第96話 託された手紙
勇者が床に手をつくと地面が揺れだした。彼の周囲から真っ赤な炎が地面から吹き上がる。同時に爆風と熱波がリック達を襲った。ドゴーンという大きな音と共に、机や椅子等の家具が吹き飛び周りが炎に包れていく。勇者が手を床についた瞬間にこの部屋で大爆発が起きたのだ。
「ふぇぇぇぇ!」
ソフィアがリックに必死にしがみつき恐怖で声をあげる。リックは視線を下に向け、自分の腕の中にいる彼女に声をかける。
「ソフィア、平気?」
「リック…… はい。大丈夫です!」
しがみつくソフィアを強く抱きしめ、彼女に話しかけると笑顔で答えてくれた。リックの手に伝わるソフィアは、暖かくて柔らかく、こんな事態だけど彼女とくっついてると彼は落ち着くのだった。
「おかしいですね。すごい爆発なのに私達……」
「そうだね」
視線を上に向け周囲を見渡すリック、大きな爆発が起きたはずなのに、こんな至近距離にいるのに彼らはなんともない。熱く感じたのも最初だけ吹き飛ばされることもなかった。
「あっ!? あれは…… イーノフさんの杖」
爆発のすぐ近くで倒れ込んだはず、メリッサも無傷で伏せている。彼女のすぐ近くの床に、銀色の杖がささっていた。杖はイーノフのものでメリッサを守るように優しい紅い光を放っていた。
「みんな無事かい?!」
「はい。俺とソフィアは大丈夫です」
爆風がおさまりメリッサが、首を振って周りの様子をゆっくりと起き上がる。
「イーノフは?」
リックとソフィアを見たメリッサが少し心配そうに声をあげた。杖はあるがイーノフの姿がどこにもみえない。
「ふう…… 間に合ってよかった。まさか彼が上級の炎魔法を使うなんてね……」
ソフィアとリックの後ろから、イーノフの声がして二人は振り返る。彼は手を前にした姿勢で、大量に汗をかいて疲れた表情で立っていた。
「イーノフ! あんた何してんだい?」
「何って? 彼の魔法に魔法障壁を展開して……」
リックはうなずいた。イーノフが彼らの周囲に、魔法障壁を展開してくれたから被害がなかったのだ。
「不気味です。真っ暗で何も見えないですよ……」
周囲を見ていたソフィアが声を震わせる。魔法障壁の外側は勇者の放った魔法により、黒煙が充満しておりほとんど何も見えなかった。
「くっ!」
「イーノフさん!?」
「大変です」
苦しい表情をしてイーノフが膝をついた。同時に魔法障壁が消えてリック達に周りにゆっくりと煙が漂ってくる。
「おっと!」
素早くリックが駆け寄って、イーノフが倒れる前に抱き支える。リックの肩に頭を置き、イーノフがもたれかかってよう姿勢になった。イーノフは疲れきった様子で、激しく肩を上下にゆらし呼吸をする。
「はあはあ。ごめんね…… 彼の魔法を防ぐには僕の全魔力を使わないとダメでね。僕はもう体力が……」
「イーノフさん!?」
ガクッとイーノフから力が抜けた、必死に支えるリックの耳に彼の吐息が届く、それは大きくてかなり早い。彼は自身が言った通り、ほんとに全力を使い切ったようだ。言い換えれば元宮廷魔術師のイーノフ程の魔法使いが、全魔力で防がないといけないほどの魔法を勇者が放ったということいなる。さきほどの戦いでもリックとメリッサは勇者に圧倒されていた。リックは勇者の実力が計り知れないと恐怖を覚えるのだった。
「リック。イーノフさんをここに寝かしてください!」
「えっ! うん」
リックはソフィアの指示通りにイーノフを寝かせた。ソフィアがイーノフさんの体力を回復しようとポーションを取り出す。周りの様子をうかがいながらメリッサがリック達に向かって歩いてくる。
倒れたイーノフに視線を向け、メリッサ少しムッとした表情をする。どうやらイーノフに怒っているようだ。
「まったく…… しかもあんた! あたしらだけじゃなくて建物も保護したね」
「ははっ。しょうがないよ。あんなの普通に爆発させたら、下手したら王都が吹き飛んじゃうよ…… グっ!」
苦しそうな顔するイーノフに、メリッサは不満そうに眉間にシワを寄せた。
「はぁ!? 魔力を使い切ったら、あんただって無事にすまないかもしれないってのに!」
「何を言ってるのさ!? 僕が障壁を出さなければ、メリッサが真っ先に巻き込まれていたじゃないか!?」
二人が言い争いを始めてた。二人を見たソフィアの顔が厳しくなった。
「メリッサさん! イーノフさん! 治療中ですよ。静かにしてください!」
「えっ!? あぁ、ごめんよ」
「そうだった! ごめん!」
珍しくソフィア二人を叱りつけた。リックはイーノフさんをソフィア任せて、勇者の様子をみよう彼が居た場所へと歩きだした。勇者の近くは黒煙が充満していて様子がわからないな。剣を右手に持って慎重にリックは足を進ませる。
「えっ!?」
歩き出したリックの肩が誰かに掴まれた。驚いてリックが振り返ると、真剣な表情をしたメリッサが彼の肩をつかんでいた。メリッサのリックをつかまう力は普段よりも強かった。
