ましたよ…… リックーー!」

「えっ!?」


 振り返ったリックに頬を膨らました、ソフィアが広間との通路に立っているのが見えた。眼鏡の奥に光るソフィア目が怒ってるのかきつく……


「いやだから! 今のは…… ギャー!」


 電撃魔法の青白い光にリックは包まれたのだった。それからしばらくの間ソフィアは怒って口を聞いてくれなかった。リックはキスの約束を毎日実行することでソフィアに許してもらった。もちろん口ではなくおでこにだが……

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