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【第八話】夜会編その4(完)

「あの、違うんです。私……」


どうしよう、何か誤解されたかもしれない。まだ何も伝えられていないのに。

そんなふうに思って、マリアは焦る。


「無理をしなくていい。言いたくなければ、言わなくてもいいんだ。兎に角、君が無事で良かった」

「旦那様……」

「言っておくが、私は諦めないからな。君が私の妻でいてくれて、私のことを心底嫌いにならない限り、まだチャンスはあるはずだと思っている」


レオナルドは有無を言わせぬ様子で言い放った後、口元に笑み浮かべた。

しかし、レオナルドのエメラルドのような瞳は切なく揺らめいていて、泣き出しそうに見えた。


大丈夫。私は多分、この人に愛されている。

そう思った瞬間、マリアの唇から一言、するりと言葉が零れ落ちた。


「旦那様です」

「……?」


「私を泣かせたのは、旦那様です。

旦那様が、王女様と仲良く踊っていらっしゃった、から……」


言葉尻は少々小さい声になってしまったが、事実をありのまま、ちゃんと言葉にできた。

思い出すだけで胸が痛くて、涙がまた出てきた。


羞恥と緊張と不安。

ドキドキと心臓が煩い。


しかし、暫く経っても、レオナルドからの返事はない。

マリアは、怖ず怖ずと、隣に立つレオナルドの様子を窺う。

するとそこには、目を見開いたまま呆然と立ち尽くすレオナルドの姿があった。


「旦那様?」


マリアの声にハッと我に返り、レオナルドは慌てて返事をする。


「す、すまないマリア。気のせいかもしれないが、私が王女殿下と踊っていたせいで君が泣いた、という風に聞こえた」

「気のせいではありません。私は、旦那様が他の女性と一緒にいたせいでこんなにも苦しいのです」

「マリア、本当に?これは夢か……?」


はっきりと言い切るマリアに、レオナルドは驚く。

信じられない、都合が良すぎる、と呟くレオナルドを見て、マリアは心が不思議と凪いでいくのを感じた。


同時に、気持ちを自覚した瞬間、見慣れたはずのレオナルドの美貌が、今までよりもより一層素敵に見えてくるから不思議だ。

これが、恋というものか。

マリアは、甘酸っぱいベリーを食べたときのような、不思議な心持ちになった。


「私、旦那様のことが好きです。でも、さっき自覚したばかりで、まだ心の整理とかはついていなくて、ですね……」

「うん」

「でも、旦那様の他の人のものになるのを想像すると、すごく胸が苦しくて。それで、何だか悲しくなってしまって……」

「うん」


「そもそも、旦那様が悪いのですよ?

離縁まで考えていたのに、あんなに私に優しくして、その気にさせておいて。

なのに今更、急に王女様と仲良くするなんて、ちょっとそれは、キツイです。

普通に考えたら、私に勝ち目、全然ないじゃないですか……」


泣き笑い状態のマリアに、レオナルドは胸が一杯になった。


「ねぇマリア、どうしよう。自惚れかもしれないけど、君が、私のことをすごく好きだと言っているように聞こえる……」

「合っています。私、旦那様を独り占めしたいです」

「!?」

「あ、無理なのはちゃんと分かっています。ワガママで申し訳ありません」


くわっと目を見開いたレオナルドに反し、しゅんと萎れた花のようにマリアは肩を落とす。

レオナルドは、背筋がぞわりとするほどの喜びに打ち震えた。

そして、感極まったような表情でマリアを抱きしめた。


「マリア、好きだ。愛している」


低い声で、噛み締めるように紡がれた愛の言葉に、マリアはまた、目頭が熱くなるのを感じた。


「私も、旦那様が好きです」


首から耳まで真っ赤になりながらも、マリアは懸命に想いを返した。

初めてきちんと想いが通じ合ったことが嬉しくてたまらなくて、レオナルドは、泣きそうになっているであろう己の顔を、腕の中に閉じ込めたマリアの首筋に顔を埋めることで隠した。

マリアは、そんなレオナルドの様子に気づかないふりをして言う。


「旦那様、お待たせしてしまってごめんなさい」


レオナルドは首を横に振り、震えそうになる声で答えた。



「何年でも待つつもりだった。

君に寂しい思いをさせた2年間は消えない。

けれど、これからはその分、君を幸せに、笑顔にしたい。

君を、手放してやれなくてすまない」



まるで懺悔のような台詞だとマリアは思った。

マリアは緩やかに瞼を伏せ、レオナルドを抱きしめ返した。


「謝らないでください。私を諦めないでいてくださって、ありがとうございます」



*****



翌朝、マリアが目を覚まし、まず視界に入ったのは見慣れた自室の天井だった。

ぼんやりとしたまま、寝返りを打って、もう一度目を閉じようとして、至近距離に存在するイケメンに目を剥いた。


(だっ、旦那様!?)