「リック! 一人ではだめだ! 煙が晴れるまで待ってみんなで行くよ」
「メリッサさん……」
「それに…… たぶん殺気も消えてるから大丈夫だよ」
リックがメリッサに頷いて返事をすると、彼女は少し安心した表情をした。イーノフは魔力ポーションで立てるまで回復した。
「いいかい。ゆっくりと近づくんだよ」
「はい」
煙が晴れて視界が確保されてから、リックとメリッサを先頭に、四人で勇者に近づいていく。部屋の壁は真っ黒に焦げ付き、たくさんあった椅子や机はすべて爆風で跡形もなくなっていた。
「あっ! あそこです!」
うつ伏せに倒れている勇者はピクリとも動かない。メリッサが槍で突いて仰向けけひっくり返す。
「勇者さんは真っ黒です」
ソフィアが勇者の姿を見て思わず声をあげる。勇者の鎧が真っ黒に焦げていて、顔もひどく焼けただれていた。
「これはひどいね。彼は障壁に阻まれた時にムキになってすぐに魔法を止めなかったみたいだね。いや…… 気づかなかったのか。きっとまだ魔法を使い慣れてないのだろう」
イーノフは勇者の状態を見ながらなにやらつぶやいていた。リックは動かない勇者を見つめて口を開く。
「生きてるんですかね?」
「微かに息はしてるよ。さっ! みんな。こいつを引っ立てるよ」
メリッサの指示でリックとソフィアが、縄の準備をしていると複数の人間が部屋に入ってきた。
「なんだ…… 騎士団か」
慌てて振り向いたリックの視界に、白い鎧を付けた騎士達が見える。騎士達はリック達第四防衛隊と、勇者の姿をみてすぐに近くまで来て叫ぶ。
「おい! お前たち! 動くんじゃない! 勇者様から離れろ!」
「はっ!? 何を言ってんだい!」
部屋に入ってきた騎士達は、剣を出してリック達に向け、勇者から離れるように命令する。
「いいかい。あいつは……」
「黙れ! 早く離れるんだ」
騎士達はリック達に向かい、勇者から離れるように叫び続ける。リック達は納得がいかずに動けないでいた、勇者は罪人を殺しなおかつ自分達も彼に殺されかけのだから。
「こっちです。団長!」
「まったく…… 一人で勝手に…… 生意気なガキめ。おい! これこれ! 何をしてるのかな?」
「あっ!? あんたは……」
騎士達の中から、一人の男が前に出て来て、リック達の前にやって来た。彼は騎士団の団長のジックザイルだ。ジックザイルはリック達の後ろで、膝をついて倒れている勇者を、見ながらうっすらと笑いを浮かべていた。
「彼は君たちが!? さすが我が王国の防壁たる王国兵士だ。だが、すまんな。彼は我々騎士団の大事なお客様なんだ」
大事な客人という割には、ジックザイルは勇者がやられて、黒焦げなのを見て喜んでいるように見える。
「さぁ! お前たち勇者を連れ出せ」
ジックザイルは騎士達に、勇者を連れ出すように命令をだした。
「おい! 貴様! どかないか!」
「おっと! そうはいかないよ。こいつは殺人犯だよ。あたしらが拘束する」
騎士達が彼に近づこうすると、メリッサが勇者の前に立ちふさがった。すぐにメリッサの傍にイーノフさんが駆けつけ、二人で勇者の前に立っている。
「ソフィア…… うん! 行こう」
「はい」
リックとソフィアは互いに目が合わせうなずいた。リックとソフィアの二人もメリッサの元へと向かう。四人で武器を構え、騎士達の前にたちはだかる。
「何をしておる! さっさと、こやつらを……」
「だっ団長! こいつらあの第四防衛隊ですよ!? それに勇者様も倒されたじゃないですか」
「役立たずめ!」
怖気づいてしまう騎士達はリック達に近づこうせず、武器を持ったまま動かないでいた。不機嫌な様子でジックザイルは騎士団を罵倒する。ジックザイルがゆっくりと前にでてリック達に向かってしゃべりだした。
「お前達は我々に逆らうのか?」
「いくら騎士団の客人でも殺人犯は渡せないよ。それに正式にはあたしらはあんた達の部下じゃない。王国の臣下だ!」
「ククク…… 勇ましいな兵士よ。おい。お呼びしろ!」
不敵に笑いながら、ジックザイルは横に居た騎士に命令を出した。命令を受けた騎士は、すぐにどこかへ走っていた。騎士達とリック達はそのままずっと睨みあっていた。しばらくして、騎士団達の真ん中が開き、一人の女性がリック達の前に歩いてくる。
歩いて来た女性を見たリックは驚いて声をあげた。
「アッアナスタシア様!?」
リック達の前に出てきたのは、王女アナスタシア様だった。長い金髪で青い目をして鼻が高く美しい女性。綺麗なピンク色のドレスを着て、頭には銀色のティアラをつけている。
首をかしげるリック、目の前にいるアナスタシアは影武者のリーナのはずだが、どこか違和感を覚えた。リックは前に会った時に彼女から感じた気品のようなものが無いような気がしたのだ。
