7 小倉って、もしかして性格悪い?
オーストラリア園で様々な動物を見た後、俺たちは昼食を取ることにした。
近くにあったフードショップの屋外席を取り、各自好きなものを注文する。
注文した物を席に運ぶと、「わりい、ちょっとトイレ」と修二が席を立つ。
釣られてなのか「私も」と水谷がトイレへ行き、俺は小倉と二人きりになった。
「ふふーん」
正面に座る小倉が、何やら機嫌良さげに俺を見る。
「……なんだよ」
「ねえ、相澤くん。相澤くんって……」
少し溜めてから、小倉は言った。
「水谷ちゃんと、本当に付き合ってる?」
……マジかよ。
いつかそこを疑うやつが出てくるとは思ってたが、まさか小倉とは。
「……逆に嘘つく理由がないだろ」
「ほんとかなあ。二人って、去年から接点があったわけじゃないでしょ?」
「それはそうだな」
「となると、今年の4月が初対面ってわけだ。……流石に付き合うまでの期間、短すぎない?」
「……愛に時間は関係ないんじゃないか?」
「おー、相澤くん良いこというね。確かに、一目惚れなんて言葉もあるくらいだし。でも……分かっちゃうんだよなあ、そういうの」
「……参考までに聞くが、どうしてそう思ったんだ?」
水谷と付き合ってないのを、あくまで認めずに俺は尋ねた。
小倉はどうやら、ほぼ確信に近いものを抱いている様子。
無駄な足掻きかもしれないが、それでも言質は取らせたくない。
小倉は俺の肩をちょんと突いた。
「相澤くんの演技が、下手っぴだからだよ」
「……へえ。ちなみに、水谷の演技は?」
「水谷ちゃんは上手いよ。ていうか、地味に今演技って認めたよね?」
「今のはただの言葉の綾だよ。小倉の馬鹿げた冗談に付き合ってみただけだ」
「ふふっ、そういうことにしとこうか」
くすりと笑うと、小倉は頬杖をついて横を見た。
「まあ、演技云々は冗談も入ってるとして……私この間、相澤くんに結構無責任なお願いしちゃったでしょ? もし、あれを気にして相澤くんがこういうことしてるんだとしたら、ちょっと申し訳ないなーと思ってたんだけど……」
「だけど?」
続きを促すと、小倉がこちらを向く。
その顔にはいたずらっ子のような笑みが浮かんでいた。
「……二人見てたら気が変わった。このままにしといた方が面白いかもってね」
「……小倉ってもしかして、性格悪い?」
つい、ストレートな感想が口を突いて出てしまう。
にんまりと笑みを深めたかと思うと、小倉が突然声高に言った。
「あ、言ったな~! ねーねーシュウくん、相澤くんが私のこと性格悪いって!」
すると、いつの間にかトイレを出ていた修二が「なんだって!」と駆けつける。
あ、これしくじったかもしれない。
「修二、ちょっと待て。別に俺も本気で言ったわけじゃ――」
「秋斗、お前は何にも分かってないなあ……」
慌てて修二を宥めようとしても、時すでに遅し。
やつは俯きがちにぷるぷる震えたかと思うと、突如顔を上げ、拳を振り上げた。
「そこが菜月の、かわいいところじゃないかっ!!!」
「……えっ?」
おいおい、否定しなくていいのかよ。
恐る恐る隣の小倉を見る。
満面の笑みを浮かべる彼女を見て、俺はこの後の流れを察した。
「……池野は何やってんの」
トイレから戻ってきた水谷が、小倉の膝の上で寝る修二を見て首を傾げた。
俺は小倉をちらりと見てから「さあな」と肩をすくめる。
……本当のことは、とてもじゃないが水谷には言えない。
* * *
休憩所で昼食を終えるとアジア園をぐるりと回り、正門の方へ向かう。
その途中、モウコノウマという動物の前に立ち止まる。
足が短く、茶色っぽい毛色の馬だ。
足や尻尾、たてがみの毛の色が特に濃い。
「モウコって何?」
モウコノウマの説明が書かれた看板を指差し、水谷が尋ねた。
「モンゴルのことじゃない? ほら、日本史で元寇ってやったでしょ? あれのこと、蒙古襲来って言うくらいだし」
「へえ、小倉詳しいな」
