第102話 勇者 VS 兵士
槍を両手で持ったメリッサは、膝を曲げ腰を落とし勇者カズユキを睨みつける。彼女の鋭い視線にはすさまじい殺気が込められ周囲の空気が凍りついていく。メリッサの殺気に騒々しかった周囲が、水を打ったように静かになっていく。
「死ねええええええええええええええええええええ! 勇者あああああああああああああああああああ!!!!!!!」
静寂を打ち破る野獣のような、雄たけびをあげメリッサが、勇者カズユキに向かって駆け出した。鋭く繰り出されたメリッサさんの槍が勇者カズユキを狙う。
「フン。舐めるなよでか女!」
勇者カズユキは体をそらし、簡単にメリッサの槍をかわし、彼女の槍をつかもうと手をのばした。
「えっ!?」
ニヤリと笑ってメリッサが素早く引く。槍の柄をつかもうとした、勇者カズユキの手からスルリと槍が抜けた。槍を引いたメリッサは、再び勇者カズユキを突く。不意を突かれた、勇者カズユキであったが、必死に体をそらしてメリッサの槍をなんとかかわす。
「うおりゃああああああああああああああああああああああああああああああああーーー!」
かわされたメリッサさんは、叫びながら何度も槍で勇者カズユキを突いた。メリッサの槍は繰り出される度に鋭さと速度が増していく、勇者カズユキはかわす。徐々に余裕だった、勇者カズユキの顔から笑みが消えていく。
「リック! 今だ! アナスタシア様を向こうに連れて行きな」
「はい!」
リックはエルザを連れて広場の外に立つ柱の陰へと移動し、彼女をそこに立たせ、肩からずり落ちていたリックの上着をかけなおした。
「ここにいてください」
「リック…… ありがとうね」
「静かにしててください」
「うん」
素直にうなずいたエルザは両手を交差させて、リックがかけた上着をギュッと握りしめている。
「(エルザさ…… ううん。アナスタシア様…… 目の前にいるの女性は憧れた王女様だ……)」
自分が王女を守る。今の状況は子供の頃に、リックが思い描いていた理想の場面だ。でも…… リックは彼女がこんな顔するのは望んでない。上着をつかんだまま、不安な表情をするエルザの手の上に、リックは自分の手を静かに置いて力強く語りかける。
「アナスタシア様! みんなで一緒に王都に帰りましょう。大丈夫です。俺が絶対にあなたを守ります」
リックの言葉にエルザは少し安心したような顔をしている。リックはエルザを見て笑う、改めて見えるとは放っておけなくてかわいい、だが、いつもの彼女は放っておきたい感じだが……
「ぐわっ!」
「うわぁ!?」
メリッサがリックとエルザのすぐ近くに吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。慌てて彼女の元へと駆け寄り、抱き起すリックだった。
「大丈夫ですか?」
「悪いね。でも、のんびりしてられないよ」
顔をあげたリックの目に、ゆっくりと勇者カズユキが近づいてくるのが見える。勇者カズユキはリックとアナスタシアを睨みつけた。
「おい。お前ら何を安心してるんだ!? まずはさっさとシーサイドウォールを吹き飛ばしてやるよ」
「なっ!? お前!」
「当たり前だろ? お前らが勝手に俺への命乞いをとめたのが悪いんだぜ? さぁ行くぜ!」
勇者カズユキが左手を空に向けると、勇者カズユキの手からまばゆい赤い光が発せられた。リックはまぶしくて手で顔を覆う。
「チッ! リック。行くよ!」
「はい」
立ち上がって叫ぶメリッサ、彼女とリックは勇者カズユキへと駆けていく。勇者カズユは空に手を向けたまま微笑んでいる。
「残念でした!」
勇者カズユキの左手から、輝く赤い光が上空に向けて放たれた。巨大な火の玉のような光は、不気味にうねりながら天空へ上っていく。
眩い赤い光に照らされ呆然と光を見つめるリックとメリッサ。離れた柱の陰で、不安そうに空を見つめるエルザだった。
「えっ?! 地面が!?」
下からの強烈な光に照らされたリック、周囲の地面が白く光輝いている。その光は周囲の地面だけではなく、シーサイドウォール砦や城壁全体が光っていた。
「えっ!?」
勇者カズユキの放った赤い光は、空中で止まって音もなく霧散した。
「なっなんだ!? 俺の魔法が空に!? 吸収されただぞ!!」
悔しそうに叫び、呆然と空を見つめる、勇者カズユキだった。
「はぁはぁ…… 残念でした!」
「まっ間に合いました!!!」
イーノフとソフィアの声が聞こえた。リック達から離れた場所で、手を地面に着けて膝をついていた。二人共息が乱れて苦しそうに肩で息をしていた。
「イーノフさん。ソフィア!? 何を?」
「ははっ! この砦を僕とソフィアで魔法封じの結界を使って封印したんだ」
「なっ!? 魔法封じの結界だと?」
「今の君の魔法は標的落下彗星だろ? 天空から落下したら防ぐ手段はほぼない。でも…… この魔法は空に打ち上げないと発動されない。だから僕とソフィアで砦全体に魔法封じの結界をはったのさ」
