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餓鬼が笑う

作者: 雉白書屋

 俺は何とも言えない時間というのが嫌いだ。

小学生の頃、遠足。集合時間は過ぎたが遅れている生徒がいたため

しばし、その場で待機。

 そう、あの時間だ。待ち時間と言えばそうだが、ふざけていたら教師から怒声が飛ぶ。

 自由はない。多少のお喋りは許された気もするが移動は駄目。ただ座っている。

いや、何ならすでにこれも授業中だとかで静かにしていろと言われた気もする。

同じ待つでも、自分の意思で並んだり離れたりできる、ラーメン屋の行列とかと別の話だ。


 今もそうだ。満員電車。この世の地獄の一つだ。

手足は当然のこと、せいぜい動かせるのは首くらい、いやそれも満足には動かせず。

前の電車との距離の問題なのか止まっては動いて、動いては止まって……うんざりだ。

スマホも取り出せず、暇つぶしになるものといえば……週刊誌の中吊り広告くらいなもの。

といっても、もうそれも読み終えた。

 ははは、暗記でもしてみるか?

それとも使われている文字の中でどれが一番多いかをランキングにしてみるか?

はは、暇すぎだ……。何かないだろうか。暇つぶしになるようなもの。

変な奴でもいい。誰かいないか? といっても見えるのは頭ばかりだ。

ああ、暇だ……。息苦しい。気を紛らわせる何か……

ああ、そうだ。ガキの頃もそうだった。

ただ黙り、笑わず、空を見上げ、雲を数える。今は電車の天井をただジッと……。


「人気ベテラン声優! 不倫! その数、驚異の三十股!

所属事務所はギネス認定を目指し、三十三間堂の廊下に不倫相手を開脚させ並べる模様!」


 は……? いや、は?

この車両にいる誰かがあの中吊り広告を読み上げたようだが……違うぞ。

正確には三股だ。内容が違う、ああ、変えたのか。

いや、なんともまあ馬鹿馬鹿しい……。小学生じゃないんだぞ。

自分の頭の中だけならまだしも、それを読み上げるなんて、頭がおかしいのか?


「春から番組改編! 日本ドラマは全滅! この春より全局インドドラマ放送開始!

今年はレッツマハラジャ!」


 俺のいる場所から斜め後ろ。多分、ドア付近だ。

しかし、首が回らないため、どんな奴かはわからない。

声からしてとりあえず男だということはわかるが

どうしたのか。この密度とむさ苦しさにおかしくなったか。針が振り切れたか。

それか、ははは。元々頭がおかしい奴か。

 まあ、子供じゃないんだ。笑うものか。くだらない。

笑うにしてもそう、嘲笑うくらいなものだ。


「総理辞職! 引退後は韓流アイドルグループ移籍! センターへ! 

露出度高め! 網タイツにショートすぎるパンツ!

肩だしシャツの上にブラジャー装備で準備完了! アイドル総選挙に出馬確定!」


 ふっ、女性アイドルのほうに移籍かよっと今、誰か咳払いしたな。

警告か、それともうるさいと怒鳴る前の喉ならしか。

どこの馬鹿か知らないがそろそろやめておいたほうが良いと思うぞ。

 しかし、考えてみれば頭のおかしな奴とも限らないか。

お笑い芸人や新人の役者の度胸付けということも有り得る。

確かそんな話を聞いたことがあるぞ。


「超人気司会者、女性アシスタントにパワハラ!

壁ドンで鼓膜を破り、現場は大騒ぎ! 訴えてやると泣き叫ぶアシスタントに

正義のパイルドライバー!」


「ぶふっ……」


 はは、ん? 今、誰か噴き出したな。まあ、くだらなすぎて逆に笑えるというやつだ。

それに今、この車両内で、どことなく笑ってはいけない空気のようなものが形成されている。

 満員電車内での奇行。その非常識に対する抗議。我関せず、常識人でありたい。

こんなくだらないことで笑ってたまるかという意地。

 しかし、それがむしろ笑いを誘発させるエッセンスに。

 さて、次は何かな? 順番からしてあれか? 

……と不覚にもどこか楽しみにしてしまっているな。いやまあ、笑う気はないが。

 えーっと、ダイゴとダイゴ? 芸名、類似タレントのややこしさ?