「へっへーん、まあねー。私、歴女ですからっ!」
小倉が得意げに鼻をさする。
正直ちょっと意外だな。
もっと華やかな趣味を持っているのかと思いきや、渋い趣味をしている。
もちろん、悪いとは思わない。
「モウコノウマって、競馬で賭けたい馬が無い時に消去法で選ばれそうだな」
「……随分限定的な状況。そもそも池野って、競馬とか詳しいの?」
修二がふと意味不明なことを言った。
水谷が訝しげな顔で修二を見ると、やつは涼しい顔で否定する。
「いや、全然」
「じゃあ、どういう意味なんだよ」
どうせくだらないことなんだろうな、と半ば諦めつつ俺は尋ねた。
果たして、予感は当たっていた。
「『うーん、今日はどの馬も勝てるか微妙だなー。最悪モウ、コノウマに賭けるしかないかー』ってな」
「「「…………」」」
ドヤ顔で言う修二と、沈黙する3人。
つぶらな瞳で、俺たちを静かに見つめるモウコノウマ。
その時間は、実際には数秒だっただろう。
しかし、俺には数時間のように感じられた。
もしかすると、修二はもっと長く感じたかもしれない。
「……よし、次行くか次」
最初に俺が沈黙を破り、先へ歩き始めた。
水谷と小倉が後に続く。
「そうだね、モウコノウマは見終えたし」
「……ねえ、水谷ちゃん。今、地味に同じネタ擦らなかった?」
「まさか、そんなはずないよ」
「そ、そうだよね。私の勘違いだよねー」
「お、おい、待ってくれよ。もうちょっとなんか、反応しろよ!」
修二が後を追い縋ってくるけど、無視無視。
あいつは本当、恵まれた容姿を無駄遣いしてるな。
* * *
しばらく進むと、正門前へ戻って来た。
水谷が脇のベンチに腰掛け、ふっと息をつく。
「ここまで結構歩いたね」
「だな。楽しいには楽しいけど、めちゃくちゃ広いわここ」
俺は水谷に同意した。
一方、運動部の修二とほぼ運動部(吹奏楽部)の小倉は、まだまだ元気そうだ。
「えー、これからでしょ! アフリカ園が丸々全部残ってるんだよ!?」
「アフリカ園のライオンバス、確かチケット予約してたよな。それには絶対乗ってから帰ろうぜ」
口々に言う二人を前に、俺はパンフレットの地図を広げた。
「とはいえ、閉園の時間も気にしないと……今が2時30分。閉園時間は5時だから、もうそんなに時間がない」
「閉園時間より1時間くらい早くに、見れなくなる動物もいた気がする。そっちは先に見ておきたいよな」
「……私も地図見ていい?」
地図を挟んで作戦会議していると、そこに水谷が加わってきた。
隣からふわりと柑橘系の香りがする。
じっと地図を睨んでいた水谷が、不意にある1点を指差した。
「昆虫園って何?」
昆虫園……懐かしい響きだ。小学校低学年くらいの頃は、昆虫を戦わせるゲームが流行っていたせいか、昆虫園が大好きだったんだよな。当時はそもそも、虫が好きだったってのもあるけど。
「……へ、へえ。そんなのあったんだ」
小倉が冷や汗をかいているのが、手に取るように分かった。
さてはこいつ、虫が苦手だな?
「せっかくだし、昆虫園も行く?」
「「「……」」」
きょとんとした顔で言う水谷を前に、俺たちは無言で互いの顔を窺う。
……なるほどな。
修二も小倉も、虫がダメってことだけは分かった。
刹那の駆け引きの後、最初にゲロったのは修二だった。
「ごめん、俺、虫はダメなんだ」
「ごめんっ! 私も実は虫苦手なんだ!」
修二の後に、小倉が申し訳なさそうに続く。
「そっか。じゃあ、昆虫園はなしで」
普段より少し明るめの声で水谷が言う。
でも、それをそのまま受け取っちゃいけないことくらいは、俺にも分かる。
……仕方ない。
「昆虫園、俺は良いよ。後で行こう」
「……本当?」
あーあ、言っちゃったよ。
ばかだな、俺。
でも、まあ良いか。
「ありがと、相澤」
水谷は思ったより、喜んでくれてるみたいだし。
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