13 なるほど、ね
その場に沈黙が流れた。
水谷と二人でいた時とはまた違う、重苦しさのある沈黙。
最初に静けさを破ったのは、水谷のお母さんだった。
「相澤くん、だったわよね?」
俺の方を向いてそう尋ねてくる、水谷のお母さん。
でも、この間のようなよそゆきの声ではない。
表情にもにこやかさが全くなかった。
「そう、ですけど」
慎重に答えるも、水谷のお母さんの顔はやはり厳しい。
「……その手は何? なんであなたが、花凛の手を握ってるの?」
「えっ? あ、いや、これはその……」
咄嗟に水谷の様子を窺う。
俺も俺でテンパっていたけど、水谷はそれ以上に焦っているように見えた。
……どうやら俺が誤魔化すしかないみたいだな。
「水谷が、じゃなくて花凛さんが足を怪我したので、それで……」
「ふうん、そう……」
水谷のお母さんが、品定めをするかのようにじっくり俺を見た。
それから水谷に目を移す。
「彼はこう言ってるけど、あなたはどうなの? 花凛。私はあなたから、今日の夏祭りには友達と行くと聞いたのだけれど……彼はあなたの、友達なのよね?」
水谷のお母さんの言う「友達」という言葉には、明らかに含みがあった。
まるで俺たちの関係が、そうではないと疑っているような感じ。
「友達、だよ。だから、何も問題ないはず」
今度は水谷が慎重に言った。
でも、「何も問題ない」とはまた妙な言い回しだ。
まるで彼氏だったらまずいみたいじゃないか。
……いや、でもそういうことなのか?
これまでの水谷の話と、この間の発表会で直接会った時のことから察するに。
水谷のお母さんは、どうやらそれなりに厳しく水谷を教育しているらしい。
「恋愛に現を抜かす暇があったら、ピアノの練習してなさい!」
とか言い出しそうな雰囲気は確かにある。
「本当に?」
水谷のお母さんは、どうやらターゲットを俺から水谷へ完全に移したらしい。
さらに質問を重ねてゆく。
尋問される水谷の様子は、さながら蛇に睨まれる蛙のようだった。
「本当に」
「じゃあ、質問を変えようかしら。……花凛は彼のことを、そういう意味で意識したことが一度もないって言い切れる?」
「……言い切れる」
ちらっとこちらを見てから、水谷が答える。
俺に気を遣ってくれたのか分からないけど、答える前に少し間が空いた。
「……なるほど、ね」
何やら納得したように、水谷のお母さんが頷いた。
つかつかとこちらに歩み寄ってくると、水谷の前に立つ。
そのまま水谷の手を取った。
ちらと俺を見て、何でもないことのように言う。
「ごめんなさい、相澤くん。しばらくあなたには、娘と会わせないわ」
「っ!? な、なんで!? ただの友達なら、問題ないはずなのに!」
俺が何か言うより前に、水谷が反応した。
水谷のお母さんの手を、無理矢理振り切ろうとする。
でも、水谷のお母さんは、掴んだ手を決して離さなかった。
「彼があなたにとってただの友達なら、会っても問題ないと思うわ。でも、本当にただの友達なら、そもそもそこまでこだわる必要がないはずよ。友達なら他にもいるでしょうし」
「それは……つまり、ただの友達なのはその通りなんだけど、相澤は友達の中でも仲が良い方、だから……」
自分で言っていて説得力がないと感じたのか、水谷の語勢がどんどん弱まる。
……まずいな。何とかできないものか。
「あの、ただの友達とだって、しばらく会えないのは普通に辛いんじゃ——」
「あなたは黙ってて。これは水谷家の問題なの。自分が部外者だってことくらいは分かるわよね?」
「それは……」
正直、水谷のお母さんの言い回しにはかなりムカついている。
でも、家庭の問題と言われてしまうと、これ以上口を挟みづらいのも事実だ。
結局のところ、俺は一高校生でしかない。
俺が黙ったのを見て、やることはやったと思ったのだろう。
水谷のお母さんが、力無く項垂れる水谷を引っ張ってゆく。
「夏休みの間中くらいは、しばらくピアノに集中なさい。最近の演奏は本当に酷い体たらくだわ。このままじゃろくなピアニストにならないわよ」
「…………」
せめてもの抵抗のつもりなのだろう。
自分の実の母の言葉に、水谷は何の反応も示さなかった。
そのまま家に連れ帰られてゆく途中、顔を上げてこちらを見る。
なすすべなくその場に突っ立っていた俺と、母に引っ張られて遠ざかる水谷。
視線が交錯する。水谷の碧い瞳は疲れ切ってこそいたものの……驚くべきことに、諦めの色は浮かんでいなかった。
俺は水谷に頷いてみせた。
水谷が一瞬目元を緩ませる。
しかし次の瞬間には、すっかり背中を向けてしまった。
水谷の浴衣の背中に描かれた、紫陽花模様を見つめながら思う。
確かに俺も水谷も、一高校生でしかない。
他人の人生に介入したところで、その責任を取る能力はないと大人たちには思われているし、それは多分事実なんだろう。
ただ、そんな俺たちにでも、できることはあるはずだ。
少なくとも水谷はそう思っている。
なら、俺が信じてやらないで、誰が信じるんだ……って。
でも、後にあんなことが起きるだなんて……。
この時の俺には、予想もつかなかった。
これにて4章完結です。
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