「深夜の繁華街! DaIgOとdAiGoがガチ喧嘩! 悪評被せられ大迷惑だと激怒!

さらに他のダイゴも加わり大揉めに! 結果意気投合!

グループ『ロクダイゴ』を結成! 念願の紅白出場へ!」


「ふふっ」

「ふふん」

「うひっ」


 と、ちらほら笑い声がしてきたな。さ、次は……と、ふふ。

俺の近くにいる奴も中吊り広告を見上げて確認している。

いや、他にもいるな。みんな気になってきたようだ。


「名古屋市市長! わが市の宝と称えた金メダリストのメダルを突然噛み千切る!

その後逃走! 名古屋城に登りシャチホコに食らいつく!」


「ははははっ」

「ひひ」

「ふふふっ」

「ふふっ、もー」

「はははは」


 ふふん、まあまあだが、やはり笑ってやるものかと思うと、笑えてくる。


「名門大学! 裏口入学率驚異の90%! 抗議の団体が表門を占拠するも

全員、裏門から通学! 押し合いへし合いで二人死亡、十人が重症!」



「わははははは!」

「ははははっ!」

「うふふふふ」

「ふふっ! あはは!」

「はははははは!」


「はははははは!」


 おっと、周りの声につられてついに俺も笑ってしまった。でもなんかいい気分だ。


「有名テニスプレイヤーの父が語る育成論! 刑務所から独占インタビュー!」

「都内中学校、校長からチャリ通学禁止のお達し! 電動キックボードに乗り換え!

驚異の大船団を前に教師逃げ遅れ死亡!」

「衆議院解散! 議長、驚きの一言『今から皆さんには殺し合いをしてもらいます』」

「山に一円玉の不法投棄横行! 犯人は神主と住職! 手数料を苦にしてか」

「山で遭難! 遭難者は駐車場から四分の位置で無事見つかるも

捜索隊の一人が遭難! 無事、発見後、別の一人が遭難! 

以後、遭難者のリレーに。現在六十人目!」

「子供が描く絵に見知らぬ黒い女! 母親が何かと問うと幽霊だと回答!

しかし、その数驚異の二十三体! 自宅をゴーストハウスとして貸し出し! 一転、億万長者に!」


 と、あの男だけじゃない。俺も私もと乗客による大喜利合戦が始まった。

 どうせ、誰が言ったのかよく見えないし

それに電車を降りてしまえば完全に分からなくなる。

 みんな、捨てきれぬ恥ずかしさと笑いで顔を真っ赤にし

笑い、笑い、大笑い。ケラケラゲラゲラ……


 



「フゥゥゥー……」


 ……ようやく解放。駅に電車が到着し、ドアが開いた。

新鮮な空気に感謝。しかし、笑い疲れたっと、はははは。

 他の車両の奴らと違うのが一目瞭然だな。

俺がいた車両の奴らの顔からはまだ笑みが零れている。おかしな男にも感謝だな。

と、言っても顔を見てないし、見たとしてもこの人混みじゃわからないな。

他の乗客が大喜利を始めたところで黙ってしまったようだし

それにしても結局、何者だったんだろうか?

やはり新人のお笑い芸人か舞台役者か何か――



「キャアアアアアアアアア!」


 突然の叫び声。電車、俺のいた車両? なんだ? 


 ……あれは、人、し、死体?


 開いたドアのその反対側。閉まったドアにはずるずると垂れた血と

その下に男が一人。支えを無くし崩れ落ちたように両足を放り出している。

顔は青白く、開いた口からは舌が覗いている。

白いワイシャツ、その腹の部分には大きな血の染み。

そして……あの場所はそうだ、あの声の男がいたと思われる辺りだ。

 うるさい、と頭にきた他の乗客に刺された? 途中黙ったのはそのせいか?

馬鹿な。そいつはナイフをどこから用意した。

 それに、その太った風貌や顔からしてあの声の主かどうか、どうもしっくりこない。

 ドアと床にこびり付いた血はすでに乾いているようだ。

 誰か目撃者は……ああ、近くにいた誰かが気づいていたかもしれない。

中吊り広告を見上げ、笑っていなければ……。

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