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【第四話】義父母編その2(完)

夕焼けが空を染める時間になり、義父のアンドレが到着した。


アンドレとクリスティーヌは、政略結婚だが仲が良い。

世の中の変化に寛容かつ柔軟に対応するタイプということもあって、クリスティーヌは愛人の話をしていたが、幸か不幸か、そういった前例も傾向も、現在の侯爵家にない。


アンドレは筋肉質な体をしている。

背が高くほっそりとしたクリスティーヌよりも更に長身で、整った顔をしているものの少々強面で、軍人風の紳士だ。

そういえば結婚式の時に、金髪と深緑色の目をダンディな父親から、綺麗な顔立ちを美人な母親から、自分の旦那様になる人は受け継いでいるのだなと思ったのを覚えている。



よちよち歩いては、べちゃっと転び、それでも頑張って歩くラファエル。

可愛い盛りの初孫に構い、相好を崩す義父母とマリアが応接室で談笑していると、ドアがノックされた。


「はい」


マリアが返事をすると、ドアが開く。

そこには帰宅したレオナルドがいた。


「マリア、ただいま」


マリアの姿を視界に収めた後、レオナルドは大輪の花が綻ぶような笑顔でそう言い、一直線にマリアの座るソファへと歩みを進めた。


「おかえりなさいませ、旦那様」

「うん」


柔らかい笑顔を返すマリアに、レオナルドは嬉しそうに頷いて、マリアの隣にいそいそと腰を下ろした。

最近のレオナルドは、いつもこうだ。

無邪気というか、無防備な表情を惜しげもなく晒す。

結婚してすぐの頃すらも、薄く口元に笑みを浮かべる程度だったのに、もう遠慮はしないと言い放ってから、マリアに対して常に好きだよオーラが全開である。


まるで大きな猫が御主人様に会えたのを喜ぶかのような様子に、レオナルドの両親は目を剥いた。

マリアの向かいに腰掛けたクリスティーヌは、ラピスラズリの瞳を大きく見開き、口が開いてしまっている。

アンドレに至っては、うとうととし始めたラファエルを抱っこしたまま、呆然と立ち尽くしている。


これは誰だ。

この時間帯にレオナルドが帰ってくるだけで想定外だったのに、このほわほわとした雰囲気は何だ。


飲み終わっているであろう茶器のセットを回収しがてら夕食の時間を伝えることを目的として、レオナルドの後ろをついてきた執事のダニエルは、揃って石化する侯爵夫婦を見て、激しく共感した。


(わかります。わかりますよ大旦那様大奥様。私も暫くそうなりました……!)


顔には出さないが、ダニエルは内心で拳を握りしめた。

ぷるぷる震えつつ、激動の1ヶ月の記憶を思い出し、噛みしめる。


(坊ちゃまは!坊ちゃまは本当に変わられました……ッ!)


幼い頃から侯爵家に執事として仕えてきたダニエルは、長年の付き合いであるアンドレを見つめ、感極まった胸の内を全部乗せるつもりで、力強く頷いた。

それを受け止めたアンドレの石化が先に溶け、レオナルドに問う。


「レオナルド、久しいな。夜会の話はもうマリアさんにしたのか」

「はい、お久しぶりです父上。先日手紙をいただいてから、すぐにマリアには伝えてあります」


端的に返事をするレオナルドからは、スン、と面白いくらいに表情が抜け落ちている。

もしかして先ほど見たレオナルドは幻だったのかもしれない。

そう思うことで、侯爵夫婦は我を取り戻す。


「マリアちゃん、近々ドレスを作りに行きましょうか。うちに来てからは初めての夜会だもの。うんとお洒落して、素敵な夜にしなくちゃね」


レオナルドに避けられ、冷たくされていたマリアを知っているクリスティーヌは、マリアに声をかけた。

にこやかに、しかし確実にマリアを気遣ったクリスティーヌはしかし、この後また衝撃を受ける。


「母上、ご心配には及びません。ドレスは既に私が用意しました。サイズの微調整のために、明日にも針子を呼びます」

「……は?」


咄嗟に何を言われているのか理解できず、クリスティーヌは短くそう言った。


(レオナルドが、ドレスを、用意した?