「申し訳ありません。第四防衛隊の皆様…… 彼を騎士団にお渡しください」
「でっですが……」
「お願いいたします」
「えっ!? アナスタシア様! やめてください」
アナスタシアがリック達に頭を下げる。メリッサとイーノフは驚いて頭をあげるように促す。
「ほら、兵士諸君! 君たちの主君たる王族のお姫様が頭を下げておられるぞ!?」
「くっ! みんな!」
「メリッサ……」
悔しそうな顔でメリッサが手を下におろして合図をリック達に送った。この合図は戦闘終了の意味で、武器をしまえってことだった。リック達は全員構えを解いて武器を下した。ジックザイルはリック達の態度に笑いながら満足そう小刻みにうなずく。
「はははっ! 素直でよろしい! お前たち! 早く回収しろ!」
「はっ! 急げ!」
騎士たちはリック達に目もくれずに、勇者に駆け寄てって彼の状態を確かめていた。
「ありがとう。第四防衛隊の皆さん…… ジックザイル、これでよろしいですか?」
「はっ! 姫様にご協力いただき恐縮です!」
「くっ…… 皆さま、ではわたくしはこれで…… ご機嫌よう」
ジックザイルが頭を下げると、アナスタシアはリック達に挨拶をして部屋の外にでていってしまった。
「あたしらも行くよ。早くここをでよう」
「でも……」
「もうここでの任務はないよ。カジノは片付いたしね」
「はい!」
勇者を運ぶ騎士達をジッと睨みつけるように、見ていたメリッサは振り向き、引き上げるように指示をだした。
「担架! 早くしろ!」
「よし、ゆっくりだ! ゆっくり運び出せ! 慎重にな!」
「医療班を呼べ!」
部屋を出て廊下を歩くリック達の後ろで、騎士達が慌ただしくしている。振り返ると担架に乗せられて勇者が、大事にそうに運ばれていた。
「よし。あたし達は……」
「メリッサ!?」
「どうしたんですか?」
もう少しで一階に上がる階段というところで、イーノフと喋りながら先頭を歩いていたメリッサが立ち止まった。メリッサの横に出て前を確認する。
「あっ!」
「先ほどは失礼いたしました」
リックはメリッサの横から顔をだし驚いて声をあげた。メリッサの前にアナスタシアが立っていた。アナスタシアがリック達に会釈をして、メリッサに近づいて声をかけてきた。
「アナスタシア様!? まだ、ここに? あたしらに何か用ですか?」
「申し訳ありません。リックさんとソフィアさんと三人でお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「えっ?! あぁ、構いませんよ! リック、ソフィア。アナスタシア様はあんた達に用事だってさ」
「はっはい!?」
自分達に話があると言われ、不思議そうにアナスタシアを見る、リックとソフィアに彼女は笑顔で手を振る。やはり、手を振るアナスタシアからは、いつもの気品が感じられない。
「じゃあ、あたしら先に戻ってるからね」
「わかりました」
メリッサとイーノフは階段を上がって先にカルロスの元へと戻っていくのだった。リックとソフィアとアナスタシアは、階段を上がり、人目につかないように廊下の端で話を始めた。
「えっと!? リーナさん!? ですよね?」
「ううん。本物のアナスタシア…… あたなたちにはわかりづらいですわよね。エルザよ」
自らをエルザと名乗るアナスタシア、つまり彼女は本物のアナスタシアということだ。リックはややこしくて少し混乱する。だが、リーナではないからいつもの気品がないと納得もした。しかし、ここにエルザがいるということは一つの疑問が残った。
「エルザさん!? どうして? スノーウォール砦にいるんじゃないんですか?」
「ごめんね、説明してる時間はないの。とにかくここから戻ったらあなたの隊長のカルロスさんにこの手紙を渡してください」
ポケットから手紙をだしたエルザはリックにそれを託す。
「わかりました」
「いい? 手紙にも書いてあるけど……、近いうちにロバートがあなた達の詰め所にいくはず! でも、絶対に依頼を受けちゃダメ! あなた達に……」
確認するように力強くロバートの依頼を受けるなというエルザ、涙目の彼女はいつになく真剣で悲壮感が漂わせていた。
「姫様ー!? アナスタシア様! どこですか!?」
「まずい…… もう行かないと! じゃあお願いね。必ず手紙を渡してね」
騎士がアナスタシアを呼びにきて、慌てて彼女は戻っていってしまった。こちらに挨拶をする彼女の表情は暗く悲しそうな瞳をしていた。
「隊長宛のお手紙なんでしょうね?」
「わかんない。しかもロバートさんの依頼を受けるなって言ってたね……」
リックの手に持っている手紙をソフィアが見ている。
「依頼をうけるなか…… あの勇者といい。いったい何が起こってるのだろう? いつも明るいエルザさんが…… 暗く悲しそうにしていたのが気になる……」
寂しそうにつぶやきアナスタシアが、居た場所を見つめるリックだった。