第95話 地下に潜む者
イーノフとメリッサがミャンミャン達を挟むようにして立ち、俺とソフィアが二人を座らせて手を後ろに回して縄をかける。
「はいはい。おとなしくしてて」
ミャンミャンは縛られながら、膝をついて大人しくしている。彼女は時々何かを訴えかけるような表情をリックに向ける。リックはミャンミャンを見てハッと何かを思い出した顔をした。
「忘れてた。ごめん。えっと…… 君には黙秘権がある。これ以降の発言については法廷において不利な証言として採用されることが……」
「ねぇ! リックさん! おねがーい! 見逃してぇ! ダメ!?」
背中を向けさせて手に縄をかけると、ミャンミャンは目を潤ませ、泣きそうな表情で見逃してほしいと懇願してきた。リックは必死に訴えるミャンミャンが少しだけ可哀そうに思ったが見逃すことはできな。
「後で…… なんでも言うこと聞きます。お願いします」
「ダメダメ! ほらほら! 大人しく手を出して」
「なによ。ケチ! キャー! ソフィアさん! リックさんが私の胸をさわったー!」
「こら! 何を言うか?! 触ってないぞ」
騒ぎだすミャンミャンにリックは淡々と対応する。リックは彼女の胸と尻を互いに見つめ、胸のないミャンミャンなら触るのは、尻だなとどうでも良いことを考えていた。もちろん本当に触ったりはしないが……
「ソフィアさん。私の胸をリックさんが触りました」
ミャンミャンはあきらめずにソフィアに訴えかける。ミャンミャンの訴えを聞いたソフィアは、タンタンに縄をかけながら、チラッと見てすぐに作業に戻った。それを見たミャンミャンは驚いた様子で口を開く。
「あれ!? ソフィアさん…… 聞いてます? 私の胸をリックさんが……」
「身体を拘束する時に体を触れるのは当たり前ですよ。我慢してください」
兵士であるソフィアは、逮捕時に体に触れることは理解している。彼女はミャンミャンの言葉に、冷静に反応し淡々とタンタンを縛る作業に戻るのだった。
「えぇ? なんでよ!? リックさんが女の人に……」
ミャンミャンはソフィアの反応に必死に食い下がろうした。男だろうと女だろうと、犯罪をした人を捕まえるのが、リック達の仕事の一つだ。ソフィアは嫉妬深く、リックが自ら破廉恥な行為に及べば怒るが、目の前で確認していたことまでとがめたりはしない。ましてや罪人の訴えで相棒を疑うことなどするわけもなかった。
「ふぅ。悪い人はいつもそうやって逃げようとします。ミャンミャンさんはちゃんと反省してくださいね!」
「うぅ…… ごめんなさい」
いつも優しいソフィアが、あきれた顔でミャンミャンに反省するように促す。あきらめたのかシュンとして、ミャンミャンは抵抗をやめて大人しくするのだった。リック達は二人を拘束し終わると、第六防衛隊の兵士に任せて地下へと急ぐ。
「二人は大丈夫かな?! 騎士団に連れていかれたりはしなですよね?」
「大丈夫だよ! ミャンミャン達は依頼された用心棒だからね。カジノの直接の関係者なら別だけど拘束した犯罪者は捕まえた部隊で尋問するのがしきたりだからね」
「それならいいですけど……」
階段を下りると廊下があり、真ん中には大きな鉄製の扉があってすでに開いている。どうやら既に正面から入った騎士団が、現場を押さえたみたいだ。しかし、扉へと向かうリック達、扉から五メートルほど手前で彼らの表情が変わる。扉の向こうから鉄臭いにおいが漂って来たのだ。漂って来た臭いにすぐにメリッサが反応する。
「血の臭いがするね。それも大量の…… みんな注意しな!」
リック達は各自武器を準備し、警戒しながらゆっくりと扉に近づく。立ち止まったメリッサは、リックの方を向き、扉に向かって顎を動かした。メリッサはリック達に中の様子を探れと合図を送ったのだ。リックは頷き先行して扉の横につき、続いてソフィアに手招きすると彼女は彼の後ろにきた。