「疲れました」
「これで君はその魔法は使えない! メリッサ、リック!」
でも、二人ともかなり疲れているみたいだ。魔法封じの結界は結界内にいる全員に効果を発揮する、つまり元々魔法が使えないリック以外も魔法が使えくなったということだ。
「クソが!」
「よそ見してるよゆうはあるのかい?」
イーノフを睨んだ勇者カズユキの前に、両手で槍を構えたメリッサさ駆けつけ、素早く勇者カズユキに突きを出した。
「ぐは!」
槍をかわした勇者カズユキは、メリッサの腹に蹴りを入れて彼女はその場に膝をついてしまった。
「チッ…… やるね!」
近づく勇者カズユキに向かって、メリッサはすぐに体勢を立て直し、槍を横に振って勇者カズユキを牽制して距離を取った。だが、すぐに勇者カズユキは彼女を追撃するために走り出す。両手で剣を持った勇者カズユキがメリッサめがけて剣を振り下す。メリッサは両手で槍を持ち頭の上で水平にして剣を防いだ。
「死ね! 死ねええええええええええ。死ねよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
勇者カズユキは剣を何度も振り上げて、上から攻撃を執拗に打ち込んでいく。
「コク」
リックは小さくうなずいた、勇者カズユキの剣を受けながら、メリッサは彼に目で合図を送った。勇者カズユキの注意が彼女に集中している。今なら隙きをつけるはずだ。リックは勇者カズユキの横から剣を構えて突っ込んでいく。勇者カズユキの脇腹を狙い剣で突こうとリックは剣を突き出した。
「邪魔だ」
リックが近づくのに気づいた、勇者カズユキは彼を剣で斬りつけてきた。左からリックに向かって、勇者カズユキの鋭い一撃が飛んでくる。リックの目が勇者カズユキの剣に向けられる。
「この感覚は? いつもの…… よし! いけるぞ…… 見えた!!!」
明るい表情で笑ったリック、酒場で対峙した時はカズユキのスピードについていくのがやっとだった、だが、今の彼にはカズユキの太刀筋がはっきりと見えていた。攻撃が見えればもうリックの勝利はほぼ確定したようなものである。
「よっと」
リックは止まって素早く自分の剣を引いた。勇者カズユキの剣が空を切った。すぐに動き出し、勇者カズユキと体を入れ違えながら手首を返して、斜め前に移動しながら、リックは勇者カズユキの左わき腹を剣で斬りつける。鋭く伸びたリックの剣は、勇者カズユキが身に着けた鎧を切り裂き脇腹を深くえぐっていく。
「クッ…… なんで」
そのまま勇者カズユキの横を駆け抜けた背後に回ったリックが振り返る。脇腹を押さえて勇者カズユキが苦痛の表情を浮かべリックの方を向いていた。
「僕が…… 僕が負けるわけ…… ないんだああああああああああああ!!!」
体を起こして叫びながら勇者カズユキは、両手で剣を持ってリックに斬りかかってくる。距離を詰めた勇者カズユキが、リックの前に立つ。ほぼ真上からリックに向かって剣が振り下ろされる。
「もう…… こいつの攻撃は大丈夫だ」
リックはタイミングを合わせて、右手に持った剣を振り上げる。勇者カズユキの振り下ろす剣よりも、鋭く速くリックの剣が伸びていき、勇者カズユキの左腕の手首の少し上を斬り裂いていく。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
シーサイドウォール砦に叫び声が響く。リックの目の前で顔を空に向け、勇者カズユキが叫んでいる。勇者カズユキの右手に持っている剣には彼の左手首が握らったまま血を流してぶら下がっていた。
「リック! まだだよ! 攻撃を緩めたら、だめだ!」
「はい!」
リックは剣を持つ手に力を込め、このまま勇者カズユキの首を、切り落とそうと剣を構えた。
「くそががあああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーー!」
残った右腕で勇者カズユキは剣を持ち上げ、叫び声をあげながらリックに向かって剣を振り下ろした。
「だから…… もうお前の攻撃は俺に通用しないんだよ」
振り下ろされた剣をリックは右足を引き、体を半身でかわしした。彼の体の近くを勇者カズユキの剣が地面に向かって下りて行く。前に出たリックはまたすれ違いながら、今度は勇者カズユキの右足に向けて剣を振り上げた。
ブンという音がして勇者カズユキの右ひざから下が回転しながら空中に放り出された。勇者カズユキはバランスを崩し、前のめりに倒れた。飛ばされた右足は回転しながら空中を飛んで地面に落ちてベチャッと言う音を立てる。
「ぐあああああああああああああああ!! あっあっ足! 足がああああああああああああ!!!!」
