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8 いけるんじゃないか

「じゃーねー、二人とも!」

「悪いな、秋斗、水谷! 俺たちは俺たちで楽しむから、そっちはお祭り楽しんできてくれ!」


 修二たちに手を振られながら、俺と水谷は焼きそばの屋台を後にした。

 二人の横では、山本がぶすっとした顔であらぬ方向を向いている。


 あいつの考えは読めないが……まさか俺と水谷を二人きりにしたかった、なんてことはないよな。うん、多分考え過ぎだ。単純に俺と一緒に働きたくなかったってだけだろう。


 しかし本来なら貧乏くじを引かされたはずなのに、修二と小倉のあの良い笑顔はなんなんだ。どこまでもポジティブなその生き方、とてもじゃないが俺には真似できそうにない。


「とりあえず、適当な場所見つけて座る?」

「……だな」


 焼きそばの入ったビニール袋を見ながら言う水谷に、俺は短く応じた。

 食べ物は温かい内に食べるに限る。


 しばらく歩くと、俺たちは適当なベンチを見つけた。

 並んで座り、水谷との間にビニール袋を置く。

 水谷が塩焼きそばを、俺はソース焼きそばを取った。


「「いただきます」」


 パチンと割り箸を割り、手を合わせた。

 プラスチックのパックを開けると、むわりとソースの匂いが漂ってくる。


「そっちの匂いの方が濃いね」


 隣で同じ動きをしていた水谷が、俺の手の中のソース焼きそばを見て言った。


「悪いな、苦手だったか?」

「ううん、そんなことない。むしろソースも食べてみたくなった」

「……後でちょっと、交換するか?」


 恐る恐る尋ねると、水谷の表情がぱっと明るくなる。


「いいの?」

「いいよ。俺もちょっとは塩食べたかったし」

「そっか。なら、ちょうど良いね」


 しばらく自分の焼きそばを啜ってから、水谷の塩焼きそばと交換。

 どちらも夏祭りの魔法がかかっているせいか、平常時より美味しく感じた。


「焼きそば食べ終わったら、次どこ行く?」

「俺はどこでもいいよ。水谷は?」

「私は……」


 辺りを見渡した水谷の目が、ある1点で止まった。

 彼女の視線を追うと、そこには金魚すくいの屋台がある。


「あれ、やりたい」

「了解」


 焼きそばを食べ終え、二つのパックを重ねてゴミ箱に捨てた。

 立ち上がると、水谷と金魚すくいの屋台へ向かう。

 まずは水谷が網をもらって挑戦。

 しかし網はすぐに破れてしまった。水谷が眉をひそめる。


「……この網、思ったよりもろい」

「ハハハ、金魚すくいは初めてか。網がもろくなかったら、こっちが商売にならねえんだ。悪いな姉ちゃん」


 水谷の様子を見守っていた屋台のおじさんが快活な笑いを見せた。

 笑顔のまま俺に顔を向ける。


「兄ちゃんもやるか? ほれ、彼女さんに良いとこ見せないとだろ?」

「じゃあ、1回だけ」


 今度は俺がお金を払い、すくう用の網をもらう。

 さて、金魚すくいは久々だな。

 得意というほどのものでもないが……。


「え、すごっ」


 俺が金魚すくいを始めると、素で驚いたような声を水谷が上げた。

 やるなあ、とおじさんも褒めてくれる。結局4匹ほどすくったところで網は破れ、すくった金魚の入ったビニール袋をおじさんから渡された。


「どうやったの、今の」


 袋の中の金魚を睨むように見ながら、水谷が尋ねてくる。

 やけに真剣なその顔がちょっとおかしい。


 でも、笑うのは失礼だよな。

 向こうはこれでも真剣なんだから。


 そんなことを思いつつ、俺は口を開いた。


「絶対にすくえるって確信した瞬間だけ、さっと水の中に網を入れるイメージだ。思ったよりすぐに破けるからな」

「……絶対にすくえる確信っていうのが、私にはよく分からないんだけど」

「そこは慣れだな」

「じゃあ、今の私にこの子たちはすくえないの?」


 悲しそうな目で、水谷がこちらを見た。

 そんな目をされると、「すくう」の意味を勘違いしそうになる。


「……いけるんじゃないか」


 迷子の子犬のような目をした水谷に、「すくえない」などとはっきり言えるわけがない。たまたまその時金魚すくいの屋台に人が並んでいなかったのも幸いし、水谷の挑戦はもうしばらく続いた。そして、4度目の挑戦でついに、


「やった……ようやくすくえた」


 水谷は金魚すくいに成功した。


 店主のおじさんからもらったビニール袋に、水谷のすくった金魚が入る。

 水谷はその金魚を、嬉しそうにじっと見つめていた。


「良かったな、すくえて」

「うん。苦労した甲斐あって、すごくおいしそう」

「そうだな。……え?」


 満足げに微笑む水谷の顔を、俺は思わず二度見する。


 今、なんて言った?

 俺の聞き間違いじゃなければ、「おいしそう」って言ったような気が……。


 そのまま放っておいたら金魚を焼き魚にしそうだった水谷に、すくった金魚の扱いについて念入りに説明した後。今度も水谷の要望で、俺たちは射的の屋台に来ていた。水谷がひな壇の右上辺りにある、変な顔をした小さな人形を指差す。


「あれ、かわいいよね」

「……そうか?」

「……そんなことない?」

「そんなことない」

「……」


 正直な感想を言うと、水谷が無言でこちらを睨んでくる。

 なんでだよ。根本的な感性の違いは、どうしようもないだろ。


「ブロブフィッシュって言うんだよ。深海魚」

「へえ。じゃあ、あいつ狙うのか?」

「うん」


 ブロブロフィッシュだかブラブラフィッシュだかもう忘れたが、ともかく水谷はその人形を狙うと決めたらしい。店主にお金を払うと、コルク銃に弾を詰めて銃を構える。でも、その構え方がだいぶ素人くさい。


「ちょっと待った」

「……何?」


 銃から顔を上げた水谷が、きょとんとした顔で俺を見返す。


「水谷、これやったことあるのか?」

「ないけど」

「……持ち方、教えてもいいか」

「……お願いします」


 軽く頭を下げてくる水谷にいいよと手を振ってから、俺は銃の構え方を教える。

 脇を締めること、銃の柄の部分を頬に密着させてしっかり固定すること、利き手じゃない方で引き金を引くこと、などなど。


 手早く一通り教えると、水谷が改めて銃を構えた。

 さっきよりはだいぶ様になっている。


 与えられた弾は3弾。

 初弾は人形の少し右に外れた。

 2つ目は人形に命中するも、少し位置がずれただけで倒れはしない。

 そして、運命の最後の弾は――。


「やった」

「おー、やるね。お嬢ちゃん」


 弾はしっかり命中し、なんちゃらフィッシュの人形が倒れた。

 店主のおじさんが渡してきたそれを、水谷がじいっと見つめる。


「……かわいい」


 正直俺からすると、人形のかわいさはやはり全く分からない。

 でも、人形を見つめる水谷の顔は……間違いなくかわいかった。

当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。


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[一言] 感性が合わなくても本人の可愛さで許されるケース、好きです。
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