表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/63

9 もったいないから

 その後も様々な屋台を、俺は水谷と見て回った。


 あまりこういうイベントに馴染みがなかったのだろう。

 水谷は目を輝かせ、あらゆるものを楽しんでいた。 


 まあ、良かったよ。

 二人で夏祭りを回るだなんて、最初はどうしようかと思ったけどな。

 意外となんとかなるもんだ。


 でも、この時間ももう終わりかな。


「水谷、そろそろ修二たちのところに……」


 言いかけて隣を見ると、水谷がいない。

 慌てて背後を振り返る。

 少し後ろをついて来ていた水谷が「ん?」と首を傾げた。

 鮮やかな金髪が、夜の暗闇の中でしゃなりと揺れる。


「どうした?」

「どうしたって、何が?」

「……何だろう」

「……相澤こそどうしたの」


 水谷が呆れた。

 悪い、なんでもない、と俺は呟く。


 あれ? なんで俺は今、違和感を覚えたんだ?

 水谷が隣にいなかったことに、か?


 でも、周囲を見渡すとこの混雑だ。

 常に水谷と並んで歩かなきゃならない縛りがあるわけでもないし、歩くスピード的にも水谷が後ろに来るのは何ら不自然じゃ……。


 いや、違うな。


 今日は水谷が下駄を履いてるからと、普段よりゆっくり俺は歩いていた。

 水谷がさっきまでのペースで歩いてたなら、俺から遅れはしないはずだ。


 つまり何か理由があって、水谷は歩くペースを落とした。

 それも、前を歩く俺に何も言わずに。


 単に歩き疲れただけか? それとも——。


「……水谷。お前、足大丈夫か?」

「何、急に。大丈夫だよ。それよりほら、次はりんご飴食べに——」

「りんご飴はいいから、俺の質問に答えてくれ。足、痛めたりしてないよな?」

「……大丈夫だって」


 水谷がそっぽを向く。これはビンゴかな。


「へえ。じゃあ、確認してもいいか?」

「確認って、どうやって」


 少し身構える水谷に「悪い」と断りつつ、彼女の手を引いて人混みを離れる。

 他人の邪魔にならないよう道の脇まで来たところで、俺は水谷の手を離した。


 おもむろにしゃがみ込み、水谷の足元を観察する。

 水谷が足を引いた。

 思わず顔を上げると、ゴミを見るような水谷の目と目が合う。


「……何してんの?」

「何って、さっき言っただろ。確認だよ確認。ほら、足出して。足を痛めてないなら、確かめても大丈夫なはずだろ?」

「そういう問題じゃないんだけど……」


 ぶつぶつ言いながらも、水谷が足を元の位置に戻す。

 透き通るような白い肌だ。

 顔や腕の色と同じなんだな、と変なところで感心する。

 考えてみれば当たり前か。顔や腕の肌と、足の肌は繋がってるんだし。


 水谷が履いている下駄の、右足の鼻緒を軽く押してみた。

 頭上から「いたっ」という押し殺すような声が聞こえる。

 再び顔を上げると、水谷が口に手を当ててそっぽを向いていた。

 世界水泳に出れるレベルで目が泳いでいる。


「いた……リアって、どんなとこなんだろう。コロッセオとか、見てみたいよね」

「それで誤魔化せると思うか?」

「…………」

「…………」

「……思わない」

「だよな」


 俺はしゃがんだ姿勢のまま、水谷に背を向けた。

 こちらの意図を理解してくれたのだろう。

 ごめん、と囁くような声で言いつつ、水谷が背に乗ってくる。


 水谷の両腕が、背中側から身体の前に回された。

 俺は遠慮がちに水谷の膝の裏を抱える。

 汚れを知らなさそうな、滑らかな感触だ。


 柔らかで、それでいて確かな重みがした。

 同じ体重でも、これが男ならそうは感じないだろう。


 とりあえず空いているベンチでも探そうと、水谷を背負ってその辺をうろつく。

 俺の動きに合わせて揺れるのか、水谷の金髪が時々耳に当たってくすぐったい。

 シャンプーか何かの匂いだろうか、花のような香りが鼻腔をくすぐる。


「なんで隠してたんだ?」


 俺の質問に、水谷の身体がぴくりと動いた。


「何のこと?」

「とぼけるなよ。自分で分かってるだろ」

「……もったいないから」

「もったいない?」


 意味がよく分からず、おうむ返しに尋ねる。

 水谷は仕方なしといった風に、ぼそぼそと続けた。


「……こんな機会なかなかないから、せっかくなら目一杯楽しみたかった。足の痛みなんかで時間取られてたら、もったいない」

「……そうか」


 2週間ほど前の、ピアノの発表会の時のことを思い出す。

 水谷のお母さんは、いかにも厳しそうな人だった。

 遊びとかあんまり許してくれなさそうな感じ。


 もしかしたら今日の夏祭りも、水谷からすれば何とか勝ち取ったご褒美だったのかもしれない。俺や舞・修二にとっては毎年訪れる夏祭りが、彼女にとっては特別なものなんだと考えれば、「もったいない」と言う気持ちも分かる。


 ……ああ、でも。


 俺にとっても、水谷と回る夏祭りは初めてだ。

 そして、来年以降も同じように一緒に回れるかなんて分からない。

 多分、そうはならない可能性の方が高い。

 だったらこの時間が貴重なのは、水谷だけじゃないよな。


「怪我してたって、祭りは楽しめる……はず」


 水谷を元気付けようとして、でも途中で自信が無くなって。

 結果的には、中途半端な言い方になってしまった。


 背後の水谷の身じろぐ気配。


「例えば?」

「例えば、打ち上げ花火とか……後は……何だろうな……」

「……花火だけ?」

「……悪かったな。パッと思い浮かばなくて」


 冗談っぽく不貞腐れてみせると、水谷がふふっと声を立てて笑う。


 そう、それでいい。

 過ぎたことを悲しむくらいなら、笑った方が楽しくなれる。


 空いているベンチを見つけると、俺は水谷を下ろした。

 並んで座ると、下駄を外した水谷の右足を改めて確認する。

 鼻緒が当たっていた部分が少し赤い。鼻緒ずれってやつだろうか。


 うーむ、絆創膏でも貼れば歩けるようにはなるんだろうけど。

 この辺、コンビニとかあるのかな。


 スマホで地図アプリを開き、最寄りのコンビニを確認。

 決して遠くはないが、近くもない。

 夜の闇の中、怪我で歩けない水谷を置いて行くには、少し不安な距離。


 ……背負って行くか。


「水谷、悪いけどもう1回——」


——おぶさせてくれ。


 言いかけたその時、水谷が「あっ」と声を上げた。

 隣を見ると、大きく見開かれた水谷の碧い目が、真っ直ぐ正面を向いている。

 釣られてそちらに顔を向けると、そこには見覚えのある少女の姿があった。


 パーマのかかった見覚えのある茶髪。

 白地に蓮の花があしらわれた浴衣を着ていて、新鮮な感じがする。


「……相澤に、泥棒猫」


 俺と水谷の視線を受けて、ぽかんと口を開けた里見彩華が立っていた。

当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。


面白い・続きが気になる等思われた方は、評価ポイント(↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎)を入れて頂けると作者の励みになります。

また、ブックマーク登録・逆お気に入りユーザー登録の方もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