その瞬間、一気に昨夜の出来事を思い出し、マリアは羞恥に悶えた。




昨夜、レオナルドと思いが通じ合ったあと、泣き腫らしたマリアをこのままにしておくことはできないと、レオナルドが颯爽とお姫様抱っこでマリアを馬車まで運び、二人で侯爵家別邸に帰宅した。


その後、とりあえずコルセットを外して楽な服装にという流れになり、マリアは侍女たちに身ぐるみ剥がされ、夜会前に散々磨き上げられたにも関わらず、再度浴室で丸洗いされた。

しかし、マリアが肘の上まである白い手袋を外した瞬間、夜会前には存在しなかった赤黒く変色した痣がマリアの手首にあることに侍女たちはきっちり気づく。


侍女が慌てて執事のダニエルに報告を入れた結果、レオナルドが知ることとなる。

レオナルドは、入浴と着替えを済ませてからマリアの部屋を訪ねた。



夜に二人きりという久々のシチュエーションにドキドキしていたマリアが馬鹿らしくなるくらい、レオナルドは真面目に心配して、夜会で自分がいない間に何があったのかと、手首の痣についてマリアを問い詰めた。


最初は、話すことに躊躇いを見せたマリアだったが、沈黙に耐えきれなかったのと、アイリーンを見習ってもっと素直になったほうが良いという教訓を得たこともあって、ありのままをレオナルドに報告した。


すると、途中からレオナルドが纏う空気は氷点下まで下がり、すべてを凍てつかせるほど鋭い目になっていたが、マリアか話し終わる頃には、そのような恐ろしいオーラは消えていた。

レオナルドは、「よくわかった。話してくれてありがとう。君のピンチに駆けつけられなくてすまなかった」と申し訳無さそうに詫び、マリアの頭を撫でた。



その後のことを、マリアはよく覚えていない。

ただ、確かレオナルドが、王女様と踊ったのは森の妖精ドレスを仕立てた一流のお店を紹介してもらった見返りというだけで、決して自分から望んだわけではないと言っていた気がする。


マリアは、久しぶりの夜会と、初めて自覚した恋心にすっかり疲れてしまって、話の途中でうとうとして、そのまま眠ってしまった。

話していた時はソファにいたから、恐らく、眠ってしまったマリアをレオナルドが運んでくれたのだろうと思う。




「おはよう、マリア」


目を覚ましたレオナルドが、昨夜を回想し、一人で赤くなったり青くなったりして忙しいマリアを、蕩けそうな笑顔で優しく見る。


久々に見る寝起きのレオナルドの無防備さと色気に、マリアは胸が高鳴った。

乱れた金糸とはだけた胸元が目に毒だ。

イケメンは実に罪深い。


「おはようございます」


熱の籠もった、そして甘やかな視線に耐えられず、マリアは思わず視線を逸して布団に埋もれた。

その様子を見て、レオナルドはにっこりと、艷やかに微笑む。


「意識してもらえて光栄だ。私達は、夫婦だ。しかも両想いになった。そうだな?」

「はい。両想い……です」 


レオナルドの言葉を肯定した後、じんわりとした喜びが湧き上がってきた。

幸せだなと思って、マリアは擽ったそうにはにかんだ。


「くっ、可愛い」

「旦那様?」

「レオナルドと呼んでほしい」

「……レオナルド、様」


ぽぽぽ、と頬を染めつつ、マリアはレオナルドに請われるままに、呼び方を変えた。

特に悩むこともなく、さらりと、言われるがままの言動をとるマリアがいつもより幼く感じられ、レオナルドは堪らなくなる。

守ってやりたいような、困らせてやりたいような気持ちとともに、誰にも譲りたくないという独占欲が溢れ出す。


「なるほど。こういうマリアも新鮮でなかなか良い」

「新鮮ですか?」

「ああ。では早速始めようか」

「何を始めるのですか?」

「何って……マリア、それはわざとなのか?」


レオナルドは、きょとんとするマリアに溜め息を吐く。

そして、マリアの長いミルクティー色の髪を一房指に絡め、ちゅ、と口付けた。

当たり前だが、毛先に感覚はない。

しかし、レオナルドの言わんとする事を何となく察したマリアは、びくりと身を震わせ、首筋まで真っ赤になった。


レオナルドは、揺らめく紅茶のようなマリアの瞳を見つめ、溢れんばかりの愛しさと万感の想いを込め、マリアに愛を囁く。


「マリア。愛してるよ」


その甘さに、マリアは「うぅ」と小さく呻く。

そして、恥ずかしそうに上目遣いで強請る。



「旦那様、手加減してくださいね?全体的に甘すぎて、ちょっと心臓が持ちません」



いい笑顔をしたレオナルドが、マリアに名前の呼び直しを強請るのはそのすぐ後のことだった。




最終話です。

書きたいと思った内容は、一旦全て書ききりました。

読んでくださった皆様、ありがとうございました。


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