7 てめえはさっさと失せろ
一瞬その場に静寂が訪れた。
行き交う人々の雑踏の音が、やけに大きく聞こえる。
「何でって言われても、祭りだから来たんだよ。見りゃ分かるだろ」
不意に隣から声が聞こえた。
俺の代わりに修二が答えてくれたらしい。
「助かる」と心の中で感謝しつつ、俺は修二の後に続いた。
「それより、山本こそ何やってんだ?」
「それこそ見りゃ分かるだろ。手伝いさせられてんだよ。ここ、俺が昔参加してた少年野球チームで出してる屋台なんだ。ヤンキースって言って、この辺じゃ結構強かったんだけどな」
「へえ。それって儲けはどうするんだ?」
「チームの運営に使われる。じゃなけりゃ俺も、わざわざ手伝いになんてこねえ」
「……なるほど」
不覚にもちょっと感心してしまった。
こいつとは色々あったが、野球を好きな気持ちだけは本物なんだな。
「そういや俺も、昔は少年野球やってたな」
修二が昔を懐かしむように目を細める。
おい、初耳だぞその話。
サッカー一筋だと思ってたのに、野球やってたなんて意外すぎる。
修二の話を聞いた山本が、突然目の色を変えた。
空いている方の手で、修二の肩をガシッと掴む。
「お前もしかして、ファイターズの池野か?」
「あ? ……ああ、そう言えばそんな名前のチームだったな。俺が入ってたのは」
「……マジかよ。あんなにすげえやつがどこに消えちまったんだと思ってたら、まさか同じ学校でサッカーやってたとは」
山本が額に手を当て、ため息をついた。
驚くべき話だが、修二は野球でも才能があったらしい。そんな相手が他スポーツに移っていたことを知り、一野球人として山本も思うところがあったのだろう。
「おい、何油売ってんだ剛! さっさと注文取らんか!」
屋台の中で焼きそばを焼いていたおじさんが、顔を出して山本に文句を言う。
すぐさま振り返って、山本が言い返した。
「うるせえ! こっちは忙しい合間を縫って手伝ってやってんのに、こき使うんじゃねえよ! もっと丁重に扱え、俺を!」
「なーに言ってんだ! お前んとこの野球部はもう負けたじゃねえか! 大して忙しくもねえくせによく言うわ!」
「…………」
山本が無言でおじさんを睨むも、向こうは素知らぬ顔で焼きそばを焼き続ける。
ため息をつきつつ、山本がこちらへ向き直った。
「……ご注文は? ソースか塩か」
「ソース2つ、塩2つで」
「……4人分、か」
数を聞いて察したのだろう。
山本が辺りを見回し、近くで待つ女子二人に目を止める。
再びこちらに目を戻した。表情に特に変化はない。
「お前らはいいな、楽しそうで」
「……山本は色々大変そうだな」
何気なく言うと、山本が今度は俺を睨む。
「黙れ。てめえにだけは同情されたくないわ」
「……ああ、そう」
じゃあもう何も言わんわ。
注文を終えると山本は列の後ろへ更なる注文を取りに行った。
繁盛してるだけあって、かなり忙しそうだ。まあ、その分チームの運営に使えるお金が増えるわけだから、山本としては喜ばしいのだろう。
しばらくして、列の一番前まで来た。
さっき山本と口喧嘩していたおじさんが、
「はいよ。ソース二つ、塩ふたつな」
と焼きそばの入ったビニール袋を渡してくる。
修二がそれを受け取り、俺は代わりに財布からお金を出した。
おじさんがビニール袋を渡した後も、修二の顔をまじまじと見つめている。
「お前さんもしかして、ファイターズの修二か?」
「……そうっスけど、何か?」
山本と全く同じことを、おじさんが修二に尋ねた。
修二が訝しげな顔でおじさんを見返す。
恋の予感。なわけないな。
修二の返事に、おじさんは一瞬ぼけっとした後哄笑した。
「いやー、あっはっは! こんなとこで会うとは、久々だな修二!」
「……えーっと、どちら様で?」