扉の横で膝をついて体勢を低くするリック、彼は中の様子を探るために、ゆっくと顔を部屋の中に向ける。
「うわぁ…… これはひどい。俺達がここに来るまでに何があったんだ……」
部屋の中を見たリックが思わず声をあげる。明るい照明がされた部屋は、壁や床がたくさんの血で真っ赤に染まっていた。部屋の中には複数の死体が転がっており、椅子や机に切られた腕や脚が散らばっていた。カジノで使うテーブルはひっくり返り、コインやカード等が床に散乱している。
リックはあまりの凄惨な光景に、息をのんで緊張した様子で部屋の中を確認していく。
「うん!? あいつは…… 騎士か……」
部屋のちょうど真ん中に一人の人間が立っていた。人間は黒いマントに手には血がしたたった剣を持っており、マントの先に見える銀色の鎧に金色の縁取りがされた兜は騎士団の物だった。状況から黒マントの騎士がこの惨劇を生み出しのだろう。
黒マントの騎士がリック達の方を向いた。リックは慌てて顔を引っ込め、ソフィアの肩を叩いて小声で指示をだす。
「ソフィア、メリッサさん達を呼んで」
「はい!」
ソフィアが後ろを向いてメリッサさん達に合図した。リックは再び室内を覗き込む。黒マントの騎士は室内をうろうろしながら、時折周りを見渡していた。黒マントの騎士は少しイラついているようだ。
「なんだこりゃあ!? いくらなんでもやりすぎだよ!」
「皆殺しですもんね」
「あいつ何者だろうね!? 格好は騎士みたいだけど、みたことあるかい?」
「いえ…… わかりません」
「そうかい。イーノフ! ちょっと来て」
メリッサがやってきて、リックの頭の上から室内を覗く。室内の状況を確認したメリッサがイーノフを呼ぶ。今度はイーノフがやってきてリックの下から顔を出して部屋を覗き込んだ。
「僕も知らないな。見たことない人だ」
「そうかい、あんたも知らないとなると…… 新しい騎士かねぇ」
「私も見るです」
「ちょっとソフィア!?」
一人だけ呼ばれなかったソフィアが、三人の後ろに来て前に出ようとリックを押してどかそうと…… 大きな扉とはいえ四人が同時に中をのぞくには狭かった。押されてリックは前に足がでてしまう。
「うわぁ!」
リックは押されて声を上げ、開いた扉の真ん中に出てしまった。彼が部屋の中を見ると、カジノのテーブルに座った黒マントの騎士がリックに気付いてこちらを見ていた。
「はは…… こんにちは…… なんて」
思わず黒いマントの騎士に軽く手を振ってみるリック。自分が何をしていいのかわからず混乱しているようだ。
「あー! やっと来たかぁ!」
リック達を見た黒いマントの騎士はゆっくりと立ち上がり嬉しそうに声をあげた。黒いマントに騎士の鎧を付けたこの男は、皮膚は浅黒く瞳は黒で目が細く髪は短めで背はリックより低い。銀色にか輝く太く大きな剣を片手で持ちリックに向かってゆっくりと歩いて来た。
「リック! 何やってんの!」
「えぇ!? 俺は押されただけ……」
メリッサが飛び出して来て注意する。だが、リックは押されただけなのに理不尽に思うのだった。
「もう…… よし! みんな行くよ。隊列はあたしとリックが並んで、次にソフィア、イーノフだよ」
「わかったよ」
「はーい」
リックとメリッサが並んで部屋に入っていく、黒マントの騎士はその様子をうっすらを笑いながら見ていた。攻撃に対処できるように、リックは剣先を下に向けて構えて歩く。メリッサも槍を構え刃先を奴に向けている。笑ったまま黒マントの騎士はリック達に向かって叫ぶ。
「遅いよ! 一人で暇だったんだ! 次の……」
「なぁ! あんたは何者だい!? 見たところ騎士団の人間みたいだけど?」
「騎士団? あぁ…… 僕は騎士じゃないよ。この鎧は借り物だ」
両手を広げ堂々と騎士じゃないと語る黒マントの騎士だった。驚くリックの横でメリッサは、冷静に黒マントの騎士と会話を続ける。
