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【第二話】ドレス編その2(完)

レオナルドに夜会の話を聞いてから暫く後、侯爵家別邸にドレスが届いた。


マリア付きの侍女アンネが、主たるマリアの代わりにドレスの箱を開け、ほうっと感嘆のため息をついた。

マリアも思わず感動の言葉を口にした。


「すごい。きれい……」


箱いっぱいに広がる、淡くて柔らかなミントグリーン。

光沢のあるシフォン素材に、細かいパールやラメが散りばめられている。


「衣装部屋からトルソを持って参りました」と、部屋の片隅にある衣装部屋から、別の侍女カミラがやってくる。

アンネが慎重にドレスを箱から出し、カミラと慎重にトルソに着せた。


ドレスは、スカートの膨らみが控えめなAラインのビスチェだった。

ウエストの左横には、本体と同じシフォン素材でできた同色の大きめの花がついており、そこから、流れるようにミントグリーンのシフォンプリーツが重ねられており、胸元からスカートの裾まで、適度に金の刺繍が施されていた。

胸元はシンプルなストレートになっており、これならば少々豊かな胸でもスッキリ着られるとマリアはホッとした。


「奥様、これから試着していただけますか?執事のダニエル様より、サイズの微調整の必要があればお店に連絡するから早めに確認するように、とのお言葉がございましたので」

「わかったわ。ありがとう」

「折角着るのですから、髪型やアクセサリーも選んでしまいましょうか」


アンネの言葉に、白くて肘の上まであるグローブや、白いパンプスを取り出していたカミラもうんうんと笑顔で頷いた。


「そうね。そうしましょう。準備は大切だものね」


マリアも笑顔で頷いた。

そして、侯爵家の妻として、粗相がないようにしなければと心の中で気合を入れた。


「それにしても、本当に素敵なドレスね。私に似合うかしら。何だか私には勿体無いわ」


マリアは、うっとりとため息をついた。

レオナルドから贈られたドレスを着せたトルソは神秘的で、まるで森の妖精のような雰囲気だ。


(でも、これを着れば、カッコよくて美形の旦那様の隣に立っても見劣りしないかしら)


「奥様、絶対に似合いますよ。それに、奥様に着てほしい感が滅茶苦茶出てるドレスだと思います」

「え?」

「だってこれ、旦那様のお色ですよね?ぱっと見ですけど、サイズも合っていると思います」


アンネの台詞に、マリアはぽかんとした。

一方のカミラは、またしてもうんうんと頷いた後、少し得意気に解説した。


「奥様。巷では、自分の想い人に自分を思い出させるような色をしたものを贈り、身に着けるのがブームになっております。

社交界でも最近、それが流行っているようです。グリーンに金糸なんて、まさに旦那様のお色ですよね」


カミラの言葉に、マリアはかぁっと赤くなった。

レオナルドの色に染まるとか、レオナルドの色で包まれるとか、そういうことなのかなと想像して、何だか急に恥ずかしくなったからだ。

うっとりしたり、ぽーっとしたり、赤くなったりと、一人で忙しく顔を変えているマリアに、アンネとカミラと穏やかな笑顔を向けた。


「良かったですね、奥様。旦那様の愛を感じますね」

「愛……カミラ、それは執着というのではありませんか?」

「アンネさん、その表現は少々刺激的です。せめて、メロメロのデロデロくらいの表現がよろしいのではないかと」


使用人達にも優しく、気軽に接してくれるマリア。

聡明で、明るくて、皆に元気をくれるマリア。

だけど、妊娠してレオナルドから冷たくされ始めてからは、いつも寂しそうだったマリア。


マリアを近くで見てきた二人は、いつだってマリアに心を砕き、心配してきた。

だからこそ、近頃のマリアのまるで萎れていた花がもう一度開くかのような様子に安堵し、朗らかさを取り戻した笑顔を嬉しく思っていた。


「確かにカミラの言う通りで、最近の旦那様は、奥様への愛に溢れています。それ故になのかは分かりませんが、こちらのドレスは、流行を取り入れつつも、きちんと奥様の髪やお肌のお色味と、骨格に合うデザインになっています。