叫び声をあげ苦痛に顔を歪める勇者カズユキだった。倒れていた彼は、なんとか剣でを支えにして何とか立ち上がろうとする。勇者カズユキの姿を見たリックは意外と根性があるんだなと感心するのだった。しかし、リックは素早く立ち上がろうとする、勇者カズユキの前に回り込んでその顔を覗き込む。
「よぉ!」
軽く右手を挙げて笑顔で挨拶するリック。
「あっ…… あっ…… あうあう、あっ」
目の前に現れたリックを恐怖で顔を引きつられて言葉がでない勇者カズユキだった。必死になんとか勇者カズユキは言葉をしぼりだす。
「やめ、やめてくれ……」
「いやだよ!」
「グブ!」
リックは勇者カズユキの顔面を蹴りあげた。変な叫び声とともに勇者カズユキは仰向けに転がった。
「今のはお前に殴られたアナスタシア様の分だ。いくら本性がエルザさんだからって女性の顔を殴るなんて最低だからな」
小声で転がった、勇者カズユキに向かってつぶやくリック。勇者カズユキはビクンビクンと痙攣しながら地面に倒れている。すぐに痙攣がとまり動かなくなった。リックは勇者カズユキの頭をつま先で軽く数度蹴った。勇者カズユキの反応はなく動かない、完全に伸びてしまったようだ。リックは笑顔で小さく息を吐く。
「ふぅ……」
「リックーーー! あなたすごい……」
エルザとメリッサさんがリックの元へ駆け寄ってくる。倒れた勇者カズユキを見たエルザはリックの顔を覗き込んだ。
「メリッサさんでも苦戦する勇者カズユキを簡単に…… リックあなた何者ですの?」
「さぁ!? 俺にもなんで倒せたのか」
「あんた!? 自分で気づいてないんだ? あんたは一度見た相手の動き見切れるのさ。攻撃を見切れるからあんたはそれに合わせた適切な行動がとれる」
メリッサの言葉に驚くリックだった。リックはそんなこと全然意識していなかったからだ。彼はただ相手の攻撃を見て適切な動作を体が自然と反応していただけなのだ。
「メリッサさん。よく俺でもわからないのに気づきますね」
「そりゃあ。毎日一緒に訓練しんだからわかるよ! あんたこそ自分の能力に気付かないのもどうかと思うよ!?」
メリッサによるとリックのこの能力は、自然と身に着いたものだろうということだった。リックの格上の相手の動きを見切る能力は、もちろん子供の頃に、アイリスと一緒に鍛錬していた時に身についたものである。不思議にそうに自分の体を見つめるリックにメリッサは呆れた顔をするのだった。
「もう結界は大丈夫だね。お疲れ」
地面についていた手を離し、イーノフが隣にいるソフィアに声をかける。ソフィアもイーノフと同じように地面から手をはなす。
「ふぇぇぇ。疲れました……」
「リック! ソフィアを!」
「あっ! はい!」
イーノフに呼ばれたリックが振り向くとソフィアが倒れていた。魔封じの結界で魔力を使いきって動けないようだ。リックは倒れたソフィアの元に駆け寄って声をかけた。
「大丈夫?」
「はい。でも…… くたくたです」
リックの顔を見て安心したように笑ってクタクタだというソフィアだった。リックは彼女に微笑むと、彼女の背中と膝に手をまわし。立ち上がってだきかかえるのだった。
「えっと…… どこかに寝かせて治療しないとな。それにイーノフさんも疲れて肩で息をしてるし立つのもやっと感じだしな」
イーノフは両手で背中を指せるように地面に座って上を向いている。彼の顔は疲労困憊といった様子で息も新井。
周囲を見渡してリックはソフィアを寝かせられる場所を探した。近くにあったがれきのない広いスペースを見つけソフィアをそこに寝かしリックはポーションを取り出そうと道具袋に手を入れた。
「リック! ソフィア! 前!」
「えっ!? こっこいつまだ……」
勇者カズユキはリックとソフィアの十メートル前に、左手と右足が無い状態で浮いていた。彼は結界がなくなったので、魔法で体をうかし起き上がったようだ。勇者カズユキは眉間にシワを寄せた怖い顔で、不気味にゆらゆらと体を揺らして少しずつ近づいてくる。
「お前ら! よくもやってくれたな!?」
「まだやるのか?」
「うるせえ。俺は勇者だ! お前らなんかに負けないんだ!」
リックはソフィアの前に立って武器を構える。メリッサが槍を構えてエルザの前に立った。
「あれ!? ちょっと、なんで? 二人についてるの? 僕には!?」
疲れて座るイーノフの前には誰もいない。慌てる彼にメリッサが声をかける。
「はぁ!? イーノフは何言ってんだい? あんたは男だろ? 自分で何とかしな!」
「そんな…… ひどいよ、僕は結界で魔力が……」
勇者カズユキがイーノフの前へとスーッと移動していった。素早く移動した勇者カズユキは手に持った剣でイーノフを狙う。
「まずはお前だ!」
「ひい!」
叫びながら剣がイーノフに向かって振り下ろされる。悲鳴をあげて頭をかかえ目をつむるイーノフだった。
「チっ! この」
舌打ちをしてメリッサは槍を逆手に投げようとした。