「そうかい。騎士団じゃないなら、あんたは何者でどうしてここにいるのか答えてもらおうか?」
「何者? そうだな…… 僕は勇者だよ! この世界のね!」
不敵に笑いながらメリッサの質問を、はぐらかすような回答をする黒マントの騎士だった。ふざけた態度とは裏腹に、近づくと黒マントの騎士から発する殺気や空気が、普段対峙している敵と違うことに、リックとメリッサは気づき二人とも汗が自然と出て来る。
「勇者…… この部屋の惨状はあんたがやったのかい?」
「そうだよ。すごいだろ!? 悪者はみんな皆殺しさ! 僕は勇者だ! 知識も能力もあるんだ」
「そっか。でも、ちょっとやりすぎだよ!」
「はぁ? やりすぎってなんだよ!? うるさいな。犯罪者にやりすぎて何が悪いんだ! こいつらは犯罪者だろ? 死んで当然なんだよ」
「でも、あんたにそいつらを裁く権利はないだろ!?」
メリッサの横でうなずくリックだった。彼も当選すべての犯罪者は、逮捕され裁かれるべきだと考えている、だが、犯罪が全て死刑ってわけじゃない。さっきまで笑っていた男の表情が、急にきつい顔になって頭を抱えた。
「クソ! クソ! おい! そこのでか女! 僕はこの世界の勇者だ! この世界は僕のためにあるんだーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「なっ何を!?」
勇者が剣を構えてメリッサへと駆け出した。
「はっ速い……」
メリッサが男の攻撃に反応し、両手に槍を持ち、鋭い突きを勇者の胸に向かってはなつ。
「遅いよ! でか女!」
「えっ!?」
驚いた顔をするリック。勇者はメリッサの槍を左手だけで止めた。彼女の槍は勇者の胸の手前でつかまえられた。
「へぇ…… やるね」
本気の突きを止められ、冷静を装った声でメリッサは勇者に声をかけた。
「当たり前だ。僕は勇者だ」
「そうかい!?」
メリッサは笑いながら槍に力を込めている。しかし、奴の手から槍はピクリとも動かない。笑っていたメリッサの顔が引きつって焦りだした。リックはメリッサを助けようと右腕を引いて剣先を勇者に向けた。
「うわああ!」
勇者はリックの動きよりも速かった。リックが勇者に剣を向けた瞬間に勇者の蹴りがリックの腹へと飛んできた。不意を突かれたリック腹には、吹き飛ばされカジノ机に叩きつけられた。
「リック!」
ソフィアが叫んでリックのほうに駆け寄ろうとした。リックはすぐに立ち上がって彼女に動かないように手で制する。
「うん。ソフィア…… 大丈夫だ。こっちに来ちゃダメだ」
リックが反応するとソフィアは嬉しそうな顔をしてその場に留まる。リックはソフィアを勇者に近づかせたくなかった。蹴りが速くリックがまったく反応ができなかったのだ。この勇者は強い。
「リックが反応できなかった…… あんたやるじゃないか!」
「やるじゃないかだと? なんで? でか女! さっきからお前は上から目線なんだよ!」
勇者が叫んでメリッサの槍を持ったまま、彼女を片手で持ち上げようとする。出来るわけないと、笑っていたメリッサの顔が青ざめる。
「えっ!? みんな! 気を付け……」
「はははは! 何を驚いてるんだ? さっきの威勢はどうした?」
槍を持ちあげていく勇者、メリッサの体が浮き始めた。
「まずい! 僕がやつの注意を引く。リックとソフィアはその隙に奴に攻撃を! メリッサを助けるよ」
「わかりました。ソフィア! 俺が突っ込んでメリッサさんを助ける。援護して」
「はい!」
槍も抜けずにメリッサは足が浮き、体が完全に宙に浮いてしまった。ソフィアはすぐに矢をつがえて準備をした。リックの隣で厳しい表情してイーノフが杖を勇者に何かの呪文を唱える。イーノフがリックのを向いて頷く。リックは剣を持つ手に力を込めた。