そういう所が、旦那様は本当に抜かりがないというか、流石というか。お見事ですね……」


アンネは、むむむと感心しつつ、マリアの服を脱がせた。



レオナルドに贈られた森の妖精風ドレスを着たマリアは、侍女2名と髪型の検討やアクセサリー選びに精を出していた。

暫くして、コンコン、とノックの音が響く。

「はい、どうぞ」とマリアは、部屋に入ってきた人を見て驚いた。


「え!?旦那様、どうかなさったのですか?もしかして、体調が良くないのですか?」


時刻はまだ午後4時である。

仕事を終えて帰宅する時間としては、2時間か3時間ほど早い。

心配そうに眉を下げ、少し焦った様子でドレッサーセットから立ち上がったマリアは、レオナルドがフルオーダーしたミントグリーンのドレスを身に纏っている。


「美しいな。とても、よく似合っている」


レオナルドはとても満足そうに、蕩けるような微笑みでマリアを褒めた。

その美しい顔の破壊力はなかなかで、そんな気は全く無い侍女2名すらも、思わず少しドキッとするくらいの甘さだった。


「ありがとうございます。こんなに素敵なドレスをいただけて、嬉しいです」


恥じらいつつも嬉しさを滲ませた笑顔で、マリアは礼を述べた。

レオナルドはマリアに歩み寄り、手にしていた紫色のベルベット生地の箱を開け、マリアの前に差し出した。


「これを、君に」


そこには、金地で作られたエメラルドのネックレスとイヤリング、それに、髪飾りが並んでいた。

ネックレスには、大きめのエメラルド1つと、小ぶりなエメラルドが左右2つずつ並び、周囲には細かいダイヤがあしらわれている豪華なものだ。

イヤリングには小ぶりのエメラルドとダイヤが一粒ずつ使われており、髪飾りにも中くらいのエメラルドとダイヤが複数個使われていた。


「綺麗……」


キラキラと輝くエメラルドの深い緑色に吸い込まれそうな気持ちになって、マリアはうっとりとネックレスを見つめた。

レオナルドの瞳のような宝石から、目が離せない。


「アンネ。これをマリアに」

「かしこまりました」


レオナルドに指名され、アンネはレオナルドに近づいて、アクセサリーの入ったベルベット小箱を受け取った。

そして中身を見た瞬間、目を見開いて固まった。

そのリアクションに興味を惹かれ、カミラがアンネの手元を覗き込んで、同じく絶句して動きを止める。


「どうした」


フリーズしたままの侍女2名に、レオナルドは問う。

その顔は相変わらず美しいけれど、かつてと同じ無表情だ。


「旦那様、これは……」

「なんだ」

「――いえ、何でもありません」


言いかけた言葉を飲み込み、アンネはスンと表情を消した。

その態度に、マリアのほうが気になってしまった。


「アンネ、何かあったの?」

「いいえ奥様、何でもありません」

「気になってしまうわ。何を言いかけたの?」


オロオロと、心配げに尋ねるマリアは少し頼りない。

領地を回ってはにこやかに領民と会話し、そつなく社交をこなす侯爵家の妻としての立ち居振る舞いとは雲泥の差である。

まるで主を虐めているかのような気持ちになるから始末が悪い、とアンネは思い、怖ず怖ずと口を開く。



「では、失礼ながら申し上げます。――旦那様は独占欲丸出しですね、と言いかけました」



アンネが言い終わるやいなやで、ぶはっと耐えきれなかったカミラが吹き出した。

マリアは顔どころか首筋まで真っ赤になり、何か言おうとして口を開く。しかし思いつかず、羞恥に震えながら閉口した。


「そうだ。マリアに私の色をつけてほしいんだ」


だから何だ、当然だろう?と言わんばかりに、レオナルドは無表情のまま、しかし、淡々と答えた。

開き直ったレオナルドは、ある意味最強である。


「私の色でマリアを染めたい。私がマリアを飾りたい。私がマリアを」

「――わかりました!わかりましたからっ、もうやめてください旦那様……」


涙目になりながら、レオナルドの口から溢れ出す甘い言葉を、マリアが止める。


(普段怜悧なくせに、これまで冷たかったくせに、何故こんなに馬鹿みたいに甘くなるの?振れ幅がすごすぎない?)


真っ赤な顔でレオナルドを睨み付けるが、恥ずかしがるマリアも可愛い、と蕩けそうな笑顔を浮かべたレオナルドには通用しない。

レオナルドは、宝物に触るようにマリアの頬に優しく触れて請う。


「マリア、早くつけてみて。きっと似合うから」




本日も侯爵家別邸は平和である。

この後、初めて夫婦で出席した夜会でレオナルドが女性たちに囲まれてしまったり、マリアが初対面の男性に気に入られてしまったりすることを、まだ二人は知らない。




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