「ふむ、流石に覚えとらんか。ほれ、お前さん市の代表によく選ばれとったろ。わしはその時、市の代表監督もやっとった。ヤンキースの監督と兼任でな」
「……もしかして、権田さん?」
「おー、そうそう! 覚えとってくれたとは、監督冥利に尽きる!」
「……おい、てめえこそ油売ってんじゃねえかジジイ。さっさと客を捌いてくれ」
注文を取って戻ってきた山本が、唇の端をひくつかせていた。
我に返った権田さんが、ばつが悪そうに頭を搔く。
「おー、そうだったな! 悪い悪い! というかそもそも、人手が足りんな! もう一人、いや、もう二人くらい引っ張ってくれば良かったわ!」
「今更かよ。もっと早く気付けよ」
山本が毒づくも、権田さんには聞こえていないようだ。
良いことを思いついたのか、不意に目を輝かせ始める。
「……待てよ。修二、今お前手ぇ空いてるか?」
「……なんでそんなことを?」
警戒の色が滲み出た顔で、修二が尋ね返した。
果たして権田さんは、想像通りの台詞を言った。
「手が空いてんなら、手伝ってくれると助かる! お前さん、ヤンキースとの試合じゃ散々打っとったし、そのお詫びと思えばいいだろ!」
「全然良くないですよ! 何すかその謎理論! おい、助けてくれよ二人とも!」
修二が顔を引き攣らせながら、俺と山本を交互に見比べた。
しかしなあ……俺はこの手の強引なじいさんへの対処法を、あいにく知らない。
山本からしたら、そもそも手伝いが増える方が助かるわけで、つまりは修二を助ける理由がない。これはもうどうしようもないような。
「菜月! 頼む、俺を救ってくれ!」
俺たちじゃ埒が明かないと踏んだのか、修二が小倉を呼んだ。
「何なに?」とやって来た小倉がふむふむ、と話を聞き終えて一言、
「良いじゃん、楽しそう。なんなら私も手伝おっか?」
「は、はあ? いやいや、何言ってんだよ菜月。ただの屋台の手伝いだぞ? いってみれば、バイトみたいなもんだぞ?」
「バイトとは違うでしょ。今日はお祭りなんだから、例えるならそうだな……文化祭、とか?」
「文化祭……そう聞くと確かに、楽しそうな感じがするな」
宙を見上げて思案しながら、修二が言った。
大丈夫か。お前それ、絶対小倉に騙されてるぞ。
「ね、やってみようよ」
「よし、やるか!」
あーあ、そっち側に引きずり込まれちゃったか。
というかこれ、俺と水谷はどうすんだよ。
修二たちが手伝うのなら、俺たちも手伝う流れか?
まさか二人でお祭りを回るわけにはいかないし。
「てめえはさっさと失せろ」
「……え?」
山本の低い声が、思考を遮ってきた。
思わず隣を見ると、やつが水谷の方を顎で示す。
水谷は困惑した様子で、一人ぽつんと突っ立っていた。
「二人いれば人手は十分だ。お前らは邪魔にしかならねえし、何より一緒に働くのは俺が気に食わねえ。つーわけで、さっさと消えろ」
「は? いや、でも——」
「いいから。ほら、これ持ってけ」
焼きそばが4つ入ったビニール袋から2つ抜くと、山本は俺に渡してきた。
驚きながらも受け取ると、山本がこちらの背中を押してくる。
「ちょ、ちょっと待て」
「……まだなんかあんのかよ」
俺はビニール袋の中を確認してから、後ろを振り返った。
山本が顔をしかめている。
「塩1つ、ソース1つにしてくれないか。この中、塩しか入ってないんだが」
「…………」
山本がさらに顔を歪めた。
当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。
面白い・続きが気になる等思われた方は、評価ポイント(↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎)を入れて頂けると作者の励みになります。
また、ブックマーク登録・逆お気に入りユーザー登録の方もよろしくお願いします。