「炎の精霊よ。我に力を! 全てを照らすその目で敵を焼き尽くせ! 精密誘導爆破」
イーノフさんが杖を向けると、奴の顔の周りに突如爆発した。火柱と黒煙がやつの顔を包んでいった。
「うわぁ! ビックリした!」
爆発が収まり黒煙の中から、勇者が驚いた顔をしていた。心なしか笑っているような勇者、ほとんどダメージを受けていないようだ。
「メリッサさんを離しなさい」
「いやだね!」
「この!」
ソフィアがやつの喉元を狙って矢を撃った。勇者は余裕の表情でソフィアの矢を剣ではじいた。勇者は軽々とメリッサの体をソフィアの方向へと向け盾にした。
「ほらほら! もっと撃ってみろ!」
「うぅ……」
リックは勇者の後ろに回り込む。ソフィアに気を取られている、リックは勇者の背中に攻撃を仕掛ける。
「メリッサさんを離せ!」
「はっ!? そんなに言うなら返してやるよ!」
「うわ!」
勇者はリックの声に素早く振り返ると、笑いながら片手で槍ごとメリッサさんを投げた。槍から手が離れてメリッサが、リックに向かって飛んできた。
「えっ!? メリッサさん!?」
こちらに体を向けた、メリッサが目を動かし、自分の右手に向けて合図した。
「右手…… あっ! そうか!」
リックはメリッサの大きな体に、わざと重なるように動いた。彼女の大きな体が、すごいスピードでリックに迫ってくる。
「ごめんなさい。ちょっと借りますね!」
床を蹴って飛び上がり、メリッサが出してきた彼女の右手に足をかけた。メリッサは器用に体をひねってリックを勇者に向かって…… ブン投げた!!!
「行けー! リック!」
「えっ!? うわああ!! 来るなああ!!」
メリッサに投げられたリックは勢いよく勇者に向かっていく。彼女の大きな体がリックを隠し、一瞬だけだが死角になったせいで、勇者の反応は遅れた。
勇者は剣でリックを叩き落とそうした。
「ぐっ……」
硬い手ごたえが、リックの剣から右手に伝わってきた。片手に持った剣を勇者が、リックに向けた瞬間であった。勇者の防御の動作より一瞬早く駆け抜けたリックは勇者の左足の甲に剣を突き刺した。
「ぐああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!」
苦痛の表情を浮かべて勇者が叫び声をあげた。リックはそのまま剣から手を離し、勇者とすれ違って勢いよく転がっていった。止まったリックはすぐに起き上がり、魔法道具箱を開け予備の剣を用意する。
「リックー!」
「大丈夫だよ。だけど……」
起き上がったリックにソフィアが心配そうに駆け寄ってきた。リックは左手をあげ彼女に答えるがすぐに前を向く。
「まだだよ! みんな一気にたたみかけろ! 手を抜くんじゃないよ!」
起き上がった、メリッサの合図でイーノフが、右手に炎魔法をかける。右手に魔法が命中し、剣が吹き飛ばされて床に突き刺さった。
「ソフィアはもう片方の足を!」
「はい、リック! わかりました!」
ソフィアが矢で、右足の甲を打ち抜き、勇者は両膝をつきうつむく。
「くそがぁぁぁぁぁぁぁ! 僕は勇者だぞ! 何てことを……」
上を向いて大きく叫ぶ勇者。手を振って槍を手元に戻した、メリッサがゆっくりと勇者の目の前に行く。槍を構えて胸に刃を突き付けた。
「勇者…… あんたを逮捕する! 言い訳は牢屋で聞いてやるよ」
「くっ…… お前らなんかに! うおおーーー!」
「ちっ! みんな! 伏せな!」
再び叫んでメリッサを睨むと勇者の左手が赤く光り出した。細かい光の粒みたいのが勇者の左手に集まっていく。勇者の様子を見て慌てたメリッサがとっさに床に伏せた。メリッサの必死な叫び声にリックは即座に反応した。
「リッリック!?」
「ソフィア! ごめんね」
急にソフィアの体は、何かに押され、視界が真っ暗になった。近くにいたリックが、彼女に覆いかぶさり、強引に床に伏せさせたのだ。