どういうこと?マリアちゃんをあんなに避けてたのに……)


レオナルドは、相変わらず無表情でマリアの隣に座っている。

ただ、3人がけの広いソファなのに、随分と二人の距離は近めではあるが。

沈黙が痛くて、マリアが慌てて補足説明をする。


「あの、お母様、お気遣いありがとうございます。

ドレスは昨日、旦那様にいただきました。

とても綺麗なドレスで、私には勿体無いくらい素敵なのですよ」


爽やかなミントグリーン色をした美しいドレス思い出し、マリアは嬉しそうに微笑む。

マリアの横顔を見て、レオナルドの視線が甘く緩む。


クリスティーヌの知りうる限りでは、新婚時代でもこんなに桃色の空気だったことはなかった。

最早、クリスティーヌは驚きのあまり二の句が継げない。

既に現状を受け入れたアンドレは、そんな3人の様子を面白そうに見ていた。


「レオナルド。宝飾品や小物の用意は済んだのか」

「はい、勿論です」

「そうか。お前も宝石に少しは興味が湧いたなら、良い商人を紹介してやろう。珍しい生地や、東洋の宝石も扱っているから、お前がほしい色の石も見つかるかもしれない」

「!」


ニヤニヤと、面白そうに言うアンドレに、レオナルドは弾かれたように目を見開く。


「お前は私の息子だからな。好きな人ができたらどうなるか、どうしたくなるかは、何となく想像はつく。

ただ、何事もいきなりは無理だ。それなりにプロセスと時間を要することもある。

余計なお世話だと思うが、マリアさんをあまり追い詰めるなよ」


アンドレは嫌味なくさらりと私見を述べ、レオナルドに釘を刺す。



「ご忠告ありがとうございます。肝に銘じます。

今まさに、全力で彼女を口説いているところです。

色よい返事をもらえるかは、まだ分かりませんが……」



淡々と述べるレオナルドの整った横顔が、いつもより少し心許無く見えて、マリアはドキリとした。

レオナルドは多分、マリアの気持ちに気づいている。

クリスティーヌに伝えたとおり、マリアはレオナルドへの気持ちがよくわからない。


好きか嫌いかと言われれば、嫌いではない。

毎日構われ、愛を囁かれ、悪い気はしない。

けれど、そういう意味で好きなのか。愛しているのかと問われれば、答えを持っていなかった。


アンドレは、執事のダニエルに目配せをした。

ダニエルはもう一度、力強く頷く。


(大旦那様、流石でございます!)


心の中で大きな拍手をしつつ、しかしポーカーフェイスのまま、ダニエルは本来の目的をやっと成し遂げるべく、この空間で初めて声を発した。


「お食事のご用意が整いました。皆さま食堂へお越しください」

「行こう、マリア」


レオナルドにやんわりと肩を抱かれるようにして、マリアがソファから立つ。

そのままレオナルドは、マリアを離す気配がない。

クリステーヌは、別人のようなレオナルドから目が離せない。


(やはり気の所為ではなかったのね。何をしたのマリアちゃん……)


アンドレは、驚きと喜びで忙しいクリスティーヌに苦笑しつつ、腕の中で眠ってしまったラファエルをベビーベッドにそっと寝かせた。

そして、その逞しい腕をクリスティーヌに差し出す。

クリスティーヌはそれに応え、腕を絡めつつ言った。


「ダニエル、少しいいかしら。

レオナルド、マリアちゃん、先に二人で食べ始めておいてね」




このあとアンドレとクリステーヌは、マリアが離縁を希望する前後の頃の話のダイジェスト版を、ダニエルから聞くことになる。

赤くなったり青くなったりしつつ話を聞き終わり、とりあえずレオナルドとマリアを見守るしかないと思うのだった。




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